人獣共通感染症連続講座 第25回 米国における狂犬病の新しい様相

(12/14/95)

米国で昨年10月に猫の狂犬病ウイルス感染、今年の3月にはコーモリから子供が狂犬病ウイルスに感染する事件が起こりました。 いずれもCDC Mortality & Morbidity Weekly Reportで報告されていますが、このうちこうもりからの感染についてワシントン・DCでの連邦政府健康政策担当のロスアンゼルス・タイムスのレポーター、マーリーン・シモンズMarlene Cimonsが米国微生物協会ニュースASM News11月号に論説を載せました。 最初にこの論説をご紹介し、ついで猫の狂犬病についてのCDC報告の抜粋をご照会します。

1. 狂犬病の新たな恐怖を公衆衛生担当者が指摘 (ASM News Vol. 61, No. 11, 566-567, 1995)

動物の間での狂犬病の様相が変わりつつあることと、今年のはじめに子供が感染コーモリに接触した後に狂犬病で死亡したことから、公衆衛生行政関係者の間で狂犬病への新たな関心が持たれている。 狂犬病は稀にしか起こらず、人の例は誤診されやすく、致命的になるおそれがある。 もうひとつの関心は野生動物と家畜の間での狂犬病の様相が変わりつつある点で、これにより狂犬病の人間社会への侵入につながるおそれが出てきている。

CDC の記録では毎年1ないし2例の人の狂犬病が起きているが、昨年は6例起きたとCDC狂犬病室長チャールス・リュプレヒトCharles Rupprechtは述べている。 この夏、CDCは心配な傾向、すなわち狂犬病ウイルス変異株が米国の或る地域から別の地域に飛び移ったことを報告した。 CDCは1994年の終わり頃にフロリダの2つの犬小屋の5頭(多分ほかに2頭も)の犬が狂犬病と確定診断されたことに関心を抱いた。 この5頭の犬から分離された狂犬病ウイルスはこれまでフロリダではみつかったことがなく、テキサスのコヨーテの間で流行している新しい変異株であった。 11月には狐狩用の1頭の猟犬が犬小屋の柵から逃げ出した。 捕えられた犬は飼い主に噛みつき、検査の結果は狂犬病陽性であった。

この犬の感染経路をたどったところ、数週間前の秋に飼い主と出かけた一連のコヨーテ狩であった。 コヨーテは犬小屋から18マイル離れた320エーカー(約130ヘクタール)の柵で囲った狐小屋に飼われていた。 この小屋には2月にフロリダで捕獲した20~25頭のコヨーテが飼われていた。

しかし、コヨーテでみつかった狂犬病ウイルス変異株は合衆国南西部の動物に存在していたものではなく、最近までテキサス南部の17の郡でのみみつかっていたものだった。 この犬はフロリダの外に出たことはなく、CDC の専門家は感染したコヨーテがテキサスからフロリダに運ばれ、そこで放され、ふたたび捕えられて狩猟スポーツ用として小屋で飼われていたものと推測している。

野生動物を別の州に運んだことで新しい地域に汚染が拡がったもので、公衆衛生および経済面に衝撃を与えたものである。 或る郡ではこの狂犬病にかかった犬に102頭の犬と10頭の猫が暴露されたおそれがあると判定され、52平方キロの地域が検疫区域に指定された。 そして動物へのワクチン接種を行い、また感染犬に暴露された29人に対して予防的処置を行った。

米国での動物の狂犬病は1993年に記録レベルに達した。 人では劇的な増加にはなっていないが、発生が増加する状態になってきている。 さらに心配なことは狂犬病が比較的稀なために家族、医師、公衆衛生関係者が気がつかないこと(とくに攻撃的な症状を示していない動物がかかわっている場合に)である。

1995年3月に起きた人の狂犬病例はワシントン州ルイス郡の4才の少女の死亡である。 この場合には狂犬病が診断された時はすでに手遅れであった。 この子はコーモリに暴露されたが、噛まれたサインも記憶もなかった。 CDCは現在の勧告の中で、このワシントンの場合のようにコーモリに噛まれた可能性が否定できず、そしてコーモリについて直ちに狂犬病感染の検査ができない場合にも暴露後治療を強調することとなった。

ワシントンの例はまた狂犬病ウイルスが皮膚に傷がつかない場合でも感染する可能性をふたたび提示した。 リュプレヒトによれば粘膜からの感染の報告された最後の例は1930年にひとりの少女が狂犬病の犬になめられた場合であって、今度のこうもりの場合も可能性は低いがありえないことはない。 1980年以来約2ダースの人で狂犬病が報告されており、その約半分がコーモリに関係しているが、噛まれたことが確認できたのは1例だけである。

この3月のルイス郡の子供は眠気、ぼんやり、腹痛、食欲減退、のどの痛み、左側の頚の痛みなどの症状で近くの病院に連れていかれた。 救急室での検査中に鼻つまり、よだれの症状も示した。 鼻炎と両側結膜炎と診断され、抗生物質が投与された。 しかし翌日には症状が劇的に悪化し、急激な発熱、行動変化、幻覚、起立不能、不眠、飲み物の拒否が起こった。 その後、けいれんが起こり、郡の病院に運ばれた後、昏睡におちいり死亡した。

症状が悪化してから、家族は2、3週前に彼女が眠っている時、彼女の部屋に1匹のコーモリを見つけ、それを殺し庭に埋めたことを思いだした。 その際には噛まれた様子はまったくなかった。 家族がこのことを思い出したことから狂犬病の検査が行われた。 またコーモリの死体を掘り出してその脳について狂犬病の検査が行われた。 ヌクレオチド配列の解析の結果、コーモリの脳の中に存在していた狂犬病ウイルスが子供に感染していたことが明らかになった。 このウイルスは合衆国の小型のホオヒゲコウモリMyotis batに感染している変異株であった。

ここでまた、新たな発病や死亡を防ぐために丹念な追跡調査が行われ、暴露後予防措置が72名に対して行われた。 これには6名の看護婦、6名のレスピレーター技師、ひとりの画像診断技師、2名の医師、6名の家族、外来で感染した子供に接触した50名の子供と大人が含まれていた。

リュプレヒトによれば、最近、コーモリが関係する狂犬病には奇妙でしかも危険な傾向がみられる(ワシントンの例は別にして)とのこと。 約80%のコーモリからの感染例は1株の稀な狂犬病ウイルス変異株から起きている。 多くの種類のコーモリの中には50~60もの変異株があるのに、この変異株がとくに人でいつもみつかるのはきわめて特徴的という訳である。 なぜこの株がみつかってくるのかまったく分からないと。

2. 狂犬病に暴露された多数の人の処置 (ニューハンプシャー、1994)(CDC Moratlity Morbidity Weekly Report 44, 484-486, 1995)

1994年10月22日ニューハンプシャー州公衆衛生局はニューハンプシャー州コンコルドのペットショップから買った子猫を狂犬病と診断した。 この猫は10月19日にけいれんを起こして20日から21日にかけての夜に死亡したものであった。 そして、この猫および同じペットショップの猫に接触した人665名が暴露後ワクチン接種を5回受けた。 以下に感染源についての疫学調査と暴露されたおそれのある人と動物での処置についてまとめる。

ペットショップにはこの猫の入手記録がなかったため入手月日は分からない。 9月26日にはこの死亡した猫を含む1グループの猫が州の規則にもとづいて獣医の健康診断を受けて証明書をもらっている。 10月5日にこの猫は持ち主に売られ、死亡するまで飼われていた。 10月22日にはこの猫は蛍光抗体法で狂犬病と診断された。 CDCでタイピングした結果、この猫に感染していた狂犬病ウイルスはアライグマに関連したウイルスであったことが明らかになった。

一方、10月12日にこの猫が元、居た場所と思われる地域で1匹のアライグマが捕まり、狂犬病陽性と判定された。 このアライグマは9月20日にペットショップに捕まった野良猫3匹と直接接触があったものと推定された。 この3匹の野良猫は10月4~6日(死亡した猫がペットショップに居た時期にオーバーラップする)に呼吸器症状を呈して死亡していた。 これらの猫については検査材料が入手できなかった。 またこれらは狂犬病ワクチン接種の最低年令(3ヶ月)以下であった。

9月19日から10月23日(感染を受けた可能性のある猫がペットショップに居た最後の日)までに最低34匹の猫が売られていた。 死亡した猫のほかに33匹が検査を受けた結果、27匹は狂犬病陰性、5匹は原因不明で死亡、1匹は持ち主の要望で検疫にまわされたが、その状況は不明である。

このペットショップに関連した狂犬病の例では多数の人が暴露後処置を受けることとなり、費用もかかった。 (全部で150万ドル、内訳は免疫グロブリンとワクチンが110万ドル、動物試験が4200ドル、ニューハンプシャー州公衆衛生局とCDCでの検査に1万5千ドル)。

1977年以来アライグマの狂犬病は西バージニアから東バージニア全体に広がり、1993年にはこの地域の約6,000頭のアライグマが狂犬病陽性であった。 このような状況と今回の猫の感染例から、CDCではすべての家庭のペットのワクチン接種を含む狂犬病対策の強化が必要と指摘している。