参加報告:Recent Progress in the Research on Monkey B Virus and Related Primate
Alpha-herpesviruses

先日,北京で開催されました第19回国際霊長類学会(8/4-8/9)において、サルBウィ
ルスに関するシンポジウムが開かれました。以下,その内容を簡単に報告致します。

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The 19th Congress of the International Primatological Society,
Symposium #05: 
Recent Progress in the Research on Monkey B Virus and Related Primate
Alpha-herpesviruses
August 5, 2002
オーガナイザー: 中村 伸,向井鐐三郎

 このシンポジウムでは,サルBウィルスを軸に,霊長類のアルファヘルペスウィル
スに関する最新の研究発表とディスカッションがなされた。SPFサル作製,ウィルス
抗体検出のための代替抗原を用いたELISA法や,ウィルス(DNA)検出・同定のPCR法,
マウスモデルでの病原性比較,および予防・治療を目的としたDNAワクチン開発の結
果が報告された。
 45席程度の比較的小さな部屋が会場として割り当てられてしまったが,ヨーロッ
パやアジア諸国の参加者により満席となり,会場との活発なやり取りがなされた。サ
ルBウィルスやその他のヘルペスウィルスに対する関心が高まりつつあることが窺わ
れた。

 セッションでは,1)How did we prepare B virus free cynomolgus breeding
colony in Tsukuba Primate Center, MUKAI, R.ら,2)Detection of B virus
infection in macaque monkeys by ELISA using Simian Agent 8 as alternative
antigen, FUJIMOTO, K. ら,3)Improved HVP2-ELISA: its use for
sero-monitoring of B virus SPF monkeys, MITSUNAGA, F. ら,4)Herpesviruses
of non-human primates, EBERLE, R. ら,5)PCR diagnosis of B virus (BV):
Discrimination of BV from closely related primate Alpha-herpesviruses by
one-step PCR , NAKAMURA, S. ら,6)Development of B virus DNA vaccine in
monkey model, NAKAMURA, S. ら,7)Comparative neuropathogenicity of simian
herpesviruses in a mouse model system, EBERLE, R. ら,が発表された。以下にそ
の概要を紹介する。

 1)MUKAI, R.らは,つくば霊長類センターにおけるウィルス感染症,特に水痘症
(Varicella zoster)のアウトブレイクとその際の病原体究明,対処と終焉について
報告した。また,HSV1(ヒト単純ヘルペス1型ウィルス)抗原,およびBioReliance
のBウィルス抗原を用いたBウィルス抗体検査ELISA法により,Bウィルス感染サルをモ
ニターし,Bウィルスフリーサルコロニーを作製した経緯を述べた。

 2)FUJIMOTO, K.らは,SA8(Simian Agent 8 virus: ミドリザルで見つかったサ
ルアルファヘルペスウィルス)を代替抗原として,Bウィルス抗体を検出するため
のELISA法を開発し,その感受性,特異性について報告した。Bウィルスはヒトに対す
る病原性のため,大量に培養するにはそれに見合う設備(BSL4: バイオセーフティレ
ベル4)が必要であり,抗原として使用することは容易ではない。Bウィルスと抗原
的に近いSA8は,ヒトに対する病原性が知られておらず,BSL2で取り扱い可能である。
SA8抗原を使用したELISA法の結果はBウィルス抗原での結果と一致し,Bウィルス感染
検査としての有用性を示した。

 3)MITSUNAGA ,F. らは,同じくBウィルス抗体検査において,代替抗原とし
てHVP2(Herpesvirus papio 2: ヒヒで見つかったサルアルファヘルペスウィルス:
BSL2)を用いた改良ELISA法を開発した。BV抗原を用いたELISA法での結果との完全な
一致, 非特異反応の排除,内部標準を利用した精度管理など,より実用的なBV抗体
測定ELISA法であることを示した。更に,このELISA法を使い,マカク胎仔,新生仔中
の母親由来Bウィルス抗体の存在とそのクリアランス,繁殖コロニーでの抗体陽転の
時期について報告した。

 4)EBERLE, R. らは,分子生物学的にBウィルスおよびその他のアルファヘルペス
ウィルスを解析し,gB(Glycoprotein B: ウィルスエンベロープの糖タンパク質のひ
とつ)のRFLP(PCR産物を制限酵素で切った電気泳動パターン)がBウィルスとその他
のウィルスで異なること,DNA塩基配列がBウィルスの異なる株(別のサル種や別のコ
ロニー由来の株)同士で異なり,そのホモロジーから計算された系統関係を示した。

 5)NAKAMURA, S.らは,Bウィルスとその他のアルファヘルペスウィルスを区別し
て検出できるワンステップのPCR法を報告した。変異の多いgG(Glycoprotein G)の
領域に着目し,アカゲザル,カニクイザル,シシオザル,ブタオザル由来の異なる株
のBウィルスでは増幅し,その他のアルファヘルペスウィルスでは増幅しないPCR法を
開発した。gGはGC含量が高いため,これまでPCR法では増幅できないとされていたが,
ベタインを加えることでそれを可能にした。

 6)NAKAMURA, S. らは,Bウィルス感染症の予防を目指したDNAワクチン実験につ
いて報告した。Bウィルスの主要抗原のひとつであるgD(Glycoprotein D)遺伝子を
プラスミドに組み込み,リポソーム性ベクターを用いてサルに皮内投与した。gDに対
する液性免疫,細胞性免疫がともに惹起されることが確認され,このDNAワクチンが
効果的にしかも安全にBウィルス感染を防御できる可能性を示した。

 7)EBERLE R. らは,マウスモデルにおいて,Bウィルス,HVP2,SA8,HVS1
(Herpesvirus saimiri 1: リスザルのアルファヘルペスウィルス)の病原性,侵入
性,増殖を比較し,報告した。侵入された細胞でのウィルス増殖を検出するために,
ウィルス遺伝子の転写に影響しない部位にリポーターとしてGFP発現カセットを組み
込み,観察可能にした。SA8はマウスに対して全く病原性を示さず,抗原性も低く,
ウィルスはマウスで増殖していないことを示した。HVS1はマウスに病原性を示すが,
さほど致死的ではなかった。一方,Bウィルスは中枢神経系に侵入,傷害し,致死的
であった。おもしろいことに,HVP2には,Bウィルスと同様致死的な株と,全く病原
性のない株とがあった。DNA塩基配列による系統学的解析でも,HVP2はこの病原性と
相応して2つの群に分けられた。

 総合討論では,会場・演者らの間で,ヒトでの感染・死亡事故がこれまでアカゲザ
ルBウィルスのみで起きているのは株の病原性の違いによるものなのか,ヒトが接触
する機会が異なるという確率的なものであるのかという議論がなされた。また,現在
中国を含む各国で,アカゲザルやカニクイザルのコロニー・Bウィルスフリーへの試
みが,どの程度進んでいるのかの検討がなされ,継続的なBウィルス研究の必要性が
提議された。さらに,Bウィルスと思われる感染が,アカゲザルから隣ケージの新世
界ザル(オマキザル)に起きた例が,ドイツの参加者より紹介された。最後に,Bウィ
ルスフリーマカクザルを作製する上で,現行の抗体検査法では,false-negativeのケー
スを完全には一蹴できず,そうした観点で,DNAワクチンの有用性が指摘された。

文責:光永総子(京都大・霊長研),向井鐐三郎(感染研・筑波霊長類センター),
中村 伸(京都大・霊長研)