国際会議「実験用霊長類の将来像に関する国際的展望(International Perspectives: The Future of Nonhuman Primate Resources)参加報告(その1、初日)

 

 霊長類センター、寺尾恵治

 

 417日から19日にかけて、米国ワシントンDCNational Academy of Sciences Auditoriumで標記の国際会議が開かれました。バイオリソースとしての実験用霊長類の位置づけをもう一度整理する必要があると考えていた時期だけに、バイオリソース先進国である米国の将来構想を聞ける良い機会と考え参加してみました。日本からは私の他に予防衛生協会の職員が数名と在米企業2社(エルエスジー、新日本科学)から数名の参加がありました。少し遅くなりましたが、当日のメモを頼りに会議の概略を数回に分けてできるだけ詳細に報告します。

 

 417日(水曜日)

 Texas Southwest Foundation for Biomedical ResearchVandeBerg所長の開会の挨拶に引き続き行われたAustralian National UniversityJohn HearnOpening Addressで初めてこのシンポジウムの趣旨が理解できた。

 Hearn教授は数年前までウイスコンシン大学生理学教室教授でウイスコンシン地域霊長類研究センターのコアスタッフ(所長?)であった。1995年にThomsonらがアカゲザルのES細胞樹立を報告した論文(PNAS)のラストオーサーでもある。少し長くなるが、米国における実験用霊長類の現状と将来展望に関わるいくつかの貴重な提言がなされたので紹介する。

 彼は2010年における実験用霊長類資源の安定供給を保証し、有用性を確保するために現時点で対応すべき問題として以下の5項目をあげた

              1、科学的緊急性

              2、アカゲザル資源

              3、代替え法の選択

              4、保護のためのサイクル

              5、倫理的側面

 

 1については2010年に現在以上に霊長類モデルが重要となる研究領域として、i) エイズ及び感染症、ii) 幹細胞・発生・移植、iii) 遺伝子治療とゲノム機能解析、iv) 老化、v) 学習・行動・表現解析をあげ、ポストゲノムプロジェクトとして重要なこれらの研究には霊長類モデルが必須であることを強調した。

 

 2のアカゲザルは緊急性を要する問題で、実験用アカゲザルの需要があるにも関わらず、目的とする(特にインド産)アカゲザルの確保が困難になりつつある現状を打開するための施策として組織毎に取り組まなければならない問題を整理していた。すなわち

 ○NIH-National Center for Research Resources は国際的なリーダーシップを発揮すべき

 ○米国は研究の発展を加速すべき

 ○インドは特別な地域としてとらえるべき

 ○国際的には新しい制度を構築し国際協力を押し進めるべき

 ○ILARInstitute of Laboratory Animal Research)とNASNational Academy Sciences)は人類福祉に貢献すべき

 

3の代替手段(Alternative Options)は、サルに替わるという意味ではなく、需給が逼迫しているアカゲザルに替わる候補サル種として、他のマカク、ヒヒ、マーモセット、チンパンジーをあげそれぞれの長短を指摘した。

 

4の保護サイクル(Conservation Cycles)の概念として、野生からの搾取の即時停止と繁殖コロニーからの供給するサルの価格に保護サイクルコストを上乗せして、これをもって自然保護の基金とするアイデアが提案された(特に初めての提案ではないことは後述する)。さらに、繁殖、育成、輸送、検疫、実験のいずれの場合にも科学的根拠に基づいた倫理的な取り扱いが要求されることも強調していた。

 

5の倫理の問題では、生命の尊厳、倫理的配慮と文化、規制責任、教育とトレーニング、環境配慮などの問題についての国際協調が必要であるとし、具体的な連携行動として、8つの米国国立霊長類センター相互の協調、NAS--ILAR--NIH--USDA--Industry間での協調、国際霊長類研究機関の協調を緊急に具体化する必要があることが指摘された。

 この基調講演により、この国際会議における各セクションの意味づけが明確になり、さらに最終的に何を目指すかの意思統一が図られたように思えた。すなわち、2010年の実験用霊長類資源を展望した場合、現時点で問題となるのは

 

 (1)原産国での野生保護と供給体制の整備

 (2)米国内霊長類研究センターにおける供給体制の拡大整備

 (3)需給の逼迫しているアカゲザル資源の確保

 (4)新しい研究領域における有用性の開拓

 (5)実験用霊長類の輸送手段の改善

 (6)研究者、技術者の教育とトレーニング

 

 であり、いずれも解決にはworld wideな視点が要求される。プログラムもこの順に従って準備されていた。

 

 まず(1)と(2)の問題に関わる現状分析として、セッション12で「保護と供給(Conservation and Supply)」の現状と問題点について、サルの原産国、使用国、米国からの報告があった。

 原産国からの報告者はケニアの J Mwenda、南アフリカのJurgen Seier、インドネシアのJI Pamungakas、インドのA.Jagannadha Rao、ネパールの、Mukesh Kumar Chalise、中国のZhiyong Fan、モーリシャスのMA Stanley、ボリビアのMJ Baudoin、カナダ(カリブ)のF Ervinの順で各国の事情が紹介されたが、事前に報告内容の統一が図られていなかったためか、自然保護の観点から野生ザルの分布および生息数の調査結果を報告したもの(南アフリカ、ネパール)、霊長類研究施設とその内容を報告したもの(ケニア、インド、ボリビア)、繁殖施設と供給実績を紹介したもの(インドネシア、中国、モーリシャス、カリブ)と、実験用サルの供給後進国、供給先進国の立場こそ明確になったが、国際協調をどのレベルで行うかの具体的な議論は充分になされなかった。それぞれの報告で注目された事項をヶ条書きにする。

 ケニアではconservation cycle 経費として供給価格の2%450$ /ヒヒ、350$ / ベルベットモンキー)を徴収し、自然保護に当てている。自然生息数の調査などをワシントン地域霊長類研究センター、英国霊長類研究センターと共同で行っている。

 南アフリカには国立霊長類センターはないが、年間210頭のヒヒと120頭のベルベットモンキーを使用する施設(ワクチン製造)はある。野生捕獲ザルの使用頭数は減少傾向にあるが、ヒヒは95%以上、ベルベットでも40%は野生捕獲ザルを使用しているのが現状である。

 インドネシア・テンジル島でのSPFカニクイザル、ブタオザル繁殖計画が1987年からワシントン地域霊長類研究センターと共同で開始され、順調に進んでいる。

 インドには14種のサルが棲息しているが、主としてボンネット、アカゲ、ハヌマンラングールの3種が医科学実験に使用されている。インド産アカゲザルの輸出解禁のめどは立っていない。

 ネパールはほとんど霊長類研究は手つかずであり、野生集団の分布や生息数の調査がワシントン地域霊長類研究センターと共同で開始されたばかりである。ネパールのアカゲザルがインド産アカゲザルの代替えになるか否かは不明。

 中国とモーリシャスは供給先進国としての供給実績を紹介した。

 ボリビアの状況も南アフリカとほぼ同様であり、主として経済的理由から繁殖育成ザル供給用の施設が未整備である状況が説明された。

 カナダ・McGill大学のErvinはカリブ海で島繁殖を行っているベルベットモンキーの繁殖状況を概説し、種々の生物学的特性からベルベットモンキーがアカゲザルの代替えザルの有力候補であると強調した。

 

 引き続きセクション2でも保護と供給の問題がドイツ(EC)のG HunsmannとロシアのB Lapinから報告された。この2題は霊長類研究先進国からのレポートの色合いが濃く、前者からはEC全体の実験用霊長類の使用状況と自家生産、輸入別の統計データが示された。それによるとEC全体で使用されている実験用サル種はマーモセット、アカゲ、カニクイ、リスザル、タマリンであり、マカカザルの年間輸入頭数は1866頭(カニクイ1300、アカゲ566)で74%が中国から、12.5%がイスラエルから、10%がモーリシャスから輸入されている。ECらしさを感じさせたのが自給率で、マーモセットの100%(518/518)、アカゲの35%(311/877)、カニクイの16%(253/1553)を自給しているという。米国の自給率をしのぐ数値である。

 最も古い霊長類研究センターを持つロシアからはスフミからソチに移転した霊長類センターの概要が、老霊長類学者Lapinから報告された。年間生産数や使用数、用途などについての具体的なデータは示されなかった。

 このセッションの最後に米国における実験用霊長類の現状がNational Center for Research ResourcesNIHJ Robinsonから報告された。彼は実験用霊長類を「Moving Target」とした理由として、年間変動が激しいこと、NIHがサポートしている地域霊長類研究センターで保持しているコロニー規模が研究のトレンドで変化することなどをあげた。

 彼の示したNIHが資金援助をしている米国内コロニーで維持されているサルの頭数(2000年)は、国立霊長類研究センターでアカゲザル(8センター)13,547頭、ブタオザル(4センター)1,542頭、カニクイザル(5センター)2,996頭、ニホンザル(1センター)236頭、ヒヒ(5センター)4,103頭になる。この他に、インドネシアのSPFコロニーのカニクイ、ブタオが2,000頭、カリビアン霊長類センターのアカゲが2,029頭、アラバマ大のリスザル439頭、オクラホマ大のヒヒ167頭、チンパンジーはテキサスに180頭、ルイジアナに130頭という規模になる。

 アカゲザルの利用についてはNIHの供出資金の65%がアカゲザルの生産供給に使用されているが、それはAIDS、老化、炭疽菌(バイオテロ)、遺伝子治療、神経科学、生殖生理学、移植、マラリアなどの感染症研究での需要が多いことによる。特にSPFアカゲザルの需要が高いことから、6つの霊長類センターにSPFアカゲザルコロニーを確立し、過去5年間にカリフォルニア(215頭)、カリビアン(350頭)、ニューイングランド(335頭)、オレゴン(700頭)、サウスウエスト(365頭)、チュウレーン(400頭)の総計2,365頭のSPFアカゲザルを生産したと報告した。アカゲに対しては充分な予算措置とプログラムを用意しているというNIH側の反論でもあった。

 一方NIHが把握している使用頭数と民間企業での使用頭数のギャップもMoving Targetの理由となる。統計の基礎となる年が異なるが、1999年のNIH支援機関での使用、飼育頭数が13,000頭であるのに対し、2000年の全米総頭数は57,500頭であるから、民間企業などで使用されているサルの頭数はNIH支援の約3.4倍にもなる。

 民間の使用状況を報告する演者としてチャールスリバーのG Beattieが使用状況(頭数)の推移を説明したが、民間企業人らしく、具体的な数値の提示はなく全体としての趨勢が紹介された。アカゲザルに関しては需要過剰であり、年間供給数1,300頭では間に合わない状況が生じており、この状況は35年は続くと予想される。これを補う形でカニクイザルの輸入が増加しており、年間の輸入頭数は、中国から4,0005,000、モーリシャスから4,500、インドネシアから7003,000、ベトナムから2,0003,000、フィリッピンから2,000、総計12,00015,000頭の輸入があり、その50%をチャールスリバーが担当している。カニクイザルが主流(デフォルト)になりつつあると指摘した。また、創薬研究での使用が増加しており、SPFまたはB陰性サルの使用にこだわる状況が生じているが、これは「Policy of using SPF or B-free only will back you into a corner. 」を意味する、というコメントで発表を終えた。

 

 セッション3では実験用霊長類の飼養標準をあらたに検討したグループから、「新たに作成された飼養標準」が提示された。この内容についてはNational Academy Pressから出版されることになっており、情報はホームページwww.nap.eduで見られるので試みてください。

 

 以上初日の議論は今ひとつ統一性が無く、原産国、利用国を含めてそれぞれの国および機関が、実験用霊長類の現状を報告し、全体討論でも特に方向性や行動指針を定めるような恣意的な議論が行われたわけではなかった。その割には、2010年における実験用霊長類の保護と供給について、原産国には国際協調による資金援助の、利用国には切迫している霊長類資源にゆとりが生じる期待が参加者の中に徐々に芽生えてきている印象があった。最終日に起こる統一と前進の総括にむけての静かな幕開けだったような気がする。次回は2日目以降の議論を紹介します。