第31回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}


12.1.3 選択強度のゆらぎが遺伝子頻度の確率分布におよぼす影響

これまで遺伝子頻度に機会的変動を起こす要因として配偶子の任意抽出のみを取り上げ、選択強度は毎世代変わらないとして有限集団における遺伝子頻度の確率分布を調べた。しかし生物環境が機会的に変動することがあれば選択強度のゆらぎが起きて、集団が大きかろうと小さかろうといずれにせよ影響があろう(Fisher & Ford 1947; Wright 1948)。自然集団では多くの遺伝子座で選択強度に絶えず変動が起こっている可能性があり、これが遺伝子頻度の分布にどのような影響をおよぼしているかを明らかにすることは重要である。

優劣関係のない、すなわちヘテロ接合の適応度は二つのホモ接合のそれの中間になる場合を検討して、選択強度のゆらぎの遺伝子頻度の分布への基本的影響を考えることにしよう。その他の詳細はKimura(1955)を参照されたい。

対立遺伝子G,gそれぞれの頻度をx,1-xとし、Gのgに対する有利さSは世代とともに変る確率変数とする。すなわち任意交配集団で

遺伝子型 GG Gg gg
適応度 2S S 0
頻度 x2 2x(1-x) (1-x)2

平均:E(S)=s 分散:V(S)=VS

またGからgへの突然変異率をu, 逆突然変異率をvとする。

一世代当たりのG遺伝子の頻度変化率(δx)は

δx=Sx(1-x)-ux+v(1-x)+δ'x

ここにδ'xは配偶子の任意抽出に基づく変化でその平均は0で、分散はx(1-x)/(2N)である。ここにNは集団の有効な大きさである。

δxの平均Mx及び分散Vxは次のようになる。

Mx=sx(1-x)-ux+v(1-x)
Vx=Vsx2(1-x)2+x(1-x)/(2N)

これから

Mx/Vx ={sx2+(u+v-s)x-v}/[Vsx(1-x){x2-x-1/(2NVs)}]
=(1/Vs){A1/x+B1/(1-x)+C/(x-λ1)+D/(x-λ2)}

ここにλ1、λ2 はx2-x-1/(2NVs)=0の二根でλ1>1、λ2<0である。たとえば2NVsのある値に対して次のような数値となる。

2NVs λ1 λ2 λ12
0.01 10.512492 -9.510490 20.022982
0.1 3.701562 -2.701562 6.403124
1.0 1.618034 -0.618034 2.236068
10.0 1.091608 -0.091608 1.183214
100.0 1.009902 -0.009902 1.019804

なおNVs=0はN>0であるから、Vs=0となる。これは選択強度のゆらぎがない、第30回講座の11.1.2の遺伝子選択の場合に相当する。さらに

A1 =2NVsv
B1 =2NVsu
C =2NVsA, A=-{uλ1-vλ2+s/(2NVs)}/(λ12)
D =2NVsB, B={uλ2-vλ1+s/(2NVs)}/(λ12)

であるから、遺伝子頻度の確率密度は

φ(x)=Const{x4Nv-1(1-x)4Nu-11-x)4NA-1(x-λ2)4NB-1}

となる。

 

G,gの選択が対称的な例:E(S)=s=0で両方向の突然変異率の絶対値が等しい:u=v。

A=B=-u となるから、遺伝子頻度の確率密度は

φ(x)=Const{x(1-x)}4Nu-1{(λ1-x)(x-λ2)}-4Nu-1

と簡単になる。

(i) 4Nu≪1:Nが非常に小さい。たとえばN=103

遺伝子頻度の確率密度
Vs=0 ⇒ φ(x)=Const/{x(1-x)}
Vs=1/(2N) ⇒ φ(x)=Const/{x(1-x)(1.62-x)(x-0.62)}
Vs=10/(2N) ⇒ φ(x)=Const/{x(1-x)(1.09-x)(x-0.09)}

対立遺伝子のいづれかが固定する確率が大きく、分布曲線はU字形となる。

Vsの大きさと分布曲線の特徴(N=1,000)

2NVs Vs √(Vs) 分布の特徴
0 5x10-5 0.0000 選択強度のゆらぎなし
0.1 5x10-5 0.0071 Vs=0の場合とほとんど区別がつかない
1.0 5x10-4 0.0224 Vs=0の場合とほとんど区別がつかない
10.0 5x10-3 0.0707 Vs=0の場合とほぼ同じ。亜末端クラスが33%増。
100.0 5x10-2 0.2236 Vs=0の場合とほぼ同じ。亜末端クラスが2.2倍。

結論。小さな集団では、選択強度のゆらぎの遺伝子頻度の確率分布におよぼす影響は比較的ちいさい。ここで小さな集団とは4Nu≪1の条件が成り立つ規模の大きさを指す。上の例で突然変異率u=10-5でN=103 なら、4Nu=4x10-6x103=0.04≪1である。

(ii)4Nu=1:平均して1世代ごとに1つの突然変異が現れる。

遺伝子頻度の確率密度は

φ(x)=Const/{(λ1-x)(x-λ2)}2

Vs=0 ⇒ φ(x)=Const
Vs=0.1/(2N) ⇒ φ(x)=Const/{(3.70-x)(x-2.70)}2
Vs=1/(2N) ⇒ φ(x)=Const/{(1.62-x)(x-0.62)}2
Vs=10/(2N) ⇒ φ(x)=Const/{(1.09-x)(x-0.09)}2
Vs=100/(2N) ⇒ φ(x)=Const/{(1.01-x)(x-0.01)}2

(i)の場合と比べて、たとえばu=10-5なら、N=25,000で集団の大きさは25倍になる。

2NVs 分布の特徴
0 分布曲線は平坦
10 しだいにU字形となり、Vs=0の場合にくらべて亜末端クラスの頻度は4.9倍となる
100 しだいにU字形となり、Vs=0の場合にくらべて亜末端クラスの頻度は48倍となる

(iii)4Nu>1

遺伝子頻度の確率密度は

φ(x)=Const{x(1-x)}4Nu-1{(λ1-x)(x-λ2)}-4Nu-1

この分布の極値はd{logφ(x)}/dx=0をみたすxの値で得られる。-λ1λ2=1/(2NVs)と

λ12=1に注意すれば求める値は次の式を満たす。

(1-2x){x2-x+(4Nu-1)/(4NVs)}=0}

したがってxについての2次式の判別式

Δ=1-(4Nu-1)/(NVs)

から分布曲線の様相が次のようになる。また分布の両末端は常に0である:

φ(0)=φ(1)=0

Δ<0 ⇒ x=1/2で分布の極値で最大値
Δ=0 ⇒ x2-x+1/4=0. x=1/2で最大値
Δ>0 ⇒ x=1/2で最小値。Vs>4u-(1/N)なら、さらにx={1±√(D)}/2で最大値がある。

また

√(D)={1-(4Nu-1)/(NVs)}1/2 〜1-(4Nu-1)/(2NVs
〜1-(2u)/Vs (ただし、Vs>4u-(1/N))

だから、二つの最大値を与える遺伝子頻度はそれぞれ

xmax1 〜(1/2){1+(1-(2u)/Vs}=1- (u/Vs) →1 (Vs→∞)
xmax2 〜(1/2){1-(1-(2u)/Vs}= u/Vs →0 (Vs→∞)

となる。

以上の計算から、4Nu > 1のときの遺伝子頻度の分布曲線は次の様相である。

  1. Vs≦4u-(1/N) ⇒ 遺伝子頻度x=0.5で最大値をとる一峰性の曲線
  2. Vs> 4u-(1/N) ⇒ x=0.5で0でない最小値、x={1±√(D)}/2で最大値をとる二峰性の曲線。Vsが大きくなると最大値での峰は末端クラスに近づく。しかし末端クラスの確率密度はいずれも0である。

たとえば4Nu=2、一世代ごとに1個の突然変異が予測される場合を考えてみよう。

u=10-5⇒N=50,000だから、4u-(1/N)=2x10-5。したがって

Vs≦2x10-5⇒分布は一峰性

Vs> 2x10-5⇒分布は二峰性

極値を与える遺伝子頻度は次のようになる。

Vs xmax1 xmin xmax2
0 0.5 - -
10-5 0.5 - -
10-4 0.947 0.5 0.053
10-3 0.995 0.5 0.005

結論:遺伝子に優劣関係のない場合は、選択強度のゆらぎが分布におよぼす影響は集団の大きさが小さければわずかであるが、大きくなるにつれて次第に著しくなることがわかる。

 

12.2.1 前向きの方程式の拡張

3つの対立遺伝子G1,G2,G3それぞれの頻度がx1,x2,x3=1-x1-x2のとき、2変数の確率密度φ(x1,x2;p1,p2)=φは次の前向きの方程式の解である。ここにp1,p2,p3はそれぞれ最初の世代t=0でのG1,G2,G3の頻度である。

∂φ/∂t = (1/2)∂2(Vx1φ)/∂x12 + (1/2)∂2(Vx2φ)/∂x22
+∂2(Wx1x2φ)/∂x1∂x2
-∂(Mx1φ)/∂x1-∂(Mx2φ)/∂x2

ここでVxi(i=1,2)は各対立遺伝子の世代間の浮動による分散、Wx1x2は対立遺伝子頻度間の共分散、それにMxi(i=1,2)は組織圧による各対立遺伝子頻度の世代あたりの平均的変化である。

m個の対立遺伝子がある場合には分散と平均に関る項がそれぞれm-1、共分散に関する項が2つの対立遺伝子の組み合わせによりm(m-1)/2通りあらわれる。

3対立遺伝子の機会的浮動の全過程については上式で、Vx1=x1(1-x1)/(2N), Vx2=x2(1-x2)/(2N), Wx1x2=-x1x2/(2N), Mx1=Mx2=0のときの確率密度の厳密解が得られている(Kimura 1956)。

2つ以上の遺伝子座を同時に考えたときの分布についても、各遺伝子座に2つの対立遺伝子のある場合の定常状態における分布はWrigh(1937),Kimura(1956b)が求めている。

 

12.3 後ろ向きの方程式の応用

集団遺伝学において後ろ向きの方程式を最初に用いたのはKimura(1957)で、遺伝子の固定確率の計算であった。より一般的な応用についての数学的な取り扱いをしたのは丸山(Maruyama 1977)である。ここでは丸山・高畑(1979)によって解説しよう。

一つの遺伝子座に注目して、そこで特定の対立遺伝子の頻度の世代による変化過程を考察することにする。ここでφ=φ(p,x;t)は最初の世代(t=0)での遺伝子頻度がpであったのがt世代でxとなる遺伝子頻度の確率密度とする。29回講座,11.3.2.1節で述べたように、φは次の後ろ向き方程式の解で与えられる。

∂φ/∂t=(Vp/2)∂2φ/∂p2+Mp∂φ/∂p

ここでVpは初期頻度の世代あたりの機会的分散、Mpは初期頻度の組織的変化の世代あたりの変化率を表わす。興味深いことはこの方程式で記述される確率過程は、一世代あたりに変化する量の平均Mpと分散Vpとで、すべての性質が決ってしまうことである。このことは前向きの方程式についても言えたことである。

ところで後ろ向きの方程式を満たす確率密度φ(p,x;t)はp、xとtの関数であるが、pとtは微分という演算の対象になっているが、xは演算の対象とはなっていない。そこで、遺伝子頻度xできまる任意の量f(x)を考えることにしよう。たとえば任意交配集団でのヘテロ接合の頻度ならf(x)=2x(1-x)、ホモ接合ならf(x)=x2である。

ここで次のような量を考えてみよう。

F(p,t)=∫f(x)φ(p,x;t)dx

ここで積分の範囲は[0,1]である。数学的にいえばF(p,t)はf(x)の期待値となっている。しかもこの期待値F(t,p)は次の微分方程式を満足する。

∂F/∂t=(Vp/2)∂2F/∂p2+(Mp)∂F/∂p

おもしろいことにf(x)はいろいの違う量であり得るのに、同一の微分方程式の解として求められることである。これはこの微分方程式を解くための初期条件(と境界条件。詳しくはMaruyama(1977)参照)の違いによって求める解が決まる。すなわち

F(p,0) =f(p) 最初(t=0)の集団の遺伝子頻度pで決まる量
=2p(1-p) 最初の任意交配集団でのヘテロ接合の頻度
=p2 最初の任意交配集団でのホモ接合の頻度
...

次にF(p,t)の世代にわたる累積和を求めてみよう。数学的にあらわすと次の数量を求めることになる。

G(p)=∫F(p,t)dt

ここで積分は[0,∞)の範囲である。もちろん生物学的に意味のある数量のみを計算するのだから、積分値が存在しない場合は考察から除外する。前出のFについての微分方程式を世代tについて積分すると、左辺は

∫(∂F/∂t)dt =F(p,∞)-F(p,0)
=F(p,∞)-f(p)

となる。この積分値が有限になるにはF(p,∞)=0。すなわち、十分大きなtについてF(p,t)の値が急速に減少する必要がある。一方、右辺は形式的にFをGで置き換えた結果となるから、Gは次の常微分方程式を満たすことがわかる。

(Vp/2)d2G(p)/dp2+(Mp)dG(p)/dp+f(p)=0

最初の遺伝子頻度がpなら、その集団から変異が消失するまでに、どれほどヘテロ接合体H(p)現われるかを計算したいのだから、つぎの常微分方程式を解くことになる。

すなわち、機会的浮動だけの過程であれば、Vp=p(1-p)/(2N)、Mp=0であるから、

{p(1-p)/(4N)}d2H(p)/dp2+2p(1-p)=0

この場合の境界条件は

dH(1)/dp=0、H(0)=0

であるから、もとめる解は

H(p)=4Np(2-p)

である(Maruyama 1977;p59)。特に最初の頻度が1/(2N)であれば

H(1/2N)=4-1/N

突然変異などで新たに生じた対立遺伝子は消失するまでに平均してほぼ4個体のヘテロ接合体を形成することがわかる。

それでは集団の初期頻度pから変異が消失するまでにどの位の世代を要するか、という問題を考えてみよう。

ここで当てはまるf(p)は次のようになる。

f(p)=1 0<p<1
f(0)=0 p=0
f(1)=0 p=1

これは0<p<1の遺伝子頻度では変異は存在して、p=0、p=1では変異がなくなることを示している。したがって変異の消失するまでの世代数T(p)は次の微分方程式をの解である。

{p(1-p)/(4N)}d2T(p)/dp2+1=0

この解は

T(p)=-4N{plogep+(1-p)loge(1-p)}  (Waterson(1962)).

また

T(1/2N)〜2{loge(2N)+1} となる。(Maruyama 1977;p48-49)

次に有限集団における1個の有害突然変異遺伝子が消失するまでのヘテロあるいはホモ個体の総数について予測してみよう。集団の近交係数をαとすると三遺伝子型、それぞれの選択値、及び遺伝子型頻度は次のようになる。

遺伝子型   選択値   頻度
GG   1   (1-x)2+(1-x)α
Gg   1-sh   2x(1-x)(1-α)
gg   1-s   x2+x(1-x)α

これから世代あたりの遺伝子頻度の変化率Mxと分散Vxは次のようになる。

Mx=-sx(1-x)[(1-α)+α+(1-2h)(1-α)x]
Vx=x(1-x)/(2Ne)

任意交配集団(α=0)でのヘテロ接合体の総計n1:f(p)=2Nx(1-x).(Li and Nei,1972)

h≧0.3 n1(p)〜2Np/(hs)、 n1{1/(2N)}=1/(hs)
-0.25≦h<0.3 n1(p)=4NNep√[π/{2Nes/(1-2h)}]exp(A2)erf(A)
n1{1/(2N)}=2Ne√[π/{2Nes/(1-2h)}]exp(A2)erfc(A)

ここで A=h√{2Nes/(1-2h)}で、erfc(A)=1-erf(A)は指数積分である。後者の数値計算には次の近似がよく使われる。

erfc(A)=1/[1+A(b1+A(b2+A(b3+b4A)))]4
b1=0.278393, b2=0.230389, b3=0.000972, b4=0.078108

である(Hasting 1955)。

なお突然変異遺伝子が完全劣性(h=0)であれば

n1(p)  =4NNep√{π/(2Nes)}
n1(1/2N)=2Ne√{π/(2Nes)}

である。

n1(1/2N)とhsの関係をN=Neの集団で調べてみよう。

hs>0.04 ⇒ n1(1/2N)〜1/(hs). Nの大きさにほとんど依存しない。

hs<0 (超優性)、N→∞ ⇒ n1(1/2N)は急速に増える。

例:hs=-0.02, s=1, N=10,000 ⇒ n1(1/2N)=1.08x106

これは超優性遺伝子が集団中に長い世代にわたって存続するからである。

近交集団(α>0)でのホモ接合体の総計:f(p)=N{p2+αp(1-p)}. (Li, 1975)。

任意交配集団(α=0)での予測は(Li and Nei, 1972)が次の公式を示している。

hs≧0.04 n2(p) =Np/{4Ne(hs)2}
n2(1/2N) =1/{8Ne(hs)2}
-0.25≦hs<0.3 n2(p) =[1-√{πAexp(A2)erfc(A)}]Np/{s(1-2h)}
n2(1/2N) =[1-√{πAexp(A2)erfc(A)}]/{2s(1-2h)}

特に完全劣性(h=0)⇒ n2(1/2N)=1/(2s) で、集団の大きさによらない。

集団の大きさ(Ne=0.75N)で N=1,000/10,000、 α=0/0.002の各値のときの新たに生じた突然変異が消失するまでのホモ接合体の総数n2(1/2N)は次のようになる。

単一有害突然変異が消失するまでのホモ接合体の総計の予測(Li,1975).

    N=1000 N=10,000
   hs   α=0   α=0.002   α=0   α=0.002
部分劣性   0.04 0.07 0.08 0.009 0.03
   0.02 0.15 0.17 0.032 0.067
   0.01 0.26 0.27 0.089 0.135
完全劣性   0 0.45 0.47 0.46 0.46
超優性   -0.01 0.97 0.92 8.5 5
   -0.02 2.3 2.1 1200 400
   -0.04 21 17 32x109 35x108

任意交配集団(α=0)での一有害致死(s=1)突然変異が消失するまでの世代数とヘテロおよびホモの総数の平均値と(標準誤差)の一例は次のようになる。ただしNe=750,N=100とする。

  hs ヘテロの総数 ホモの総数 消失するまでの世代数
部分劣性 0.04 16(63) 0.41(2.9) 4.5(7.7)
  0.02 21(87) 0.65(4.5) 5.0(9.5)
  0.01 24(103) 0.83(5.6) 5.2(10.7)
完全劣性 0 29(124) 1.0(7.1) 5.6(11.4)
超優性 -0.01 34(151) 1.4(9.2) 6.0(12.9)
  -0.02 42(185) 1.9(11.9) 6.5(14.7)
  -0.04 65(289) 3.5(20.7) 8.0(20.)

これらの数値の(誤差)はかなり大きく、ヘテロ個体の選択係数が小さくなるにつれて誤差が大きくなるから、実際の値は平均から大きくずれる。数値計算からα=0.002と近親婚があるとわずかではあるが誤差は減少するが、上の結論はほとんど変わりない。何世代にもわたってこのような数量を求めることは実際には非常に不確かであると言える。予防衛生の問題として、新たに生じた突然変異がそれが消失するまでに、臨床症状を示す個体の総数(優性突然変異ならヘテロ接合、劣性突然変異ならホモ接合)を予測することはたいへん興味深い。しかしこれだけ大きな誤差が伴うのであれば、観察される患者数をあらかじめ予測することは非常に困難であろう。

伴性有害突然変異遺伝子についても同様な研究がに行われている Li(1973)。

 

12.3.1 有限集団に存続する中立対立遺伝子の数

1つの遺伝子が数百ないし数千のヌクレオチド対から構成されており、遺伝子突然変異の主体はヌクレオチド部位でのDNA塩基の置換であることを考えると、1つの遺伝子座に考えられる複対立遺伝子の数は天文学的な数字になる。たとえば500個のヌクレオチドからなる遺伝子座を考えると、この数は4500〜10301となる。DNA塩基の置換はなかには非常に大きな表現型効果を起こすものもあるが、実際にはほとんど表現型効果を表わさないものが多いとみられる。したがって、いわゆる正常遺伝子は分子レベルでは均一なものでなく、集団中には何種類ものイソアレルisoallelesが共存しているものとみられる。

集団の有効な大きさをNeとして、1つの遺伝子座での突然変異率をu、そして突然変異を起こすごとに新しい対立遺伝子を生じると仮定する。この集団における近交係数ft+1は前の世代のftとNe、およびuで次のように表わすことができる。

ft+1=(1-u)2[(1-1/Ne)ft+(1/Ne){(1+ft)/2}]

突然変異による新しい対立遺伝子の出現と配偶子の機会的サンプリングによる消失とが釣り合った平衡状態では

ft+1=ft

であるから、このときの近交係数をfで表わせば近似的に、

f=1/(1+4Neu).

個体がヘテロである確率Hは

H=1-f=4Neu/(1+4Neu).

fの逆数を保有される複対立遺伝子の有効な大きさeffective number of alleleと定義すると

n=4Neu+1

が得られる(Kimura and Crow,1964)。もし存在する複対立遺伝子の頻度がすべて同じであると、ホモ接合体の頻度fは複対立遺伝子の数の逆数に等しい。複対立遺伝子の頻度に相違があるとホモ接合の頻度は大きくなり、したがって有効な大きさは小さくなる。

任意交配集団で、その有効な大きさNと突然変異率uが与えられたときの複対立遺伝子の有効な大きさneは、たとえば次のようになる。

集団の有効な大きさNe
突然変異率u↓
102 103 104 105 106 107
10-4 1.04 1.4 5.0 41 401 4001
10-5 1.004 1.04 1.4 5.0 41 401
10-6 1.0004 1.004 1.04 1.4 5.0 41
10-7 1.00004 1.0004 1.004 1.04 1.4 5.0

Haldane(1939)は安定した集団で予測される遺伝子の最小数は16Nu/(2+V)であると報告している。ここにVは両親あたりの子の分散である。Nが大きくV=2なら、4Nuとなりne=4Neu+1とほぼ合致する(ただしNe=N)。

平均ホモ接合性fの割合は次のようになる。

集団の有効な大きさNe
突然変異率u↓
102 103 104 105 106 107
10-4 .96 .71 .20 .024 .0025 .00025
10-5 .996 .96 .71 .20 .024 .0025
10-6 .9996 .996 .96 .71 .20 .024
10-7 .99996 .9996 .996 .96 .71 .20

これらの表からもわかることだが、4Neu≪1なら、f→1。これは集団の遺伝子すべてが単一突然変異遺伝子から由来している状況に近いことを意味する。4Nu≫1なら、集団には2個以上の対立遺伝子があることを示し、さらに大きな集団では各個体はヘテロ接合である様相を示す。

 

12.3.2 有限集団に存続する中立対立遺伝子の数:確率過程による扱い

ある遺伝子座にG1,G2,...,GKの中立複対立遺伝子があるとする。この遺伝子座あたりの突然変異率をuとし、各対立遺伝子の突然変異率はいづれも同じであるとする。すなわち各対立遺伝子は他の(K-1)個のどれかに突然変異する確率は

v1=u/(K-1)になる。変動に関する有効な大きさNeの任意交配集団で、特定の対立遺伝子の頻度が世代あたりに変化する平均と分散は次のようになる。

Mx=-ux+v1(1-x)  Vx=x(1-x)/(2Ne)

この形は第27回講座の11.2.2節のモデルでvの代りにv1を用いることを除き、形式的に同じである。突然変異率が同じ中立イソアリルneutral isoalleleのモデルではK個の複対立遺伝子のうち1個の頻度分布を考えることで、(K1)個の複対立遺伝子をプールして2対立遺伝子のモデルに帰着させることができる。

したがって平衡状態におけるxの頻度はベータ分布にしたがう。すなわち

φ(x)={Γ(A+B)/(Γ(A)Γ(B))}xA-1(1-x)B-1

ここにA=B/(K-1)、B=4Neuである。

予測されるホモ接合G1G1の頻度は

E(x2)=∫x2φ(x)dx=(A+1)/{K(A+B+1)}

であるから、すべてのKについてのホモ接合体の合計は

f=E(Σx2)=(A+1)/(A+B+1).

ここで積分範囲は(0,1)、和は1からKまでである。

ヘテロ接合体の合計は

1-f=B/(A+B+1)

となる。有効な対立遺伝子の数ne

ne≡1/f=(A+B+1)/(A+1)

この値は集団で分離している対立遺伝子の平均値の逆数で定義される‘平均の’対立遺伝子の数naより小さいのが普通である。特定の対立遺伝子が集団から一時的に消失する確率P1(0)は

P1(0)=∫φ(x)dx  {積分範囲は(0,1/(2N))}

ここでNは集団の実際の数である。x=0を除く対立遺伝子の平均の数<x>[x≠0]は

<x>[x≠0]=E(x)/{1-P1(0)}=1//[K{1-P1(0)}]

したがって、定義により

na =K{1-P1(0)}
={KΓ(A+B)/(Γ(A)Γ(B))}∫xA-1(1-x)B-1dx
→B∫x-1(1-x)B-1dx (K→∞)

ここで積分範囲は[1/(2N),1]である。K→∞の時のいくつかの4Neu(=A)、Nの値から数値積分によるnaと、それと比較したneを次に示す。

Neu\N 1000 104 105 106 ne=4Neu+1
0.001 1.030 1.040 1.049 1.058 1.004
0.010 1.301 1.394 1.486 1.578 1.040
0.025 1.745 1.975 2.205 2.436 1.100
0.050 2.462 2.923 3.384 3.844 1.200
0.100 3.834 4.755 5.676 6.597 1.400
0.250 7.601 9.903 12.21 14.51 2.000
0.500 13.20 17.81 22.41 27.02 3.000
1.000 23.08 32.28 41.49 50.70 5.000
2.000 40.09 58.50 76.91 95.33 9.000
4.000 68.64 105.4 142.2 179.00 17.000
6.000 93.08 148.1 203.3 258.6 25.00
8.000 114.9 188.1 261.7 335.4 33.00
10.000 134.7 226.1 318.1 410.2 41.00

集団調査で求まる複対立遺伝子の平均数naは集団の有効な大きさNe、実際の大きさNと突然変異に依存し、その計算も面倒である。一方、複対立遺伝子の有効な大きさneは突然変異個体の有効な大きさ(Neu)で決まるので、遺伝的変異性を表わす数量としてより適切である。

 

文 献

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