第37回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}


17. 適応進化と置換による荷重

適応進化の過程は今日的な見方をすれば、有利な突然変異が集団で固定する事象が繰り返し起こることである。換言すれば、機会的浮動よりもむしろ自然選択の作用で遺伝子の置き換えが行われる。ところがヌクレオチドの置換はおおよそランダムな過程である。置換をこれら二つの原因によるものとはっきり区別することはできないのであるが、とりあえず別個に検討してみよう。

自然選択による遺伝子置き換えの過程で不適応の遺伝子は除去されることがあるから、そこに遺伝的荷重が生じる。

置換による荷重substitutional loadを最初に考えたのはホールデン(Haldane 1957)である。もともとあった遺伝子が環境の変化で不利になり、その間突然変異対立遺伝子が従来は不利であったのが新しい環境で有利となり、低い頻度から次第に増えていき、最後には固定する過程を取り上げた。決定論的方法で、遺伝子の置き換えが完了するまでに選択による死亡の合計は選択係数にほとんど依存しないことを示した。例えば一倍体の集団で突然変異遺伝子の頻度がp0ならば選択死selective deathの合計は-ln(p0)である。p0=10-5ならば、遺伝子の置き換えによる損害costは約11.5である。換言すれば、置換が完了するまでに生じる損害は一世代あたりの集団の大きさの11.5倍である。固定するまでには多くの世代がかかるが、損害の大部分は有利な突然変異がまれなときに生じる。二倍体の集団では、遺伝子効果が相加的なら損害は-2・ln(p0)、もし劣性ならかなりもっと大きくなる。ホールデンは損害の典型的な値として30をとり、標準的な遺伝子の置き換えhorotelic evolutionは300年に1回の割合であるとした。この状態が安定していると、世代あたり10%の選択死が遺伝子の置き換えで起こるという。そして実際の進化がゆっくりである事実と一致するとみされた。

 

17.1. 決定論モデル

最初に決定論的なモデルで、遺伝子の置き換えとそれに伴う荷重について検討しよう。1倍体の集団で、すでに存在する対立遺伝子と置き換る新しい突然変異遺伝子が世代あたりに生ずる割合をKとする。このような過程はそれぞれ環境の変化によりもたらされるものとする。

十分な時間が経由すると、幾多の遺伝子座について有利な遺伝子の頻度分布が一定の状態になる。そのようなとき、一定の割合で固定するであろう新たな突然変異が生じ、と同時に同じ割合でいくつかの座位で固定が起こる。Kはそのような世代あたりの遺伝子置き換え率で、前述したように、ホールデンはK=1/300と推量した。

わかり易くするため、有利な遺伝子の生じたすべての遺伝子座での選択係数と初期頻度は同じであるとする、単純なモデルを考える。また、選択値で測る適応度(w)は座位間で相乗的であるとすると、log(w)は相加的となる。分離している座位が多いとlog(w)はほぼ正規分布の形をとるとみなそう。

一つの座位で突然変異遺伝子A1が増え始めたとしよう。s1でA1のA2に対しての選択有利さを表わすものとする。そうするとA1とA2の相対適応度はそれぞれ1,1-s1であらわせる。世代の連続模型で近似するために、短い時間Δtあたりの選択有利をs1Δtとすると、突然変異遺伝子A1の頻度pの変化は

dp/dt=s1p(1-p)

で近似する。

この式を遺伝子の置き換えが起きている座位全部に適用することにする。KΔtの突然変異がΔt時間に増え始めるから、有利な突然変異遺伝子の頻度がp〜p+Δpの範囲にある座位の数Φ(p)dpは

Φ(p)dp=Kdp/{s1p(1-p)}

となる。ここで0<p0<p<1。

遺伝的荷重については次のように定式化する。一つの座位で有利な突然変異遺伝子の頻度をpとしよう。log(w)の尺度で集団の平均適応度は有利なA1より-(1-p)log(1-s1)≒s1(1-p)低い。

  一倍体の適応度
遺伝子型 A1 A2
頻度 p 1-p
適応度 w 1 1-s1
log(w) 0 log(1-s1)≒-s1

分離しているすべての座位についての合計Le

Le =∫s1(1-p)Φ(p)dp
=∫[{Ks1(1-p)}/{s1p(1-p)}]dp=-K・log(p0)

となる。これを置換による荷重Substitutional loadあるいは進化による荷重evolutionalloadという。積分は[p0,1)の範囲である。この荷重は世代あたりの遺伝子の置換率Kが一定の割合で定常状態のときのものである。また、荷重は選択係数s1(>0)に依存しないから、置き換えの過程においてs1は一定であるとは限らない。

遺伝子の置き換えが起こっている座位の合計nL

nL=∫Φ(p)dp=(K/s1)∫{1/p+1/(1-p)}dp

である。ここに積分は[p0,1-(1/N)]の範囲である。最初の遺伝子頻度がp0=1/Nならば、

nL=(2K/s1){γ+ln(N)}

と近似値が得られる。ここにγ=0.577(オイラーの定数)である。

個体間の適応度の分散は次のようにして得られる。遺伝子頻度pの座位での分散は p(1-p)[ln(1-s1)]2≒s12p(1-p)であるから、関与する座位すべてでは

V{ln(w)} =∫s12p(1-p)Φ(p)dp
=∫{Ks12p(1-p)}/{s1p(1-p)}dp
=Ks1(1-p0)〜Ks1
=[σ{ln(w)}]2=V(w)/w2

(Crow 1970; Crow & Kimura 1970)。遺伝子の置き換えをn世代毎に1個とすればK=1/nである。

2倍体生物についても本質的に同じ結果を得ることができる。すなわち、突然変異遺伝子A1がA2に対してs1だけ有利なら、A1A1はA2A2に対して2s1有利である。このときの置換による荷重は

Le=-2K・ln(p0)

V{ln(w)}〜2Ks1

となる。

遺伝子の置き換えが生じている座位数の合計はおよそ

nL=[(2K/s1){γ+ln(2N)}]}

そして個体あたりのヘテロ接合である座位数は

H=∫2p(1-p)Φ(p)dp〜(2K)/s1

ここで積分の範囲は[1/(2N),1-1/(2N)]である。

すなわち、荷重Leはp0に依存し、p0が小さいほど荷重は大きくなる、そしてs1には独立である。一方、V{ln(w)}はs1に直接依存するするが、事実上p0が小さいと独立である。

置換による荷重は、いま集団で分離している有利な突然変異遺伝子が固定したときの最適な遺伝子型と比べて、平均適応度の平均的減少分である。例えば、K=1,p0=10-5(N=105,s1=0.01)ならば、Le=11.5で、これは子どもの平均数が最適の遺伝子型に対してexp(-11.5)≒1.03x10-5に過ぎないことを意味する。分離している座位のかずはほぼnL=2,400である。

遺伝子の置き換えが多数の遺伝子座で生じているなら、最適の遺伝子型は集団に出現することはないかも知れない。しかしそのような場合でも、推定した荷重は環境変化に対して現実的な意味がある。例えば、ある個体は新しい感染症に対する抵抗性、食肉動物物の進化、猛烈な寒さ、などに耐える新しい遺伝子を持たなかったら死んでしまうかも知れない。そのような状況では、その個体が死亡する確率は複数の有利な突然変異を持った個体が集団中に出現するかどうかにはほとんど関係がないであろう。環境の退化は複数の有利な突然変異を持つ個体が日常的になることで償われるものではない。そのような状況は適応進化の過程でしばしば起こっているに違いない。たえず変化する環境に合わせてその遺伝子型頻度を調整するのに生物集団は後追いの形をとる。もし環境の変化と共にすぐ有利な遺伝子と置き換わるなら、それによる害はないであろう(Felsenstein 1971)。

ところで、もし集団内で個体の競争力が強まったことから、突然変異遺伝子が集団内で広まる状況を考えてみよう。この場合Leで求めた荷重は実際に選択で除かれる大きさを過大評価することになろう。これは「競争による荷重」と呼ぶのが適切かもしれない(Kimura 1969)。この場合の遺伝子の置き換えでは、通常の環境の変化は必要ない。しかし、このような置き換えは種にとってしばしば有害であろうし、環境劣悪化に相当する影響を受けるであろう。これをやわらげるにはさらに他の遺伝子の置き換えて競合する種に対して生き残りを計らねばならない。自然においてそれぞれの種は遺伝子の置き換えで適応度をたえず改善しているが、競合相手も同時に同じことを試みているから多くの場合なかなか良くはならない。

ここで遺伝子の置き換えは種内でのみ行われる場合を考えることにする。1倍体の生物のモデルで考えることにする。遺伝子の置き換えが世代あたりKの割合で進行する統計的平衡状態で、対数で測った適応度について平均値と集団内で考えられる最高の適応度の差は

Lme =√{2・ln(0.4N)}σ{ln(w)}
=√{2Ks1・ln(0.4N)}

たとえばK=1,N=105,s1=0.01ならば、Lme=√{0.02xln(4x104)}=0.46である。これは適応度への環境の影響は別として、集団内で有利な突然変異遺伝子を一番多く持つ個体は平均的な個体よりもexp(0.46)=1.58倍の子どもを残すことを意味する。ホールデンの標準速度ではK=1/300(Haldane 1957)だから、他のパラメータを前例と同じとするなら、Lme=0.027でexp(0.027)=1.026。これは有利な突然変異をもつ個体が子どもを残すのが3%弱多くなることになる。一般にLme<Leである。実際Lmeはs1が小さいほど荷重は小さくなる。

各座位で遺伝子の置き換えの効果が相加的であれば、以上の議論は2倍体の生物でも成り立つ。

 

17.2.確率過程モデル

有利な突然変異遺伝子は最初は非常にまれであることが普通であるから、選択が弱く選択係数が小さいと、その頻度は配偶子の任意抽出でまず決まる。したがって決定論的より確率過程的なモデルがより説得力があろう。このモデルの詳細についてはKimura(1969)がある。それは拡散方程式の方法を定常状態での有限集団の突然変異遺伝子の確率密度を基本として展開する理論で、ここではその結果を簡単にまとめることに止める。

有利な突然変異対立遺伝子が一座位で増え始めた状況を考えてみよう。pをその最初の頻度とする。新たな突然変異遺伝子が常に既存の対立遺伝子とは違う(対立遺伝子数が無限大とするモデル)とすると、p=1/(2N)。ここにNは集団の実際の個体数である。あるいは、再起突然変異対立遺伝子が最初は不利であっても、その後環境の変化で有利になるシナリオではp>1/(2N)となる。

有利な対立遺伝子についてホモ接合、ヘテロ接合、および従来の対立遺伝子についてのホモ接合のマルサス径数をそれぞれs,sh,0とする。sは有利さを表わす選択係数を、hは優性の度合を表わすパラメータである。さらに集団の有効な大きさをNeとしよう。

置換による荷重Leは次のようになる。

Le=K・L(p)

ここで K=vmu(p) は世代あたりの有利な突然変異遺伝子の置き換え率である。vmは置き換えが起きている座位の数で、分子レベルの問題を扱う際にはコドンの数、あるいは塩基対の数である。この数は十分大きいとする。u(p)は新たに生じた有利な突然変異遺伝子の固定確率である。

L(p)の一般的な結果はKimura(1969)を参照してもらうことにして、重要な場合について述べることにする。優性の度合hが1/2で次の2つの状況が特に興味深い。

(1)2Nes>>1,2Nesp<<1。突然変異遺伝子の選択有利が十分大きく、その初期頻度が非常にまれなシナリオ。

L(p)=-2・ln(p)+2   u(p)=2Nesp

この場合、1遺伝子の置き換えによる荷重が決定論的モデルで述べたホールデンの求めた荷重(Haldane 1957)より2大きい。これは一部の有利な突然変異が機会的に失われて、置き換わることがないからである。また各突然変異遺伝子がそれまでに無かった新しい対立遺伝子であるなら、p=1/(2N)である。したがって遺伝子の置き換え率は K=(Ne/N)svm。1個の突然変異対立遺伝子の効果をs1とすると、s1=s/2であるから

K={(2Ne)/N}s1vm

が得られる。

なお優性の度合がh=1/2で、2Nes≫1(突然変異遺伝子が明らかに有利である)ならば

V{ln(w)} ≒4s12vm(Ne/N)
=2Ks1 (ここで K=(2Ne/N)s1vm)

(2)|2Nes|<<1。突然変異遺伝子がほとんど中立に近いシナリオ。この場合は近似的に

L(p)= -4Nes・ln(p)
u(p)= p+Nesp(1-p)

が得られる。Nes->0のとき、固定確率はpに近づき、置換による荷重は限りなく小さくなる。そのような突然変異では荷重によって課せられる遺伝子の置き換え率に限界はなくなる。限界は突然変異率である。分子進化での突然変異遺伝子の置き換えの多くがこのタイプである。もしp=1/(2N)ならば

K≒vm(1+Nes)/N

となる。

 

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