安田徳一{YASUDA,Norikazu}
電算機シミレーションで,相同染色体の不等交叉による遺伝子族の進化を最初に分析したのはスミス(Smith 1974)とブラックおよびギブソン(Black & Gibson 1974)である。染色体上に直列に並ぶ相同遺伝子に不等交叉がランダムに起こると、相同遺伝子の数に重複と欠失が生じ、次第に一つの遺伝子が染色体上に並ぶようになる。この現象は多重遺伝子族での遺伝子の動力学に、メンデル集団での突然変異遺伝子の動向の理論を適用できることを示している(Ohta 1976)。
簡単なモデルとして、一染色体上の相同染色体間の交叉を取り上げよう(Ohta 1976)。遺伝子族の大きさをnとする。最初の世代でそれぞれn部位の遺伝子は異なるとする。取り扱いを容易にするため、二つの染色体が交叉の際に起きるミスペアは1遺伝子のずれとする。したがって1回の不等交叉の結果生じる娘染色体は1遺伝子の重複と欠失になる。またn部位のいずれにおいても交叉はランダムに生じるものとする。そして重複と欠失とは対合した染色体交互に生じるものとする。すなわち部位数nは世代を通じて一定であるとする。このモデルを図で表わすと次のようになる。ここで重複と欠失の続く2回の交叉を1サイクルと呼ぶことにする。
第1サイクル ↓ 1,2,3,… n (部位) *******------------------ 1不等交叉(重複) x -----******************** 1,2,… n-1,n ↓ 1,2,3,… n,n+1 (部位) ---------------************ 1不等交叉(欠失) x ***********------------- 1,2,… n-1,n,n+1 第2サイクル ↓ 1,2,3,… n (部位) --------***************** x *****-------------------- 1,2,… n-1,n ............................
不等交叉が続いて起きるとき、遺伝子系譜gene lineageが固定するか消失するかが、当面の問題である。この問題は有限集団における突然変異遺伝子が固定するか消失するかの問題と同じ様に考えることができる。ここで不等交叉が生殖に際しての配偶子の標本抽出に相当する。したがって、多重遺伝子族の遺伝子系譜の変化頻度は集団遺伝学の遺伝子頻度の変化についての方法で解析することができる。たとえば拡散方程式による方法(Kimura 1964)(第30回講座、§11.4.1)が適用できる。
任意の不等交叉サイクルの後での遺伝子族のある特定の遺伝子系譜をxとする。サイクルが始まる最初ではx=1/nである。これはそれぞれの遺伝子系譜の起源となるからである。拡散方程式の方法を適用するには、単位時間あたりの頻度変化の平均MΔxと分散VΔxを求める必要がある。すなわち
重複 欠失 合計 xの変化 確率 xの変化 確率 変化xの 確率 +1/n x -1/n x 0 x2 +1/n x 0 1-x +1/n x(1-x) 0 1-x -1/n x -1/n x(1-x) 0 1-x 0 1-x 0 (1-x)2
これから
MΔx =(+1/n)x(1-x)+(-1/n)x(1-x)=0 VΔx =(+1/n)2x(1-x)+(-1/n)2x(1-x)=(2/n2)x(1-x)
が得られる。
中立遺伝子の遺伝的浮動による遺伝子頻度変化の拡散方程式では
MΔx =0 VΔx =x(1-x)/(2Ne) Ne=集団の有効な大きさ
であるから、不等交叉による遺伝子族の遺伝子頻度については
Ne→n2/4
とNeの代りにn2/4を形式的に用いることで解答を得ることができる。Kimura & Ohta(1969a)は選択に中立な突然変異遺伝子が(消失はのぞいて)固定するまでの平均世代数を、後ろ向きの拡散方程式を用いて求めている。したがって、Ne→n2/4とすれば、交叉が固定するまでのサイクル数の平均時間t1(p)は
t1(p)=-(1/p){n2(1-p)ln(1-p)}
で与えられる。ここにpは遺伝子系譜のサイクルの開始時の頻度で、p=1/nであ。(ln(*)は*の自然対数)。nが十分大きく、したがってpが小さければ
t1(p)〜n2
この分散は
var(t1)〜0.28n2
である(Kimura & Ohta 1969b)。二変数拡散法などのより詳しい取り扱いについては、電算機によるシミレーションも含めてOhta(1980)を参照されたい。
ここで一遺伝子座で定義されるホモ接合性に相当する遺伝子系譜の頻度の二乗の和で表わされる同祖確率すなわち、クローン性clonality(Smith 1974)を考察する。
C=Σx2
Σはすべての遺伝子系譜について和をとることを示す。不等交叉の一サイクルあたりのクローン性の予測変化率は
E(ΔC) =E{Σ(xi+Δxi)2-Σxi2}=E{Σ(Δxi)2} =(1-C)(2/n2)
ここにEは予測値を計算する演算子である。ここでもn2/2が2Neに相当している(Ohta 1977)。
以上は交叉による固定過程のモデルとしてはかなり単純化したものである。とくに重複と欠失のサイクルが一ユニットで起こるとしている点である。実際は一ユニット以上で起こるとみられ、その場合固定に至る速度は加速される。
重複と欠失のユニット数が1でなく確率変数である場合について、モンテカルロ法で検討されている(Ohta 1978a)。
nはある染色体での遺伝子ユニット数だが、不等交叉の生じるある確率関数で決まる変数とする。一つのモデルを考えることにする。n0をサイクルの始まる最初の遺伝子ユニット数とし、nは(n0-pn0,n0+pn0)の範囲で変化するものとする(Smith 1974)。ここでpは許容範囲latitudeを表わしている。不等交叉の後でのユニット数はこの範囲での一様乱数で確率的に完全に定まる。ただし、偶然に前回の乱数の値と一致した場合はその結果は無視して、次のサイクルに進むことにする。
そうすると、nの平均的変化は0であるが、nの変化の絶対値の平均mは直線上に並んだ2pn0+1個のユニットからランダムに選んだ平均距離になるから、
m=(2/3)(np+1)
となる。ここでnは絶対値でn0に等しい。遺伝子系譜の配列が染色体上でランダムなら、1交叉はm/2サイクルに相当するから、交叉固定時間t1はほぼn2サイクルだから、近似的に
t1=(n2)/(m/2)=(3n2)/(np+1)〜(3n)/p
となる。遺伝子系譜がランダムな配列より集積していると、協調進化の速度はここで推定したものより、遺伝子頻度の変化との相関によりもっと速くなると考えられる。一方、遺伝子系譜がランダムな配列より疎ならば、協調進化は負の相関でここで予測した速度よりずっと遅くなるであろう。
一般に許容範囲pが狭いと遺伝子系譜は密になり、広いと疎になると予想される。これはモンテカロル実験のシミレーションで確認できる。直線上に並んだ1〜n0の番号で染色体上の遺伝子ユニットを表わして、スタートする。不等交叉では一様乱数が許容範囲(n0-pn0,n0+pn0)内での新しい染色体の遺伝子ユニット数を決める。前の数と変わらない場合は、次のステップに進む。二本の姉妹染色分体は、新しい染色体が特定の数のユニットとなるように並べる。別の乱数で染色分体の重複域で交叉する位置を決める。染色体全体が一個の遺伝子系譜で占められるようになるまで、不等交叉を繰り返す(この場合はユニット数になる)。
n=40, 80, 160、p=0.25, 0.05, 0.10, 0.20の12通りの場合について、各回15〜48反復のシミレーションを行なった。その結果、t1〜(3n)/p の式からの予測値と一致する遺伝子系譜のランダムな配列はp=0.10〜0.15であることが分かった。Wellauer他(1967)はリボソーム遺伝子は染色体上にほぼランダムに並んでいるという。
ここで不等交叉と遺伝的浮動の類比を確かめるため、交叉固定時間の分散を検討することにする。Kimura & Ohta(1969a,b)によれば有限集団における中立突然変異遺伝子の固定までの時間の変動係数は0.538である。不等交叉固定時間もこれと一致するかのをシミレーション調べてみた。その結果は次の通りである。
モンテカルロ実験による交叉固定時間の変動係数
(括弧内は反復実験の回数)
n\p 0.025 0.05 0.10 0.20 40 0.50(22) 0.57(29) 0.54(48) 0.38(20) 80 0.47(20) 0.54(34) 0.51(28) 0.47(17) 160 0.35(17) 0.53(15) 0.67(16) 0.51(24)
これらの数値は中立遺伝子の固定時間の変動係数と許容範囲の程度pに関わらずほぼ一致しているとみることができる。すなわち染色体上での遺伝子系譜の配列にかなりの相関があるとみられる場合でも、遺伝子頻度の機会的浮動の理論が不等交叉による染色体上の遺伝子系譜の減少・増幅にもおおよそながらも適用できることを示している。しかしながら、ヒトのように多数の染色体があると、通常の染色体間の交叉も重要になる。以下このような状況について考察を加えることにしよう。
メンデル集団の有効な大きさをNeとする。多重遺伝子族の各染色体で毎世代、突然変異と姉妹染色分体間の交叉があり、通常の染色体間の交叉と配偶子の任意抽出がそのあとに続いて起こる。突然変異は遺伝子族に遺伝的変異をもたらす要因であるが、不等交叉はそれを減少する働きをする。染色体間の交換と配偶子の任意抽出は染色体間だけでなく、染色体内の遺伝的変異を調節する役割を演じる。これから考察するのは、これらの全部の要因が互いに釣り合った状態での遺伝的変異の機構である。
nはすでに述べたある染色体上の遺伝子族の遺伝子ユニットの数で、常に一定であるとする。vを遺伝子ユニットあたり、世代あたりの突然変異率とし、どの突然変異で生じる対立遺伝子も既存の対立遺伝子ではない(無限対立遺伝子モデル)とし、そのどれもが検出可能であるとする。kを遺伝子族あたりの不等交叉のサイクルの有効数、bを遺伝子族あたり、世代あたりの染色体間交叉率とする。
ある染色体での遺伝子族のクローン性Cは次のように表わすことができる。
Ci=Σxi,l2
ここに、添字iはi番目の染色体で、xi,lはi番目の染色体のl番目の遺伝子族の出現頻度である。Σはすべての遺伝子系譜についての和を表わしている。同じく、二つの染色体間の遺伝子族のクローン性は
Cij=Σxi,lxj,l
で定義する。添字i、jはi番とj番の染色体を示している。
次に、Ci、Cijの予測値をそれぞれCO、CIとする。
突然変異により、毎世代2v減少するから、次世代でのCO'、CI'は
CO' =(1-2v)CO CI' =(1-2v)CI
世代あたりの変化率は(ΔC=C'-C)
ΔCO =-2vCO ΔCI =-2vCI
で与えられる。
配偶子の無作為抽出により、COは変化しないが、CIは機会的浮動による近交で変化するから、
CO' =CO CI' ={1/(2Ne)}CO+{1-1/(2Ne)}CI
ΔCO =0 ΔCI ={1/(2Ne)}(CO-CI)
染色体内交叉ので、COは2k(1-CO)/n2 増加するが、CI は変化しないから、
CO' =(1-a)CO+a CI' =CI
ここにa=2k/n2である。世代あたりの変化率は
ΔCO =a(1-CO) ΔCI =0
となる。
染色体間交叉によるクローン性Cの世代あたりの変化は次のようになる。ここで、遺伝子系譜は染色体上に無作為に並んでいるとする。つまり染色体上のユニット間の距離には依らないとする。これはすでに述べた許容範囲pが(遺伝子族の総数の)10〜15%で成り立つが、一般で言えることではないかも知れない。しかし、これによって見通しを立てることが容易になる。交叉はi、j番の染色体の遺伝子族領域で生じるとし、交叉により遺伝子系譜はr、1-rの二つの部分に分かれるものとする。
r 1-r i ---------------- **************************** x J **************** ---------------------------- r 1-r
交叉の後の頻度Ci'、Cij'は
Ci' =r2Ci+(1-r)2Cj+2r(1-r)Cij Cij' ={r2+(1-p)2}Cij+p(1-p)Ci+p(1-p)Cj Cj' =(1-r2)Ci+r2Cj+2r(1-r)Cij
となる。これらの予測値を求めるために、rは一様分布にしたがうとする。予測値を求めるにあたり留意しなければならない点は、Ci、Cj(C0)は2Ne個の染色体から2つ抽出されるのに対して、Cij(CI)は(2Ne)(2Ne-1)/2通りの可能性からの1つであることである。言い換えれば、CIの変化にはCOのそれと比べるには1/(2Ne-1)を乗じる必要がある。
実際には多重遺伝子族の領域で起こる世代あたりの染色体間交換率は非常にまれである。bをこの割合とすると、求める予測値は
CO' ={1-(b/3)}CO+(b/3)CI CI' =(b/3){1/(2Ne-1)}CO+[1-(b/3){1/(2Ne-1)}]CI
世代あたりの変化率は
ΔCO =-(b/3)(CO-CI) ΔCI =(b/3){1/(2Ne-1)}(CO-CI)
となる。
以上4つの要因による世代あたりの変化量(Δ)がゼロとなる状態が求める平衡点でのCの値である。そこに至るまでの過程はモデルにより若干ことなることが指摘されているが、平衡状態では同じ結果となる(Ohta 1978)。たとえば、それぞれの要因が生じる順序が次のようである場合である。
b/3、a、2v、1/(2Ne)がすべて1に比べて十分小さければ(もちろん正の値)、求める平衡状態での値は次のようになる。
CO =a/[a+2v+(b/3){1-1/(1+4Nev)}] CI =CO/(1+4Nev)
ここで興味深い次の関係が得られた。
CI/CO=1/(1+4Nev)
右辺は集団中の単一の独立の遺伝子座での予測ホモ接合性である。ある遺伝子族について異なる染色体からそれぞれ任意に選んだ遺伝子ユニットが同祖的である確率は同一染色体から無作為に選んだ2つのユニットが同祖的である確率は1/(1+4Nev)の割合で低いことを示している。この予測は実験で確かめることが可能であろう。リボソーム遺伝子族の反復長の異質性は個体内でより個体間で大きいことが指摘されている(Wellauer他 1976)。
また染色体間交叉は(b/3){4Nev/(1+4Nev)}の項を介してCOに作用している。つまり遺伝的変異を突然変異(2v)で増した効果をもたらすことにより、COは単一座位のヘテロ接合性{4Nev/(1+4Nev)}に比例した量が減少することも興味深い。もし塩基部位あたりの染色体交叉率が高等生物の突然変異率と比べるほどの大きさなら、bは少なくともnvのオーダー以上となる。その場合、(b/3){4Nev/(1+4Nev)}≫2vとなるかも知れない。そのとき、4Nev/(1+4Nev)が1よりずっとちいさいと、染色体交叉率bが大きくてもこの項は小さくなる。
ここでは遺伝子変換による協調進化の最も簡単なモデル(Ohta 1982)について述べよう。集団の有効な大きさをNe、n個の遺伝子が直列に並んだ多重遺伝子族が、遺伝子変換、突然変異、遺伝的浮動、それに染色体間の交叉の作用を受けている過程を取り上げる。簡単な模型として、n個の相同遺伝子が直列に並び、どれもが毎世代λの割合で他のn-1個のどれかに変換されて、置き換わるとする。交換は無作為で方向性はないものとする。
突然変異でまったく新しい対立遺伝子が生じるとし、その割合をvとする(無限対立遺伝子モデル)。染色体間の交叉は、減数分裂により相同染色体のこの遺伝子族の領域で毎世代bの割合で組換えが生じるとする。このとき組換えの起こる場所はn-1箇所の遺伝子座位間で、まったくランダムに起こるとする。遺伝的浮動は毎世代2Ne個の染色体がサンプリングされて次の世代ができる過程で生じるものとする。
以上のように遺伝子族の進化過程はかなり複雑なので、同祖係数を用いて検討することにする。次に示すように3つの係数を取り上げる。fは対立遺伝子の関係にある二つの遺伝子の同祖確率、C1は一本の染色体上にある対立遺伝子の関係にない二つの遺伝子の同祖確率、C2はで別々の染色体上にある対立遺伝子の関係にない二つの遺伝子の同祖確率である。
--*--*--*--*---------*--*--*-- f ↑---C2---↓ --*--*--*--*---------*--*--*-- ↑---C1---↑
これら三つの同祖係数の毎世代あたりの平均変化量の予測値を求めることができる。
1)遺伝子変換による変化量Δconv
Δconv(f) =2λ(C2-f) Δconv(C1) ={2λ/(n-1)}(1-C1) Δconv(C2) ={2λ/(n-1)}(f-C2)
fについては、二つの比べる遺伝子のどれかが変換される確率が1世代あたり2λで、このときこの二つの遺伝子の同祖係数は、変換前にはC2である。C1については、比べる二つの遺伝子の一方が変換されたとき、比べる遺伝子同士の間で変換が生じる確率は1/(n-1)で、このとき二つの遺伝子は同じ遺伝子であった。C2についてはC1と同様であるが、変換前の同祖係数はfである。
2)突然変異による変化量Δv
Δv(f) =-2vf Δv(C1) =-2vC1 Δv(C2) =-2vC2
3)染色体間の交叉による変化量Δrec
Δrec(f) =0 Δrec(C1) =(b/3)(C2-C1) Δrec(C2) ≒0 (b、1/Ne≪1)
染色体間の交叉でfは変化しない。C1については、n個から無作為に取り出した二つの遺伝子座の間で組換えが起きる割合は、ほぼb/3である。組換えが起きるとC1はC2で置き換えられる。C2の変化はb,1/Ne≪1を仮定すれば無視できる。
4)遺伝的浮動による変化量Δdrift
Δdrift(f) ={1/(2Ne)}(1-f) Δdrift(C1) =0 Δdrift(C2) ={1/2Ne}(C1-C2)
C1は遺伝的浮動で変化しないが、fとC2は変化する。2Ne個の染色体を抽出するとき、その抽出されたものについて、比べる2個のっ染色体が同一の親染色体からくる確率は1/(2Ne)である。このとき、fについては、比べる遺伝子は同一の染色体からであり、C2の比較では抽出される前ではC1である。
これら遺伝子変換、突然変異、染色体交叉、遺伝的浮動の作用により、三つの同祖係数f、C1、C2がどのように変化するか、その予測を電算機で調べることができる。特に興味を引くのは平衡状態での同祖係数である。これは各係数について四つの要因による変化量の和を0とおいて求める。このようにして求めた平衡状態での同祖係数は、たとえば組織適合性抗原の遺伝的変異についてのデータに適用して、この系の高度の多型性を説明あるいは解釈することに適用できる。次に掲げる平衡状態での同祖係数の例から、組織適合性抗原の多型はλを10-6〜10-5とすることで説明できることがわかる。
パラメータの値 f C2 , C1 λx106 1 0.937 0.630 10 0.917 0877 100 0.940 0.938 vx109 1 0.990 0.981 5 0.956 0.912 10 0.918 0.839 20 0.859 0.722 n 30 0.947 0.897 40 0.932 0.867 Nex104 1 0.982 0.897 10 0.849 0.775
ホモ接合性が1(Ci=1)であるi番染色体の選択不利をsとし、そのi番染色体の遺伝子族の適応度wiを
wi=1-sCi
としよう。簡単にするため、クローン性による効果を相加的であるとする。このような選択作用で、クローン性平均値Coの平衡状態における性質を検討することにする。
クローン性の平均値は
Co=ΣCixi
と表わされる。ここにxiは集団中のクローン性がCiである染色体の頻度である。選択の後、xiの変化Δxiは
Δxi=-{s(Ci-Co)xi}/w
ここにwは集団の平均適応度で、
w=1-sCo
である(Wright 1969)。Coのの変化ΔCoは
ΔCo =ΣCi(Δxi) =-s{Σ(Ci2xi)-Co2}/w=-sσCi2/w
ここに
Σ(Ci2xi)-Co2=σCi2
は集団中における染色体間のクローン性の分散である。この選択モデルでは平均のクローン性は世代あたり、sσCi2/w の量で減少することがわかる。
選択の効果がクローン性の染色体間の分散で測られることがわかったが、この分散を解析的に求めることは難しい。染色体交叉のない(b=0)ときの平衡状態における分散(σo2)は
σo2=(16Nev)/{(1+θ)(2+θ)(3+θ)(1+4Nea+8Nev)}
ここにθ=2v/a(=n2v/k)である(Ohta 1978b)。この値は不等交叉率より幾分か小さく、また集団の大きさが有限であることで突然変異の影響もあることを示している。いづれにせよ、クローン性への自然選択の影響は無視し得ない(Ohta 1978a)。
ここでNe→∞とすると、スチュワートの式が得られる。
σo2=(2θ)/{(1+θ)(2+θ)(3+θ)} (Stewart 1976)。
免疫グロブリンのような遺伝子族の遺伝的変異は機能上の多様性の点で基本的な要因と考えられる。抗体の多様性で体細胞突然変異が重要な役割をしているという考えは理解を困難にするものではあるが、自然選択はやはり非常に重要であると言えよう。免疫グロブリンの変動領域の抗体結合部位は分子の他の部位よりも変異に富んでいる(解説、例えば Capra & Edmundson 1977)。前述の選択モデルはこの観察を説明していると考えられる。染色体の適応度の変異を介して自然選択が働き、毎世代クローン性は減少し、つまり遺伝的変異がおおよそsσCi2の大きさで増える。突然変異による変化量 2vCo、染色体交叉による変化量 (2/b){4Nev/(1+4Nev)}と比べて、自然選択による変化量 sσCi2 は同一染色体の遺伝子族の遺伝的変異を増大する上で、大きな影響を及ぼしていると言えよう。
この節では同一染色体上の、ある遺伝子族に属する遺伝子間の距離とその遺伝的相関について考察する。その多重遺伝子族は集団の大きさNeで、突然変異、機会的浮動、通常の交叉、不等交叉により進化するとする。遺伝子族にはn個の遺伝子からなり、姉妹染色体不等交叉で遺伝子ユニットが1つずれるものとする。すなわち、1不等交叉で1遺伝子が重複あるいは消失する確率が1/2となる。世代あたり遺伝子族あたり生じる不等交叉率をγとする。染色体間の交叉は生じるが、その割合をβとし、染色体が対合する際にずれは生じないものとする。突然変異は無限対立遺伝子モデル、すなわち、生じた対立遺伝子はすべて既存の対立遺伝子とは違うとし、その割合をvとする。
遺伝的相関は同祖係数identical coefficientを同一染色体上の遺伝子族の遺伝子の位置間の距離の関数として求めることにする。最初にβ=0、染色体間交叉がない場合について考察する。fiを染色体上のiステップはなれた位置の2つの遺伝子の同祖係数とする。
↓←― fi―→↓ 1 2 3 ... 3+i n-1 n *―*―*―*―* *―*―*―....*―*―* X *―*―*―* *―*―*―*―....*―*―* 1 2 3 2+i n-1 n ↑←― fi―→↑
この同祖係数はiステップ離れた遺伝子から無作為に選んだ二つが同祖遺伝子である確率である。つまり対立遺伝子の状態で同祖的identical in allelic stateである。したがって、f0=1となる。
不等交叉と突然変異を経由した一世代後の同祖係数fi′は次のように表わされる。
fi'=(1-v)2[{1-(γi)/n}+{(γi)/n}(fi+1+fi-1)/2] (i≧1)
ここで(γi)/nはiステップ離れた2つの遺伝子の間で不等交叉が起きる確率である。不等交叉が生じると、これら2つの遺伝子間のステップ数は1ステップ増えるか、減るかであるが、その確率はいづれも1/2である。(1-v)2は突然変異が全く起こらないで、2の遺伝子が同祖的である確率である。ここでβ=0と仮定したため、fiは配偶個の無作為抽出の影響を被らないことが言える。
平衡状態ではfi'=fi であるから、
2vfi={(γi)/n}{(fi+1-2fi+fi-1)/2}
ここで1/n≪1が言えるから、x=i/n、fi=f(x)として、f(x±h)=f(x)±hf'(x)+h2f''(x)/2+... で、h=1/nに注意すると、
2vf(x) =γx{f(x+1/n)-2f(x)+f(x-1/n)}/2 ≒(γx/2n2){d2f(x)/dx2}
れから、次の微分方程式が求まる。
x{d2f(x)/dx2}-(4n2v/γ)f(x)=0 (0≦x≦1)
この式でf(0)=1、f(∞)→0を満たす解は
f(x)=2√(ax)K1{2√(ax)}
ここにK1(*)は変形されたベッセル関数である(Abromovitz & Stegun 1964)。
次に染色体交叉も生じる場合(β>0)を考察しよう。最初に、互いに相同染色体上のiステップ離れた2つの遺伝子が相同的である確率、同祖係数φiを定義する。
↓――fi-――↓ 1 2 3 ... 3+i n-1 n *―*―*―*―* *―*―*―....*―*―* 相同染色体1 ↑――φi――↓ *―*―*―* *―*―*―*―....*―*―* 相同染色体2 1 2 3 2+i n-1 n
これら二つの同祖係数の世代あたりの変化を次の4段階、1)染色体内不等交叉、2)通常の染色体間交叉、3)配偶子の無作為抽出、そして4)突然変異に分けて考察する。
1) 染色体内不等交叉。発生率を世代あたりγとすると、
fi(1) =[{1-(γi)/n}fi+{(γi)/n}(fi+1+fi−1)/2] (i≧1) φi(1) =φi
染色体内不等交叉でφiの予測値は変わらない。
2) 通常の染色体間交叉。発生率をbとするとfi(1)、φi(1)はfi(2)、φi(2)となる。
fi(2) ={1-(βi)/n}fi(1)+{(βi)/n}φi(1) φi(2) =[1-{1/(2Ne-1)}・(βi)/n]fi(1)+{1/(2Ne-1)}{(βi)/n}φi(1)
第2の式は次の考察による。通常の染色体間交叉の後、iステップ離れてある一本の相同染色体にある2つの遺伝子が、別々の相同染色体に来る確率は(iβ)/nである。この特定の相同染色体の第1遺伝子が他の染色体上の第2の遺伝子と同じ染色体上に来る組合わせは2Ne-1通りある。したがって、φi(2)へのfi(1)の寄与する割合は{1/(2Ne-1)}{(βi)/nとなる。一方、それぞれ別の染色体上にある第1、第2の遺伝子が、通常の交叉で同じ染色体上に並ぶ確率は{1/(2Ne-1)}{(βi)/n}であるからφi(1)はこの分だけ減る。
3) 配偶子の無作為抽出。配偶子の無作為抽出により、fi(2)、φi(2)はfi(3)、φi(3)となる。
fi(3) =fi(2) φi(3) ={1-(1/2Ne)}φi(2)+(1/2Ne)fi(2)
ここで1/2Neは無作為に選んだ2本の染色体が同一の染色体から由来する確率である。
4) 突然変異。突然変異率をvとすると、fi(3)、φi(3)は次のようになる。
fi(4) =(1-v)2fi(3) φi(4) =(1-v)2φi(3)
したがって世代あたり、fi、φiはfi(4)、φi(4)となる。すなわち、
fi(4)= (1-v)2[{1-(iβ)/n}{fi+(fi−1-2fi+fi+1)(iγ)/(2n)}+φi(iβ)/n]
φi(4)= (1-v)2[{(iβ)/n}{1-1/(2Ne)}/(2Ne-1)+{1-(iβ)/n}{1/2Ne)}] ×{fi+(fi−1-2fi+fi+1)(iβ)/(2n)} +{(1-1/(2Ne))(1-(iβ)/n)/(2Ne-1)+((iβ)/n)(1/(2Ne))}φi
平衡状態ではfi(4)=fi 、φi(4)=φiであるから、x=i/n、f(x)=fi、φ(x)=φとし、βx/(2Ne)2、v2、v/Neなどの項を無視して連続近似を行なうと次の微分方程式が得られる。
{γ/2n2}(1-βx)x{d2f(x)/d2x}-(2v+βx){df(x)/dx}+βxφ(x)=0
{γ/2n2}x{d2f(x)/d2x}+f(x)-(1+4Nev)φ(x)=0
この二つの式から
φ(x)={(1+2v)f(x)}/{1+(1-βx)(4Nev)} (0≦x≦1)
が得られる。さらにβ≪1、すなわち、染色体間交叉がまれなら、二つの式から
x{d2f(x)/d2x}-a(1+bx)f(x)=0 (0≦x≦1)
ここでa=4n2v/γ、b=2Neβ/(1+4Nev)と置くと、適切な解は
f(x)=Γ(1-k)Wk,0.5{2√(ab)x}
で表わされる。Γ(*)はガンマ関数、W(*)はホイッテーカー関数(Abramovitz & Segun 1964; p338)、k=-0.5√(a/b)である。この式でβ→0、すなわち、b→0のとき、前出の
f(x)=2√(ax)K1{2√(ax)}
が得られる。
次の公式はf(x)の数値計算に有用である。
f(x)=exp{-x√(ab)}・(2x√(ab)∫[exp{-2xt√(ab)}・{t/(1+t)}(1/2)√(a/b)]dt
積分範囲は(0,∞)である。bの値が大きいと、単調なf(x)は急激に減少する。