基礎の遺伝疫学講座   安田 徳一 (2008/07/27)


 

2.遺伝物質

ヒトはヒトから生まれる。その継承性は生命の素晴らしい特徴の一つである。この特徴はあらゆる生物種、バクテリア、カビ、イネ、サルなどでも同じである。もう一つの特徴は特定の生物種あるいは民族、細胞のクローン、近交系、一組のふたごなどの小グループでもそれぞれに共通の容貌、行動、代謝などの特徴がある。これらの特徴は同じ環境で他の生物種と区別することができる。遺伝性が相同である究極の原因は化学レベル(あるいは分子レベル)にあって、遺伝物質が驚くほど正確に複製されているのである。

オーストリアの修道士グレゴール・メンデルが行ったエンドウを用いた実験は遺伝学の始まりであった。多くのの形質は粒子状の2つの相対する因子で決定されるかのように遺伝して (遺伝性:すなわち親から子どもへの継承)、その特徴は形質の分離比が1:1あるいは3:1となることであった。この知見は生物変異の起因と近親者間の類似性を同時に指摘した人類への画期的な貢献である。メンデルの仕事は1866年に出版されたが、当時ほとんど評価されることなく、1900年になって初めて3人の生物学者、ド・フリースde Vries、コレンスCorrens、チェルマックTschermakによって再発見された。それによって世界の生物学者は遺伝の機構について眼を開かされた。メンデルの仕事が普遍的であることは植物、動物からウィルスやヒトに至るまで成立することで証明されている。ほとんどの遺伝性による形質の相違はメンデル因子、すなわち遺伝子に原因があり、それらは細胞核内の染色体に線状に並んでいることも実証された。染色体が欠失、重複、あるいは互いに融合する(転座)あるいはその一部が欠失、重複、再配列したりすると、それに関与する遺伝子は子どもへの伝達に変化が起こることが予測され実際の観察で証明された。

遺伝性の形式が次第に分かるようになると、遺伝学者の関心は遺伝子の化学的性質や発生の調節パターンへと向けられて行った。その結果遺伝子構造の解明、タンパク質合成の暗号、それと共に遺伝子作用の調節機構が明らかになり始めた。集団における遺伝子の行動研究の前に遺伝物質の簡単な解説から始める。

 

2-1.遺伝物質はDNA

 生命は2種類の不規則な高分子、核酸とタンパク質で特徴付けられる。長い間、核酸の簡単な構成とある種の物理化学的反応に対する脆弱性から、これらの高分子は反復しており、生物変異の多様性を説明するには単調過ぎてとても遺伝情報の担い手としては考えられないとされていた。しかし、デオキシリボ核酸DNAが遺伝子を構成する化学物質であることが解き明かされた。ある種のウィルスではリボ核酸RNAが遺伝子の役割を果たしていることも分かった。遺伝子は親から子どもへと伝わるが、その化学構造に遺伝情報の秘密があり、遺伝情報の形質への発現パターンは体細胞で

          DNA → RNA → タンパク質 

の順に伝わり、タンパク質は生命を化学的に規定している。ウィルスにはRNADNAと遺伝情報を伝達するものがあるがこれはむしろ例外的である。

 これについての初期の証拠はむしろ間接的であった。同じ染色体数の細胞のDNA量は驚くほど一定であり、また遺伝子構造を容易に変える紫外線の波長は核酸に吸収される。遺伝子がDNAであるという最初の明確な証明はアベリーら(Avery et al. 1944)によって示された。炭水化物のカプセルに覆われた毒性の肺炎球菌株からの抽出液(DNA)を、熱処理で死んだカプセルのないバクテリアに注入したところ、注入されたバクテリアは増殖を始め、毒性をも示した。これはDNAが生命情報を伝達したと考えられる。後にT2ウィルス(これは内部にDNAを含み、タンパク質のコートで覆われている)を用いた実験で、が、タンパク質分子に含まれる硫黄を放射性同位元素でラベル35Sすることで、バクテリアに注入されるのは35Sを含まない分子DNAであることが証明された(Hershy & Chase 1952) 

 

2-2. DNAには3塩基(コドン)という暗号がある。

 核酸(DNARNA)の遺伝的意義がわかると、その分子構造が生物学の中心話題となった。一本鎖の核酸は糖・燐酸基の反復配列である。ここで糖はDNAでデオキシリボース、RNAでリボースである。この違いはそれぞれの分子の安定性に関わり、DNAの方が化学的に安定である。糖は窒素を含む塩基と繋がっている。DNAには大きめのプリン塩基(AアデニンとGグアニン)は小さめのピリミジン塩基(TチミンとCシトシン)の4種類がある。RNAではチミンTの代わりにウラシルUである。

 各リン酸基の塩基の配列がタンパク質を合成するのに必要な情報を担っているのである。それぞれの糖に4種類の塩基が考えられるから、n塩基のある配列は4n種類の配列が考えられる。たとえばn =1,000であれば41,000となり、これはほぼ600桁の数字で宇宙に存在する基本粒子の数より大きくなるという。そのうちの限られた配列がどういう構成か、あるいはどのようにしてそのような構成が定まったかは、生命についての基本的な疑問でもある。

 一部のウイルスを除き、二本鎖のDNAはプリンとピリミジンの水素結合により対合している(ATGC ATGCはそれぞれ2つと3つの水素結合で対合している)。リン酸基の二本鎖は高速度道路の上りと下りように互いに相反する方向にあり、それを無数の塩基間の水素結合でしっかりと結びつけている。個々の水素結合は非常に小さなエネルギーであるが、多数の水素結合により安定する。塩基対構造は遺伝物質の本質である2つの性質を分子に付加している。代謝に対して非常に安定しており、塩基対の配列が変化せずに数千世代もの間、伝達して行くことを可能にする。二本鎖は相補的であるから、それぞれの鎖は互いに情報(塩基配列)を複製することができる。一本鎖のウイルスでもその例外でなく、DNAが宿主の細胞に入ると直ちに相補的な鎖を造る。

 DNA鎖が分離して相補鎖分子を複製することはバクテリアの実験から明らかになった。15Nでラベルした培地で何世代も培養して、正常バクテリアの14N15Nと置き換える。そして15Nでラベルしたバクテリアを14Nの通常の培地に移し1回複製を行なわせる。そうすると15N14N2種類のDNA鎖ができる。14N培地で2回目の複製をすると、15N14Nのヘテロ接合と14N14Nのホモ接合の対が1:1で生じる。各DNA鎖が鋳型としてそれぞれに相補的なDNA鎖を生じる特異的な複製様式は半相補的semi-conservativeであるという。

 DNAもタンパク質もその一次構造は線状である。したがってタンパク質分子を構成するアミノ酸はDNA塩基配列で特異的に決まる筈である。アミノ酸は20種類、塩基は4種類しかない。1塩基では4種類のアミノ酸しか対応しないし、2塩基では42=16種類のアミノ酸しか考えられないが、3塩基なら43=64種類が考えられるから、少なくとも3塩基が1アミノ酸をコードしていると推測される。コード単位が3塩基であるという事実は化学変異原の一つプロフラビンを用いた誘発突然変異の実験で示された。プロフラビンproflavineは塩基配列に単一塩基の欠失や挿入を起こす突然変異誘発剤として知られている。DNA配列の短い配列で3部位のどこかに挿入あるいは欠失が生じると、タンパク質の機能が変わるかも変わらないかもしれないが、部位の大きさが124であるとそのようなインデル(挿入/欠失) indelでタンパク質は不活性となる。したがって、連続3部位の塩基の組(コドンcodon)を単位として読むとすれば、1ないし2回のインデルはコドンの塩基に変化が起こり、タンパク質の不活性化につながる。3回のインデルが短い範囲で起これば不活性化までには至らない。

 コドンが直列3塩基で構成されることがわかると、巧妙な化学的方法でコードの解読が進められた。一部のアミノ酸は最初の2塩基で完全に定まるが第3塩基は3塩基構成を形づくるにしか過ぎないものがあった。たとえばGTではじまる4つのコドンはすべてアミノ酸バリンをコードしている。コドンTAATAGTGAはタンパク質鎖の終了の信号であり、ATGは配列の最初を表す読み取り開始の信号であり、また配列の途中にあればメチオニンをコードする。前者は読み取り後、酵素的に切り取られることで、なぜすべてのポリペプチドのN末端がメチオニンでないかが説明できる。64種類のコドンと20種のアミノ酸の対応したのが遺伝暗号表である。これを20種類のアミノ酸と64種類のコドンの対応した逆引き遺伝暗号表(2-2)を掲げておいた。

2-2 逆引き遺伝暗号表 


同義コドン数 アミノ酸 RNAコドン(5’→3’)



(計)a 和名 3文字表記 1文字表記

1 メチオニン Met M AUGb
1(2) トリプトファン Trp W UGG

2 アスパラギン酸 Asp D GAU,GAC
2 アスパラギン Asn N AAU,AAC
2 システイン Cys C UGU,UGC
2 グルタミン酸 Glu E GAA,GAG
2 グルタミン Gln Q CAA,CAG
2 ヒスチジン His H CAU,CAC
2 リジン Lys K AAA,AAG
2 フェニルアラニン Phe F UUU,UUC
2(9) チロシン Tyr Y UAU,UAC

3(1) イソロイシン Ile I AUU,AUC,AUA

4 アラニン Ala A GCU,GCC,GCA,GCG
4 グリシン Gly G GGU,GGC,GGA,GGG
4 プロリン Pro P CCU,CCC,CCA,CCG
4 トレオニン Thr T ACU,ACC,ACA,ACG
4(5) バリン Val V GUU,GUC,GUA,GUG

6 アルギニン Arg R CGU,CGC,CGA,CGG,AGA,AGG
6 ロイシン Leu L UUA,UUG,CUU,CUC,CUA,CUG
6(3) セリン Ser S UCU,UCC,UCA,UCG,AUG,AGC

(20)
3 終止コドン Ter * UAA,UGA,UAG

a)同義コドンの数が同じアミノ酸の種類。b)コドンAUG5’末端では翻訳開始のシグナル。配列の途中ではメチオニンに翻訳される。

 

2-3  DNAと染色体

 特定のタンパク質をコードするDNAは単独の分子として通常観察されるのではない。長いひも状のDNA上に沢山の遺伝子があり、これはどの生物でも見られる普通の構造である。このような多数の遺伝子があるDNA分子は、高等動植物ではRNAとタンパク質と一緒に絡み合って染色体chromosomeを形成する。染色体の機能は遺伝情報を保護し、娘細胞へ手際よく分配し、遺伝子の作用調節をする。

 ウイルスやバクテリアのDNAはしばしばリング()状である。線状の形態は未分化で、一見特異的なタンパク質成分もない。各細胞に一本の染色体があるだけである。バクテリアの染色体は核とおぼしき位置にあるが、それを包む核膜がない。

 高等生物の細胞内の染色体はかなり複雑である。一見なんらの障害もなくそのDNAはいたるところにまがりくねっている。しかも2本以上のDNA鎖が核膜に包まれている。相当量のタンパク質がDNA鎖に絡みつき、染色体ごとに線状に分化したそれぞれの染色体が各細胞にある。染色小粒chromomereという濃く染まる領域には顕著な二次コイルがある。多くの染色体には動原体centromere領域があり、細胞分裂の際の染色体配分を調整する。一部の生物ではこの機能が染色体全領域に分散している。染色体によっては特異的な核小体形成体nucleolar organizerという領域があり、ここにはリボソームRNA遺伝子が見つかる。

 動原体の近くの染色体領域は他の染色体と絡み合いintercalated、ヘテロモロフィック染色体heteromorphic chromosomeのほぼ全域が発生に際して堅くコイル状をしており、他の染色体より複製が後になる。この様相がヘテロクロマチンheterochromatinを定義するのであるが、通常の判断では活性のある遺伝子がほとんどない領域をさす。多くの脊椎動物は雌において2つの性染色体の1本がヘテロクロマチンである(X不活性化)。ヘテロクロマチンは非特異的関連をする傾向があり、相同染色体が減数分裂の際に対合する上でのある役割を果たしているものと見られている。

 染色体当たりのDNA分子の数は種や発生の段階で変わる。一部の細胞の多糸染色体polytene chromosomeは反復複製により少なくとも1,000個の分子が並んでいるが、多くの細胞はたった1つあるいは幾つかのDNAである。DNAの複製は染色体に沿っていくつもの部位で複製を始めることが知られているが、遺伝子間あるいは遺伝子の並びが物理的に不連続であるという証拠はない。

 

2-4  減数分裂

 体細胞分裂meitosisは、各染色体を複製してその結果、動原体と繋がった紡錘糸spindle fibersに導かれて分離する2つの娘細胞に均等に配分する過程である。まれな事故を除き、新たに生じた娘細胞は親細胞と恒等的に同じである。

 減数分裂meiosisは遺伝性の面で大変興味深い。生殖細胞の直接の前駆細胞でのみ生じて、その結果親の情報量の半分(ゲノム)が子どもの細胞へ伝えられる。その際卵子と精子が融合が起こり遺伝情報量は元の大きさに戻る。特異的な生物種の生殖細胞(卵子と精子)DNA量をCとすると、通常の体細胞では2Cである。卵子と精子それぞれの染色体数をNとすると、体細胞では2Nである。ここでNを一倍体数haploid number2Nを二倍体数diploid numberという。減数分裂から受精までの発生段階を一倍体相haploid phase、受精から減数分裂までを二倍体相diploid phaseという。

 減数分裂は二倍体細胞のDNA複製から始まる。この前駆細胞ではDNA量は4Cとなる。この量をCにするには2回の細胞分裂を繰り返す必要がある。まず父方由来と母方由来の一組の染色体でそれぞれの相同染色体が対合する。この段階で各染色体は動原体で繋がった2本の染色分体で構成されている。このとき染色分体のDNA量はCである。この段階で非姉妹染色分体間に交叉crossing-overが生じる。この過程を組換えrecombinationという。ヒトではそれぞれの染色体あたり少なくとも一回の交叉が生じる。動原体と結びついた紡錘糸は相同染色体を細胞の相反する方向に分離するように導く。

 この減数分裂の第一段階の終了でDNA量は4Cから2Cへ、染色体数は2NからNと減少している。各相同体から、父方或いは母方由来の動原体が選ばれるが、この動原体に付着している染色分体間の交叉によりその由来は父方と母方とが混ざったものになる。したがって交叉後の染色分体は父方由来と母方由来の相同断片が混ざり合って、新しい構成の染色分体となる。世代ごとに新しい構成による変異が生じていることがわかる。第2減数分裂で、動原体は分かれて染色分体は二つの細胞に分かれる。最終的にはそれぞれ1つの染色分体を含む4つの細胞(精子)が得られる。ただし、ヒトを含めた哺乳類の雌では2回の細胞分裂でそれぞれにおいて一つが退化するため、1回の減数分裂で卵子は1つしか残らない。

父方由来の染色体に遺伝子AB(マーカー)があり、母方由来の染色体にabがあるとすると、1回の交叉でAbaBの組換え型染色分体が生じ、交叉がないと非組み換え型染色分体ABabがそのまま存続する。二つのマーカー間に他のマーカーがなければ、その区間での奇数回の交叉は1回の交叉と変わりない結果として観測される。偶数回の交叉では結果は非組換え型として観測される。アカパンカビNeurospora crassaでは4つの染色分体を直接調べることができるが、通常は多数の精子と卵子の減数分裂でマーカー間の交叉を観察してその統計的性質を分析する。

 多くの高等生物の性は1対の性染色体sex-chromosomeで決まる。これは顕微鏡下で観察することができる。その他の染色体を常染色体autosomeという。ヒトの女子は2つのX染色体であり、これを同形homomorphicという。男子は異形heteromorphicXと小さなYから成る。性の決定は減数分裂で説明できる。すなわち、通常X染色体のある精子が卵子と受精したときは女児が、Y染色体を含む精子と卵子が受精したときは男児が生まれる。Y染色体には男性決定因子が見つかっており、本質的にはこの因子が性を決めている。鳥や蚕などでは雄が同形、雌が異形である。ある生物種ではY染色体がなく、あるいは特殊な変異機構(爬虫類では卵が孵化する温度により性別が決まる)

 

2-5 遺伝子や染色体は突然変異をする

 遺伝物質の分子構造と体細胞分裂および減数分裂の過程は、複製と伝達において目の覚めるように精確な機構を備えている。それにも拘わらず、誤りは起こる。すなわち、娘細胞は親細胞と必ずしも恒等ではないことが起こる。これが変異の起源であり、変異の遺伝なしに生物の進化は不可能であり、遺伝学の諸問題も存在しない。遺伝物質に生じる如何なる遺伝性の変化をも突然変異mutationという。

 最も分かり易い突然変異は1塩基の置換である。細胞分裂当たり10-8/年のオーダーで生じると言われている。亜硝酸はプリン塩基とピリミジン塩基の脱アミノ反応を起こし、その結果、アデニンをヒポキサンチンに、シトシンをウラシルに変換する作用をもつ化学的突然変異原である。ヒポキサンチン塩基はシトシンと対合するので、亜硝酸処理をすると、元のアデニンはグアニンと読まれ、また元のシトシンはウラシルと読まれることになる。これらの化学物質は逆変化を高頻度で起こす。その結果、タンパク質の1アミノ酸が換わるが、その機能はあまり重大な障害にならないことがしばしばである。それでも自然集団の継世代でごく普通に観察されることがある。塩基の欠失loss, deletionや挿入gain, insertionは別のタイプの突然変異である。本来の配列に戻る逆突然変異は長い欠失やごくまれな挿入や単1塩基欠失ではほとんど起こり難い。

 5-ブロモウラシルのような塩基類似体はDNAに取り込まれて、塩基の対合で誤りを起こす。5-ブロモウラシルは通常のパートナーのアデニンの替わりに時折グアニンと対合する。いろいろな高エネルギー放射線(X線、紫外線、β線、中性子線など)は惹起する電離濃度に応じて突然変異率が高まる。温度の上昇、多くの化学薬品もまたそうである。自然突然変異率は進化の過程で変化する。ほとんどの突然変異は個体にとっては有害であるが、突然変異は生物の変異を生じる原点でもある。生物種の進化はその変異と生存する環境の相互作用が時間的に遷移していく過程である

 一部の遺伝性変化に大きな染色体異常がある。自然に、あるいは電離放射線や化学変異原により2箇所で染色体が切れると、再結合する傾向があるが、本来の並びがABCDであるところがACBDと逆の並びで結合することがある。このような逆位inversionでは多くが致死的であるが、もし生存するなら本来の配列と逆位との対合は物理的にループを構成する。このような外形は減数分裂を顕微鏡下で観察することでできるし、体細胞分裂でも難しいが観察可能である。逆位は遺伝実験で組換え率の減少や配列の変化から見つけることもできる。線状に分布していれば有糸分裂(体細胞分裂)でも調べることができる。

 逆位ループ内で生じる交叉は動原体がループの中に位置するか否かで、その結果が違う。動原体が逆位ループの中にあれば動原体近傍pericentricといい、交叉により欠失と重複を生じるが、これらは通常致死である。動原体が外にあれば偏動原体paracentricといい、無動原体acrocentricと二動原体dicentric染色体が生じる。その後の分裂サイクルで無動原体染色体は行き場を失い消滅し、二動原体染色体は両極に引っ張られ、娘細胞に正しく配分されない。欠失と重複は別の機構、例えば染色体が正しく対合しない不等交叉unequal crossing-overでも生じる。

 逆位は標準型との組合せでいろいろな結果をもたらす。物理的に対合困難な非不分離nondisjunctionの頻度が増え、逆位ループ内の交叉頻度は一見減少する。これは一部の交叉による結果が致死で、偏動原体逆位と標準染色体との異形であれば第一減数分裂で両極に引っ張られるため架橋と断片が生じる。逆位染色体が同形であれば、このようなことは起こらないが、交叉の頻度が変わる。動原体近傍の逆位では動原体の位置が変化するから、短腕と長腕の長さの比が標準と違ってくる。

 非相同染色体で2箇所に切断が生じると、断片の交換が起きることがある(非相同転座hterologous translocation)。転座染色体と標準染色体は一緒になって、減数分裂で四価染色体を構成する。このあと、一方の極へ2つの転座染色体、別の極へ2つの標準染色体が分離(対立分離alternate assortment)して(正数倍数体orthoploid)を生じるか、転座染色体と逆位染色体が共に極へ引っ張られて異数倍数体heteroploid)を生じる(これは隣接分離adjacent assortmentという)。正数倍数体では遺伝子量は変化しないが、異数倍数体には重複と欠失があるのでほとんどの場合は致死lethalである。両者はほぼ同じ割合で生じる。2組とも同じ極に向かえば、隣接分離では四価染色体は開いて環ringを形成するし、対立分離では8の字型となる。

 その劇的な影響にもかかわらず、逆位や転座が多くの生物種の群や集団で決してまれではない。これにはいくつかの理由がある。無動原体染色体や二動原体染色体は減数分裂の過程で機能のない精子や卵子に取り込まれるので、その影響は最小限に抑えられる。逆位や転座は乗換えを抑える傾向があり、異形はしばしば超優性を示すことがある。

 また染色体数の変化による突然変異がある。たとえば、コルヒチン処理をすると体細胞分裂で染色体分裂は行なわれるが、2つの娘細胞に分裂することがない。その結果、2倍体(2N)細胞の染色体数が倍加して4倍体tetraploid(4N)が生じる。正常の組織には4倍体の細胞が見られることはよくある。

 減数分裂で二倍体の配偶子が生じることがあり、これが正常な一倍体の配偶子と受精すると三倍体triploid(3N)の接合体が生じる。ヒトでも観察されているが、生後まもなく死亡する。また二倍体の配偶子同士が受精()すれば四倍体tetraploid(4N)の接合体が生じる。配偶子の染色対数のk(3)(kN)の接合体を多倍数体polyploidという。kが奇数、あるいは近縁の生物種からの偶数倍の接合体では妊性が低くなるが、これはそのような接合体の減数分裂における染色体の分離が不規則になりがちのためである。同質多倍数体autopolyploidy(同一生物種の二倍体配偶子間の接合体)と異質多倍数体allopolyploidy(近縁種間の二倍体配偶子からの接合体) はあたかも二倍体かのように分離する。

k=1, 2, …のとき、接合体は正()数体euploidyという。そのほかの配偶子の染色体数のk倍にならない接合体を異数体aneuploidyという。三染色体性(トリソミー)trisomyは特定の染色体が3本、他はすべて2本である接合体である。ヒトのダウン症は21番染色体のトリソミーである。この場合、接合体の染色体数は2N+1である。

 三染色体性に相補的な染色体数2N-1の接合体は一染色体性(モノソミー)monosomyという。三染色体性より一般に生存率が低い。細胞の組織培養やヒトの自然流産児でしばしば見つかる。一組の染色体がない無染色体性(ヌルソミー)nullisomic(2N-2)は多倍数体を除き生存し得ない。顕微鏡下で観察し得る程の大きな欠失が相同染色体の両方にあるとまず致死であり、一方だけでもほとんど生存し得ない。一方、同じようなことが重複では、それほど厳しい影響はない。

 

2-6 コピー数変異

 ヒトゲノムの解読が一段落して、塩基の概要配列が発表された。平均的なDNA4種類の塩基の順序が「生命の書」として明らかにされたのである。これによってヒトの変異をすべて説明できるのであろうか、という疑問がでてきた。顕微鏡下で見える染色体に縦列の重複や欠失などがあるように、分子レベルの塩基にも平均的な概要配列についても同じく重複、欠失、挿入などの他、縦列のコピー数などに変異があっても良いのではないか。特定の遺伝子領域について、症例群と対照群をそれぞれ丁寧に精査することで、確かにそのような変異が質的な一塩基多型Single Nucleotide Polymorphisms(SNPs)の他に量的な構造変異があることがわかった。これをコピー数変異Copy Number Variation(CNV)という。最近ワトソンWatson博士のゲノム、それにベンター氏Venterのゲノムの配列が調べられ、概要配列より5倍の変異があることが報告されている。「指紋」がゲノムにもあることが明らかにされたのである。

 

2-7. 細胞核以外の遺伝子

 細菌やウイルスのプラスミッドplasmidは大きな環状DNAとは別に増殖し独立に遺伝している。エピソームは大きな環状DNAに組み込まれ、あるいは独自に増殖して遺伝する。

細胞核の外にあるDNAをプラスミッドplasmidsという。プラスミッドは殆んど精子を介して遺伝することはない。したがってそのような細胞器官は母親を経由して遺伝する(母性遺伝maternal inheritance)のが普通である。特異的なプラスミッドが一旦失われると、染色体により造られることはなく、プラスミッドはそれ自体が自己複製システムであることがわかる。ゾウリムシのκ因子、ショウジョウバエの炭酸ガス感受性などは感染するだけでなく卵を介して伝わるので、細胞内寄生因子ともいえよう。マウスで乳がんを起こすウイルスは母親を介してだけ遺伝するが、別の雌マウスで養育する実験から細胞質よりむしろ母親のミルクが原因因子であることがわかった。

ヒトのミトコンドリアDNAは細胞の核内ではなく細胞質にある。25番目の染色体とも言う環状でヒトでは細胞当たり23,000個ある。精子はそれ自体の運動のために若干のミトコンドリアをもっているが、受精の際にはほとんど接合子に寄与しない。したがって接合子の細胞質のミトコンドリアは母親由来で、母性遺伝である。眼底萎縮を伴うレーバー病や失明を伴う糖尿病はミトコンドリア遺伝の例として挙げられている。

エピソームepisomeという遺伝因子は細胞質にみつかるが核内の染色体に組み込まれることもある。多くのウイルスがこの性質を持ち、エピソームが細胞質にあるときは宿主を死に至らしめ、染色体に組み込まれたときは、宿主は普通に生きる。このような宿主細胞をライソジェニック細胞Lysogenic cellという。UV照射あるいは自然な状態でまれにウイルスは染色体部位から離れてライソジェニック状態になる。F因子と呼ばれるエピソームはバクテリアの性と関連している。一部のエピソームは染色体の組み込まれる部位が1かヶ所であるが、何ヶ所もあってそのうちの1に組み込まれるのもある。組み込まれたエピソームは隣接部位の遺伝子発現一部抑えることもある。

 

2-8.遺伝子と進化

 「生命とは何か」という質問に対する答えはその特性を把握して定義をするのが一つの方法である。たとえば、自然選択によって進化するのに必要な特性を持っているものの集団を生きていると定義する。すなわち集団を構成するものが増殖し、変異し、そして遺伝の特性をもっているとき、それらを生きているとみなすのである。その最少単位が遺伝子である。遺伝子は、よく似たものを(2つ以上)増殖することができる。またそれらはよく似ていても、完全に同じでなければ、変異があることになる。遺伝子は通常親から子どもへと遺伝するinheritance

 これらの3つの特性が、なぜ生命を定義するといえるのだろうか。それは、これら3つの特性が必要であるからである。しかし十分ではない。それは、ある集団が生命の特性と関連する他のすべての特性を進化させるには、これらの3つの特性は必要である。また増殖、変異それに遺伝は、それだけでは複雑な生物体が進化する保証にならない。環境も適切でなければならない。たとえば生物にとって利用できるエネルギーがなかったり、生物体が存在し得ないほど高温であったり、重力が強すぎたりしたら、歩行可能な生物は進化することはなかったであろう。換言すれば特定の構造の進化は環境に依存している。もっと一般的にいえば、物理学、化学の法則に従っている。増殖、変異それに遺伝は、それだけで進化が保証されるものではないとしても、進化においてすくなくとも欠かせない。

 正常遺伝子の突然変異により生じた疾患遺伝子が遺伝性疾患の原因であると主張するなら、遺伝性疾患を進化の過程の一局面として考察することも大切であろう。ヒト疾患遺伝子やモデル生物の塩基配列が調べられるようになり、それらの相同遺伝子(ホモログ)の塩基配列を比較することが可能である。ホモログには、1つ共通祖先から由来することが分かったオーソログとそうではない(たとえば遺伝子重複)などを経由した場合とがある。特にヒトの疾患原因遺伝子のオーソログが実験生物で見つかれば、ヒト疾患の病理が動物実験で詳しく調べることができよう。

 

2-9. 参考文献

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