基礎の遺伝疫学講座 安田 徳一 (2009/12/21) |
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.1 頻度、適応度と突然変異 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
通常、メンデル性疾患の分布は相反する方向に作用する組織圧(選択と突然変異)を反映している。これらの組織圧を同時に推定すること、それらの疾患頻度について考察することにする。一般論として多因子性疾患については現象的な推論をするに止めて、具体的な機構についてはふれない。 頻度frequency、有病率prevalence、発生率incidenceという用語は、遺伝学において通常同じ意味で用いている。遺伝疫学では、有病率(P)は一般集団における遺伝子型あるいは表現型のある特定の時点での頻度である。生涯発生率(I)は受胎あるいは出産コホートについてのある遺伝子型あるいは表現型の頻度である。したがって頻度は有病率と発生率を包摂する。晩発性あるいは選択的死亡があれば、発生率は有病率より大きくなる(I>P)。 あるカテゴリk、たとえば年齢とか性別を取り上げよう。gkを一般集団におけるカテゴリの頻度、mkを罹患する特異的リスクであるとする。患者の有病率は P=kgk mk と表せる。これは確認の確率で定義した部分集団での罹病リスクmorbid risk(基礎の遺伝疫学4.1節)とは異なり一般集団で定義している。 よくみられる形質については集団から無作為抽出で有病率を推定する。しかし発端者を通して確認されるまれな疾患では無作為抽出は経費の面で不可能に近い。5.1節では集団の患者数Rを発端者数Aと確認の確率πから推定した(すなわち、R=A/π)。調査集団の大きさがNであれば、有病率は P=R/N {=A/(πN)} から求めることができる。 π, AとNの定義については時間、空間、症状などについて注意深く定義しなければならない。発端者となる患者が生存しているなら、たとえば病院の通院圏を定義して調査期間に生存してそこで生活している人数N(発端者が選択される集団)とする。発端者が死者であるならば、Nは適切な時間間隔で定義した病院の通院圏での人数となる。人の移動は通院圏の定義に影響を及ぼす。そのような地区では確認の確率が違う亜地区で構成されるとみられる。πiをi番目の亜地区での確認の確率とすると、その亜地区の発端者数Ai、亜地区の大きさNiであるとして P=Ai/i (πi Ni) から有病率を求める。iは考えられる亜地区について和を求めることを意味する。 有病率は通常表現型に関するものだが、ときには老齢(例えば75歳)まで生存した人のうちでの患者頻度、あるいは一般集団での遺伝子型の頻度とすることがある。後者はむしろ発生率に近い。 最終的に発症する個体が中間点kを過ぎる前に発症し、それ以前では発症して死亡することのない確率をpkとする。最終的に発症する個体の受胎での発生率IはPを用いて定義することができる。 I=P/kgk pk 発端者の発症年齢や死が典型的であればpkを推定することができる。そうでなければ患者の無作為標本が必要である。罹患が完全に主座位により、75歳(老齢)までに変わりなく発症するなら、上式は受胎時の遺伝子型の発生率IGで表わすことができる。 IG=I/f ここでfは患者あるいは発症しないで老齢に達した健常者いずれもの主座位の遺伝子型である個体で罹患する確率である。
例題8.1.デュシャンヌ型筋ジストロフィー症は伴性劣性の疾患で、およそ生後3才で発症し、思春期前後で死亡する。男児患者が多い。男児での有病率と発生率を求めてみた。 まずNの計算であるが、近似として次の式を用いる(Morton & Chung 1959)。 N′=tn(t)G(t){1-D(t)} ここにn(t)は年齢tの男児集団の大きさで、G(t)は発症年齢tまでの累積頻度、D(t)は患者のうちt才迄に死亡する患者の累積頻度である。tは関与する年齢についての合計を表す演算である。 千葉県における1960年の調査(Yasuda & Kondo 1980)でP/Iの値は0.250、1970年は0.212であったので、その平均として0.230を代表値として用いる。1965年でN′=1,343,167、A=46、π=0.686であり、したがってP=50x10-6、I=217 x10-6が得られた。 混合モデルあるいは一般化した単一座位モデルの分離比分析(表4.3.1)から遺伝子頻度qを求めることができるので、その値を用いて遺伝子型頻度を推定することが可能である。 q2 完全混合での劣性遺伝子の場合 IG ={2q(1-q)+ q2(≒2q) (まれな)優性遺伝子の場合 q 男子の伴性劣性遺伝子の場合 これは通常受胎時の発生率と理解されている。ただし、診断前に死亡率に相違がないことを仮定している。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8. 2 適応度 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
適応度の測定可能な成分には妊性、生存率と世代の長さの3つあると考えられる。k番目の遺伝子型あるいは表現型の相対適応度relative fitnessは Wk=BkMk/Tk である。ここに Bk=集団kと一般集団で生殖年齢に達した個体の子ども数の比、 Mk=集団kと一般集団で生殖年齢に達した個体の生存数の比、 Tk=集団kと一般集団で生殖年齢に達した個体の平均年齢の比。 選択の大部分が死亡率によるなら、個体は実務的にできるだけ受胎直後に近い時点で調べるのがよい。選択の大部分が妊性の低下に起因するなら、生殖年齢時に個体を数える。子どもの調査年齢は親の調査年齢と(ほぼ)同じ時点でカウントする。これは子どもが発端者である際に特に心がけることである。実際に可能なら家系員の対照サンプルは集団で代用する。 健常者の適応度はWk=1である。k番目の遺伝子型あるいは表現型の選択係数mkは mk=1−Wk である。 k番目の遺伝子型あるいは表現型の絶対適応度は Fk=RWk である。ここにRは一般集団における個体当たりの平均子ども数の半分である。 診察年齢以前の死亡だけにより、そしてその後選択による死亡が無視し得るときの分離比のパラメータpはp0と違うが次の関係から求める。 p=Mp0/(=Mp0+1- p0) これから M= p(1- p0)/{ p0(1-p)} = p/(1-p) まれな優性遺伝(p0=1/2) = 3p/(1-p) まれな劣性遺伝(p0=1/4) B,M,Tは互いに独立であるとすると、大標本理論から σw2=W2(σB2/B2+σM2/M2+σT2/ T2) であり、帰無仮説 W=1 の検定には χ12=(W-1)2/(σB2+σM2+σT2) で行なう。B,M,Tのいずれかが1であれば、それに相当する分散は0とする。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.3 常染色体優性 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
有害な常染色体優性(形質)の突然変異率は状況によって、直接、準直接、間接の3方法で推定することができる。 発端者の割合xで、その両親が健常者で、浸透率が完全、体細胞突然変異、表現模写、生殖細胞モザイク、未確認劣性遺伝子、それに診断以前の選択的死亡が無視でき、さらに親子鑑定の誤りが妥当なレベルで排除されるなら、突然変異率の直接推定値は、配偶子あたり、世代あたり u=xI/2 である。浸透率が不完全であることを認めると、分離比分析で弧発例の割合xを求めることになる。そして不完全浸透だけにより期待分離比1/2から偏るなら、分離比pの実測値は p=f/2 である。ここにfは浸透率で、その値は f=2p から求めることができる。突然変異率の準直接法による推定は直接法で使用する公式と形式的には同じである。孤発例の割合xは直接求めるのではなく分離比分析により、Iは7.1節の遺伝子型発生率を用いる。混合型分離比分析からはxと、一座位を仮定して遺伝子頻度qが計算できる。q→0(qが十分小さい)であると、 I=2q(1-q)+q2→2q このときq=I/2であることに注目する。関与する座位が複数であれば個々の座位の寄与を加える。すなわちI→2q。 間接法は相対適応度と突然変異率が幾世代にもわたって平衡状態に保たれ、一定である集団を想定する。そうすると、相対適応度から求めた保因者に対する選択係数をmとすると、突然変異率の間接推定値は μ=mI/2 (配偶子当たり世代あたり) となる。この方法は、突然変異で生じる遺伝子による寄与(xI)と選択により喪失する遺伝子(mI)が平衡状態にあるという原則にそっている。すなわち m=x 一個の突然変異遺伝子が集団中に存続する平均世代数は1/mである。
別の方法で求めた推定値が一致すれば突然変異率の信頼性が高まるであろうと考えられるが、根本にある仮定がどの方法でも同じであるので確かであるとはいえない。家族数が少なければ、生殖細胞モザイクの可能性を無視することができない。診断前の不完全浸透や選択的死亡はよいデータからの分離比pが1/2に近いか、混合型モデルでの偏差displacementが大きければ、無視できる。(体細胞突然変異を含む)表現模写と未確認の劣性形質は間接的に除くことができる。分離比分析で考えられる突然変異が分離(h=0)し、ただしこの事実については健常者の子どもに妊性があり、完全確認がその突然変異の子どもに適用することができれば、直接除外することができる。親子関係の誤認による単離例は適応度の低い疾患については、特にその他の遺伝マーカーが名目てきな両親と整合性がある場合には、除外することができる。 優性突然変異率は配偶子当たりで表わすことに大きな問題がある。座位数については何も触れていない。第2の問題として非常にまれな疾患について、発生率や分離比分析を行なえるほどのデータが得られない。その結果、突然変異率は高い方に
表8.3.1 ヒト疾患の常染色体優性突然変異率
a:突然変異率は表現型についての推定値。一部の推定値は不確かである b:生殖適応度から推定した。 出典:Child 1981, Vogel & Motulsky 1981, Sankaranarayanan & Chakuraborty 2000
偏ることになる。補正が行なわれているが座位間の突然変異率の分布に関しては未知数のことが多すぎる。 表8.3.1は常染色体優性の26疾患の原因となる135座位についてのデータをまとめたものである。これらは疾患の有病率や突然変異率の高低にとらわれることなく収集された。各疾患に関与する座位数を調査したことで、疾患と突然変異率が1対1対応に近づくように考慮されている。 まれなホモ接合、複対立遺伝子、あるいは連鎖が関与する交配から原則として突然変異を生じた親を同定することができるが、滅多にそのようなことはない。 数少ないすくない疾患、特に軟骨無形成症achodroplasia、尖頭合指症 acrocephalosyndactyly、マルファン症候群Marfan’s syndromeは突然変異遺伝子の受胎した年齢が父親の加齢と共に増加する。精原細胞の加齢によりDNAの分裂回数が多くなり、したがって突然変異が生じる機会が多くなるものと考えられている(Crow 2000)。自然流産のかなりの割合が優性突然変異ではないかと推測されているが、その頻度を推定するのはかなり困難である。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.4 伴性劣性 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
伴性劣性の突然変異率は直接推定することができない。単離発端者は保因者母からの偶然の単離例であるかも知れないから、劣性の定義だけで確信をもって判定するわけにはいかない。準直接的な推定が、孤発例の頻度xと分離比pあるいはポインターの混合モデルのxとI=qから可能である。卵子と精子の突然変異率の比がわかれば、間接法が適用できる。 ホールデンの平衡条件は x=mu/(2u+v)、 u=xI であるが、ここでmは罹患男子の選択係数で、uとvはそれぞれ卵子と精子の突然変異率である。u=vの仮説から得られるx=m/3を用いて、突然変異率に性差がないことを検定することができる。ただし相対する突然変異と選択の両作用が集団中で平衡状態であると仮定する。5.1節で述べたが、常染色体遺伝子ではx=m/(m+1)であるから、ほぼ致死に近い遺伝子で弧発例の頻度が1/2より有意に小さいなら伴性遺伝子の証拠とすることが出来よう。 保因者女子の兄弟は彼女の遺伝子が突然変異したか、あるいは罹患父から継承したのであればリスクはない。無作為の保因者の兄弟がリスクのない確率はx’=1/2 (表8.4.1)である。したがって無作為保因者の母が保因者である確率は1-x’である。これは突然変異-選択の平衡に依存するのだが、x’は選択や突然変異率には関係ないから、これは分離比分析のデータの質が適切であるかを確かめる有用なチェックである。この考えは3つの伴性疾患に当てはまることがわかった。 表8.4.1 無作意に選んだ保因者がリスクの原因でない確率x’
デュシャンヌ型筋ジストロフィー症Duchenne muscular dystrophy DMD の特徴は(i)伴性劣性遺伝、(ii)発症は通常3歳児頃であるが、おりに遅く10歳頃、(B)最初は骨盤帯筋系、後に肩甲骨帯が対称的に関与し、(C)肩甲骨筋の偽肥大、(D)流産児はない、あるいは部分的罹患がない、(E)発症から着実に速く進行してほぼ10歳までに歩行困難となる、(F)筋肉収縮、骨格歪曲、萎縮で進行性の変形、(G)飢餓性衰弱、呼吸器感染、あるいは普通心機能不全で20歳までに死亡、最近は時には中年まで生存する。患者はほとんど生殖に関わることはない。鑑別診断で四肢帯筋ジストロフィーlimb girdle muscular dystrophyを排除することができる。劣性の症例とある家族では偽肥大が表れるが発症年齢も遅く症状もより軽い。ベットから離れられなくなり死亡するが、偽肥大や萎縮の進行にはばらつきがあり一定でない。罹患女性がいない、近親婚の親がいない、家系を調べると健常女子を経由して他に罹患男子(例としておじ)がいる、などは伴性遺伝の典型的な徴候で、これはデュシャンヌ型筋ジストロフィーの診断である。 デュシャンヌ患者のほとんどは古典的で重症型であるが、もっと軽度である少数例もある。一部の神経学者はこの二つのグループを区別している。重症型では普通20歳ごろまでに死亡するが、軽症型(ベッカー型)は四肢帯筋ジストロフィーBMDと類似し、発症は10歳後で患者は青年期まで歩くことができ、死の転帰は25歳以後でまれには中年になる。若干の重なりがあり、両方の型が記載された家系もある。連鎖分析ではX染色体の長腕に座位があることが示唆されていたが、ゲノム解析でDMDとBMDは対立遺伝子であることが分かった。ベッカー型はデュシャンヌ型
表8.4.2 伴性疾患の遺伝子頻度(q)と突然変異率(u)の推定値
に比して大変まれであるから、診断基準の違いによる影響はデュシャンヌ型ジストロフィーの遺伝子頻度と突然変異率の推定にはほとんどない(表8.4.2)。 突然変異率8.8×10-5は/座位/世代は異常なくらい高い。これは座位の大きさがとてつもなく大きいことを反映している。大きさの違う欠失が遺伝子のゲノム配列に多数見つかっており、その意味での対立遺伝子に異質性がみられる。罹患女性もまれに報告されている。そのうちの約半分はXOヘミ接合で、決定的にX連鎖である。残りはX-常染色体転座で、この場合正常な染色体が選択的に不活性化する。これらの転座のすべてがX染色体のバンドp21において切断しているので、このバンドの位置にDMDの座位があることを強く示唆する。X/A転座の一例が罹患女子が報告されている。他の伴性疾患と比べると、デュシャンヌの症例でX/A転座は罹患男子より多い。 XOとX/A女性がまれであることの他に精巣性女性化症のXY女子がDMD遺伝子を持っていると典型的な症状を表わすと予測される。XX保因者も時おり軽い症状を顕す。脊椎後彎kyphosis、大きな肩甲骨enlarge calves、筋肉消耗muscle wasting、これらは四肢帯筋ジストロフィーという診断を支持する。保因者の大多数は筋肉から漏れる酵素の血清レベルで知ることができる。クレアチンキナーゼは最も信頼性があるが、トランスアミナーゼ、アルドラーゼなども有用である。その他にもいろいろと保因者テストで用いられている。これらの検査を組み合わせても保因者と診断することはできないので、女子が保因者である確率は遺伝相談によらざるを得ない。突然変異率の準直説法による推定値は精子と卵子で等しいことを示している。 血友病の遺伝子産物はよく知られており、血液凝固第[因子の欠損によるA型血友病と、血液凝固第\因子の欠損によるB型血友病がある。この2座位は密に連鎖はしていない(AはXq28とBはXq27.1)し、遺伝子産物も構造的に異なる。保因者テストが有用である。 デュシャンヌ型ジストロフィーと比べて、突然変異の研究で血友病は不利である。診断前の選択的死亡があるのでデータは突然変異-選択の平衡からずれることになる。乳幼児期に血友病で死亡すれば、診断する機会がない。単離例は診断される機会が少なくなる。近年の治療法の進歩で選択係数が小さくなり、子どもが生まれることもある。過去において選択係数はほとんど1に近かったに違いないが、今日では推測するしかない。新しい平衡状態に到達するまで少なくとも何世代か掛かるであろう。たとへば、m=0.25(1/0.25=4世代)あるいはそれより小さい(長い)かもしれない。血液凝固因子が使用できるようになると、mとxは多数の世代を経由して次第に小さくなろう。これらの要因によるずれを考慮しても弧発例の頻度は突然変異率が同じとした期待値と十分一致している(表8.4.3)。
表8.4.3 選択係数(m)と孤発例(x)の推定
Lesch-Nyhan症候群は乳児早期(3-6ヵ月)より哺乳障害、筋緊張低下、精神運動発達遅滞の徴候を示し、1-2歳頃までには舞踏病アテトーゼ、ジストニー等の付随意運動、痙性四肢麻痺が認められる。2歳以降には特徴的な自傷行為(自分の意思に反して自らの口唇・舌・手指をかみちぎる行為)がみられる。生後1ヵ月ごろから高尿酸血症が見られ、2-3ヵ月で腎結石、尿路感染症が起こるが、通風性関節炎は後期になるまで認められない。HPRTの欠損で生じる疾患で、その遺伝子座はXq26.1である。デュシャンヌ型ジストロフィーと血友病は保因者検査に問題があるが、Lesch-Nyhan症候群では少なくともクローニングと毛根解析で完全に近い成績を上げている。 残念ながらLesch-Nyhan症候群はあまりにもまれであるので組織的な疫学調査を行なうことはできない。そのため突然変異研究のデータを集めることが難しい。患者は専門機関の臨床医に参照しなければならない。患者のいる親戚は2つの条件でより関心を持つであろう。遺伝様式が完全の確立していないか臨床診断が困難である。自傷行為(唇を噛むなど)の強制は驚きであるが、徴候の表れとは一致しない。通常10歳ぐらいまでに死亡するのが普通で多くの患者が、特に単離例が診断されることなく死の転帰を辿る。明らかに疾患の特徴的徴候のある生存患者の確率は家系内でみられる症例数と共に高くなる。 Lesch-Nyhan症候群では、他の伴性疾患とは違い、弧発例が有意に少ない。論理的乖離が残るが、Lesch-Nyhan症候群は男子での突然変異率が女子より高いことが示唆されている。デュシャンヌ型ジストロフィーでは突然変異率に性差がないことがはっきりしており、この場合は伴性の各座位は別個に扱わざるを得ないか、Lesch-Nyhan症候群の家族例が遺伝病を扱う専門センターに偏って集中することが考えられる。非の打ち所のない検査と優れた疫学調査の組合せがあればこの問題は解決するであろう。 突然変異率が年齢と共に上昇することの検証には間接的方法があるが、多くの問題がある。差があるとして、突然変異率の高い性は年齢効果がより少なく、年齢傾向は曲線かもしれない。いくつかの優性突然変異率は男子の年齢と共に増えているが、へテロ接合でどの位の突然変異がヘミ接合で有害であるのか、あるいは有害でフレームシフトであるのかわからない。伴性突然変異が男子年齢とともに増加する可能性はいくつかの疫学研究で支持されているが、否定している報告もある。問題は適切な対照を選ぶのが伴性遺伝子については微妙な点にある。それは突然変異を確認する確率がリスクのある孫の数が増えるとともに高くなることから避妊しない夫婦を選抜することになる。保守的なアプローチとして突然変異を調べた母方の祖父の対照として父方の祖父の年齢分布を用いる。これまでのところこのテストは否定的である。 ショウジョウバエの最新のデータは常染色体と性染色体致死での突然変異率に性差は示されていない。これはこれまでの報告と矛盾する。マウスで自然突然変異の頻度は雄で高いが、その性差は有意水準に達していない(表8.4.4)。 表8.4.4 野生型マウスの特定座位自然突然変異
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.5 常染色体劣性 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
突然変異はホモ接合で発現するまで多くの世代を経由しているのが普通であるから、間接法だけがヒトのまれな常染色体劣性に適用できる(表8.5.1)。 表8.5.1 キイロショウジョウバエの劣性致死突然変異
完全混合で完全劣性の平衡条件は u=mI である。qを平均近交係数αの集団から分離比分析で推定したのであれば、推定値は若干大きく近似的に次の関係が得られる。 I =q2 ≒(q’+α) q’ ここでq’は真の遺伝子頻度である。座位数が2以上であれば、上式の右辺はA’+B’αとなる。ここでA’とB’は7.3節で定義した遺伝的荷重である。 劣性突然変異率の推定値は優性と伴性突然変異での仮定のいくつかが不要とる。生殖腺モザイクと親子関係の誤りは間接推定値への影響はそれほどない。不完全浸透、体細胞突然変異、それに表現模写は分離比分析で調整できる。しかし複数座位と確認の確率の高い方への偏りが問題として残る。突然変異-選択の平衡の仮定はさらにその実現性は厳しい。適応度へのヘテロ接合の影響は測定できないが多分無 表8.5.2 ヒトの常染色体劣性突然変異率/座位(とりあえず1座位)
視はできないであろうし、突然変異、選択それに近交が変化したとき平衡への接近は飛び切り遅い。多くの有害突然変異が劣性であり、ヒトで推定されたひとにぎり優性と伴性突然変異は典型とは言えないことが、劣性遺伝子から突然変異率を求めるのは型破りともいえる(表8.5.2)。これらはおよその目安であるに過ぎない。 ヘテロ接合が適応度を下げるなら、表8.3.1の記号を用いてmをsに換えて罹患を選択で表す。そうすると、特定の有害遺伝子が選択除去される確率は、近親婚によるのがFm、偶然ホモ接合になるのが(1-F)qm、ヘテロ接合によるのが(1-F)(1-q)hmである。除去される合計は1/ρで、ここにρは存続平均世代数、特定の有害遺伝子が選択的に排除されるまで存続する平均である。これは次のように表すことができる。 1/ρ={F+(1-F)q+(1-F)(1-q)h}m fと1-qは1に近いから、簡単に書き変えることができる。 1/ρ≒(F+q+h)m 突然変異-選択の平衡で、数量F、q、hは平衡点での値となる。そして遺伝子頻度は突然変異率と平均存続世代数の積となる。すなわち u=q/ρ≒q(F+q+h)m これは2つの重大な仮定に依存している。荷重は突然変異による(h≧0)。F、q、hは平衡状態の値であって、一般に調査時(非平衡)の値ではない。hmは直接測定するのには小さすぎるから、最初の仮定をテストする唯一の方法は他の事実とu=q/ρから求めた突然変異率と合うかどうかを確かめることになる。現在の集団と平衡状態のF、q、hの値についての違いはFだけが有意であろう。 今日の隔離集団の平均近交係数は7.4B節(1頁のφを集団の大きさNと移動率mで表した式)で推定されているが、特に近親婚を意図しない集団で0.01、濃い近親婚が行われている中東の集団で0.02である。平均的な集団ではこれらより低い値である。平衡に近づいていた過去での近交係数は推測のレベルでしかない。おおまかに言えば、局地の集団は小さくまたより隔離しているから、近交が多かったであろう。しかし、大きさを増している集団ではさらに近親婚の機会が多くなる。例えば、家族あたり丁度C人の成熟した子どもがいる集団で、いとこの数は2C(C-1)であるから、この数は2次関数的に増える。したがって現在の隔離集団より過去より近交係数で低いと推測する理由がある。現在の集団は近年拡張を続けているし、どの集団調査も近親婚が目立つとの根拠で調査されている。ローマ・カソリック教会の近親婚の赦免状は、有効な移動率の増加と進化的大きさが釣合った1900年以前の何世紀もの間にいかなる一定の変化も近親婚は示していない。平衡状態での近親婚は多くの劣性遺伝病の遺伝子頻度より実質的に大きかったのではなかろうか。 推定した突然変異率の変動についても議論がある。一つのアプローチは特定の表現型に絞り、突然変異率を推定する確率がその値に比例すると仮定する。そのような推定値の調和平均は不偏である。別の方法はその目的として合計の有害突然変異率をとり、座位間でかなり一様であると仮定する。一方、特定の表現型の有害突然変異の割合はより多くの変異を生じる。そうすると突然変異率は算術平均である。この2つのモデルは幾分か人為的であるが、特定の表現型(劇的な突然変異を含む)については調和平均を、合計の有害突然変異については算術平均を用いることにするのは妥当なことであろう。 近交荷重Bから合計の有害突然変異率を推定するには別の原理によらなければならない。平衡状態でF+q+hの平均は劇的遺伝子に0.01、わずかに有害な遺伝子に0.25で、それで合計の有害遺伝子について0.127と推定されている。罹患確率sを選択係数mに等しいとすると、配偶子あたりの突然変異率は0.127Bで、これはその約1/3が劇的な遺伝子によることを示している。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.6 誘発突然変異 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
放射線感受性と一倍体(ゲノム)あたりのDNA量には著しい関係がある。座位の複雑性がそのターゲットサイズを反映して合計DNA量とともに増え、タンパク質産物の分子量に比較できる変化はないのはどうしてであろうか。このパラドックスは塩基対欠失か介在配列への挿入かで説明できるかもしれない。これらは転写されないかも知れないが、隣接遺伝子産物を変える転写可能なフレームシフトの突然変異を生じることも考えられる。DNA量からヒトに内挿された重篤で有害な誘発突然変異率は2.6×110-7/座位/ラド(急照射)である。これから倍加線量や座位数の推定ができ、自然突然変異率との整合性をテストできるから、ヒトの突然変異研究でこの値は重要である。 突然変異原の倍加線量DDは自然突然変異率uを2倍にするのに必要な線量である。突然変異の頻度が線量に比例するなら(もちろん上限となる線量以下を想定している) DD=u/v ここにvは突然変異原あたりの誘発率である。原理的に突然変異の種類で固有の倍加線量が決まるが、マウスのデータからは転座、優性可視と劣性可視、劣性致死で倍加線量は一致した値が得られている。 配偶子あたりの有効な座位数は N=U/u Uは配偶子あたりの重篤な有害の突然変異率でuは無作為に選抜した座位の変異率で、哺乳類ではおよそ104である。 誘発突然変異のうち大部分の重篤な有害なのは胎児死亡となるとすると、配偶子あたりの座位数は N=K/vg ここでKはX染色体あたりの致死突然変異誘発率である。gはX染色体上の座位の割合であって、染色体の物理的長さから求める。これらの推定値が哺乳類について一致することから自然突然変異率を求める基になった遺伝的荷重の理論を支持することができる。 化学物質では誘発率は用量に比例しないのが普通である。倍加線量DDは放射線の場合と違って、 F(D)-F(0)=u の解として定義することができる。F(0)は対照群、F(D)は用量Dの群での突然変異率である。uは自然突然変異率であるから F(DD)=2u の解と定義できる。この方法は体細胞でも利用することができるが、その適用面には限界がある。 放射線感受性の直線性については多くの実験で確かめられたが、その後突然変異率への線量率効果が低緩照射では急照射の約1/3であることがマウスで分かった。急照射での倍加線量が30ラドなら、緩照射では約90ラド(0.9グレイ)となる。全浸透、体細胞突然変異、それに表現模写は分離比分析で調整できる。しかし複数座位と偏った確認の高い率の問題は残る。突然変異-選択の平衡の仮定はさらに厳しい。適応度へのヘテロ接合の影響は測定できないが多分無視はできないであろうし、突然変異、選択それに近交が変化したとき平衡への接近は飛び切り遅い。多くの有害突然変異が劣性で、ヒトで推定された全浸透、体細胞突然変異、それに表現模写は分離比分析で調整できる。しかし複数座位と偏った確認の高い率の問題は残る。突然変異-選択の平衡の仮定はさらに厳しい。適応度へのヘテロ接合の影響は測定できないが多分無視はできないであろうし、突然変異、選択それに近交が変化したとき平衡へのアプローチは世代時間的に飛び切り遅い。多くの有害突然変異が劣性で、ヒトで推定された突然変異原の危険を評価するにあたり集団の大きさは通常一定であると仮定している。そして平均の有害突然変異は選択がヘテロ接合に作用するなら1接合体の死あるいは不妊を、選択がホモ接合に働くなら接合体の1/2が死あるいは不妊で除去される。この原理を1世代での親一人に適用すると、ホモ接合で除去される配偶子あたりに誘発する突然変異率URとヘテロ接合で除去される配偶子あたりに誘発する突然変異率UDとからは結局UR+2UDの遺伝的死を生じることになる。これはまた変異原が両親にかぎりなく多い世代被ばくした場合に生じる遺伝的死の発生率でもある。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.7 平衡へのアプローチ |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
進化遺伝学は遺伝子頻度の世代ごとの変化を取り扱うが、それは次のように定量的に表すことができる。 Δ=-k(q-Q)+O(q-Q)2 2次の項は突然変異率と移動の簡単なモデルでは0で、平衡点の近傍では選択に関しても無視できる。Kは組織圧systematic pressureあるいは撤回係数coefficient of recallという。特に突然変異だけのモデルでは Δ=v(1-q)-uq -∂Δ/∂q=u+v=k である。平衡状態ではΔ=0であるから Q=v/k である。平衡状態では、移動がない、人口統計学的に変化のない集団での親縁係数は近似的に φ=1/(4Nk+1) に近く、遺伝子頻度の分散はQ(1-Q)φである。この遺伝子頻度の分布はライトにより研究され、ベータ分布に従うことが知られている。これはQとφの2つのパラメータで表すことができる。Qとφが推定できるので遺伝疫学では都合がよい。平衡に至るまでの厳密解が木村(Crow & Kimura 1956)により求められているが、複雑な特殊関数で表される。 kが小さいと世代あたりの遺伝子頻度の変化は微分Δ=∂Δ/∂qで表すことができる。与えられた初期頻度q0から観察頻度までに要する世代数tは、若干の計算から次のようになる。 t≒(1/k)ln {(q0-Q)/(qt-Q)} q0<qt<Q あるいはQ<q0<qt 平衡頻度の半分になるまでに要する世代数は t1/2=(ln 2)/k である。 この式の使い方としてq0を現在の平衡頻度として、突然変異あるいは選択係数が変化したときの新しい平衡での平衡頻度の半分までに要する世代数が計算できる。まれな優性遺伝子は選択の変化に対しては直ちに効果的な答が得られるが、まれな常染色体劣性はゆっくりと進化して平衡頻度の半分までになるのに数千年の長い世代を要する。その間、近交、突然変異率やホモ接合の選択の強さが変わることは十分考えられよう。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.8 組織圧 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
平衡状態への接近は組織圧の大きさで決まるが、その大きさは通常は小さいに違いない。平均の組織圧は当今の集団について進化理論に基づいて研究された。フィシャーは選択の機会をマルサス径数で測ることを示した(Fisher 1930)。すなわち m0=ln F Fは8.3節で定義した集団の平均適応度である。座位あたりの平均適応度は k=iqiki=m0/n nは座位数、qiはi番目の対立遺伝子の頻度、Σiは該当する座位について対立遺伝子全てについて和を表す。 m0についてのいろいろな推定値は実質的に一致する。(a)いくつかの妊性の高い隔離集団からの報告がある。生殖期間を終わるまで生存した女子が産んだ子どもの平均数は9.9までになり、これからm0<1.60が得られる。厳しい条件下で多くの女子が生殖期前あるいは期間中に死亡し、沢山の子ども達が生殖期まで生存し得ない。大家族では幼児死亡が一番起こり易く、狩猟収集社会の女子は同時に2人以上の子どもを養育するのは難かった。したがって実際の増加率は1.60より小さくなる。(b)近年米国の集団増加率の最大はm0=0.62/30年(=1世代)である。若干小さい値が台風による集団縮小後の2つのミクロネシヤ環礁で観察された。事故や不妊がこれらの集団で見られることから、潜在的な増加率は0.62より大きい。(c)フィシャーはイギリス貴族の2家系のデータから、遺伝子型妊性の標準偏差の相違からマルサス径数で0.96と計算した(Fisher 1930)。(d)クローは合計選択指数index of total selectionを開発した(Crow 1958)。すなわちI=Nt+1/Nt-1。ここにNt+1は家族の大きさsからの各個体、それぞれは生殖期間を生存して、その子ども数はsであるという仮定している。 m0<ln (I+1) この式から、記録されているIの最大値はニューギニアのPeriの3.69で、これはm0<1.54に相当する。 以上の計算からm0の値は理想的な条件下でのヒト集団値1の近傍であることが導かれるが、この大きさは狩猟収集社会に拘束下で考えられる値の2倍の大きさである。もし関与する座位が10,000であればk=10-4である。 進化においてアミノ酸の置換率は構造タンパク質でおよそ3×10-9/年で全DNAの熱安定性の約2倍である。100アミノ酸から成るタンパク質の置換率は10-7/年で1世代を10年とすると置換率は10-6/座位/世代となる。置換率は突然変異下では組織圧に、選択下ではおよそその2倍であるから、進化における平均組織圧は約10-6/座位/世代となる。 7.7.節で多型を用いてバイオアッセイからの人種間の親縁係数は外交配の罹病率や死亡率からおよそ200倍であることを示した。これは多型への組織圧はさらに小さく、またより変異に富んでいることを示唆する。劣性致死への組織圧は k=-∂Δ/∂q≒u+mq(q+h+F)=0.01 である。多型への組織圧はわずかにほぼk/200=5×10-5であるかもしれない。これは突然変異率のオーダーである。 多型の重要な性質として特異性specificity、断続性intermittence、可塑性plasticity、それに縮小性diminutionが挙げられる。特異性は、組織圧が最小ですらある関連対立遺伝子を強調して、選択は特定の発生段階で、特定の作用剤として働く。生活環の別の段階では選択は逆向きあるいは無視できる。 断続性は選択がある多型にある世代に強く働き、その他の世代では考えられない状況のことである。多型選択の能動相あるいは受動相と呼ぶこともできる。世代が1年以下の生物種では、季節的選択はこの断続性についての規則的周期性を起こすことになる。断続性が周期的でないあるいは周期が長いと、多型は長い世代にわたってほぼ中立とみられるかも知れない。この受動相間の他の時期に働く選択圧を定める可能性が少ないと、主たる選択圧と必ずしも関連していない疾患でも、有意性があるかもしれない。 可塑性は違う環境や遺伝子頻度での選択圧と遺伝的修飾因子の変化を意味する。親縁係数としてバイオアッセイした民族間の最大の分化は遺伝子頻度がほぼ0.5である場合で、異なる環境で違う選択圧であることと整合性がある。有害遺伝子に対するかなり一様な選択は多型への可変選択と対照的である。後者は平均して広い領域あるいは時間でほぼ中立であるかもしれない。 選択による変異に対する多型遺伝子の頻度感受性にはパラドックスがある。それを解く一つの可能性は問題の多型と密に連鎖した遺伝的修飾因子の擬態や組織適合性の「超遺伝子supergenes」に進化するように促すのかも知れない。そのような多型は集団が違うと異なる修飾因子を伴い生物種で遺伝的構成の一部として恒久的に残るであろう。他方では有利な突然変異の頻度が増えると共に修飾因子についての同じ選択が、最初はヘテロ接合と若干ある程度ホモ接合で遺伝子のいかなる有害な多面発現効果を縮小する。遺伝子頻度が高くなると修飾因子のこの選択はより強力となりホモ接合の有害な多面発現効果はやわらぐであろう。この修飾が反転しなければ、新しい遺伝子は前に野生型であった対立遺伝子と置き換わり単型となる。しかし修飾因子についての選択があまり効果的でなく、あるいは環境が古い対立遺伝子に有利なように逆に作用すると、多型は弱い選択圧で維持されることになる。遷移多型(どちらの対立遺伝子にも有利)への退化とホモ接合の適応度を高める環境変化あるいは修飾因子の選択は組織圧の縮小となる2つの機構である。どちらも長期にわたり多型を維持する機構である。 特異性、断続性、可塑性、それに縮小性という属性は、沢山の多型が極端に小さい組織圧下にあり、事実上分離比による寄与はないことを推測させる。長い不規則な環境の移り変わりと昨今の死亡率の低下を経験するヒトのような生物種では特に考えられることである。多型への組織圧の縮小を支持する他の事実として近交荷重がある。ショウジョウバエでは大部分が致死である。これは突然変異による荷重で予測できることで、分離による荷重では理解しがたい。 組織圧が小さいという事実は一部の進化学者に沢山のアミノ酸置換が中立であることを示唆させた。残念ながら中立と弱有害の区別は論理的選言にのめり込む。すなわち、同じ大きさの独立な集団と組織圧は平衡状態で全ての座位で中立な突然変異であるのか、あるいはこの厳しい仮説は何か間違っているかである。自然界ではもちろん仮説はみたさないであろう。異なる集団や座位ではパラメータは等しくはない。生物種が特定の遺伝システムについて平衡状態でないと、領域もそうであるとは限らない。そして遺伝子産物は関与するアミノ酸の数と変化が認識されるその精度で異なる。中立突然変異についての特定のテストを実行するのに必要な正確な再現性はまず不可能である。 中立性は一つの帰無仮説であるが、対立仮説の一つとして沢山のアミノ酸置換が「準中立」quasi-neutralであるという感触がある。平均の組織圧はあまりにも小さいので推定することは問題外であるが、7.7節で示した親縁係数の遺伝子頻度の分布は、違う対立遺伝子の偶然による固定を伴うk≪1/NのときU型になる。 300,000年前の世界人口は少なくとも106と推定されている。したがって10-7より小さい組織圧は生物種ではほぼ中立だったのかもしれない。 中立突然変異はDNA置換率が一様であるという間違った印象で受け入れられている。そうではなく、DNAの進化は転写されない配列で最も速い。おそらくこれらの配列への組織圧は、塩基対の欠失/挿入で隣接する構造座位を変えてしまう突然変異率より高いことはなかろう。多分適応機能が転写されない配列に見つかるであろうが、ある種の突然変異からタンパク質合成を調節するか構造座位を保護しているのかもしれない。最も弱い組織圧ですら中立を受け入れることは賢明でないようである。なぜなら、中立仮説は適応を探すことに積極的でなく、別の意味で訴えるものが少ない。(a)自然突然変異率は下等生物で絶対時間単位あたりがはるかに高いが、世代あたりの方が比較的にはるかにし易い。これは世代の長さが増すと共に最適率への選択として理解できるが、中立突然変異では説明できない。(b)中立突然変異率はいかなる生物でも直接推定されていないし、一つも中立突然変異は観察されていない。検出された突然変異のほとんど全ては有害あるいは弱有害である。(c)アミノ酸置換への組織圧は k=U+ps である。ここでUは中立および有利な遺伝子への突然変異率でpは平均選択係数がsの有利な置換の割合である。s<10-4とゼロではないが示すことの出来ないUで、ps>Uの妥当な値でアミノ酸置換率をほぼ一定として説明するのに問題はない。 遺伝疫学における進化遺伝学の主たる役割は組織圧が小さいこと、進化がゆっくりであることを強調したい。現在の無知の状況で選択緩和の長期的影響の考えを疾患コントロールに向けることは重大な誤りであろう。
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8.9. 参考文献 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Barrai I, Mi MP, Morton NE & Yasuda N. Estimation of Prevalence under Incomplete Selection. American Journal of Human Genetics 17: 221-236, 1965. Childs JD 1981. The Effect of a change in Mutation rate on the Incidence of Dominant and X-linked Recessive Disorders in Man. Mutation Research 83: 145-158. Crow JF 1958. Some Possibilities for Measuring Selection Intensities in Man. Human Biology 30:1-13. Crow JF & Kimura 1956. Some Genetic Problems in Natural Population. Proc Third Berkeley Symp Math Stat and Prob 4: 1-22. Crow JF 2000. The Origins, Patterns and Implications of Human Spontaneous Mutation. Nature Review Genetics 1: 40-47. Fisher RA 1930. The Genetical Theory of Natural Selection. Clarendon Press, Oxford. Morton NE & Chung CS 1959. Formal Genetics of Muscular Dystrophy. American Journal of Human Genetics 11: 360-379. Snankaranarayanan K & Chakraborty R 2000. Ionaizing Radiation and Genetic Risk XI. Doubling Dose Estimate from the mid-1950s to the Present and the conceptual Change to the Use of Human Data on Spontaneous Mutation Rates and Mouse Data on Induced Mutation Rates for Doubling Dose Calculations. Mutation Research 453: 107-127. Vogel F & Motulsky AG 1997. Human Genetics: Problems and Approaches, Springer, Berlin.(人類遺伝学T、訳:安田徳一、1988:30頁) Yasuda N & Kondo K 1980. No Sex Difference in Mutation Rates of Duchenne Muscular Dystrophy. Journal of Medical Genetics. 17:106-111.
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|