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27.「口蹄疫の正しい知識 13. 「口蹄疫対策検証委員会報告書を科学的に検証する」
(社)予防衛生協会理事 |
農林水産省の口蹄疫対策検証委員会報告書(以下、農水省報告書)が平成22年11月24日に発表されました。口蹄疫対策はBSEの場合と同様に科学的リスク評価にもとづいたものでなければなりませんが、この報告書の内容はほとんどが防疫対策を中心としたもので、科学的リスク評価に関する記述は報告書の最後にわずかに見受けられるだけです。海外では口蹄疫対策にかかわる研究がこの10年ほどの間に著しい進展を示しています。その成果も踏まえて、この報告書の科学的検証をおこなってみたいと思います。
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1.農水省報告書の中で科学的リスク評価に関わる部分 |
私が読んだ限り、科学的リスク評価に関連あると考えられたのは、報告書本文の中の2つの項目と第2回委員会で配布された補足説明資料「口蹄疫について」の1枚の表のみです。
[報告書]からの抜粋
9. 初動対応では感染拡大が防止できない場合の防疫対応の在り方 (3) 以上のことを踏まえて、感染が拡大した場合の対策案を、最新の科学・技術を前提に、多角的に検討しておくべきである。例えば、ワクチン接種のほか、使用できる抗ウイルス薬などがあればその活用、ワクチンを使わない予防的殺処分なども検討しておくべきである。
[補足説明資料]からの抜粋
「感染後に回復した牛やワクチン接種牛は、ウイルスを長期間保有し、新たな感染源となる(キャリヤー化)」
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2.口蹄疫対策の検証では科学的視点が不可欠 |
英国では2001年の大発生を受けて英国政府の「学ぶべき教訓に関する報告書」と英国王立協会の「科学面における調査報告書」が2002年に発表されました(両報告書のホームページは現在では閉鎖されています)。これらの調査委員会は第三者委員会です。しかも、王立協会調査委員会では2004年に再評価報告書を発表し、そこで2002年の調査報告書を受けて行われた政府の対策の進展を評価しています。
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欧州家畜協会の緊急声明
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3.欧州家畜協会の緊急声明 |
オランダに本拠を置くNPOの欧州家畜協会(European Livestock Association)が会長名で日本の対策に対して緊急声明を出しています。これには6名の科学者が署名しています。そのうち、口蹄疫対策の専門家として私が知っている名前は以下の3名で、口蹄疫対策でもっとも豊富な経験を持っている人として国際的に有名です。
・Paul
Sutmoller:WHOのアメリカ地域事務局である汎米保健機関(PAHO:Pan
American Health Organization)(脚注)の口蹄疫センターの元研究部長
この声明は感染症情報に関する世界的ネットワークProMED
(Program for monitoring emerging infectious diseases)に2010年6月7日に発表されたものです。
このネットワークは日本でも非常に有名で、農水省担当者も当然読んでいるはずですが、この緊急声明に対する見解は私が知る限り示されていません。また、マスコミでもまったく取り上げませんでした。 ********************************* 日本で実施されている口蹄疫対策に関連して欧州家畜協会会員は以下の点について緊急に声明を行いたい。
日本政府当局の主な目的は病気の広がりを止めて、流行を制圧し口蹄疫清浄国にできるだけ早く復帰することである。 我々は以下のQ and Aを注意深く考慮するよう強く勧告する。
上記の目的を達成することはできるか?
この対策による損失には以下の点などがあげられる。
もっと効果的な代わりの手段はあるか? 上記の点を考慮して我々は以下の勧告を行いたい。
・
ワクチン接種ゾーンは画一的な緊急計画にもとづくべきではなく、発生のタイプに応じて考えなければならない。 我々は21世紀の進歩した科学的手段にふさわしい方式が家畜衛生に貢献することを望むものである。これは地域社会とそこにおける家畜の福利に貢献し、さらに人道的なやり方である。 ********************************
脚注
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4.ウルグアイでのワクチンによる口蹄疫清浄化 |
検証委員会の説明資料では「ワクチンのみでは本病の根絶は困難」と述べられています。しかし、殺処分だけに頼っていた英国を除くヨーロッパの多くの国では、1980年代にワクチンだけで口蹄疫が制圧され、ほとんど発生がなくなりました。大部分の国で制圧されたにもかかわらず、ワクチンの定期接種のために多額の費用がかかっていたことと、まれに起きた発生が不活化不十分なワクチンやワクチン製造所から漏出したウイルスによるものだったことが、ワクチン接種をEUが1992年から禁止した主な理由でした。(もうひとつの理由はワクチン接種動物の抗体が感染動物と区別できなかったため、貿易の障害になっていたことです。)
脚注:OIE国際規約では「ワクチン非接種清浄国」の条件として、過去12ヶ月間、口蹄疫の発生がないこと、過去12ヶ月間、口蹄疫ワクチンの接種が実施されていないことが要求されています。 1.スタンピンアウト(全頭殺処分)の後、3ヶ月 2.ワクチン接種動物をスタンピングアウトした後、3ヶ月 3.ワクチン接種動物でNSP(非構成タンパク質)抗体陰性が確認された場合、最後のワクチン接種から6ヶ月後 国際規約:http://www.oie.int/eng/normes/mcode/en_chapitre_1.8.5.htm なお、宮崎では第2の方式でした。私は共同通信社の識者評論(2010年6月11日)で第3の方式を採用しなかった理由を農水省は説明すべきだと書きましたが回答はありませんでした。
参考文献
Sutmoller, P. & Olascoaga,
R.: The successful control and eradication of Foot and Mouth Disease
epidemics in South America in 2001 Sutmoller, P., Barteling, S.S., Olascoaga, R.S. & Sumption, K.J.: Control and eradication of foot-and-mouth disease. Virus Research, 91, 101-144, 2003
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5.口蹄疫ワクチンの国際基準 |
口蹄疫ワクチンの基準はOIEのManual
of Diagnostic Tests and Vaccines for Terrestrial Animals(陸生動物のための診断法とワクチンのマニュアル)に詳しく述べられています。現在のホームページには2009年のOIE総会で承認された基準が掲載されています。
力価試験
精製度試験
緊急用ワクチンでの例外措置
Lombard, M. & Fuessel,
A.-E.: Antigen and vaccine banks: technical requirements and the role of the
European antigen bank in emergency foot and mouth disease vaccination.
Scientific and Technical Review OIE, 26, 117-134, 2007.
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6.口蹄疫におけるキャリヤーの問題 |
口蹄疫対策でのもっとも大きな問題は「ワクチンを接種するべきか、するべきかでないか」でした。これは、ワクチン接種動物が口蹄疫ウイルスのキャリヤーとなるのではないかという疑問が国際貿易の面で重要視されてきたためです。
参考文献 Barnett, P., Garland, A.J.M., Kitching, R.P. & Schermbrucker, C.G.: Aspects of emergency vaccination against foot-and-mouth disease. Comparative Immunology, Microbiology and Infectious Diseases. 25, 345-364, 2002.
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7.今後の研究 |
世界での口蹄疫に関する研究は、「生かすためのワクチン」への方向転換にもとづき現在の精製ワクチンに加えてさらに新しい技術による信頼性の高いマーカーワクチンの開発、NSP試験法の検討、高感度の迅速診断法の開発の面などで非常に活発に行われています。 |