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32.ワクチンによる感染症の根絶(5):麻疹
(社)予防衛生協会理事 |
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ワクチン以前の麻疹の予防法 |
20世紀のはじめには、まだ牛疫ウイルスが麻疹ウイルスの先祖ということは分かっていません。結果的に眺めてみると、麻疹の予防の歴史は、先に述べた牛疫の予防の歴史を追いかけています。ワクチンが開発される以前の1916年、チュニジア・チュニスにあるパスツール研究所のシャルル・ニコル(Charles
Nicolle)は麻疹回復者の血清10 mlの注射を行うと一時的に麻疹に対する予防効果がみられることを発表しました(1)。ついで回復血清を注射し、続いて急性期の患者の血液(ウイルス)の同時注射による免疫を試みました。この方法は長期間にわたって予防効果があったため、当時メディアは麻疹の制圧ができるようになると報道しました。この二つの方法は牛疫で免疫血清と発病した牛の血液を同時に注射する方法とまったく同じでした。
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初期の麻疹ワクチン(KL方式) |
1953年にエンダース(John
Enders)は麻疹の研究を始め、1954年に少年の学校の寄宿舎で麻疹が流行した際にエドモンストン(Edmonston)という少年の血液やうがい液を人胎児細胞に接種した結果ウイルスの分離に成功しました。これは現在までエドモンストン株という代表的な麻疹ウイルスとして、広く研究に利用されています。1960年には通称エンダース・ワクチンが開発され、1963年に承認されました。しかし、初期のワクチンは副反応が強かったため、それを軽減するために人免疫グロブリンとの併用が必要でした。これは本シリーズ30回牛疫の中村ワクチンで行われた方式です。しかし免疫血清は調節が難しく、まもなく不活化(Killed)ワクチンの投与後、生(Live)ワクチン投与というKL方式に切り替えられました。
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現在の麻疹ワクチン(FLワクチン) |
そこで、単独で使用できる高度弱毒ワクチン(Further attenuated live vaccine: FL)として、米国ではシュワルツ(Schwarz) ワクチン、日本ではCAM ワクチンとAIK-Cワクチンが開発されました(4)。CAMは漿尿膜(chorioallantoic membrane)に順化したことで付けられた名称です。AIK-Cの名称は開発者の北研の牧野慧博士が付けたものです。当時イランの国立ラジ血清研究所(Razi Serum Institute)から私が勤務していた予研の私の研究室と北里研究所に麻疹ワクチンについての研修生が来ていました。日本では次に述べるように、ニワトリ白血病ウイルス・フリーのSPF卵から調製した細胞でワクチンを製造していましたが、イランではSPF卵の入手が困難なためにヒツジの細胞で作れないかという相談が彼から持ちかけられたのです。これがきっかけになって、北研ではエドモンストン株をヒツジ腎臓細胞で増殖させ、そこから低温変異株を分離することにより弱毒ワクチンを開発するのに成功しました。アメリカのウイルス株を用いたことからA、それにイランのIと北里研究所のKを合わせてAIKとし、chick embryo cellでよく増殖する株を選んだことでCをつなげたものです。
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初めて採用されたSPFニワトリの孵化卵でのワクチン製造 |
奥野ワクチンは孵化鶏卵の胚細胞培養でワクチン・ウイルスを増殖させたものでした。孵化鶏卵の場合、外来性のウイルスに汚染している可能性はほとんどなかったのですが、例外としてニワトリ白血病ウイルスが問題になりました。これはレトロウイルスの一種で多くのニワトリで不顕性感染を起こしており、卵を介して雛に伝達されています。このウイルスは人には感染しませんが、ワクチンの品質管理では病原性の有無にかかわらずワクチン・ウイルス以外にほかのウイルスが含まれていてはいけないことが鉄則です。
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麻疹の排除 |
これまでに述べてきたように、天然痘と牛疫は根絶され、ポリオが根絶を目指しています。麻疹では、その前段階としての排除が目標になっています。
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文献 |
1. Nicolle, C. & Conseil, E.: Pouvoir preventif du serum d’un malade convalescent de rougeole. Bull. Et mem. Soc. Med. D. hop de Paris, 42, 336-338, 1918. 2. 宍戸亮、山内一也:人免疫グロブリンの麻疹抗体価(国際単位)の測定. 日本医事新報 2428, 43-47, 1970 3. 奥野良臣、上田重晴:麻疹の予防.奥野良臣、高橋理明編:麻疹・風疹,朝倉書店,1969, pp103-133 4. Makino S: Development of live AIK-C measles vaccine: a brief report. Rev. Infect. Dis. 5, 504-505, 1983 5. CDC: Progress toward measles elimination-European region, 2005-2008. Weekly Morbidity Mortality Report, 58, 142-145, 2009 6. CDC: Progress toward the 2012 measles elimination goal-Western pacific region, 1990-2008. Weekly Morbidity Mortality Report, 58, 669-673, 2009
7. Spotlight on measles 2010: Measles elimination in
Europe-A new commitment to meet the goal by 2015. Eurosurveillance, Vol. 15,
Issue 50, 16 December 2010
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