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33.シュマレンベルクウイルス:
ヨーロッパの牛と羊で広がるエマージングウイルス
(社)予防衛生協会理事 |
昨年暮れにヨーロッパでシュマレンベルク(Schmallenberg)ウイルスという新しいウイルスによる感染症が牛と羊で見つかり、畜産関係者を驚かせました。そして現在、家畜衛生での重要な問題として欧州食品安全庁でも議論が始まっています。 この病気が出現して1−2ヶ月後には、原因が日本で分離されたアカバネウイルスに近縁のウイルスということが明らかにされました。典型的なエマージングウイルスとして原因解明にいたった迅速な対応はSARSの場合を上回るものといえます。そのような観点からこれまでの経緯を簡単に整理してみます。また、アカバネウイルスは1970年代に大きな問題となった牛の異常産の原因としてクローズアップされたもので、この原因解明にかかわったのは私が良く知っている人たちでした。そこで、アカバネウイルスにまつわる昔話も含めてご紹介しようと思います。
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シュマレンベルクウイルス |
このウイルス発見のきっかけは、2011年8月から10月にかけてオランダとドイツで牛の間で発熱、乳量の減少、食欲消失、体重減少などの症状を示す病気が広がっているという報告でした。11月からはオランダ、ドイツ、ベルギーで流産や奇形を伴った死産が羊を主体として牛と山羊で見つかるようになりました。そののち、英国でも見つかり、さらにフランス、イタリアにまで急速に広がっています。3月4日付けのProMEDはロシアがEUからの牛の輸入を禁止したと伝えています。 成牛で急性感染を起こした場合には下痢、発熱、乳量の減少が見られ数日で回復します。羊では症状はこれまで報告されていませんが、妊娠中の羊が感染した場合、流産、死産、胎児の奇形(頸や背中の湾曲、関節の硬化、水頭症など)が見られています。 ドイツのフリードリッヒ・レフラー研究所は10月にひとつの農場で発病していた乳牛3頭から血液を採取し、プールしてメタゲノミクスによる原因ウイルスの探索を始めました。メタゲノミクスはウイルスの分離・培養といったこれまでの手段を取らずに、直接サンプルについて遺伝子配列を調べる手法です。これにより見いだされた遺伝子配列にもとづいてウイルスの系統樹を構築した結果、ブニヤウイルス科のオルソブニヤウイルス属のシャモンダ(Shamonda)ウイルスやアカバネウイルスに似たウイルスが原因であることが明らかにされました。シャモンダウイルスはナイジェリアで牛とヌカカから分離されたもので、アカバネウイルスは群馬県赤羽村(現在の群馬県邑楽郡板倉町海老瀬)で蚊から分離されたものです。原因ウイルスの遺伝子配列が明らかになったことから、PCRによる検査態勢が直ちに立てられました1)。 12月には発病した牛の血液から蚊の幼虫由来の継代培養細胞でウイルスが分離され、最初に病気が見つかったドイツの地名をとってシュマレンベルクウイルスと命名されました。 シャモンダウイルスやアカバネウイルスと同様に、このウイルスはおそらく蚊もしくはヌカカで媒介されるものと推測されています。牛から牛や、羊から羊への伝播は起きていないと考えられています。 欧州食品安全庁はEU加盟国が直ちにとるべき対策についてのガイダンス文書を2月7日に2)、2月17日には声明を発表しています3)。その主な内容はこのウイルスによる人の健康へのリスクは無視できること、したがって牛乳や肉などの畜産食品による伝播のリスクはないということ、そしてEU内での貿易に規制を行うことは非科学的といったことです。 一方、2月末にはオランダの中央獣医学研究所でこのウイルスについての会議が開かれ、すでに3社がワクチン開発を始めていることが報告されています。そして普通ワクチンの製造許可が下りるまでに2年以上かかるのを短縮してほしいという希望が述べられています4)。 これら一連の動きを振り返ってみると、メタゲノミクスという新しい手法が病原体の解明から検査態勢の確立に威力を発揮したことが指摘できます。一方、EU食品安全庁によるリスクコミュニケーションがBSEの場合と同様に素早くしかも分かりやすい内容になっている点も印象的です。 日本でも農林水産省消費安全局動物衛生課が2月8日に詳細な情報を発表しています5)。その内容は簡潔で専門家にとっては役にたつと考えられます。しかし、スタイルそのものは畜産局衛生課当時のままで、EU報告のような消費者向けの姿勢は見受けられません。
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アカバネウイルス |
1972年(昭和47年)8月頃から九州を中心に関西から関東にかけての牛の間で流産、死産などが相次ぎ発生頭数は4万頭近くとなり、異常産として畜産における大きな問題になりました。この発生は一旦終息するように見えたのですが翌年8月頃から再び関西で起こりました。 家畜衛生試験場(家衛試・現動物衛生研究所)のメンバーを中心とした農林水産省の調査チームが原因解明にあたった結果、稲葉右二博士たちが発生状況や病理学的検査などからアルボウイルス(日本脳炎ウイルスや黄熱ウイルスなど節足動物が媒介するウイルス群の名称)感染症と考えて検査した結果、アカバネウイルスに対する抗体保有率が異常に高いことを見いだしました。そこで発生が予測された地域でアカバネウイルス抗体陰性の妊娠牛をおとり動物として、定期的に血液を採取した結果、アカバネウイルスが分離され、アカバネ病と名付けたのです6)。アカバネウイルスは1959年(昭和37年)に国立予防衛生研究所(現・感染症研究所)のウイルス・リケッチア部の大谷明先生(後に感染研・所長)が蚊から分離したものでした。当時、大谷先生は日本脳炎の疫学調査の一環として日本全国の蚊を採取しウイルス分離を試みていて、その際に群馬県の旧・赤羽村で未知のウイルスを分離し、アカバネウイルスと命名したのです。10数年間冷凍庫で眠っていたウイルスが家畜に病気を起こすことが明らかにされたという訳です。
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参考文献 |
1) Hoffmann, B. et al.: Novel orthobunyavirus in cattle,
Europe, 2011. Emerg. Infect. Dis., 18 (3). March 2012.
2) Working Document:
Schmallenberg Virus (SANCO/7012/2012)
3) Statement on the Schmallenberg
Virus Situation issued by the European Commission together with the EU
Member States following the working group held on 17 February 2012. 4) MacKenzie, D.: Vaccine for deadly sheep virus is on its way. New Scientist, 29 February, 2012. 5) http://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/pdf/120208_schmall.pdf 6) 稲葉右二:牛の異常産とアカバネウイルスについて, 日獣会誌, 28,457-463, 1975.
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