|
テーマ ２１世紀の生命科学研究を支える実験用サル類 開会 9：00～9：30 開会の挨拶 (社)予防衛生協会理事長
松浦 十四郎 国立感染研筑波霊長類センター長 寺尾 恵治 第１部：繁殖コロニーの有用性
座長 国立感染研筑波霊長類センター吉田 高志 9：30～10：10 「コモンマーモセット」 日本クレア㈱八百津生育場 斎藤 亮一 10：10～10：50 「カニクイザル」 (社)予防衛生協会 冷岡 昭雄 10：50～11：00 休 憩 特別講演
座長 (社)予防衛生協会理事長
松浦 十四郎 11：00～12：00 「ウガンダのエボラ出血熱流行現場で学んだこと」 厚生労働省仙台検疫所長 岩﨑 惠美子 12：00～13：00 昼 食 特別講演
座長 (社)予防衛生協会理事
山内 一也 13：00～14：00 「The
US Primate Research Centers Program: Organization and Research Mission」 前ワシントン地域霊長類研究センター所長 Dr. Douglas M. Bowden 第２部：繁殖コロニーの必要性
座長
東京大学大学院農学生命科学研究科
吉川 泰弘 14：00～14：40 「チンパンジー」 (株)三和化学研究所熊本霊長類パーク 早坂
郁夫 14：40～15：00 休 憩 15：00～15：40 「ニホンザル」 大阪大学大学院人間科学研究科 和
秀雄 総合討論
座長 国立感染研筑波霊長類センター長
寺尾 恵治 15：40～16：30 「国内サル類繁殖コロニーの必要性について」 16：30～18：30 懇親会
繁殖コロニーの有用性 「コモンマーモセット」 日本クレア（株） 斎藤 亮一 コモンマーモセット
(callithrix jacchus)
は真猿亜目 (anthropoidea)
, オマキザル上科 (ceboidea)
,マーモセット科 (callithrichidae) , マーモセット属 (callithrix)
の1種で、体長約200ｍｍ, 尾長約300ｍｍ体重約350ｇの小型のサル類である。棲息地は南米大陸アマゾン東部であり、このため新世界ザルと呼ばれる。これに対して実験用サル類として最も多く利用されているアカゲザル
(macaca mulatta) ,
カニクイザル (m fascicularis)
およびニホンザル (m
fuscata)
等のマカカ属サル類は旧世界ザルに別けられているが、いずれも我々ヒト
(homo sapiens)
と同じ真猿亜目の霊長類である。 マーモセット科のサル類を実験動物として利用する試みは、欧米では1950年代後半頃より始まり、日本では1960年代半ば頃から始まったようである。何故マーモセットに着目したのか、その理由は実験動物化するに適した１）繁殖効率が良い（通常マーモセットは１産2仔と言われているが当コロニーでは1産3仔以上の場合も多く1産当たりの平均産仔数は2.6〜2.8匹である。また妊娠期間は145〜148日と短く、分娩後7〜14日の間に排卵が起こるため追いかけ妊娠をくり返す。これにより155〜160日間隔で分娩をくり返す。）、２）世代交代が早い（出生した個体は生後７ヶ月頃よりメスでは排卵が始まりオスでは精子形成が始まる。平均的な性成熟時期は生後12ヶ月齢頃である。）、３）小型である（上述の通りラット程度の体格である。メス・オスの体格差が認められない。）、という３条件を全て満たしているサル類と言えるからであろう。しかし、当初は動物の取り扱いから飼育環境や飼料に至る全てにおいて不明な点が多く、適正な飼育管理そのものを行うことが難しく、暗中模索、試行錯誤の時代が長く続いた。そしてようやく基本的な飼育方法の原形のようなものが確立されたのは1970年代も後半の頃であった。これに伴い我々は1983年に英国より英国内で繁殖されたコモンマーモセット30ペアを導入し、これらの動物を基に日本国内における実験用コモンマーモセットの繁殖コロニーの構築に着手し、今年で20年目を迎える。 適正な飼育管理を施すことでコモンマーモセットは前述の３条件に見事にあてはまる性能を発揮し、開発当初に懸念された「感染症に弱い」,「ストレスに弱い」,「取り扱いが難しい」といった不安要素は全て払拭された感がある。 そこで今回は、コロニーの運営を通して我々が知り得たコモンマーモセットの特性や適正な飼育管理ならびに取り扱い方法等を報告する。
繁殖コロニーの有用性 「カニクイザル」 （社）予防衛生協会 冷岡 昭雄 国立感染症研究所、筑波医学実験用霊長類センター（TPC）では、設立以来23年間、人工室内環境下でカニクイザルの繁殖・育成を実施しています。その過程で、サル類の飼育管理方式あるいは生理学、遺伝学、微生物学分野で実験用サル類に係る諸問題について検討してきました。TPCで生産されたサルの大半は、ワクチンの国家検定に利用されますが、この他にAIDS研究などの感染症研究、遺伝子治療研究、代謝疾患研究、加齢研究などにも利用され、その有用性が認められつつあります。今回は、TPCのカニクイザル繁殖コロニーの紹介と今後の医科学研究における有用性について報告します。 繁殖コロニー 現在、TPCでは1,392頭のカニクイザルを飼育しています。内訳は、繁殖用雄ザル57頭、繁殖用雌ザル432頭、次期繁殖候補ザル208頭、育成仔ザル695頭であり、年間約200頭の新生仔を作出しています。 動物の状態は毎朝、元気、食欲、便性状、出血の有無（月経出血を含む）およびその他の異常について1頭毎に観察しポータブルターミナルへ入力し出生からの全てのデータが保存されています。 妊娠ザルについては、妊娠5週、12週、22週齢で体重測定および超音波診断にて、胎仔心拍の確認や頭部大横径を測定します。妊娠末期では胎位検査を行い、骨盤位や横位の胎仔については頭位に胎位変換し死産を予防します。新生仔については、出生日に個体登録、性別確認、体重測定、外貌奇形等を検査します。仔ザルは1週齢、2週齢、3週齢、18週齢、21週齢、離乳時に保定検診と体重測定を実施し、発育異常等の早期発見に努めています。 1歳齢以上の育成ザルは、原則2年に1度、健康検査を実施しています。検査内容は、体重測定、外貌・触診検査、血液・血清生化学検査、ツベルクリン検査、ウイルス抗体検査等です。 胎仔を用いた研究 薬剤の胎仔に対する影響、胎仔治療研究では、胎盤構造、発生過程がヒトと類似したサル類を用いた研究が重要です。このような研究分野では、胎齢の明らかな胎仔が必要であり、TPCでは排卵期に合わせた適期交配方式と早期の妊娠診断を可能にして研究に対応しています。 自然疾患モデル 糖尿病研究では、TPCの繁殖コロニーで肥満経歴、血液生化学検査、糖負荷試験の結果、自然発症性Ⅱ型糖尿病と診断されたサルが病態解析や治療研究に利用されています。 子宮内膜症は、子宮内膜細胞が腹腔内や子宮筋層に転移増殖したもので、転移組織の月経周期に伴う反応が障害を起こします。その発生機序や予防研究のモデル動物としてはヒトと同じ月経周期を持つサル類の利用が重要です。コロニー内で自然発生した子宮内膜症のカニクイザルを用いて診断、治療研究に利用されています。 バンク機能 TPCのバンク機能としては、血清バンク、DNAバンク、個体データバンクがあります。血清バンクでは、感染症発生時に発症個体を含め、原因究明のための疫学調査が可能です。個体データバンクでは、TPCで飼育されたサルの全てのデータが保存されています。 SPFコロニー Bウイルスフリーコロニー：2001年のカニクイザル繁殖コロニーのSA-8抗体検査結果は陰性でした。 サル水痘ウイルス：1989年11月にTPCのカニクイザルコロニーで発生したサル水痘症は、死亡率が68％でした。その後、陽性動物を繁殖コロニーから排除していった結果、2001年のカニクイザル繁殖コロニーのサル水痘ウイルス抗体検査結果は陰性でした。 サルD
型レトロウイルス(SRV/D)：SRV/Dはリンパ系細胞に感染し免疫不全症を起こすため、SIV感染実験、遺伝子治療研究を含めた移植研究等、免疫抑制処置を含む実験には使用できません。現在TPCにおいてもSRV/D
SPFコロニーの作出を試みています。 老齢ザルコロニー アルツハイマ−病や骨粗鬆症など加齢研究の分野では、比較的寿命が長い実験動物が必要です。カニクイザルの寿命は約30歳齢であり、我々は20歳以上を高齢ザル、閉経期の25歳以上を老齢ザルとしています。老齢ザルコロニーでは、老化研究のための基礎データとして各種生理学的、代謝学的データを蓄積しています。老齢ザルコロニーのカニクイザル（20〜29歳）において日本獣医畜産大学の中村らは脳の組織検索で老人斑と血管アミロイド沈着を確認しています。また老齢ザルコロニーは骨粗鬆症の研究に利用されています。 以上今後の医科学研究に必要なサル繁殖コロニーについて考察したいと思います。
特 別 講 演 ウガンダのエボラ出血熱流行現場で学んだこと 厚生労働省 仙台検疫所長 岩﨑 惠美子 人類は、地球上に誕生以来多くの感染症と壮絶な戦いを繰り広げてきた。それらの中で、人々は英知を絞り、ワクチンや抗生物質を開発し、多くの感染症を克服してきた。その結果、かつては多くの人々の命を奪った痘瘡も制圧することができ、1980年には、WHOによる撲滅宣言まで出されるに至った。しかし、このように感染症を克服しつつあるように見えたのもつかの間、1970年頃から次々に新しい感染症や、耐性菌等によって形を変えた感染症が人類の前に出現してきた。 そのような中で、1976年にコンゴ民主共和国（旧ザイール）のエボラ川流域で発生したウィルス性出血熱は、88％と言う高い致死率を示し、エボラ出血熱として恐れられ有名となった。その後も西アフリカを中心にエボラ出血熱は何度か流行を繰り返してきた。これは、同じく高い致死率を示すマールブルグ病、ラッサ熱等と同様に、アフリカの熱帯雨林やサバンナの中で発生し、その中に入り込んだ人々を犠牲にして流行を繰り返してきた。エボラ出血熱に関してはその自然宿主も未だに明らかにはなっていない。 このような地球上での感染症発生の中で、交通機関の発達に伴って人や物はグローバルに移動し、感染症もそれと共に、世界を駆け巡る時代になった。すなわち遠いアフリカのジャングルの中で発生する重篤な感染症も、もはや、対岸の出来事ではない時代となって来た。実際に2000年の春にアフリカでラッサ熱に感染したイギリス人とドイツ人が本国に帰国後、相次いで死亡した事例は、我々にその現実を示してくれた事になる。 日本でも世界の感染症事情に相応して、平成11年に感染症に関する法律が改正され、重篤なこれらの感染症に対する対策も作られた。しかし、このような重篤な感染症は未だに国内での発生は見られず、経験者がいないことからその対策には不安は持たれていた。 そのような矢先に、2000年10月にウガンダでエボラ出血熱の流行が発生し、その現場にWHOの医療スタッフの一員として厚生労働省より派遣され、医療活動に参加する機会を持ち、エボラ出血熱の実際を目の当たりにすることが出来た。すなわち、エボラ出血熱の実際の臨床を学ぶと共に、それらに対する感染症対策のあり方や我が国での応用、又、多くの国々や様々な組織の人々によって構成された国際医療チームによる医療現場での活動を通して、今後の国際協力による感染症対策のあり方等、多くの事を学んだ。 実際に現地で目したエボラ出血熱の臨床は事前に持っていた知識とは異なり、出血症状は少なく、多くは発熱と下痢などの消化器症状や、高度の全身衰弱であった。これらはウィルス性疾患では特に流行毎にウィルスの形が変り、その症状にも変化が現れる事も多いことや、熱帯で見られる多くの感染症とエボラ出血熱の初期症状は極めて近い点等、診断の難しさを痛感した。 また、エボラ出血熱は、接触感染予防策を行うことで感染症対策が可能であることも判り、感染症対策は医療関係者のスタンダードプリコーションの徹底で十分防御出来ることも今回の経験を通して知った。これらは我が国での感染症対策のガイドラインやマニュアルを作る上でも非常に役に立つものと思われた。 また、このウガンダ・グル地区でのエボラ出血熱の流行が2月末に終息宣言を出されるまでに、約250人の犠牲者を出し、感染者の移動によってグル地域以外の2箇所での流行を引き起こし、そこでの感染による犠牲者も出すに至った。過去のエボラ出血熱流行では大きな問題であった医療従事者の感染、すなわち院内感染での犠牲者は、過去の学習により、ＷＨＯ主導による早期のバリアーナーシングの確立が行われ、随分少なくする事が出来たが、現場での一元的なバリアーナーシングやスタンダードプリコ―ションに対する指導が徹底せず、医療関係者の中での犠牲者を完全に無くすことは出来なかった。更に、混乱する現場で色々な考え方を持つ多くの人々が働くわけであり、現場での指揮命令系統の一本化は極めて難しく、また、今回の流行のように、長期間続いた場合には、緊迫した現場で、個人個人が感染を防御するための緊張感を持続させる事が必要であり、これが非常に難しい事を、自らのマラリア罹患や一緒に働いていた同僚の医師の終息寸前での死亡で学んだ。 SPECIAL LECTURE THE US PRIMATE RESEARCH CENTERS PROGRAM: ORGANIZATION AND RESEARCH MISSION Douglas
M. Bowden, MD, Regional Primate Research Center, University of
Washington, Seattle, USA The
National Institutes of Health (NIH/US) supports 8 Regional Primate
Research Centers. These large centers were founded 40 years ago to bring
together the scientists and the animals necessary for research in all
areas of biomedicine. They maintain about 20,000 animals, of which about
8000 are in breeding colonies, 10,200 are in non-terminal studies and
1,800 are in terminal studies each year. They breed more than 80% of the
animals used in their research.
The regional primate centers provide research resources to more
than 1000 scientists and account for about 25% of primate research in
the US. Research
at the centers is supported largely by the federal government through
grants from the NIH to the universities where they are located.
Financial support is provided on a competitive basis by two routes. One
component of the NIH, the National Center for Research Resources,
provides a large core infrastructure grant to each center that supports
the breeding colonies, physical facilities, and clinical veterinary
support; it also subsidizes the maintenance of research animals,
research veterinary support, and common research functions such as
bioengineering, virological testing, histology, genetic screening, etc.
The second pathway by which NIH provides financial support is through
its many specialized institutes, such as the National Heart Blood and
Lung Institute, National Institute for Allergy and Infectious Diseases,
and National Institute of Mental Health. The institutes award grants to
individual scientists or research groups for projects focused in such
diverse areas as AIDS, atherosclerosis, diabetes, and Parkinsonism. A
small but growing proportion of research at the centers is supported by
grants and contracts from commercial enterprises, biotechnological and
pharmaceutical companies testing the efficacy and safety of therapeutic
agents and medical equipment. The breeding colonies, organization, funding and research operations of the Regional Primate Research Centers program will be illustrated by reference to the center located at the University of Washington, Seattle.
Douglas M. Bowden, MD, ワシントン大学地域霊長類研究センター 米国内8ヶ所の地域霊長類研究センターは米国保健省（NIH）が支援している。これらの大規模な霊長類センターは医科学研究全分野において必要な霊長類と研究者を集結する目的で、40年前に設立された。霊長類センター全体で約20,000頭の霊長類を飼育しており、その内訳は繁殖コロニーが8,000頭、の安楽死を前提としないnon-terminal
studiesの動物10,200頭、そして前提とするterminal
studiesの動物1,800頭である。霊長類センターでは研究用霊長類の80％以上を自家生産している。霊長類センターは1,000人以上の研究者に研究資源を提供しており、これは米国内の霊長類研究の約25％に相当する。 霊長類センターで行われる研究は連邦政府から大きな支援をうけており、NIHを通じてセンターが所属する大学に助成金が支給される。この資金援助は競争方式で2つのルートで支給される。第1ルートは、NIH所管の国立研究資源センター（NCRR）が各センターに多額の基盤整備費を支給する。この基盤整備費は繁殖コロニー、施設管理、臨床獣医管理を補助し、さらに研究動物の維持と獣医学的処置、また一般的な生物工学技術、ウイルス検査、組織検査、遺伝子スクリーニング等を援助する。第2ルートとしては、NIHの資金援助が国立血液循環器研究所、国立アレルギー感染症研究所、国立神経医学研究所等のNIH所管の基礎研究部門を通じて行われる。これらの研究所はAIDS、動脈硬化症、糖尿病、パーキンソン病など広範な研究領域で個々の研究者や研究グループに対して補助金を交付している。
企業からの補助金と契約による研究は、現在はまだ割合が少ないが将来増加すると考えられ、医療機器企業や製薬会社との委託契約に基づき治療薬や医療機器の有効性、安全性試験を実施している。 今回の講演では地域霊長類研究センターの繁殖コロニー、組織、資金と研究指針等をワシントン大学のセンターを例に紹介したい。 繁殖コロニーの必要性 「チンパンジー」 （株）三和化学研究所 熊本霊長類パーク 早坂 郁夫 チンパンジーは、ヒトに最も近縁な動物である。ヒトとチンパンジーは、そのＤＮＡの塩基配列において１〜２％の違いしかない。飼育下でのチンパンジーを使った研究として、心理学や行動学などが古くから行われている。医科学研究においては、１９６０年代に人工衛星の有人飛行の安全性評価にチンパンジーが使われ、１９７０年代にＢ型肝炎ワクチン開発のためにチンパンジーは必須の動物であった。現在も、チンパンジーは新興・再興感染症を中心に、学術研究に多方面にわたり利用されている。その中で重要な研究領域としては、以下のような分野が挙げられる。 １．新興・再興感染症の研究 今日、感染症の多くが克服されつつあるが、Ｃ型肝炎、エイズ、マラリアなどの克服しなければならない感染症が今なお存在している。また、エボラ出血熱、Ｏ−１５７感染症をはじめとする新興・再興感染症が増加し国民の健康を脅かしている。グローバルな交通メディアの発達により感染症の広がりは非常に速く、海外で流行している新興・再興感染症への対策を備えておく必要がある。チンパンジーは、免疫系がヒトと類似しており、将来にわたって疾病の原因解明になくてはならない存在である。 ２．医薬品の評価研究 医薬品の評価研究分野では、他の動物で代替できない体内動態試験、安全性試験、薬効試験がチンパンジーを使って行われている。バイオ医薬品などをはじめとして、ラット、マウス、モルモット、イヌ、サルなどでは適切に評価できない医薬品がある。チンパンジーは遺伝学的に最もヒトに近いため、医薬品の反応はヒトと近似の動態を示す。遺伝子解析が進み、ヒト型医薬品の開発が活発になると予想され、これからも医薬品の評価研究にチンパンジーは必須の動物である。 ３．ゲノム・遺伝子の研究 ヒトゲノム・プロジェクトが世界的規模で行われ、最近約30億対におよぶヒトゲノムのドラフトシークエンスが発表された。次の段階として、世界の研究動向は、３〜４万といわれる機能遺伝子の解明に軸足を移しつつある。現在、ゲノム・機能遺伝子の解析は細胞、微生物、小動物、ヒトなどを使用して行われているが、霊長類を用いた研究は少なく未開拓の分野である。特に、ヒトに最も近縁な大型類人猿であるチンパンジーのゲノム・機能遺伝子の解析は、きわめて重要であると考えられる。一例として、チンパンジーをヒト変異幅の最極端としての対照として捉えることにより、ヒト機能遺伝子の解析に多大な貢献が期待できる。また、こうした研究によって人類進化の過程の解明が進む。遺伝子のレベルで見て、チンパンジーはヒトの進化を解明する生きた鎖「リビングリンク」として重要な位置を占めている。 ４．脳科学・認知科学研究
複雑かつ高次な機能を持つ脳は、２１世紀の自然科学に残された最後のフロンティア領域と言える。脳とその機能に関する研究は、人間の心の理解や人間性の本質を理解するうえで必須のものである。チンパンジーはヒトに最も近縁かつ最も高度な知能を有している動物であり、認知機能の進化を探るうえで、重要かつ不可欠な貢献をしてきた。近年、ＭＲＩ、ＰＥＴなどの非侵襲計測技術が進歩し、ヒトやチンパンジーの脳の構造や機能の観察が可能となってきた。チンパンジーを対照とした脳科学の研究領域はまだほとんど手がついていない。この研究領域を発展させ、心理学や認知科学の領域の研究と融合させることは、人間の脳の進化的基盤を知るうえで興味ある課題である。 以上、チンパンジーが必要とされる研究分野を例示した。研究資源としての生物の多様性を維持することは、将来の生命科学の発展にとって重要である。アメリカにおいては、チンパンジーを医科学研究上なくてはならない国家的な研究資源として位置付けている。微生物、細胞、ゲノムＤＮＡ、ｃＤＮＡ、ウイルス、小・中動物などと同様に、限られた研究資源であるチンパンジーをコロニーとして維持・保存し、学術研究に活用することは、きわめて重要であると考えられる。 繁殖コロニーの必要性 「ニホンザル」 大阪大学大学院人間科学研究科 和 秀雄 実験用サル類の飼育下繁殖の意義は、 1.
実験用動物としての質の向上 2.
人獣共通感染症の防止 3.
野生サル類の保護 4.
実験を目的とした人工動物の作出 5.
自給自足体制の確立 というようなことに要約されるであろう。 カニクイザル、アカゲザル等主要な実験用サル類については、十分・不十分は別として、上記のような観点からの飼育下繁殖の体制がとられつつある。しかし、ニホンザルの場合、残念ながら、飼育下繁殖の体制はほとんどとられていないのが実状である。日本には、ニホンザルが野生状態で生息し、有害鳥獣駆除で捕獲された動物が、直接実験用として利用されてきたことが原因である。 しかし、ニホンザルの有害鳥獣としての駆除数は年々増加し、ここ数年は１万頭をこすにいたっていること、そのうちのある部分が実験用として直接利用されていることが小さな個体群の存続を危うくすることがあること、さらにまた、違法に捕獲されたニホンザルが実験用として流通していたこと、などにより、野生ニホンザルの実験への直接利用に対する批判が強まってきている。 ニホンザルは、日本に生息する野生動物としての法的規制がかけられており、これを捕獲するためには、捕獲申請によって「捕獲許可証」を取得する必要がある。捕獲後の処分は捕獲者の自由であるが、１ヵ月以上飼育する場合は「飼養許可証」が必要である。実験用として利用することを目的とした捕獲は許可されていないが、他の目的によって捕獲した後に実験用として利用することはとくに規制されてはいない。つまり、手続きさえきちんとしていれば、野生由来のニホンザルを実験に直接利用することは違法行為ではないことになるが、このまま野生由来個体を安易に使用しつづけることは、上記の意義の観点から大きな問題があることは明らかである。 １.についてはいうまでもあるまい。２.については、Bウィルス抗体プラスの野生由来のニホンザルの存在が問題になっていることを指摘しておこう。３.については、野生由来のニホンザルがどのくらい実験用に利用されているかは明確ではないが（実験動物学会の使用数調査によれば１９９８年度は８８７頭）、各地の小さな個体群の捕獲圧による地域的な消滅が危惧されるのも事実である。４.については、人間が必要なものは、自然からの収奪ではなく人工的に作り出すことを原則にすべきであろう。また、最先端の科学が野生動物に支えられている研究環境自体、お寒いことではないだろうか。５.については、このまま事態が進行すれば、ニホンザルの生息数そのものが著しく減少し、捕獲ができなくなることが十分予測できることを指摘しておきたい。 ここでは、小規模ではあるが、奄美大島で行っているニホンザルの繁殖コロニーの実状について報告して話題提起にする。
|