テーマ: 人獣共通感染症としての寄生虫症

09:20-09:40 開会の挨拶

(社)予防衛生協会理事長   松浦十四郎

国立感染症研究所筑波実験用霊長類センター長   寺尾 恵治

09:40-10:10 基調講演
 「人獣共通感染症としてのサル類の寄生虫」

山田 章雄(国立感染症研究所 獣医科学部長)

10:10-10:50 赤痢アメーバ 座長 藤本 浩二
 「赤痢アメーバの病原性と非病原アメーバとの鑑別」

橘 裕司(東海大学医学部感染症学部門)

10:50-11:00 休 憩

11:00-12:00 特別講演 BSE 座長 山内 一也
 「牛海綿状脳症(BSE)の診断とプリオン病研究(サルを用いた感染実験等)の展望」

佐多 徹太郎 (国立感染症研究所 感染病理部長)

12:00-13:30 昼 食

13:30-14:20 研究奨励・技術奨励賞授与式および受賞者講演
 研究奨励賞 南  基煥(韓国生命工学研究所 発生分化研究部)

 技術奨励賞 三輪 宣勝(京都大学霊長類研究所 人類進化モデル研究センター)

14:20-15:00 マラリア 座長 小野 文子
 「ヒトマラリアの動物疾患モデル、特にリスザルを用いた重症マラリアモデルについて」

松本 芳嗣(東京大学農学部応用免疫学教室)

15:00-15:20 休 憩

15:20-16:20 特別講演 熱帯寄生虫感染症   座長 吉川 泰弘
 「熱帯地域で猛威を振るう寄生虫疾患」

青木 克己 (長崎大学熱帯医学研究所長) 

16:20-17:00 総合討論(司会;高阪 精夫、吉川 泰弘)
17:00-18:30 懇親会(司会;前島 正雄)


<ポスターセッション>
ケースレポート
1 荒木しおり・左近上博司(環境バイリス研究所)・後川 潤(川崎医科大学)
 「中国産カニクイザルで検出された舌虫について」

2 揚山 直英(予防衛生協会)
 「サルにおける駆虫剤投与の検討」

3 後藤 俊二(京大霊長研)
 「飼育下および野生ニホンザルにおける寄生虫感染」

4 名倉 政雄(中外医科学研究所)
 「カニクイザルの双口吸虫症」

5 柳井 徳磨,酒井 洋樹,柵木 利昭(岐阜大),A. A. Lackner (Tulane National Primate Research Center)
 「アカゲザルにおけるクリプトスポリジウム症」

6 宇根 有美(麻布大)
 「ニホンザルのクマ回虫を疑う幼虫移行症の集団発生」
 「国内サル施設における鉤頭虫の集団発生と感染状況」
 「新世界ザルにみられた幼虫移行症を伴ったリクチラリア症」

 


人獣共通感染症としてのサル類の寄生虫

国立感染症研究所獣医科学部     山田章雄

平成11年4月1日から「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が施行され翌平成12年1月からサル類の原則輸入禁止措置と輸入検疫が開始された。検疫対象疾患がエボラ、マールブルグウイルスのみであるが、それ以前の無検疫時代と比較すればサル類を介する人獣共通感染症の発生阻止に向けた第一歩と評価できる。サル類の感染症はサル類がヒトと近縁なため、多くが人獣共通感染症である。中でも、ウイルス性疾患及び細菌性疾患は公衆衛生上も問題になる可能性があり、サル類の管理は重要である。一方、寄生虫疾患は直接伝播の成立するものだけが問題になる。原虫性疾患としてはアメーバ赤痢、ジアルジア症、バランチジウム症、クリプトスポロジウム症、マラリアが挙げられる。蠕虫では糞線虫、腸結節虫などの線虫、矮小条虫、ベルチェラ属などの条虫を挙げることができる。これらの疾患の予防には飼育環境の衛生管理の徹底、個人防護の実施が重要である。また、検疫期間中の糞便検査等で陽性個体が発見された場合には駆虫薬による治療を行う。


赤痢アメーバの病原性と非病原アメーバとの鑑別

東海大学医学部感染症学部門   橘 裕司

 赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)は腸管寄生アメーバの中で唯一の病原虫体である。感染して赤痢や肝膿瘍などの症状を呈する患者は世界で年間約5千万人、死亡者は約10万人と推定されているが、無症状の嚢子排出者となる場合も少なくない。わが国でも赤痢アメーバ症は増加傾向にあり、感染症新法においては4類感染症に含まれ、届け出が義務づけられている。サル類においても腸管寄生アメーバの感染率は高く、サルの健康管理と飼育や実験に携わる人たちの安全を考慮する上から、赤痢アメーバを他の非病原アメーバと正確に鑑別することが重要になっている。アメーバ種の同定は主に嚢子の形態に基づいて行われるが、鑑別困難な種があり、中でもかつて赤痢アメーバの非病原株とされたE. disparは、鏡検では区別できない。しかし、最近はモノクローナル抗体の応用やPCR法により、鑑別が可能になっている。わが国では男性同性愛者における赤痢アメーバ症が多数報告されており、欧米でE. dispar感染が多いのとは対照的である。一方、わが国ではニホンザルが高率にアメーバに感染していることが知られていたが、飼育ザルではほとんどがE. dispar感染であり、ヒトへの感染源となっている可能性は少ないと考えられる。世界のサル類に寄生しているアメーバについて、赤痢アメーバとE. disparを区別した疫学データは少なく、輸入ザルの検疫における赤痢アメーバのスクリーニングは重要である。最近、赤痢アメーバのサブタイピングが試みられており、感染ルートの解明などに応用できると思われる。

 



牛海綿状脳症(BSE)の診断とプリオン病研究(サルを
用いた感染実験等)の展望

国立感染症研究所感染病理部  佐多徹太郎

2001年9月10日(月)わが国ではじめて牛海綿状脳症例が発見された。翌日の夜はSep. 11で世界同時多発テロの始まりであり、印象深い。

牛海綿状脳症(Bovine spongiform encephalopathy: BSE)は1986年英国で確認されたウシプリオン病で、致死的中枢神経疾患である。その神経症状から狂牛病とよばれた。英国でのBSE例は1992年には37,280頭とピークになり、2001年には1,202頭に減少し、計約18万頭となった。その間に約500万頭が処分されてきた。その後ヨーロッパ大陸でも発生し、アクテイブサーベイランスが開始され、現在世界22ヶ国で確認されている。わが国では2001年10月18日から全国の食肉衛生検査所で全頭検査(約120万頭/年)がELISA法によるスクリーニング検査で行われ、97頭が疑陽性となった。ウエスタンブロット法および病理・免疫組織化学による確認検査で4頭が陽性となった。第一例を加えると計5頭のBSE例が発見されたことになる。
 
ヒトプリオン病は孤発性、遺伝性そして感染性に分類される。感染性ヒトプリオン病には、食人習慣によるクールー、硬膜や角膜移植や下垂体成長ホルモン投与等による医原性、そして新たに1996年に英国で報告された変異型CJDがある。若年発症で行動異常など精神症状を示し、大脳には海綿状態とflorid plaqueとよばれるアミロイド斑がみられるのが特徴である。ウエスタンブロット法で通常の孤発性CJDと異なるパターンで、BSEと同様のパターンを示すことから、BSE例のプリオン汚染牛肉の摂取と関連性が強く示唆されている。現在英国で129例が報告され、ほかフランスやイタリアでも報告されている。長い潜伏期間のため今後どれくらいの患者が発生するのか不明である。
 
プリオンは蛋白性感染性粒子の意味で、核酸を持たない病原体名である。ヒトおよび動物はプリオン遺伝子をもち、機能不明の膜蛋白を作る。この正常プリオンタンパク質が不明の機序により立体構造が変化し、蛋白分解酵素に抵抗性を示し、神経組織で増殖・蓄積することによって神経細胞が破壊され海綿状変化を起こすのがプリオン病である。プリオンは通常の消毒法では不活化されないこともあって、病原体としてはBSL-2に、動物実験ではBSL-3に分類されている。経口感染例がクールーと変異型CJDであり、移植や医薬品等が直接体内に入って感染するのが医原性感染例である。したがって、CJDなどのプリオン病患者から「風邪」と同様に感染するわけではない。1976年Gajdusekは、クールーやCJDの脳をチンパンジーやサルの脳内接種により伝幡させることに成功し、ノーベル医学生理学賞を受賞した。九大の立石らはマウスを用いて動物モデルを作製した。その後遺伝子改変マウスを用いた伝達実験によりプリオンが海綿状脳症の原因であると信じられるようになった。

 本講演では、BSEの現況、牛の検査体制と診断法、わが国でのBSE例の報告とともに、今後計画しているカニクイサルを用いた実験について紹介する。

 


  老齢カニクイザルの末梢血中に出現するCD4/CD8共陽性T細胞(DP T細胞)の表現型と機能に関する研究

南 基煥

 サル類は系統発生学的にヒトときわめて近縁なため、ヒトの疾患モデルとして重要な実験動物であるが、モデル動物としての有用性を確立するためにはヒトとの類似性だけでなく相違性についても検証しておく必要がある。
免疫機能の制御に重要な役割を果たしているT細胞は胸腺内で成熟分化することが知られているが、胸腺は比較的早期に退縮することから、胸腺退縮後のT細胞の起源についてはいまだに十分な解明がなされていない。ヒトの末梢血T細胞の大半はCD4またはCD8いずれか一つ(単陽性(sp))の抗原を発現しており、両者を同時に発現している両陽性(DP)T細胞はほとんど存在しない。 一方、正常な成熟カニクイザルの末梢血には胸腺DP細胞とは表現型を異にするDP細胞が高率に出現することから、胸腺外分化T細胞の可能性が示唆されていた。
本研究はカニクイザルの末梢血DP T細胞の加齢に伴う変化とその免疫的意義を明らかにすることを目的としたものである。

 カニクイザルの免疫系に関する基礎データとして、加齢にともなう主要リンパ球サブセットレベルの変化を調査した。B 細胞及び NK細胞は性成熟前後で一定となった。T細胞は一生を通じて著明な変化は見られなかったが、CD4sp T細胞は2歳から4歳の間に減少し、CD8sp T細胞は5歳まで増加した。T細胞の表現型の変化では、CD4sp T細胞では加齢にともなってCD29loまたはCD28+細胞が減少するが、CD8sp T細胞ではCD29hiまたはCD28-細胞が増加することが確認された。この結果から、CD4sp T細胞がCD8sp T細胞より胸腺の影響を強く受けていることことを示唆している。
 SSCPによるカニクイザルTCRβ鎖の分析方法を確立し、T細胞のクロナリティ及びDP T細胞の起原を調べた。 胎児ではT細胞クローンはほとんど検出されなかったが、生後一週目では検出された。成熟ザルで検出されたT細胞クローンは3ヶ月以上安定していた。さらに、T細胞クローンはリンパ節には少なく脾臓で多く観察された。クローン数はCD4sp T細胞よりもCD8sp T細胞の方が多かった。また、CD8sp T細胞で検出されるクローンは、CD28-、CD29hi、Fas+の表現型で、perforinおよびIFN-γのmRNAを高発現している細胞であることを明らかにした。
 DP T細胞の起原をSSCPで得られたTCRの塩基配列を基に解析した結果、 DP T細胞がCD4sp T細胞と同一の細胞系列に属することが確認された。

 DP T細胞の出現時期と加齢にともなう表現型の変化を調べた。DP T細胞のレベルはカニクイザルで胸腺退縮が完了する10歳前後で急激に増加すること、レベルの変化に先立ってDP T細胞での表現型の変化が生じることを明らかにした。

 DP T細胞の機能をCD4sp、CD8spの両T細胞と比較した。DP T細胞はmitogen や抗CD3抗体の刺激により誘導される幼若化反応や、Fas ligandで誘導されるアポトーシス感受性にはCD4spまたはCD8sp T細胞と差が無いことを明らかにした。次に、DP T細胞はCD4sp T細胞より劣るが明らかなヘルパー活性を示すと同時に、CD8sp T細胞と同程度の細胞傷害能を示すことから、dual functionを示すユニークなT細胞であることが判明した。さらに、DP T細胞の細胞障害活性は PerforinとGranzyme Bの経路により生じること、活性化DP T細胞は高レベルのIFN-γ産生能を示すことを明らかにした。

 以上要約すると、本研究では1)カニクイザルの末梢DP T細胞は胸腺DP細胞とは異なる表現型を示すこと、2)胸腺退縮後に急激に増加すること、3)CD4sp T細胞と同一配列のTCRβ鎖を持つ細胞集団が存在することを明らかにし、DP T細胞がCD4sp T細胞と同じ起源をもつ胸腺外で分化した成熟記憶T細胞である可能性を示唆している。さらに、5)DP T細胞はアナージまたはアポトティックな細胞ではなく6)ヘルパー機能と細胞傷害機能との両方を合わせ持つユニークなT細胞であることを実証している。
 本研究は実験用霊長類として多用されているカニクイザルの免疫学的特性を明らかにしただけでなく、老化に伴うT細胞の出現機構においてカニクイザルがヒトとは異なるシステムを有していることを明らかにした。これによりカニクイザルの特性を利用して、ヒトで推測されているものの未だに確証の得られていない胸腺外分化T細胞の由来、表現型および機能に関して有用な知見を提供したと考えられる。


ヒトマラリアの動物疾患モデル、特にリスザルを用いた重症マラリアモデルについて

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用免疫学研究室
松  本  芳  嗣

 マラリアは人類の健康にとって最大の脅威である。ヒトに感染するマラリア原虫のなかで、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)は、原虫血症、間歇熱、脾腫、貧血に加え、脳性マラリアなど重篤な合併症を引き起こすことが知られている。意識障害や痙攣、昏睡など脳症状を現した場合、適切な処置が施されなければ致死的である。P. falciparumは宿主選択性が強く、チンパンジーなど高等類人猿を除くと、ヨザル(Aotus trivigatus)およびリスザル (Saimiri sciureus) の2種の新世界ザルが実験動物として知られているにすぎない。マラリアに対するワクチンあるいは新規薬剤のヒューマントライアル実施にはこれら新世界ザルを用いての効果の証明が必須である。しかし、リスザルおよびヨザルの実験動物としての特徴付け(例えば免疫学的特性、生理学的特性など)は十分とは言えず、病態の解明など実験動物としての有用性が生かされていない。我々はこれまでリスザル (東京大学医科学研究所奄美病害動物研究施設・服部正策助教授より供与)にP. falciparum を感染させ、ヒトに見られると同様なマラリア病態(原虫血症、間歇熱、脾腫、貧血)を実験的に再現してきた。最近、P. falciparum強毒Indochina-I/CDC株の大量接種により世界で初めて、リスザルに昏睡を来し死に至る脳性マラリアを発症させることに成功した。脳性マラリアで死亡した患者の脳における主要な病理組織学的所見として、赤内型原虫感染赤血球による毛細血管、細静脈の栓塞像(sequestration)および輪状出血斑 (ring haemorrhage) がしばしば観察される。脳性マラリアを発症したリスザルの脳にも同様の病理学的所見が観察された。脳性マラリアの病態形成機序は免疫病理的機転によることが強く示唆されているが、未だ不明な点が多く残されている。リスザルモデルを用いることにより、これまで推論の域を出なかった免疫病理的機転による脳性マラリアなど様々なマラリア病態の成立機転について実験的な証明が可能となる。また、代替え病原体ではなく、ヒト固有の病原体であるP. falciparum を用いることができるため、病態形成に関与する原虫分子を特定する上で多くの利点がある。


熱帯地域で猛威を振るう寄生虫疾患

長崎大学熱帯医学研究所 青木 克己 


日本は戦後「虫だらけ」だったが、近年寄生虫に感染する人の数は激減したので、国民の寄生虫に対する認識は年輩者と若者とで全く異ってきた。年輩者は、自ら過去に寄生虫に感染した経験から、寄生虫を汚い、恐ろしい生き物ととらえているが、若者は「笑うカイチュウ」など藤田紘一郎先生の寄生虫に関する本の影響もあって、やせ薬やアレルギー予防薬などと寄生虫を好意的にとらえ、あるいは目黒寄生虫館を多くのカップルが訪ねているごとく、寄生虫を奇抜な観賞用生き物と捉えている。
 一方、熱帯地域の開発途上国を訪ねると、そこは戦前の日本と全く同じ「虫だらけ」である。多くの人々がマラリア、トリパノソーマ、リーシュマニア、住血吸虫、糸状虫、腸管寄生虫に感染している。そしてこれらの寄生虫疾患は地域や国に公衆衛生上の問題のみならず、社会的経済的問題を惹起している。そこで熱帯地域に流行する寄生虫疾患の対策の必要性がWHOを中心に世界の関係機関より叫ばれ、開発途上国の寄生虫対策に対する日本の貢献が求められている。我々は、上記のごとく寄生虫を恐れない多くの国民に、寄生虫病の怖さと日本の役割を理解してもらうよう、努力せねばならない。
 本講演では、何故熱帯地域で寄生虫疾患が猛威を振るい、どの様な社会的経済的問題を惹起しているか、世界は寄生虫対策とどの様にとり組んでいるか、そして我々がアフリカでの研究から学んだ開発途上国での寄生虫対策についての提案について述べる。
 マラリアは開発途上国を中心に91カ国に流行し、感染者の数は3−5億人、住血吸虫症は74カ国に流行し2億人が感染しており、糸状虫症は73カ国で1億2千万人が感染していると推定されている。
 この様に、開発途上国に寄生虫疾患が流行する理由は、開発途上国には次の2つの附帯要因が存在するからである。

1. 地理的要因: 熱帯地は高温多湿、植生が豊かである。これらの地理的特  徴は寄生虫の中間宿主である吸血性昆虫や貝類に好適な生息―繁殖環  境を提供する。
2. 社会的経済的要因: 開発途上国の多くは、貧困、無知、劣悪な生活環境  に悩む。これらの負の附帯要因が、開発途上国に於ける寄生虫病流行に  拍車をかける。

近年寄生虫疾患が開発途上国の社会的、経済的発展をいかに阻害しているかを示す定量的データが各地より発表されはじめた。例えばガーナではマラリア感染により、年間1000名あたりの労働不能日は32000日にも達し、ブラジルのサトウキビの生産量は、住血吸虫症流行地では非流行地より30%も少ないと言われる。我々がケニアで行った調査によると、住血吸虫感染の強い学童は学業成績が悪い。
 一方寄生虫病の対策成功により生産力が増加した例としては、メディナ虫病対策があげられている。
 開発途上国での水資源土地開発事業がマラリアや住血吸虫症の流行地を拡大させている事も問題である。ダムや農業用灌漑用水路の建設が蚊や貝の生息地となるからである。ガーナのアソコンボダム建設では対策がとられたにもかかわらず住血吸虫症の拡大を防ぐことが出来なかった。
 上記のごとく、開発途上国では寄生虫病の流行により種々の問題が生じているが、寄生虫対策に取り組んでいる国は少ない。
 我々は寄生虫と戦う武器は数多く有している。これらを用いて日本は寄生虫対策に成功した。しかしこれらの武器は開発途上国では効果を発揮しない。その理由は既存の武器の効果を発揮させない、いくつかの要因が途上国に存在するからである。例えば、寄生虫対策の政策の欠如、予算の欠如、人材不足、対策計画への住民の協力不足などである。そこで、開発途上国で寄生虫対策を成功させる為には、新しい武器開発研究と、既存の武器の効果を開発途上国で発揮させるために何をすべきかの研究が必要である。
 WHO等を中心として、近年、開発途上国に対して特に重要な寄生虫疾患の対策指導が始まっている。主なものは、マラリア対策(Roll Back Malaria Initiative)、オンコセルカ症対策(OCP/APOC/OEPA)、糸状虫症対策(Elimination of Filariasis)、橋本イニシアチブ等である。
 橋本イニシアチブは、橋本前首相が1998年英国バーミンガムサミットで提案した世界の寄生虫対策計画である。日本の寄生虫対策成功の経験を開発途上国に伝え、人材育成を通して開発途上国の寄生虫対策を促進する事を目指している。
 先に述べたごとく我々はすでに寄生虫と戦う武器を有している。これらの武器が何故開発途上国で無力であるかを明かにし、その研究成果をもとに武器の効果が発揮される方策を考える必要がある。
 我々は長年ケニアでビルハルツ住血吸虫症の疫学と対策研究を行い、そこで開発途上国での寄生虫病対策が期待された成果をあげえないのは、対策計画への住民の協力不足である事を明かにした。そして我々は住民の病気に対する認識や行動に関する調査研究 RAP & KAP Study (Rapid Assessment Procedures; Knowledge, Attitudes and Practices)が住民の対策計画への不参加理由の解明と、参加促進手段の検討に不可欠である事を提唱している。RAPとは文化人類学的研究手法で、地域に存在する病気に関する伝統的概念、風俗、習慣を明かにする研究で、KAPはRAPを参考にして上記の事項をアンケート調査により定量的に調査する人類生態学的研究である。
 寄生虫疾患の多くは風土病である。寄生虫疾患はそれぞれの地域で住民に特有な認識がなされている事が考えられる。開発途上国に於ける寄生虫対策では、まず、RAP & KAP研究を行い、これらの研究成果を生かした対策を実施すれば、対策は成功するであろう。


ポスターセッション


中国産カニクイザルで検出された舌虫について
                    環境バイリス研究所    荒木しおり

 この度中国産カニクイザルの剖検時に舌虫の寄生を認めた。虫体は胸腔内や腹腔内のあらゆる部位に寄生しており、特に腸間膜に大量に認められた。感染部位、形態等から舌虫類Armillifer moniliformis の幼虫と同定した。Armillifer属は過去に野生ザルを用いていた頃では時々認められていたが、最近では繁殖育成サルの普及に伴い殆ど報告がない。ここではArmillifer moniliformisの簡単な紹介ならびに、実験用サルで感染した場合の問題点等について報告する。


サルにおける駆虫薬の検討

揚山 直英、高野淳一朗、小野 孝浩、加藤美代子、大藤 圭子、成田 豊子、小野 文子、藤本 浩二(社)予防衛生協会

 様々な医科学研究に用いられる実験用サル類において、人獣共通感染症を含めた病原体のコントロールは不可欠である。特にサル類の寄生虫は多くが人獣共通であることから、駆虫薬を適正に使用し、より安全にサルを扱うことを可能とするべきである。また、昨今エイズ研究、遺伝子治療研究、臓器移植研究などの免疫抑制や侵襲などのストレスがかかる研究にサル類が供出される事により、寄生虫の暴露が危険を及ぼす可能性も示唆されている。
 今回我々は筑波霊長類センター、カニクイザル繁殖育成群において寄生虫検査を行い、糞線虫(Strongyloides stercoralis)、鞭虫(Trichuris trichiura)が認められたカニクイザルに対して駆虫薬の有効性、安全性の評価を行ったので報告する。また、今回は筑波霊長類センターでこれまで認められた寄生虫発生状況ついても併せて報告する予定である。
 まず、無作為に抽出した70頭(メス41頭、オス29頭、平均年齢4.6歳、平均体重2.93kg)のカニクイザルにおいてホルマリン・エーテル法(FPC; Evergreen Scientific, LOS ANGELS, CA)による寄生虫検査を行ったところ、5頭に糞線虫卵(陽性率7.1%)、2頭に鞭虫卵(陽性率2.9%)が認められた。これら寄生虫卵の認められた個体を陽性群、また、いずれの寄生虫卵も陰性であった個体を陰性群として用いた。糞線虫の陽性群および陰性群(5頭)にチアベンタゾール(Mintezol; Banyu, Tokyo, Japan)、また、鞭虫の陽性群および陰性群(10頭)にメベンダゾール(Mebendazole; Janssen, Belgium)をそれぞれ50mg/kg、20mg/kgで3日間経口投与した。陽性群、陰性群共にCBC並びに血液生化学検査を投与前、投与後1日目および投与後10日目に行った。また、陽性群については寄生虫検査を投与後1週間および3週間後に行った。
 陽性群においてはいずれもそれぞれの駆虫薬投与後に寄生虫は陰転し、その後3週間にわたり維持されていることが確認された。また、CBC、血液生化学検査では陽性群および陰性群共に肝毒性、腎毒性の発現は認められなかった。これらのことより、糞線虫、鞭虫に対する有効で安全に使用できる駆虫薬の投与量が確立された。今後さらに長期間にわたるモニタリングを行いその効果を確認すると共に本駆虫薬等を利用した大規模寄生虫フリーコロニーの作出法を検討する。


飼育下および野生ニホンザルにおける寄生虫感染

後藤俊二 (京都大学・霊長類研究所)

 これまで、ニホンザルには、蠕虫類として6種の線虫類と1種の条虫が寄生することが知られている。また、アメーバ類、バランチジウムやトリコモナスなどの原虫もよく見られる。これらの消化管内寄生虫に加え、肺にはハイダニが、また被毛には2種のシラミの寄生が時々観察される。
 以上の寄生虫は他のマカク類と共通種であり、その寄生率もまた同様に高く場合によっては、100%に及ぶ事がある。
 これらの寄生虫にはヒトとの共通感染病原体として注意すべき物も多い。
野生ニホンザルにおける寄生虫叢の特徴としては、他のマカクに比べ寄生種が少ないことが挙げられる。寄生虫の伝播は宿主体外の環境や中間宿主、媒介者の存在に大きく影響されることや、ため。サル類の中で最北に分布するニホンザルでは寄生種が制限されるものと考えられている。
 今回は主に消化管内蠕虫類の飼育下、野外における感染、分布状況の概要や飼育下でのハイダニの寄生例について紹介する。


ニホンザルの消化管内蠕虫類

種類 寄生部位 感染経路
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
腸結節虫 Oesophagostomum aculeatum 盲・結腸 仔虫の経口摂取
糞線虫 Strongyloides fuelleborni 小腸上部 仔虫の経皮感染
胃虫 Streptopharagus pigmentatus 胃・小腸 中間宿主(糞食甲虫)
鞭虫 Trichuris trichiura 盲・結腸 虫卵の経口摂取
食道虫 Gongylonema pulchrum 口腔, 食道 中間宿主(糞食甲虫)
G. macrogubernaculum

条虫 Bertiella studeri 小腸 中間宿主(ダニ)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


カニクイザルの双口吸虫症
樺外医科学研究所 名倉政雄 

 双口吸虫は肝蛭(Fasciola hepatica)、日本住血吸虫(Schistosoma japonicum)、ウエステルマン肺吸虫(Paragonimus westermani)などと同じ扁形動物門吸虫綱二生目に属する吸虫類で、サル類ではGastrodiscoides属、Watsonius属等の双口吸虫感染が報告されている。
 生活環は肝蛭などと類似しており、虫卵は糞便とともに外界に排泄され、水中でミラシジウムが孵化して、中間宿主の淡水性巻貝に侵入する。侵入した貝の体内でスポロシス、レディア、セルカリアと発育し、水中に遊出した後、水草などに付着して被嚢しメタセルカリアとなる。動物は草などに付着したメタセルカリアを摂取することにより感染する。 今回、我々はカニクイザルの検疫中に双口吸虫の感染例を認めたので報告する。
 動物は中国広西省で人工繁殖されたカニクイザルで、輸入後9週間の検疫をハムリー鰍ナ実施した。検疫中に(社)予防衛生協会に依頼して糞便内寄生虫検査(ホルマリン・エチル沈殿法)を行なった結果、双口吸虫卵が検出され、感染が確認された。また、これらの動物を剖検した結果、52例中16例から盲腸あるいは結腸内に褐色をした双口吸虫の虫体が数匹から多数認められた。ただし、多数寄生例も含め、動物の健康状態に問題はなく、双口吸虫の感染が原因と思われる下痢等の症状は観察されなかった。採取した虫体は東京大学医科学研究所および(財)目黒寄生虫館に同定を依頼した結果、カニクイザルでの寄生が報告されているGastrodiscoides hominisと同定された。
 治療には吸虫駆除剤であるプラジカンテル(ビルトリシド錠:バイエル)あるいはビチオノール(動物用ビチン:田辺)を用いた。プラジカンテルは20mg/kgを1日2回、2日間経口投与し、ビチオノールは30mg/kgを5日間経口投与したが、両薬剤とも投与後の糞便内寄生虫検査で虫卵が検出される例が認められ、その駆虫効果は不十分であった。今回認められたカニクイザルの双口吸虫症では重篤な臨床症状は認められなかったが、実験の内容によっては、下痢や血便等を発症する可能性もあり、今後、有効な駆虫方法については検討する必要がある。
 感染原因については繁殖場に確認を行なったが、汚染の原因を明らかにすることは出来なかった。現在は、繁殖場の変更により、感染例は認められていない。


アカゲザルにおけるクリプトスポリジウム症

柳井徳磨1),酒井洋樹1),柵木利昭1),A.A. Lackner2)
1)岐阜大学農学部 2)Tulane National Primate Research Center

 クリプトスポリジウム(CR)は,コクシジウム類,アイメリア亜目に属する小型原虫で,最近,AIDS患者での日和見感染症として問題視されている。健常人はCryptosporidium parvumの感染により一過性の下痢を示すが,免疫能が低下したAIDS患者では,多臓器感染を示して致死的となる。一方,アカゲサルでは,SIV感染に伴う免疫抑制状態で,AIDS患者と同様なCR感染がしばしば認められる。今回,実験的にSIVを感染させたアカゲザル2例におけるクリプトスポリジム症の病態について示す。
症例:症例1は,SIVを静脈内接種したアカゲザルの雄。接種7年後に体重が減少し高度に削痩,同時に持続性の下痢を呈した。剖検では,肺の硬結巣,脾臓萎縮,液状の腸内容が認められた。症例2は,SIVを直腸内に接種した雄アカゲザル。接種後4ヶ月で呼吸困難,食欲不振,持続性下痢,全身の衰弱と削痩が認められた。剖検では,肺の硬結巣,胆嚢壁の肥厚および脾腫が認められた。
病理組織学的所見:2例とも重度のクリプトスポリジウム感染が小腸および大腸,膵管,胆嚢および胆管,気管および肺実質に認められた。
 消化管では,腸管の粘膜は全体に固有層のリンパ球浸潤を伴い著しく肥厚し,腸陰窩内上皮細胞の表面には多数のCR虫体が認められた。虫体は抗CRオーシスト抗体を用いた免疫染色に陽性を示した。膵臓では,膵管粘膜上皮の過形成が高度で,上皮細胞の表面に多数のCR虫体が付着していた。胆道系では,胆嚢および胆道粘膜上皮の過形成,さらに胆管周囲炎が顕著で,上皮細胞表面には多数のCR虫体がみられた。
 呼吸器では,気管および気管支の粘膜は著しく肥厚し扁平化,その表面には多数のCR虫体が接着,粘膜固有層には高度な好中球浸潤が認められた。肺胞では,好中球およびマクロファージの浸潤が高度で,抗CR免疫染色により肺胞内に多数の虫体認められた。症例1では,巨細胞の細胞質内にCR虫体がしばしば認められた。
CR以外の日和見感染症としては,症例1で腸管のトリコモナス原虫症,症例2で,腸管のアデノウイルス感染,腎臓のサイトメガロウイルス感染,ニューモシスティス・カリニ肺炎が認められた。
考察:SIV感染アカゲザルのCR感染症は,組織像および病変の分布ともAIDS患者の全身感染例と極めて類似していた。肺への到達経路としては,糞中のオーシストを経口的に摂取し,これが気管から肺に到達する経路,あるいは胃腸感染に,引き続きCR虫体を含む胃内容が気管に流入することが考えられるが,定まっていない。


ニホンザルのクマ回虫を疑う回虫移行症の集団発生
岸夏樹1、落合知枝子1、○宇根有美1、佐藤宏2、野村靖夫1  
(1麻布大大学獣医学部病理学研究室、2弘前大学医学部寄生虫学研究室)

 Baylisascaris属蛔虫(B蛔虫)による幼虫移行症はアライグマ蛔虫に代表される致死的な神経症状を引き起こす人獣共通感染症として問題となっている。今回、ニホンザルの1集団に神経症状を伴った幼虫移行症の集団発生をみたので紹介する。
【経過】約30頭のニホンザル(サル)とアメリカクロクマ、ツキノワグマを混飼している施設で、1989年より、1日-12ヶ月の経過で、神経症状を示すサルがみられ、2001年2月まで断続的に8頭が斃死した。サル・クマ飼育場はアライグマ飼育場に隣接し、アライグマとクマには定期的に駆虫を行っており、クマにのみ蛔虫(Baylisascaris transfuga)の寄生が確認された。
【材料と方法】斃死したサル8頭中5頭(No.1-5)を病理学的に検索した。また、飼育施設内の土壌の虫卵汚染調査も行った。
【結果】2頭のサルの脳、肺および腸間膜に幼虫が認められた。回収された幼虫は幅約80μm尾部は鈍であった。脳を検査した4頭全てに多発性脳軟化巣が観察されたが、分布に一定の傾向はなかった。病理組織標本上で幼虫は直径約60μm、B蛔虫に特徴的な側翼、対称性の排出管をもっていた。また、土壌虫卵調査の結果、サル山のみで直径65μmの生きた支柱を含む蛔虫卵が回収された。
【まとめ】病理学的に検査した全ての脳に虫道形成と目される新旧の出血、軟化巣が認められ、詳細に観察できた症例において、大脳、肺、腸間膜に被嚢幼虫が観察されたこと。その被嚢幼虫の形態はB蛔虫の形態と一致したことより、これらのサルはB蛔虫による幼虫移行により神経症状を呈し、死に至ったものと推察された。B蛔虫には、いくつかの種類があるが、疫学調査の結果と幼虫の形態から、今回の集団発生の原因としてアライグマ蛔虫あるいはクマ蛔虫が考えられた。この2種の幼虫形態は酷似し区別は難しいが、現在のところ尾部の形態によってのみ鑑別可能とされており、肺から分離された幼虫の尾部の鈎状突起はクマ蛔虫のそれと類似していた。この施設では、アライグマに蛔虫の寄生がかつて確認されたことがないことからクマ蛔虫による幼虫移行症の可能性が高いと考えた。クマ蛔虫においても幼虫移行症が起こることは、実験的に証明されているが、ヒトを含めて動物には自然発生性幼虫移行症の報告はなく、本事例は、ニホンザルにおけるクマ蛔虫を疑うB蛔虫幼虫移行症の初めて報告である。B蛔虫卵は2-4週間あるいはそれ以上かけて感染力を有し、土壌中で何年も感染力を持ち続ける。これらの蛔虫卵で汚染された土壌との接触がB蛔虫感染のもっとも重要な危険因子であり、汚染土壌における清浄化の徹底が望まれる。


国内サル施設における鉤頭虫の集団発生と感染状況
岡林佐知1、○宇根有美1、堀 浩2、佐藤 宏3、野村靖夫1
(1麻布大学獣医学部病理学研究室、2麻布大非常勤講師、3弘前大学医学部寄生虫学研究室)

 鉤頭虫 Acanthocephala は、昆虫などを中間宿主として、主として小腸に寄生する蠕虫の1種で、条虫と線虫の中間形を呈しているといわれている。鉤頭虫門に属する蠕虫は、日本では、南西諸島のイノシシやブタにおける大鉤頭虫Macracanthorhynchus hirudinaceusとネズミなどの鎖状鉤頭虫Moniliformis spp.の存在が知られている。この2つの鉤頭虫は、ときにヒトにも感染するため、人畜共通感染症として捉えられている。今回、紹介するサル類に認められた鉤頭虫症は、南米のサルに良くみられるProsthenorchis属鉤頭虫で、海外の新世界ザル飼育施設で大きな問題を引き起こすことが知られている。国内では、輸入直後のサルの糞便検査で寄生を確認した報告はあるが、発症例あるいは集団発生の報告は見当たらない。今回、この鉤頭虫により高度に汚染された国内サル飼育施設で致死例の発生を見たので報告する。
【材料と方法】約70種のサルを飼育する施設で、食欲不振、削痩、衰弱などにより、リスザル42頭中8頭とコモンマーモセット1頭が斃死した。この施設は3エリアより成り、死亡例はAエリアのみで発生し、うちリスザル7頭を病理組織学的に検索した。さらに同施設内のサル14種類(アカテタマリン、ムネアカタマリン、ワタボウシタマリン、クロクビタマリン、ドウグロタマリン、ワウワウテナガザル、シロガオオマキザル、ノドジロオマキザル、フサオマキザル、ヨザル、コモンマーモセット、コモンリスザル、ボリビアリスザル、ダスキーティティ)45頭の糞便と中間宿主のゴキブリを寄生虫学的に検索した。なお、同時期に他の疾患で死亡した5種のサル(ドウグロタマリン、コモンマーモセット、ピグミーマーモセット、アカテタマリン、ムネアカタマリン)も剖検した。
【結果】病理学的所見:リスザル7頭(ボリビアリスザル4、コモンリスザル3)の盲結腸部を中心に、小豆大から小指頭大結節が見られた。管腔内には最大35.5mm長の様々な成長期にある鉤頭虫が認められ、ときに100余隻の虫体が内腔を閉塞していた。虫体は腸粘膜に深く侵入し、高度な例では、筋層にまで達し、貫壁性に肉芽組織によって置換され、壁がび漫性あるいは限局性に肥厚していた。また、膿瘍形成や腹膜炎を伴っていた。リスザル以外のサルでは、消化管内に虫体を認めたものの結節形成は見られなかった。寄生虫学的検査:今回の鉤頭虫症の原因はP. elegansと同定された。Aエリアの3種の新世界ザル(コモンリスザル、ドウグロタマリン、アカテタマリン)及びテナガザル計35頭の糞便検査で15頭に虫卵を確認した。虫卵は黄褐色、平均長径68.06×短径44.47μで、厚い卵殻を有していた。また、被嚢幼鉤頭虫(cystacanth)感染はAエリアのチャバネゴキブリ(Blattella germanica)のみで52匹中25匹と非常に高率に、成虫だけでなく幼虫からも検出された。また、ゴキブリ1匹あたりの寄生数は1-14で、体長2.29±0.30×0.53±0.02mm (n=7)であった。
【まとめ】Prosthenorchis属鉤頭虫は、中南米産のサルに高率にみられる、高病原性の腸内蠕虫で、ゴキブリなどの中間宿主により感染し、効果的な治療法が確立されていない重要な蠕虫症とされている。このため、この種のサルを飼育する海外の施設では、この疾患のコントロールに十分注意を払っているようである。
 日本では、近年、新世界ザルが展示用あるいはペットとして多数輸入されているにもかかわらず、これらを固有宿主とするProsthenorchis属鉤頭虫症に対する関心は低い。我が国では、過去に、今回のような集団発生の報告はなかったが、中間宿主であるゴキブリ対策が実施されていない場合には、国内でも生活環が完結し、さらに中間宿主の反復摂食によって感染が増幅し、濃厚感染個体では致命的となることがわかった。人畜共通感染症としての鉤頭虫症の報告は、日本では、ゴキブリを食してしまったであろう1歳2ヶ月の大阪在住の男児にネズミの鉤頭虫であるMoniliformis dubius 感染が、また、中国では、中間宿主である甲虫を食べた子供でブタを終宿主とするM. hirudinaceus の数百例の重症患者の発生がある。Prosthenorchis属鉤頭虫に関してはヒトへの感染の報告はない。しかし、今回の検索で、新世界ザルに限らず、テナガザルにも感染が認められたことから、相当広い宿主域を有するものと推察された。このことから、飼育者・獣医師は十分に警戒しなければならない疾患である。


新世界ザルにみられた幼虫移行症を伴ったリクチラリア症

○宇根有美1、岡林佐知1、岸夏樹1、佐藤 宏2、野村靖夫1
(1麻布大学獣医学部病理学研究室、2弘前大学医学部寄生虫学研究室)

 リクチラリア症は、Rictulariidae 科の線虫による寄生虫病で、マーモセットやタマリンなどの新世界ザルに寄生する種類として、Pterygodermatites nycticebiが知られている。この種は、ジャワ産のスローロリスで初めて報告されたが、欧米の動物園では、新世界ザルの重要な寄生虫として注目されている。しかし、国内サル飼育施設での報告は、2002年に千葉市の施設における事例が1報あるのみである。Pterygodermatites属線虫はゴキブリやコオロギなどの昆虫を中間宿主として、固有宿主であるサル類の主として小腸に寄生する。感染仔虫が終宿主に摂取されると小腸壁内(粘膜下織深部)で一定の発育を行い、腸管腔内に現れることが知られているが、被嚢幼虫の形成や腸管壁以外への移行の記載はない。今回、2種の新世界ザルで観察された幼虫移行症を伴ったリクチラリア症を報告する。
【発生状況】10種(キツネザル科1種、ロリス科1種、オマキザル科2種、マーモセット科5種、テナガザル科1種)のサルを飼育する施設で、1999年10月千葉市動物公園より導入された2頭のワタボウシパンシェのうち雄1頭(CTT-1)が、導入より9カ月後の2000年7月に腸重積を伴った寄生虫感染症で急死した。同年シロガオマーモセット♀1頭を千葉市動物公園より繁殖用として導入した。2001年1月同シロガオマーモセットが2頭の仔サル(WFM-1と2)を出産した。生後7カ月齢時にWFM-1が敗血症により急死した。その3日後WFM-2も下痢、虚脱の後死亡した。なお、WFM-2には発育の遅延があった。CTT-1が死亡したのち、同居のワタボウシパンシェに駆虫薬が投与された。なお、WFM-1と2が死亡した後、全てのサルの糞便検査を行ったが、虫卵は検出されなかった。
【結果】病理学的所見:CTT-1には、小腸上部と中部で腸重積が認められ、諸処に硬結部が存在し、硬結部および重積部内腔には夥しい数の線虫が充満していた。腸管内寄生虫以外に組織学的に小腸粘膜固有層リンパ管内および肝臓実質内に線虫を観察した。WFM-1には、消化管内に線虫が寄生していた以外、肉眼的に著変を認めなかった。WFM-2では、各所の小腸粘膜下織や腸間膜リンパ節に直径30-47μで、側翼を有する被嚢幼虫を認めた。また、胃内にはゴキブリと思しき昆虫が含まれていた。その他の病変として、心嚢水の増量、側脳室内と脳幹部の出血および軽度の髄膜炎が観察された。寄生虫学的検査:CTT-1の小腸から655隻の成虫と198隻の幼虫が採取できた。♂(n=6)は全長6.3 (4.8-8.5)、最大幅0.32 (0.28-0.47)で、食道部は2つの部分(筋性、腺性)から成り、2本のほぼ同じ長さの交接刺 (0.085:0.075-0.095)と2個の肛門前扇を有していた。WFM-1から♀28隻と♂1隻の線虫が採取できた。これらの線虫の形態はPterygodermatites nycticebiのそれとほぼ一致した。WFM-2の主として小腸下部に25個以上の粟粒大の被嚢幼虫を含む結節が観察された。また、サル飼育ケ-ジ周辺に生息するアメリカゴキブリ(成虫20)とチャバネゴキブリ(成虫155、幼若虫109)を検索したところ、2匹のチャバネゴキブリ幼若虫にそれぞれ76隻と2隻の被嚢幼虫が認められた。なお、施設内で餌として飼育されているコオロギには被嚢幼虫は認められなかった。
【まとめ】Pterygodermatites属線虫は新世界ザルの飼育施設で問題となっている寄生虫で、アメリカでは、ゴールデンライオンタマリン、シロテテナガザル、ワタボウシパンシェなどのサル類での発生が報告されている。日本では、第134回日本獣医学会(2002年)において千葉市動物公園の事例(マーモセット亜科とゲルデイモンキー亜科の計9頭)が報告された。今回、対象としたサルのうち、CTT-1は千葉市動物公園から導入され、WFM-1と2は、同施設から導入された♀を親としており、本線虫が定着している施設と密接な関係があった。また、今回対象とした施設で採取されたチャバネゴキブリから被嚢幼虫が検出され、施設内で本線虫の生活環が営まれていると考えられたことから、CTT-1が、どちらの施設で本線虫に感染したか判然としなかったが、WFM-1と2は対象とした施設で水平感染したものと推察された。以上のことから、Pterygodermatites属線虫の国内2つ目の定着が確認され、感染サルを介して、国内に拡散する可能性が指摘された。本線虫は、ときに新世界ザルに致死的に働くこと。また、稀な事例と考えられるがヒトへの感染例もあることから、感染防御に十分注意する必要がある。さらに、本線虫の被嚢幼虫は特徴的な側翼を有し、アライグマ蛔虫のそれと酷似することから、診断に際して考慮する必要があった。