191. コンゴから届いたエボラウイルス病の現地報告

コンゴ民主共和国の首都キンシャサにある国立生物医学研究所(INRB)に、客員研究員として招聘されている井戸英治博士(千葉大学医学部客員教授)から、久しぶりに便りが届いた。

井戸博士は、私が国立予防衛生研究所麻疹ウイルス部に在任していた頃、研究生として在籍していた。1985年、私が運営委員としてガーナの野口記念医学研究所を訪問した際には、専門家チームのリーダー代理を務めていた。それ以来、アフリカにおけるウイルス病研究に深く関わってきた。

今回は、ウイルス阻害薬テコビリマットのエムポックスに対する有効性の検討をはじめ、研究全般の指導を、INRB所長のジャン=ジャック・ムエンベ=タムフムから依頼されてコンゴを訪れている。ムエンベは1976年、エボラ出血熱が初めて発生した際、最初に患者を診察した人物として世界的に知られている。2019年には第3回野口英世アフリカ賞を受賞したが、これは井戸博士の推薦によるものであった。

INRBは、現在のエボラウイルス病流行への対応でも中心的な役割を担っている。井戸博士からの現地情報を交えながら、今回の流行と、それに対して急速に進められているワクチンと治療薬の開発を紹介したい。

WHOは2026年5月17日、コンゴ民主共和国と隣国ウガンダに広がったエボラウイルス病の大流行について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言した。

井戸博士によれば、感染者は1日80人近く増加し、8月8日の時点で陽性確定者は4200人を超えている。死亡者も2000人に迫ろうとしている。当初25%ほどだった致死率は最近では45%を超えている。発生は当初、東部イトゥリ州周辺に集中していたが、現在では北キブ州、南キブ州など5州49保健区に拡大している。人口1000万人を超える首都キンシャサへの流入をいかに防ぐかが、大きな課題になっている。

一方、米国のWHO脱退などの影響もあり、INRBをはじめ現地の保健医療機関は深刻な資金難に直面しているという。

今回はブンディブギョ・エボラウイルス

エボラウイルス属には複数のウイルスが知られている。1976年以来、大規模な流行を繰り返し、多くの死者を出してきたのはザイール・エボラウイルスである。2014~2016年に西アフリカで大流行を起こしたのもこのウイルスだった。

これに対して、今回の流行を起こしているのはブンディブギョ・エボラウイルスである。2007年、ウガンダ西部のブンディブギョ地域で初めて確認されたウイルスで、ザイール・エボラウイルスとはゲノム塩基配列が大きく異なっている。

この違いが、今回の流行への対応を難しくしている。

ザイール・エボラウイルスに対しては、すでに有効なワクチンが実用化されている。ウシ水疱性口炎ウイルス(VSV)をベクターとし、ザイール・エボラウイルスの糖タンパク質遺伝子を組み込んだ組換えワクチンである。2014~2016年の西アフリカ流行などを通じて有効性が確認され、WHOの備蓄ワクチンにもなっている。しかし、このワクチンがブンディブギョ・エボラウイルスに対しても十分な防御効果を示すという証拠はない。

世界初のブンディブギョ・エボラワクチン試験

そこで急ピッチで進められているのが、ブンディブギョ・エボラウイルスそのものを標的としたワクチンの開発である。

オックスフォード大学ジェンナー研究所は、ブンディブギョ・エボラウイルスの糖タンパク質を発現するチンパンジーアデノウイルスベクター「ChAdOx1」を用いたワクチン、ChAdOx1 BDBVを開発した。これは新型コロナウイルスに対するオックスフォード/アストラゼネカ・ワクチンと同じベクター技術を利用したものである。

2026年7月13日、オックスフォード大学は世界初となる第1相臨床試験を開始した。対象は18~55歳の健康成人50人で、安全性と免疫応答を調べる。7月24日には最初のボランティアへの接種が行われた。さらにインド血清研究所は、将来の流行地での使用に備えて約62万回分をすでに製造・備蓄している。

わずか数か月のうちに、流行しているウイルスに合わせたワクチンが設計され、製造され、ヒトへの接種試験にまで進んだことになる。

治療薬の臨床試験も始まった

ワクチンと並行して、治療薬の臨床試験も現地で始まっている。

2026年7月、INRB、WHO、オックスフォード大学などの国際共同研究として、PARTNERSと呼ばれる臨床試験への患者登録がコンゴ民主共和国で開始された。最初に検討されているのは、モノクローナル抗体製剤MBP134と抗ウイルス薬レムデシビルで、単独または併用によって患者の生存率を改善できるかが調べられている。

この試験で注目されるのは、「プラットフォーム試験」という方式が採用されていることである。あらかじめ共通の臨床試験の枠組みを作っておき、流行が起きた際には、その枠組みを利用して複数の治療薬を比較する。効果の乏しい薬は試験から外し、新しい候補薬を加えることもできる。そのため、流行のたびに臨床試験を一から計画する必要がなく、迅速に治療薬の評価を始めることができる。

1976年、未知の感染症としてエボラ出血熱が初めて出現した時代には、患者から病原体を分離し、その正体を突き止めること自体が大仕事だった。それから半世紀。現在では、新しい流行が起これば原因ウイルスのゲノムを解析し、それに合わせたワクチンを設計するとともに、流行のさなかに治療薬の比較試験まで行われるようになった。

その最前線に、半世紀前の最初の流行を経験したムエンベが率いるINRBがあり、そこに井戸博士が研究指導のため滞在している。今回届いた便りは、エボラウイルスとの闘いが今なお続いていることを再認識させると同時に、この50年間に感染症への備えがどれほど変わったかを実感させるものでもあった

 

文献
山内一也:エボラ出血熱とエマージングウイルス。岩波書店、2015.
The Jenner Institute: Ebola virus vaccine study (EBL07). https://www.jenner.ac.uk/volunteer/recruiting-trials/ebola-virus-vaccine-study-ebl07

University of Oxford: First volunteer vaccinated in the world’s first Bundibugyo ebolavirus vaccine trial. July 24, 2026. https://www.ox.ac.uk/news/2026-07-24-first-volunteer-vaccinated-in-the-worlds-first-bundibugyo-ebolavirus-vaccine-trial.

Kupferschmidt, K.: The first-ever treatment trial for Ebola Bundibugyo kicks off in the Congo. July 2, 2026. https://www.science.org/content/article/first-ever-treatment-trial-ebola-bundibugyo-kicks-congo