192. AIが設計した大腸菌ファージ

ファージ療法の先駆者のひとり、ベルギーのクイーン・アストリッド陸軍病院のジャン=ポール・ピルネイは、2020年、自然界に存在するファージの配列をAIに学習させ、ベッドサイドで標的となる薬剤耐性菌に対するファージを合成するという近未来の姿を論文で描いていた(本連載169)。

2026年8月、『サイエンス』誌に、スタンフォード大学と非営利研究機関アーク研究所の研究チームが、大腸菌に感染するファージφX174をモデルとして、AIが設計した感染性ファージの合成に成功したと発表した。

φX174は、約5400塩基の比較的小さなゲノムからなり、11個の遺伝子を持つ。機能や感染様式について多くの情報が蓄積されているファージである。
DNAの配列はA、T、G、Cという4つの文字で表される。アーク研究所は、この「生命の言語」を学習するゲノム言語モデルとして、2024年11月に、細菌やアーキアなどのゲノムを学習させたEvo 1を発表し、2025年2月には、さらに真核生物を含む幅広いゲノム情報を学習させたEvo 2を発表していた。

研究チームは、Evo 1とEvo 2にファージのDNA配列を追加学習させ、φX174ファージのゲノムの先端部分に相当する短い配列を入力して、その続きを生成させた。生成された配列のうち、ゲノムの特徴から機能しそうにない候補を除外し、約300種類を選んだ。

これらのDNAを化学合成して大腸菌に導入したところ、16種類から、実際に大腸菌に感染して増殖するファージが得られた。

この16種類の合成ファージは、天然のファージと同じものではなかった。クライオ電子顕微鏡で調べると、進化的に遠く離れたファージに由来する特徴を持つカプシドタンパク質を備えたものも見つかった。

さらに、AIが設計した16種類のファージを混合し、天然ファージに耐性を示す非病原性大腸菌C株に接種したところ、耐性菌にも感染できるようになった。ファージ間でのDNA交換や、その後に生じた変異が、耐性を乗り越える過程に関与した可能性が考えられている。

ピルネイが描いた未来像からわずか6年で、AIによるファージ設計は現実のものとなった。薬剤耐性菌に対するファージ療法にとって、強力な武器になる可能性がある。

その一方で、この技術は新たな問題も突きつけている。Evo 1とEvo 2の学習データからは脊椎動物に感染するウイルスの配列が除外されている。しかし、同様の手法が将来、病原性ウイルスの設計に応用される可能性まで否定することはできない。
AIによるファージ・ゲノムの設計と合成は

、感染症治療に新しい道を開くと同時に、バイオセーフティ、封じ込め、バイオセキュリティをどのように確保するかという、新たなガバナンスの課題を提起している。

文献
山内一也:『ファージ・ハンター——病原菌を溶かすウイルスを探せ!』岩波書店、2025年。
King, S. H. et al.: “Generative design of bacteriophages with genome language models.” Science, 393, No. 6811, 2026.