人獣共通感染症連続講座 第147回 ウイルス感染症:過去、現在、未来

(7/26/03)

ウイルス感染症:過去、現在、未来

2003年2月15日に東京都獣医師会と東京都医師会の共催による公衆衛生に関する公開都民フォーラムが開かれ、そこで私は「ウイルス感染症:過去、現在、未来」という話をしました。その後、日本実験動物協会の機関誌Labio 21に原稿執筆を依頼されたので、公開フォーラムの話をもとに、同じ表題の解説を書き、それが7月号に掲載されました。

内容の一部は、本講座に掲載されたものと重複していますが、ウイルス感染症の研究と対策の歴史という視点でまとめてありますので、一部修正の上、転載することにしました。

「ウイルス感染症:過去・現在・未来」
過去におけるウイルス感染症

有史以来、人類は多くのウイルス感染症に悩まされてきた。その最大のものは天然痘と狂犬病である。1796年、ジェンナーによる種痘の開発は人間とウイルス感染症の戦いの始まりとなった。当時はもちろんウイルスの存在は知られていなかった。しかし、牛痘にかかったヒトの病変部の膿を接種することにより天然痘の予防が可能になったのである。

その約100年後の1885年、パスツールによる狂犬病ワクチンの開発で狂犬病予防への道が開かれ、また、ワクチンの概念が生まれた。

ウイルスが発見されたのは、さらに10年あまり後の1898年で、ウシの間で大きな流行を起こしていた口蹄疫のウイルスの分離である。病気のウシの病変部のサンプルを健康なウシに接種することにより病気の再現に成功し、病原性を指標として、ウイルスの存在が初めて明らかにされた。

それ以後、動物への接種によるウイルスの検出の時代が続いた後、1950年代、エンダースにより細胞培養法が開発され、動物での病原性の代わりに、細胞を破壊する性質からウイルスが検出されるようになった。これにより、ポリオウイルス、麻疹ウイルスなど多くのウイルスが分離され、それらに対するワクチンが開発された結果、急性ウイルス感染症の予防が可能となった。

1980年、WHOは天然痘の根絶を宣言した。長年にわたって人類を悩ませてきた最大の感染症に対する人類の勝利であった。しかし、その成果にもっとも貢献したのは、実はウイルス学の進展ではなく、ジェンナーの天然痘ワクチンが改良されてウシやヒツジの皮膚で製造されていた古典的な天然痘ワクチンであった。

一方、1970年代に開発された組み換えDNA技術は、それまで動物での病原性または細胞の破壊という生物学的性状を指標として行われていたウイルス学を一変させた。これにより、ウイルスの遺伝子や蛋白構造が解明され、ウイルス感染症の予防と診断でも新しい展開がもたらされてきた。

エマージング感染症の登場

天然痘根絶は、抗生物質による細菌感染の治療とあいまって、人間は感染症を克服できるという期待につながった。しかし、まもなく、それが幻想に過ぎなかったことが明らかになってきた。1980年代初めにはエイズが広がり始めていた。また、すでに1960年代終わりに突如出現したマールブルグウイルスを初め、ラッサウイルス、エボラウイルスなどの出血熱ウイルスが1970年代にかけて姿を現してきた。

1993年、WHOと全米科学者協会は、これらの新たに出現して社会的に大きな影響を与えている感染症をエマージング感染症、かって存在していて、ふたたび出現して急速に広がっているものをリエマージング感染症と名付け、地球規模での監視の必要性を提唱した。これらは日本では、新興・再興感染症と呼ばれている。現在では、両者を合わせてエマージング感染症と呼ばれることが多い。

この対策の第一歩として、感染症に関する国際的情報ネットワークProMED (Program for monitoring emerging infectious diseases, URL: http://www.fas.org/promed/)(現在リンク切れ)が発足した。現在の会員は120カ国、2万4000人以上で、全世界から感染症に関する情報が提供されている。

エマージングウイルスとしての動物由来ウイルス

エマージング感染症の病原体のうち、ウイルスはとくに危険性が高く、エマージングウイルスと呼ばれている。1950年代終わりから現在までの40年間に見いだされたエマージングウイルスをリストアップしてみると、そのほとんどは動物とくに野生動物が保有するものである。

ウイルスは動物に寄生して増殖しているため、自らが存続するためには、その宿主である動物ではなるべく平和共存することが望ましい。多くの人獣共通感染症の原因ウイルスはこれにあてはまる。たまたま、人間がウイルスを保有する動物に接触することで感染が起こる。

エマージングウイルス出現の背景には、世界的な人口増加、森林破壊、都市化、野生動物の輸入、野生動物のペット飼育など、人間社会と野生動物の世界の距離の短縮がかかわっている。

エマージングウイルスが認識された当初、それらのほとんどは野生動物から直接受ける感染であった。ところが、1998年にマレーシアで発生したニパウイルス感染は、自然宿主のオオコウモリからブタが感染し、ブタの体内で増幅されたウイルスがヒトに感染するという新たな伝播様式を示した。家畜がエマージングウイルス伝播に関わるという新たな問題提起になった。

近代社会が産み出す新しい感染症

1986年に英国でウシ海綿状脳症(BSE)が初めて見いだされた。病原体はスクレイピーやクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の病原体と同じくプリオンとみなされている。現在、プリオンは宿主遺伝子の産生するプリオン蛋白の立体構造が変化したものであって、ウイルスなどの微生物とはまったく異なるものと考えられている。しかし、プリオンの概念はかってはスローウイルスといわれたように、ウイルス学の延長線上で産まれたものである。

BSEの起源は不明であるが、スクレイピーに感染したヒツジのくず肉が肉骨粉としてウシの餌に用いられたことで、ヒツジの異常プリオン蛋白がウシの正常プリオン蛋白の立体構造を変化させて、BSE病原体を産み出した可能性が強い。BSE病原体はウシのくず肉由来の肉骨粉を介してウシの間で広がった。欧州連合ではスウェーデン以外のすべての加盟国、ヨーロッパ以外ではイスラエルと日本で発生した。さらに、2003年にはBSEウシのいる可能性はきわめて低いと考えられていたカナダでもBSEウシが発見された。これらは英国から世界各国に輸出されたウシや肉骨粉を介して持ち込まれたものと考えられる。BSE汚染は世界的規模で存在しているものと考えなければならない。

BSEは、食肉をとった後に残る産業廃棄物ともいえる大量のくず肉を餌として、ふたたび食肉生産に利用するという近代畜産のリサイクリングシステムで産まれた新しい感染症とみなせる。

1996年に英国で若年のヒトに見いだされた変異型CJDはBSEの感染によると考えられ、それを支持する科学的証拠も蓄積してきている。変異型CJDはhuman BSEであって、これもまた近代畜産の産物といえる。

BSEが拡大した原因はウシの間での肉骨粉を介した、いわば強制的共食いである。しかし、目を転じると、ヒトの医療ではヒト由来の医薬品は多く用いられている。血液製剤によりエイズが広がった原因は、BSEの場合と同様とみなせる。唯一の違いは、BSEは経口によるものであり、エイズでは注射という点であって、両者の間では生物学的に違いはない。医療があらたな感染症の拡大の原因になりうる点は、BSEから得られる教訓である。

近代医療に伴う新たな感染症の潜在的危険性

臓器不足の決定的解決手段としてブタの臓器を用いる異種移植の研究が著しく進展している。再生医療の分野でも、ブタの組織の利用が期待されている。ブタは家畜の中で、もっとも微生物学的品質が管理された動物である。しかし、ブタの細胞がヒトの身体の中に何年も生着するという事態はかって経験したことはない。ブタでは病原性を示さないウイルスであっても、ヒトの体内で新たな病原性を示したり、さらには新しいタイプのウイルスに変異して、これまでにないエマージングウイルスになるおそれはないかという、潜在的危険性が問題になってきている。そこで、とくにブタの染色体に組み込まれたブタ内在性レトロウイルスを中心として、異種移植にかかわるウイルス感染のリスク評価と、リスクを前提とした臨床試験実施の際のリスク管理のためのナショナル・ガイドラインが欧米で作られてきている。

医療による恩恵とウイルスによる潜在的危険性のバランスという難しい問題の解決が求められているのである。

微生物学の光と陰:感染症の制圧とバイオテロ

20世紀の微生物学では、感染症の制圧に貢献するという光の部分がクローズアップされた。一方、陰の側面としてのバイオテロが21世紀における新たな問題となってきた。

バイオテロの現実性が国際的に認識されたきっかけはオウム真理教のサリン事件の際に、彼らが炭疽菌やボツリヌス毒素の散布を行った事実が明らかになったことである。日本はバイオテロの危険性を世界に発信した国であるが、バイオテロの危険性に対する認識はきわめて低い。

現在、天然痘ウイルスによるテロが大きな問題になっているが、一方で口蹄疫ウイルスのように、ヒトの健康被害ではなく、家畜への被害を通じて国家経済にも影響を及ぼす農業テロ(アグロテロ)も大きな関心事になっている。

さらに、ウイルス学の進展により、エボラウイルスなど危険性の高いウイルスの遺伝子構造を改変する技術やスペイン風邪の原因のインフルエンザウイルスを作り出す技術もできている。ポリオウイルスの遺伝子を化学的に合成して感染性ウイルスを作り出したことも報告されている。

光だけでなく、陰の部分を認識して対応しなければならない時代が迫っている。

SARSの発生と国際的研究協力

WHOは2003年3月12日、全世界に新型肺炎の発生を知らせ、15日には初めてSARSの名前を用い、感染地域への渡航中止の勧告を出した。SARSは2002年11月に中国広東省で発生が見出されていたのであるが、これが明らかになったのは2003年2月10日に前述のProMEDに、この情報が掲載されたのがきっかけでWHOが調査を始めてからであった。

WHOは直ちに世界10カ国13の研究所の協力を得て、原因解明のための国際研究グループを結成した。4月上旬には、国際的学術雑誌に新型コロナウイルスが患者から分離されたという論文が、ホンコン大学、米国疾病制圧予防センター(CDC)、ドイツの研究所と3箇所からそれぞれ発表された。そして数日後には全部の遺伝子の配列が明らかにされた。

さらに、オランダエラスムス大学ではカニクイザルに新型コロナウイルスを接種する実験を行った。サルは3日目には動きがにぶくなり、4日目には呼吸困難となり、解剖した結果、肺炎の起きていることが確かめられた。これらの結果からWHOは新型コロナウイルスがSARSの最大の原因であると結論し、SARSウイルスと命名した。

患者からウイルスが分離され、それがヒトに近縁のサルで同じ病気を起こし、さらにそのサルから同じウイルスが分離されたことは、コッホの原則を満たしたものである。元来、結核菌を初めとする細菌について提唱された、この原則がウイルスで満たされることは稀である。そのようなウイルスがSARSの原因であったことは幸運ともいえる。しかも、この結論は1カ月という短期間で得られた。ちょうど20年前の5月にエイズの原因ウイルスが明らかにされたが、それには2年間を要した。本来は競争相手になる研究者たちが国際的に協力したことが、この画期的成果につながったものといえる。

コロナウイルスはエンベロープを持つRNAウイルスで、正確にはコロナウイルス科のコロナウイルス属の1群のウイルスの名称である。これはニワトリ、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ、マウス、ラットなど多くの動物種で見出されており、遺伝子構造の面から3つのグループに分けられている。とくに実験動物の領域では、マウス肝炎ウイルスとラットコロナウイルス(唾液腺涙腺炎ウイルス)があり、コロナウイルスの一般性状、分子生物学的性状、病原性、伝播様式などのほとんどは、マウス肝炎ウイルスで得られてきている。

SARSウイルスは、既知のどのグループのウイルスとも、その遺伝子構造がかけはなれており、まったく新しいコロナウイルスとみなせる。ヒトや家畜由来ではなく、野生動物由来の可能性が高い。最近、ホンコン大学のチームは中国南部の動物マーケットで売られているハクビシン、アナグマ、およびタヌキからSARSウイルス類似のウイルスを検出したと報告している。これに対して、北京の中国農業大学では、これら動物種を含めて多くの動物を調べた結果、ウイルスは検出されなかったと報告している。SARS流行地域で飼育されていたこれらの動物は、ほかの動物から感染を受けた可能性もあり、自然宿主かどうかは不明である。さらに野生状態の動物についての検討が必要と考えられる。

SARSが示す公衆衛生対策の重要性

これまでに出現してきたエマージングウイルスは、エボラウイルスのように濃厚接触でヒトの間に広がったものを除いてヒトの間での2次感染はほとんど起こしていなかった。しかし、SARSウイルスは患者の呼吸器から排出されるウイルスが飛沫を介して健康なヒトに感染を起こしている。ヒトの間で、呼吸器感染で容易に広がること、そしてグローバル化した社会という、2つの要因によりSARSは地球規模での対策を必要とする感染症となった。

人々の間に免疫が存在しないSARSウイルスのような未知のウイルスに対して、社会の健康を守るのは公衆衛生対策である。しかし、20世紀後半、感染症にさらされる機会が減少し、感染症は過去のものと考えられるようになるとともに、公衆衛生という言葉は忘れられてきている。

感染症に対する公衆衛生対策基本は、患者の隔離と発病はしていないが、患者と接触したために感染した可能性のある接触者の検疫である。日本では、検疫は空港などで行われているものだけと一般に受け止められている。検疫という言葉は英語ではquarantineで、イタリア語で40という意味の言葉であり、14世紀にイタリアでペストの蔓延を防ぐために、感染した可能性のある人たちを40日間、隔離したことから、付けられた呼び名である。すなわち、接触者など感染可能性のある人を対象としたものが検疫の概念に相当する。たとえば自宅での健康監視は、英語ではhome quarantineである。

この原則にもとづく公衆衛生対策は100年以上前から実施されてきたものである。しかし、現代社会ではその内容に違いがある。

患者の隔離の面では、科学の著しい進歩により、SARSの場合、ウイルス遺伝子の検出や抗体の検出という確定診断が可能になった。隔離病室の設備も高度の安全対策がほどこされたものになっている。すなわち、隔離までのステップに関しては、昔とは比較にならない高度のものになっている。

一方、感染した可能性のある人、すなわち接触者に対する対策は昔よりも複雑かつ困難になっている。多数の人々の移動がはげしい現代社会では、個人の人権やプライバシーに配慮しながらの接触者の追跡はきわめて難しい課題になっている。

有史以来、感染症に悩まされてきた人類は、公衆衛生対策のおかげで、多くの感染症の心配から開放された。その結果、現代社会は感染症についての関心を失い、感染症制圧の原動力になってきた公衆衛生についても、関心が低下してきた。SARSはこの忘れられた公衆衛生の重要性を再認識させてくれたといえる。これからもSARSウイルスのような未知のウイルスの出現の可能性はあるものとみなさなければならない。ウイルスに国境はなく、未知のウイルスに対する公衆衛生対策はその国の人々の健康を守るだけでなく、世界の人々の健康に対する責任でもある。地球規模での公衆衛生対策が求められているのである。