人獣共通感染症連続講座 第164回 臓器移植で感染した動物由来ウイルス

(6/9/05)

リンパ球性脈絡髄膜炎(lymphocytic choriomeningitis: LCM)ウイルス感染

米国で、臓器移植によりLCMウイルスの致死的感染が起きたことがProMEDで伝えられました。その内容のごく一部は日本でも新聞報道されていますが、人獣共通感染症の重要な側面を示す事例ですので、この問題をとりあげてみたいと思います。なお、詳細はCDC Morbidity Mortality Weekly Report (May 26, 2005)に述べられています。

4月初めに米国ニューイングランド地方のロードアイランド州で脳卒中により死亡した女性から肝臓、肺、腎臓、角膜、皮膚が提供されました。これらの臓器の移植後、3週間以内に肝臓、肺、腎臓の移植を受けた4名の患者が肝臓機能障害など、さまざまな症状を示し、このうち3名(肝臓、両肺、片方の腎臓)は移植後23ないし27日の間に死亡しました。もうひとりの反対側の腎臓の移植を受けた患者は発病したが回復しました。角膜移植を受けた人では症状はみられていません。皮膚は移植されませんでした。

CDCで調べた結果、これら4名の患者はLCMウイルス感染により発病したことが、ウイルスの分離やウイルス抗体の検出から確かめられました。この結果を受けて、生存していた腎臓移植患者には抗ウイルス剤であるリバビリンの投与と免疫抑制療法を弱める措置がとられました。

原因を調査した結果、ドナーの女性が最近ペットのハムスターを購入していたことが分かりました。このハムスターからはLCMウイルスが分離され、また、このハムスターの世話をしていた家族にLCM抗体が見つかり、感染が起きていたことが明らかになりました。調べることができたドナーの臓器からはLCMウイルスは見つかりませんでした。しかし、状況証拠から、ドナーはペットのハムスターからLCMに感染していて、それが移植を介してレシピエントに伝播されたものと考えられています。

同様の移植によるLCMウイルスの致死的感染は、2003年12月にウイスコンシン州で起きています。この際にはドナーがどのようにしてLCMウイルスに感染したのか分かっていません。今回は2回目の事例になります。

LCMウイルスは、人ではほとんど病原性を示さないのですが、移植で感染した場合には、レシピエントの患者が強い免疫抑制治療を受けるために、致死的感染をもたらしたものと考えられます。

人獣共通感染症としてのLCMウイルス感染

LCMウイルスは野生のハツカネズミが自然宿主になっています。ネズミは症状を示すことなく、尿にウイルスを排出しています。ペットのハムスターは野生のネズミからウイルスに感染するのです。感染したハムスターは最初、活動が鈍くなり食欲がなくなり、毛が逆立ってきます。ついで体重が減少し、うずくまるようになり、時には死亡することもあります。一方、感染してもほとんど症状を示さないハムスターもいます。ハムスターからウイルスが排出される期間はまちまちです。少なくとも8ヵ月間ウイルスを排出していたという報告があります。

人がLCMウイルスに感染した場合、ほとんど症状は見られませんが、時折、インフルエンザのような症状を示し、ごく稀には致死的脳炎になることもあります。これも稀ですが、妊娠中の母親から胎児に感染して先天性水頭症などを起こした例もあります。これらの詳細については、本講座第59回で述べています。

日本では人のLCMウイルス感染の報告は私が知る限りありませんが、ウイルスの存在は長崎大学の佐藤浩教授や酪農学園大学の森田千春教授が報告しています。これも本講座59回で紹介してあります。

ほかの動物由来ウイルスによる感染

ドナーが動物由来ウイルスの感染を受けていて、臓器移植により重症のウイルス感染が起きた最近の例としては、狂犬病ウイルスとウエストナイルウイルスの感染があります。

狂犬病ウイルスの例は2004年に米国、2005年にドイツで起きました。米国の例は、コウモリに咬まれて狂犬病に感染した一人の人から肝臓移植を受けた人が狂犬病になり、脳炎で死亡したものです。ドナーの肝臓には狂犬病ウイルスは見つかりませんでしたが、動脈で見つかりました。動脈は肝臓とともに移植されていたので、これから感染したと考えられています。ドイツの例では女性のドナーから肺、腎臓、膵臓の移植を受けた人が狂犬病になりました。このドナーは2004年暮れに心臓麻痺で死亡したのですが、その後の調査で2004年10月にはインドにいたことが明らかになりました。そこで、おそらくインドで感染したのではないかと疑われています。

ウエストナイルウイルスによる感染は2002年、米国ジョージア州で起こりました。交通事故により死亡した女性から4種類の臓器が提供され、移植を受けた4人がウエストナイルウイルスに感染したのです。そのうち、腎臓の移植を受けた人が死亡し、心臓を移植された人も重い脳炎になりました。肝臓を移植された人も発症しましたが脳炎にはなりませんでした。このドナーの血清にはウエストナイルウイルスが見つかりました。彼女は交通事故の後、何回も輸血を受けており、用いた血液は60名以上から集められていましたので、その中にウエストナイルウイルスに感染した人がいたものと推測されています。