人獣共通感染症連続講座 第32回 コーヒーブレイク (xenosisの和訳、シンノンブレ・ウイルス、アライグマ、国際動物健康規約)

(3/9/96)

話題を4つ提供したいと思います。 後半の2題はコーヒーブレークにはちょっと重すぎるかもしれませんが、単独で取り上げるほどのものでもないので、含めました。

1. ゼノーシスの和訳

xenosisの和訳をどうしましょうかという提案に対して何人かの方からいくつかの候補があげられました。 それらを吉川泰弘先生が以下の4つに整理されました。

異種共通感染症
異種移植感染症
異種移植共通感染症
ゼノーシス
です。 彼の意見では、(1)は移植の意味がないので、不適当。 (2)は結構だが、人獣の文字を入れて、たとえば人獣移植感染症の方がよい。 (3)は何が共通するか分からないので、不適当。 (4)将来、異種移植が盛んになれば、ゼノーシスをそのまま日本語にした方が楽ではないか。
私もほぼ同じ意見ですが、語源からも考えてみました。 xenoはラテン語で異種、nosisは病気の意味です。 zoonosisはzooが動物の意味ですから、動物由来の病気(実際は感染症に限定)が正確です。 ついでですが、diagnosis診断はdia(知る)とnosis(病気)から来た言葉です。

さて、ゼノーシスの場合は、異種移植由来感染症、ゾーノーシスは動物由来感染症という風に整理するのはどうでしょうか。 人獣共通感染症という言葉はあまり好きではありません。 人畜共通伝染病という古くからの言葉があるものですから、あまり急に変えてもいけないと思って使っている次第です。

xenosisという新語が欧米でどれ位用いられるか、様子を見ることとして、当分、私は吉川先生の提案のゼノーシス(注釈と適宜につけて)で行こうかと思います。

2. シンノンブレ・ウイルス

新しいハンタウイルスによる急性の呼吸器障害で若者が急に死亡したことから、見つかったハンタウイルス肺症候群を本講座第15回で取り上げ、その原因ウイルスの命名についての混乱の状況をご紹介しましたが、本病が最初に発生した地域であるSin Nombreの名前が定着してきたようです。

今年の1月にCDCに行った時に、この名前が使われていることに気がつきました。 また、最近、CDCのグループがUltrastructural characteristics of Sin Nombre virus,causative agent of hantavirus pulmonary syndrome(ハンタウイイルス肺症候群の原因病原体・シンノンブレ・ウイルスの微細形態)という論文を発表しました。 カール・ジョンソンはウイルスを分離した人に命名の権利があるという意見を述べていましたが、CDCグループはその面でも権利があります。

ウイルスの命名は時に波紋を起こします。 マールブルグウイルスの名前はマールブルグ大学・公衆衛生研究所長のジーゲルトSiegert教授のグループにより命名されました。 私は1974年にマールブルグにジーゲルト先生を訪ねましたが、その当時、すでにこの名前はマールブルグの人には評判が良くありませんでした。 町のイメージが悪くなるという理由です。 1967年のマールブルグ病、1969年のラッサ熱までは、病気が発生した場所の名前が付けられましたが、エボラ出血熱の時には、流行地域を流れる河の名前になりました。 これには特定の場所のイメージダウンにならないようにという配慮がなされたと聞いています。

その後、ハンタウイルスのもととなったハンターンウイルスの名前が生まれました。 これは最初、韓国型出血熱ウイルスと呼ばれていましたが、38度線の近くを流れているハンタン河の名前が新たに付けられたものです。 ここは韓国型出血熱の多発地帯で、朝鮮戦争の時に国連軍兵士3,000人以上が感染したところです。

3. アライグマ

最近、茨城県でペットとして飼われているアライグマが檻から逃げ出して人に噛みついたという事件が報道されていました。 以前に本講座で何回かご紹介したように、アライグマは狂犬病の宿主であり、米国の東海岸ではアライグマの狂犬病が増えています。 日本では、野生動物の輸入は野放しであり、狂犬病を持ち込むおそれのあるアライグマの輸入も野放しです。 今回の事件で狂犬病との関連を取り上げていたのは、私が見た限りでは、ジャパン・タイムスが「このアライグマが狂犬病にかかっていたかどうかは明らかにされていない」というコメントを付け加えていた記事だけでした。 テレビでも、この点に触れたニュースは耳にしませんでした。

厚生省はおそれがあるだけでは、対応しないというのが基本姿勢のようですから、アライグマが実際に狂犬病を持ち込んだ事例が起こるまでは、とくに対応はしないのでしょうか。

この点で、米国の検疫システムは日本とは対照的です。

米国の検疫に関する法律には、病原体、その宿主およびベクターの項目があります。 そこでは、病原体、または人の病気の宿主やベクターになりうる節足動物およびその他の動物はCDCの許可がない限り、輸入してはいけないと明記されています。 したがって、アライグマの輸入は米国では検疫の対象になります。 先日、CDCを訪れた際に、動物検疫の責任者に、日本の現状を話したところ驚いていました。 米国からどのような形で日本にアライグマが輸出されているのか調べてみたいとも言っていました。

この問題に関連して、最近米国でコーモリの輸入に対して取られた措置をご紹介しておきます。

コーモリはアライグマと同様に狂犬病の重要な宿主です。 米国ではコーモリによる狂犬病も大きな問題になっています。 その1端は本講座(25回)でご紹介しました。

昨年春、CDCはコーモリの輸入について一連の通達を出しました。 それは、本来CDCの許可を必要とするコーモリの輸入が野放しになっていたことが原因でした。 この通達の中で、この事態は行政上のミステイクであったとはっきり述べた上で、コーモリの輸入許可を取るためのいろいろな条件について通知を行ったものです。 この通達のコピーは私のところにありますので、興味のある方には提供できます。

我が国の行政対応とは、まったく異なることを痛感させられました。

4. 国際動物健康規約

OIE (Office International des Epizooties) (国際獣疫事務局)は1924年に設立された国際獣医機関であって世界の127か国がメンバーになっています。 日本代表は農林水産省畜産局衛生課長です。

OIEの主な目的は以下のとおりです。

国際協力が必要な家畜伝染病の病理、予防に関する実験およびその他の研究を推 進し、その調整をはかる。
動物の伝染病の状況とその制圧方法に関して必要と考えられるあらゆる情報および資料を集め、各国政府および衛生行政当局に注意を喚起する。
動物の健康対策に関する国際的合意のための草案を検討し、その施行手段を加盟国に提供する。
OIEの組織の中に国際動物健康規約委員会International Animal Health Code Commission というのがあります。 これは1960年に設立されたもので、動物の輸入および輸出のための動物の健康に関する勧告を作成するのが任務です。 主に口蹄疫や牛疫のような急性家畜伝染病を対象としています。

現在、この委員会で国際動物健康規約の草案が作られ、関係者の意見を求めているところです。 この中に、今度、サル類の項が加わりました。 サルの輸入に関する国際的認識が分かりますので、その草案の主な点を以下にご紹介します。

まえがき

  • すべてのサル類はCITESにより保護されている。
  • 保全、動物福祉および公衆衛生上の理由により、サル類をペットとして飼育する目的で輸入すべきでない。
  • 輸入されるサル類のほとんどは研究、繁殖用、および動物園用である。 伝染病にかかっている危険性は野生サルの場合、一般に獣医学的管理のもとで飼育されている繁殖サルよりも大きい。
  • サル類の輸入および飼育での主な関心事は公衆衛生に関するものである。 とくに研究用のサルにおいては動物飼育員、研究者が新入荷サル、その体液、汚染器具などと接触するおそれがあり、十分に訓練された者が必要である。
  • 特別の科学的または他の目的のための輸入が、これらのいずれの勧告でも制限されてはいけない点を、強調しておかなければならない。
  • 動物園用のサル類の健康基準は、とくに獣医の監督下にある動物園で生まれ育成されたサルの場合にはゆるめても良い。

一般的条件

輸入国の獣医行政担当者はサル類について以下のことを要求すべきである。

次の点を証明する国際健康証明書の提示
a)動物には入れ墨など消えない識別ナンバーがつけられていること(識別ナンバーは証明書に記されていなければならない)。
b)動物が輸出前に感染性材料による実験に用いられていないこと。
国際動物健康証明書には輸出前に行われたワクチン接種、試験、処置を添付すること。
さらに輸入国は再試験のために最低30日間、検疫所に動物を置くことを要求しても良い。
航空機による輸送の場合にはサル類の国際輸送のためのIATA Live Animals Regulationsに合致していること。