人獣共通感染症連続講座 第37回 スローウイルス感染とプリオン

(4/26/96)

医学系の雑誌に依頼されていた原稿ですが、プリオンに関連した解説が入っていますので、この講座に転送します。 なお、図はテキストファイルのために送れません。 ご了承下さい。

はじめに

スローウイルス感染の概念は20世紀半ばに羊の間で大流行を起こして、畜産に大きな被害を与えたスクレイピーやビスナ病の観察から生まれた。 これらの病気は数年におよぶ長い潜伏期を示し、いったん発病すると定型的な経過で宿主の死をもたらす。 それまでウイルス感染は経過から急性感染、慢性感染、潜伏感染に分類されていたが、羊のこれらの病気はその範疇に入らないことから、あらたにスローウイルス感染という名前が提唱されたのである。

ビスナウイルスはレトロウイルス科、レンチウイルス属のものである。 この属にはエイズの原因ウイルス・ヒト免疫不全ウイルスも含まれている。 その感染様式も含めてエイズはまさに典型的なスローウイルス感染である。 しかし現実にはエイズはその重要性、特殊性から独立して取り扱われてきている。

スローウイルス感染研究の中心は麻疹ウイルスによる亞急性硬化性全脳炎 (Subacute sclerosing panencephalitis: SSPE) である。 一方、JCウイルスによる進行性多巣性白質脳症 (Progressive multifocal leukoencephalopathy: PML) はSSPEよりもさらに稀な病気であるが、最近エイズでの免疫不全から発生が増加する傾向がみられることから、注目されはじめている。

羊のスクレイピーは1960年代に、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病 (Creutzfeld-Jakob disease: CJD) と同じタイプの病原体によることが明らかになった。 病原体の性状は通常のウイルスとは著しく異なり、その本体は長い間激しい論争が繰り返されてきた。 病原体の本体が核酸を欠く感染性蛋白 (プリオン) であるとするプリオン説が Prusiner により提唱され、この10年間にプリオン説を支持する証拠は蓄積してきた。 プリオンは、その初期の研究がウイルス学領域のアプローチで進められてはきたが、実体は正常の細胞由来遺伝子の産物である蛋白が修飾を受けたものと考えられているところから、もはやスローウイルス感染の分類には入らずプリオン病の名前が用いられるようになった。

これらの背景を考慮して、典型的スローウイルス感染であるSSPEとPML、および新しいタイプの疾患とみなされるプリオン病について、最近の知見を紹介する。

1. 亞急性硬化性全脳炎 (SSPE)

SSPE ウイルスの特徴
SSPEは麻疹ウイルスが長期間脳内に持続感染した結果起こる。 すなわち、脳内で変異した麻疹ウイルスが原因と考えられているが、通常の麻疹ウイルスと区別するためにSSPE患者から分離されたウイルスはSSPEウイルスと呼ばれている。 生物学的性状では、SSPEウイルスは高い細胞結合性を示し、遊離ウイルスをほとんど産生しない点が通常の麻疹ウイルスと異なる唯一の特徴といってよい。 ウイルスの遺伝子解析が進むにつれて、SSPEウイルスでは6つの構成蛋白 (NP, P, M, F, H, L) のうち、Mで特徴的な変異があることが示され、また神経細胞で継代されたSSPEウイルスでは biased hypermutation (mRNAレベルでU塩基からC塩基への変異) という別の特徴的な変異も起こることが示されている。

しかし、麻疹ウイルスとの比較では、これまで麻疹ウイルスの分離が極めて困難であったことから、30年以上前に分離された代表的な麻疹ウイルスのみが比較の対象になっていた。 一方、最近きわめて高率に患者から麻疹ウイルスを分離するシステムが開発され、そこで分離されてきた麻疹ウイルスは、これまでSSPEウイルスの特徴といわれたものを、かなり保持していることが分かってきた。 したがって、野外の麻疹ウイルスとの比較により、今後SSPEウイルスの特徴をあらためて検討しなければならないことになった。

一方、SSPEの患者の脳の中での麻疹ウイルスの存在をRT-PCRで調べる試みも、いくつか行われ、患者の脳では多様なウイルスクローンの存在が示唆されている。 これは脳の中での高頻度での変異を示すものかもしれないが、その意義は今後の問題である。
このようにして、麻疹患者、SSPE 患者の両方で、生体内に存在するウイルスの性状の面での比較が始まっており、この研究からSSPE発病につながるウイルス変異の様式が明らかになるかもしれない。
SSPEの発病機構
麻疹感染から平均6年間という長い潜伏期ののちに、100万人に1人というきわめて低い頻度での発病が起こる理由は、SSPEの発病機構にかかわるもっとも重要な問題である。 上述のようにウイルス遺伝子の構造解析は著しく進んだが、まだ、発病機構につながる成果は報告されていない。
麻疹ウイルスのレセプターが補体系制御蛋白であるCD46と、ヘパリン結合蛋白のひとつmoesinであることが明らかにされた 1,2)。 このうち、麻疹ウイルス株によっては細胞表面でのCD46の発現の抑制がみられる。 CD46は補体第2経路でのC3bとC4bの細胞沈着を抑制する機能を持っており、このような補体系の制御蛋白をレセプターとすることは、麻疹ウイルスの病原性の発現になんらかのかかわりがあるのではないかと疑われている。
SSPEの治療
臨床的にはイソプリノシンとインターフェロンが症状の進行を若干抑えるといった効果を示すが、有効な治療法にはなっていない。
実験的にはジフテリア毒素フラグメントAを封入したリポソーム、インターフェロンまたはリバビリンをハムスターの脳内に投与する試みが行われている。 ある程度の治療効果がみられる場合もあるが、まだ十分に効果的なものとはいえない。
アンチセンスRNAによる治療をめざした細胞レベルでの実験では、ウイルス増殖の抑制が報告されている 3)

2. 進行性多巣性白質脳症 (PML)

発生状況
PMLは主に40~60才の成人に起こる脳の脱髄性疾患である。 基礎疾患として白血病、免疫抑制剤の使用など免疫不全がかかわる。

きわめて稀な疾患であって、100万人に1人位の発症率である。 しかし、最近エイズの合併症として注目されている。 エイズ関連脳疾患について行われた脳の生検では、リンパ腫(36%)についでPML(24%)が高率に見いだされている。
病因
原因ウイルスはパポーバウイルス科のJCウイルスである。 かってSV40も原因ウイルスのひとつと考えられたが、これはウイルス遺伝子の検索の結果、JCウイルスであることが明らかにされた。 JCウイルスは広く感染しているウイルスであって、小児期に不顕性感染を起こし、接触感染で広がっていくものと考えられている。

JCウイルスは最初、PML患者の脳から分離された (PML型JCウイルス)。 余郷らは健常人とPML患者の尿からJCV DNAクローンを分離し、原型型JCウイルスと名付けた。

PML型JCウイルスの DNA では、その複製開始点付近に存在するエンハンサー・プロモーター領域に多様性のあることが認められており、これがPMLの発病にかかわっていることが推測されていた。 この調節領域について原型型とPML型を比較した結果、原型型調節領域DNAの再編成によりPML型が作られてきたものとみなされている 5)

これらの検討の結果、図1に示すようなJCウイルスの生活環が提唱されている。 すなわち、腎臓細胞の中で原型型JCウイルスがPML型JCウイルスに変異し、中枢神経に移り、さらに免疫の低下が脳内でのPML 型JCウイルスの増殖が進んで発症にいたるという考えである。

3. プリオン病

当初、代表的スローウイルス感染とみなされた羊のスクレイピー、つづいて人のクロイツフェルト・ヤコブ病 (Creutzfeld-Jakb disease: CJD)の病原体について、Prusinerが感染性の蛋白がその本体であるとしてプリオン (Proteinaceous infectious particle: prion) 説を提唱したのは1982年である。 その後、プリオンは正常の細胞遺伝子の産物であって、細胞内のプリオンPrPcとスクレイピーの動物の脳内のプリオンPrPscは同じアミノ酸配列を有し、なんらかの修飾が加わって蛋白分解酵素 Proteinase K に対する抵抗性が高まったものであることが明らかになった。

プリオンに関する研究の進展は、CJD以外の変性神経疾患も含めたプリオン病の概念へとつながってきた。 そしてプリオンを基礎として発病機構、診断など、多くの面で急速に展開してきている。 さらに、羊のスクレイピーが牛に広がって起きたとみなされている牛海綿状脳症は、食品の安全性にかかわる公衆衛生面で大きな議論を引き起こしている。

プリオン病の種類
人のプリオン病にはCJDのほかに Gerstman-Straussler-Scheinker syndrome (GSS)、致死性家族性不眠症がある。 このほかに、かってパプアニューギニアの原住民で起きていたクールーがある。 これはCJDが人食の習慣で広がったものであり、いわばCJDの亜型といえる。

動物のプリオン病としては羊のスクレイピーのほかに、牛海綿状脳症、伝達性ミンク脳症などがあるが、これらはいずれも、スクレイピーが原因である。

人のプリオン病は伝達性、遺伝性、および孤発性の3種類に分けられる。 伝達性のものは、角膜移植、人脳下垂体由来成長ホルモンの投与など、医原性のものである。 遺伝性のものは全体の10%位で、90%は孤発性である。 発生頻度は100万人に1人で、この頻度は全世界でほぼ同じである。

プリオン遺伝子の解析が進むにつれて、プリオン遺伝子 open reading frame に図2に示すような変異が見いだされ、発病にかかわる遺伝素因とみなされている。 最近、これらのプリオン遺伝子変異のタイプにもとづいて、遺伝性プリオン病の新しい命名が Prusiner により提案されている。 たとえば、GSSによく見られる102番目のプロリンがロイシンに置換した変異のある場合には、遺伝性プリオン病(P102L) 、家族性CJDに200番目のグルタミン酸がリジンに置換したものは遺伝性プリオン病(E200K)、致死性家族性不眠症は遺伝性プリオン病(D178N)といった表現である 5)

プリオン病の診断
CJDの診断は剖検脳について病理学的検査結果から行われてきた。 これらのプリオン病は異常プリオンの蓄積が特徴であるため、Western blotによる異常プリオンの検出が有力な手段になる。 しかし、この方法で検出できるのは脳組織に限られていて、髄液細胞、リンパ系細胞では検出できていない。 一方、遺伝性素因についての検査では、末梢白血球から分離したDNAについてプリオン遺伝子変異を調べる。

プリオン病の発病機構
スクレイピーのマウスモデル、とくにトランスジェニック・マウスを用いて、分子生物学的な観点から精力的な研究が展開されてきている。 発病の最終段階は PrPc が蛋白分解酵素に抵抗性の PrPsc に変わり、これが神経細胞内で凝集・蓄積して空胞変性を起こすことによると考えられる。 アミノ酸配列には変化がなく、立体構造の面で、α-helix から β-sheet に変わることが見いだされている。 問題は PrPc の PrPsc への変換および PrPsc の増加の機構であり、これについてはいくつかのモデルが提唱されているが、まだ明らかでない。

大きな議論を巻き起こした説であるが、これまでに蓄積されてきた成績はプリオン説を支持している。 とくにプリオン蛋白を産生しないプリオン遺伝子ノックアウト・マウスが、スクレイピー病原体を接種しても発病しないという事実は、プリオン説を支える強力な証拠とみなされている。 プリオン説でとくに障害になっているのは、スクレイピー病原体の株に色々なタイプのものがある点の説明である。 すなわち、同じ性状の PrPc から異なるタイプの PrPsc が生じる点である。 これについて、最近、2株のハムスタープリオンを精製して正常のハムスタープリオンと試験管の中で混合した結果、それぞれ別々の立体構造を示す可能性が示された。 これは株特異的な変換反応が起きていることを示唆するものかもしれない 6)

正常なプリオン蛋白の機能も重要な問題である。 最初に作製されたプリオン遺伝子ノックアウトマウスでは、まったく異常がみられず 7)、プリオン蛋白の機能は不明とされていたが、最近、Sakaguchiらは同様のノックアウトマウスが運動失調を起こし、小脳のプルキニエ細胞が消失していることを見いだし、プルキニエ細胞の維持にプリオン蛋白がかかわっている可能性を報告した 8)

プリオン病の治療
まったく治療法のないプリオン病について、プリオン遺伝子ノックアウト・マウスがスクレイピー病原体を接種しても発病しない実験事実から、プリオン蛋白の発現を抑える遺伝子治療やアンチセンスによる治療の可能性が考えられる 9)。 また、プリオン蛋白の立体構造変化の機構の解明により、それを抑える薬剤の開発も今後の重要な課題であろう。

牛海綿状脳症にかかわる問題
1986年に英国で発見された牛海綿状脳症 (Bovine spongiform encephalopathy : BSE) は、牛の餌に蛋白源として加えていた羊のくず肉や骨粉がスクレイピーに汚染していて、スクレイピーが牛に伝達されたことによるとみなされている。 BSEは英国全土に広がり、すでに15万頭以上の牛が殺処分されている。

スクレイピーが人に伝達される可能性は、かって Gajdusek が作業仮説の中で提唱し、大きな議論を引き起こしたものである。 この作業仮説の根拠は、イスラエル在住のユダヤ人のうち、リビア系の人でCJDの発生がほかのユダヤ人の30倍近い事実であった。 これについてリビア系の人は羊の眼を好んで食べるためにスクレイピーに感染しているのではないかと推測したのである。 しかし、現在ではこれらの家系では、プリオン遺伝子の変異が遺伝的素因としてかかわっている可能性が示されている。 また、スクレイピーの存在する国と存在しない国でのCJDの発生率に変わりがないこと、スクレイピー感染羊に接触する機会の多いハイリスクグループでのCJD発生率が正常であるという疫学的所見などから、この仮説は否定的となっている。

一方、牛のBSEが人に伝達される可能性は否定も肯定もできていない。 種々の系統のマウスでの潜伏期の面から調べたBSE病原体の生物学的性状では、単一のタイプの病原体による流行が推測されており、これが特殊な株ではないかという考えがある。 また、羊から牛という種の壁を通過したスクレイピー病原体が、牛から人への種の壁を通過する可能性は否定できないという考えもある。

1994年から1995年にかけて、英国で見いだされた2名のテイーンエイジャーを含む42才以下でのCJD 10例では、脳の組織病変に通常のCJDでは稀なアミロイド斑が見いだされ、脳波には定型的なCJDのパターンが認められないことなど、いくつかの所見から新型のCJDとみなされている 10)。 そして、これらの患者では、移植や脳手術などの危険因子、プリオン遺伝子変異のような遺伝要因もみいだされないことから、1989年にBSE防止対策が実施される前に、BSEにさらされたことに関連がありうるという報告が、英国政府から発表された。 すなわち、牛から人への種の壁を越えた可能性が出てきたのである。

種の壁をBSEが越える可能性についての実験としては、最近、プリオン遺伝子のノックアウトマウスに人プリオン遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを用いた研究結果が発表された。 このマウスは、CJDに対しては人に近い感受性を示すが、BSEの材料を接種した結果では、実験の中間段階ではあるが、これまでのところ、発病していないことから、人への感染は起こりにくいことが示唆されている 11)

このようなトランスジェニックマウスは、種の壁の問題だけでなく、人の組織や血液由来の製剤についてCJD汚染の有無の検査にも役立つことが期待される。

文献

  1. Doring, R.E. et al. Cell. 75: 295-305, 1993
  2. Dunster, L.M. et al. Virology. 198: 265-274, 1994.
  3. Koschel, K. et al. Virology. 207: 168-178, 1995.
  4. 余郷嘉明: スローウイルス感染とプリオン(山内一也、立石潤監修)近代出版、1994, pp. 124-133.
  5. Prusiner, S.B. Prions, prions, prions. Curr. Topics Microbiol. Immunol. 1996.
  6. Taubes, G., Scienc. 271: 1493-1495.
  7. Buler, H. et al. Nature. 356, 577-582, 1992.
  8. Sakaguchi, S. et al. Nature. 380: 528-531, 1996.
  9. Prusiner, S. B. Scientific American. Jan. 1995, 30-37.
  10. Will, R.G. et al. Lancet. 347: 921-925, 1996.
  11. Collinge, J. et al. Nature. 378: 779-783, 1996.