人獣共通感染症連続講座 第49回 伝達性海綿状脳症(TSE)の研究に関する英国、フランスの最近の状況

(1/15/97)

昨年はBSE、0157と感染症の領域で大きな事件が続き、なにかとあわただしい年でした。 今年はウシ年で、ウシにとっても幸せな年になることを望みたいものです。

ところで、昨年末に予研、霊長類センターの吉川泰弘センター長と昨年末に英国とフランスに行ってきました。 国際獣疫事務局OIEで毎年、この時期に開かれるバイオテクノロジー作業部会に出席する機会に、牛海綿状脳症(BSE)研究の最近の状況を聞いてくることにしたわけです。

昨年は5月末から厚生省の依頼による英国でのBSE調査、6月のパスツール研究所でのエマージングウイルス・シンポジウム(BSEについてはリチャード・キンバリン,成長ホルモンによるクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)はフランスのドミニク・ドーモントなどの発表がありました)、8月のエルサレムでの OIE主催の BSE診断に関するワークショップ、それに続く国際ウイルス学会でのジョン・コリンジの基調講演やいくつかのプリオン病に関するセッションと、BSE問題について計4回、海外出張したことになりました。 今回の旅行は、研究中心で興味ある話がかなり聞けました。旅行中にマック・パワーブックに入力していたメモの内容は盛り沢山で、これをご紹介するかどうか、迷っているうちに年が明けてしまいました。

前回までの出張で得られた情報および10月上旬までに論文発表された主な情報は、先日、小野寺節先生と共著で出した「プリオン病 - 牛海綿状脳症のなぞ」(近代出版)で取り上げています。 しかし、非常に急速に進展している研究領域で、社会的反響も多く出ていますので、新たに分かった事実をご紹介した方がよいだろうと思い、今回の旅行で得られた情報をご紹介することにしました。

BSE対策の基礎は科学的事実にもとずくべきですが、政治、経済の要素が入ってくると、科学的事実にかすみがかかってしまい、マスコミやインターネットを通じて流される情報に、研究者の生の声が反映されていない面がしばしば感じられます。

そこで、なるべく生の声をご紹介することにしたいと思います。 そのためにオーバーラップした箇所もあり、また整理が不十分で分かりにくい面があるかと思います。 また、専門的すぎて分かりにくいところもあるかと思いますが、そのようなところはとばしてお読みください。

1. 動物工場での医薬品生産とスクレイピー

これは本題とは直接の関係はありません。 しかし、羊や山羊の乳腺で医薬品蛋白の遺伝子を発現させて乳の中に医薬品を生産させる動物工場について、スクレイピーに対する安全対策が関心事になっていますので、ご紹介します。

動物工場のうち、山羊を使用しているジェンザイム・トランスジェニックスの米国の製造施設、羊を使用している PPL Therapeutics の米国の研究所は、昨年の1月に訪問しています(本講座)。 今回は英国エデインバラにあるPPLの生産施設を訪問しました。

ここで最初に生産段階になったのはアルファ1アンチトリプシン(AAT)です。 1991年に最初に生まれたトランスジェニック羊はトレーシー Tracy と命名されました(本講座1829回参照)。 この子孫が現在では300頭近くになりAATを生産しています。 1997年春には臨床試験といわれています。 この方式は極めて低コストで出来るのが大きな利点です。 計算をしてもらったところ、全世界のAATの需要をまかなうには3,000頭の羊で十分ということでした。

このあたりの問題は本講座ですでにご説明していますので、本論に入ります。

羊の乳から医薬品を作ることになると、そこでもっとも関心が集まる問題のひとつに、スクレイピー汚染の可能性です。

この問題に対するPPLの考え方は以下の5つの点にしぼられています。
乳からのスクレイピーが伝達されたことはない。
スクレイピー汚染のない羊を使用している。 羊はすべてスクレイピー汚染の存在しないニュージーランドから輸入したものです。 ニュージーランドは1950年代にスクレイピーが入ったことがありますが、根絶され、その後はまったく発生はありません。
農場での検疫を厳重に行っている。
乳から医薬品を製造する際のプロセス・バリデーションで、除去効率を調べている。
これは製造工程のいくつかの段階に、スクレイピー病原体を加えて除去効率を求めるもので、これの詳細も本講座(29回など)で以前にご紹介しています。
PPLはニュージーランドに新たに製造施設を作りましたが、現地政府のリスク・アセスメントの結果、そこへ英国で作成したトランスジェニク羊の受精卵を輸出することが承認されました。
ついでですが、トランスジェニック羊は組換え動物であり、封じ込めの対象です。 英国の指針では2重のフェンスで囲うことが封じ込めとみなされています。 ここの農場にはトランスジェニック動物以外に、それを作成するための羊も含めて約2,000頭がいますが、農場の囲いは、内側に電気を通した針がね、外側が鉄条網です。 これが産業動物の場合の封じ込めとみなされています。

2. 家畜衛生研究所神経病理ユニット

Insitute for Animal Health,Neuropathogenesis Unit (NPU)
エデインバラ大学の中にあり、スクレイピー研究でもっとも古い歴史を持ち、現在はスクレイピーとBSEの基礎的研究の中心です。 全部で60人位の職員、そのうち主任研究員クラスが1ダースです。

家畜衛生研究所はオックスフォードの近くの村であるコンプトンが本部で、エデインバラのほかにロンドン郊外のパーブライトに海外病の研究所の2つの支所を持っています。 私はパーブライト支所で、この7年あまり牛の急性伝染病である牛疫の組換えワクチンの共同研究を行っています。 コンプトンとパーブライトには何回も来ていますが、神経病理ユニットは今回が初めてでした。

実は昨年の6月初めに厚生省からの依頼による調査旅行の際に訪問するはずでしたが、多分行政の人が入っていたためもあるかと思いますが、エデインバラへは忙しくてだめという理由で、NPUの最高責任者である分子生物学部長のクリス・ボストックがコンプトン本部で対応してくれました。 ボストックはOIEのバイオテクノロジー作業部会のメンバーですので、毎年会っている間柄でもあり、インタビューそのものは非常に役立ちましたが、やはり研究者から直接、研究についての話しが聞けなかったのが残念な気持でした。 今回は行政の問題はまったくないので、すんなりと受け入れてくれました。

たまたま、研究費の申請時期で、その打ち合わせのためにボストックがNPUに来る日にぶつかってしまったために、時間の調整が大変なようでしたが、かなりみのりのある討論ができたと思います。 そのうちのいくつかの点をご紹介します。
1) 新型CJDにみられるBSEのしるし
10月末にロンドン大学インペリアルカレッジのジョン・コリンジが、新型CJDの患者の脳の中の異常プリオンは、散発型CJDや成長ホルモンなどによる医原病型CJDが1~3型に分類されるのに対して、別の4型に分類され、これはBSEにかかった牛、猫、実験的に感染させたサルの場合と同じであることを発表し、初めて新型CJDとBSEの関連を積極的に示唆する成績を示したことはご存じのとおりです(本講座第48回参照)。

この成績は新型CJDが疑われるCJD患者に応用できる可能性があると同時に、野外のスクレイピーにBSEタイプのものが存在するかどうかを知るてがかりになると期待されています。

NPUのサマービルSommerville (彼は九大医学部動物実験施設の毛利資郎教授がここに留学されていた際の同僚です) から最新の成績を見せてもらいました。 すなわち、ウエスタン・ブロットでみられる3本のバンド、これは糖鎖の付いていないもの、1本付いているもの、2本付いているものから成り立っていますが、糖鎖が1本のものと2本のものの占める割合を、NPUに保存されている6種類のマウス継代スクレイピー株、自然発症スクレイピー、 自然発症BSE牛、マウス継代BSE株で比較してみた実験です。

その結果、スクレイピー株によって、そのパターンはばらばらで、とてもコリンジのように4つのタイプには分けられません。 とくに注目されるのは、BSEとほとんど同じパターンを示すスクレイピー株があったことです。 これだけですと、このスクレイピー株はBSEの原因ということにもなりかねませんが、しかし、本講座でも説明したように、近交系マウスでの潜伏期や脳での病変分布にもとずく株のタイピングで調べてみると、この株のマウスでの病変プロフィールは、BSEとはまったく異なっています。

したがって、コリンジの方法で簡単に野外のスクレイピーの中から、BSEをみつけることは、どうも困難なようです。

しかし、コリンジの論文がきっかけになって、プリオン蛋白の糖鎖についての関心は高まっています。 「プリオン病」の中で紹介しましたが、異常プリオン蛋白の糖鎖構造の解析は、かって、医科研で木幡陽教授と遠藤玉夫さんが行っています。 これはプルシナーから送られてきた精製材料を分析したものです。 異常プリオン蛋白は沈殿するので精製が容易であったのですが、正常プリオン蛋白は可溶性であったため、精製が不十分で解析できませんでした。 したがって両者の比較はできていません。

ところが、今度はBSE、CJD、スクレイピーの異常プリオン蛋白の間での糖鎖構造の比較が問題になってきたことになります。 したがって技術的には可能です。木幡先生の成績を参考にして、この研究をサマービルの上司であるジム・ホープJames Hopeが、コンプトンの本部の研究室で、すでに準備を始めたとのことです。

やはり考えることは誰でも同じで、材料の揃っているところにはかなわない感じがします。

今回の訪問ではジョン・コリンジの研究室も訪問する予定でしたが、あいにく、私の希望していた時期にはロンドンに居ないとのことで、これはだめでした。
2) BSE発生の原因としてのレンダリング方法の変更
レンダリングにより作製された肉骨粉は1920年代から家畜に与えられていたにもかかわらず、1986年以後、BSEが大発生した理由の説明として、中央獣医学研究所 Central Veterinary Laboratory (CVL)のジョン・ワイルスミス疫学部長の有名な報告があります。

1970年代終わりから80年代始めにかけて、レンダリングの方法がバッチ法から連続法に変えられたことと、有機溶媒での抽出操作が中止されたことのふたつが関係しているという考えです。 とくに有機溶媒での抽出は、この時期に突然ほとんどの工場で中止になったことから、これが主な原因と推測されました。 そして、この考えはさらにオイルショックに結び付けられ、オイルショックがBSE発生の間接的原因であるという説が世界中に広まりました。 「プリオン病」でも、この考え方にもとずいた解説を行っています。

今回、NPUでデイビッド・テイラーDavid Taylorから最新の成績をみせてもらい、この考え方を若干、修正しなければならないことが分かりました。

テイラーはスクレイピー病原体の不活化研究の第一人者であり、BSEの牛での病原体の体内分布を調べたのも彼です。 BSEの牛では脳、脊髄、網膜のみに感染性があって、ミルクなどは安全であるという成績は彼の研究によるものです。

彼はレンダリングでのスクレイピー不活化の効果をパイロットプラントで調べてきています。 その詳細は「プリオン病」に述べてありますので省略しますが、3,000頭のスクレイピー羊の脳をレンダリングにかけて調べたところ、有機溶媒抽出した後でも感染性が残っていたのです。 マウスでの感染性の測定による実験であり、わずかの感染性も検出するために900日間マウスが観察され、1月に実験は完了するとのことでした。 論文が出るのは、それ以後になります。 しかし、感染性が残っているという結論が変わることはありません。

肉骨粉がBSEの原因であることは、肉骨粉の使用を中止してからBSE発生が激減したことから、間違いありません。 現在の連続法で作られた肉骨粉のすべてから感染性が見つかっています。 とくに悪い成績ではlogで0.5しか減少しなかったものもあります。 しかし、130℃、30分間圧力を加えるバッチ法では感性はまったく検出されていません。 この成績にもとずいて、1997年4月からEU はこの方式を要求することになったとのことです。 この方式は元来、ドイツで行われていたものです。 ただし、スクレイピーを念頭においたものではなく、牛の急性伝染病である口蹄疫の伝播防止を目的としたものだそうです。 BSE発生の原因として、有機溶媒抽出操作よりも連続法への変更の方が重要だったと判断されたようです。
3) BSEの母子感染
昨年の8月1日に英国農漁業食糧省が1989年以来CVLで行ってきた630頭の子牛での母子感染に関する実験の中間報告として、10%位の母子感染があるという発表を行いました。 また、オックスフォード大学のアンダーソン教授のグループは、その成績にもとずいて2001年までにBSEの発生はほとんどなくなるという疫学的推測を発表しました。

NPUを訪問する前日に、かってNPUでスクレイピーの研究のリーダーをつとめ、現在はスクレイピーに関する国際コンサルタントの仕事をしているリチャード・キンバリン Richard Kimberlin が私のホテルを訪ねてきてくれましたので、この問題について話し合いました。

私は疑問に思っていたのはBSEの牛では、脳と脊髄にしか感染性がみつからないのに、どうして、母子感染が起こるかということです。 これは私だけでなく、おそらくほとんどの人の持つ疑問です。

キンバリンとは昨年の6月にパリでも議論をしたのですが、彼は牛は終末宿主であり、そのために脾臓などリンパ組織に病原体はみつからないという意見です。 そして、スクレイピーの羊を餌として与えられたことで起きた伝達性ミンク脳症と同じという意見です。

BSEの牛では脾臓には感染性はまったく見つかりません。 ただし、これは発病して末期の牛の場合です。 この場合には、マウスよりも1,000倍検出感度が高いとされる子牛へ脳内接種しても、やはり感染性はみつかりません。 しかし、ある時期には脾臓でもわずかに病原体が増えて血液に出る可能性は否定できないのではないかという意見です。 結局、母子感染を起こす機構は、現在の知見からは説明しにくいという結論でした。

この問題についてテイラーとも話し合いました。 彼の話によれば、この実験の責任者であるCVLのジョン・ワイルスミス疫学部長が、現在、母子感染の実験結果について結論を出すことは賢明でないと述べているそうです。 後述しますが、ワイルスミスに直接聞いた話では、まさにそのとおりでした。

昨年の6月に私がワイルスミスに会った時にも、コードによるブラインドテストで行われている実験であって、翌年春まではブラインドを保つつもりだが、はっきりは名指しはしませんでしたが、コードを開けという圧力が絶えずかかっており、昨日も圧力がかかったと話していました。 かなりワイルスミスは抵抗したようですが、結局、行政の圧力に負けてコードが開かれ、農漁業食糧省の中間発表になったのが、ことの次第です。

すべての実験が終了し、学術論文として発表されるまで、不十分な成績にもとずく議論をしてもみのりがないということだと思います。
4) 羊でのBSE
BSEの羊への接種実験についてはジム・フォスターJames Fosterから話を聞くことができました。 牛でのBSEは、前にも述べたように脾臓にはまったく感染性はみつかりません。 ところが羊では、脳内接種でも経口投与でも、脳、脊髄以外に、脾臓でも感染性がみつかります。 しかも、遺伝的にスクレイピーに抵抗性の品種の羊でも発症し、脾臓にも感染性がみつかります。

したがって、羊でのBSEは脾臓での病原体の増殖の点からみれば、牛のBSEとは異なり、スクレイピータイプということになります。

今のところは牛と羊の間の違いがなぜ起こるのか、この違いの意義はどういうものか、まったく分かりません。 生物学的に興味ある事実としかいえないでしょう。
5) 羊での遺伝的抵抗性とプリオン遺伝子
NPUではデイッキンソンDickinsonの時代から30年以上にわたって、自然発症スクレイピーに抵抗性の羊の群れと感受性の群れが維持されてきています。 羊の数は両方合わせた約500頭位が閉鎖コロニーで維持されています。

この抵抗性の違いは現在ではプリオン遺伝子のタイプで決められていることが明らかになっています。 プリオン遺伝子コドン136番、171番が中心で、そのほか154番もかかわっています。 この領域の研究は日本では帯広畜産大学の品川森一先生も行っており、NPUの人たちも注目しています。

実用的な面では、抵抗性品種に置き換えることがスクレイピー制圧に役立ちます。 現在、CVLではプリオン遺伝子のタイピングをコマーシアル・レベルで行っています。 CVLは元来は農漁業食糧省に属する国の機関でしたが、サッチャー政権の時代に、農漁業食糧省に組織改正が行われAgencyとなって、一定限度の利益を得る商売もできるようになりました。

ところで、私の興味は、人のCJDでは散発型、医原病型(感染型)、遺伝型と3つの発症機構が分かっています。 CJDと同じ病気と考えられるスクレイピーでは、これまで感染型しかみつかっていません。 生物学的に考えれば、散発型、遺伝型のいずれも存在するはずではないかという疑問です。

この点について、遺伝的抵抗性の研究にかかわっているゴールドマン Goldmann と大分議論をしてみました。 彼の意見では、自然発症のスクレイピーには散発型、遺伝型が混合していて区別できないのではないかということです。 羊の生活環境、寿命など、人との違いが区別できない原因のひとつになっているかもしれないということです。

スクレイピー発生のまったく存在しないオーストラリアで、CJDのように100万頭に1頭の割合でスクレイピーがあるかどうか、このような議論は生物学上は大変興味あるところですが、実際面ではみのりが少ないのかもしれません。

なお、PPLではクローン羊の作製技術を発展させて、全能性の分割受精卵を遺伝子操作したのち、その細胞の核を、あらかじめ脱核しておいた未受精卵に移植する方法を開発し、これでノックアウトマウスに相当する、ノックアウト羊ができるようになったと言っています。 この方法でプリオン遺伝子を破壊した羊を作ればスクレイピー抵抗性の羊が出来ます。 この方法はこれからネイチャーに投稿するので、それまで詳細は秘密だそうです。 理屈だけは分かりましたが、かなり個々の操作段階での技術的ノウハウがありそうです。
6) 新型CJDのマウスでのタイピング
「プリオン病」で詳しく述べましたが、5系統のマウスでの潜伏期と脳内病変分布プロフィールによる株のタイピングが、新型CJDがBSE由来かどうかを決めるもっとも信頼性のある方法と期待されています。

これはNPUのモイラ・ブルースMoira Bruceが中心になって行っています。 今回の私達の訪問は彼女がすべて調整してくれたのですが、あいにく部長のクリス・ボストックが来たために、彼女はそちらの方で忙しくなってしまい、病理のアン・サッテイAnn Suttieが対応してくれました。

CJDの材料での実験は隔離実験室で行われているため、入れませんでしたが、スクレイピーとBSEの実験の方は現場を見せてもらいました。 脳内の決められた部位での空胞変性の程度を光学顕微鏡観察で分類するものですが、いくつもの興味ある病変をみることができました。

とくに慢性消耗性疾患(最初、米国で鹿にみつかった伝達性海綿状脳症です。詳細は「プリオン病」で説明してあります)に見られるクールー斑は見事なものでした。
7) ゼラチンの安全性
WHOの専門家委員会ではゼラチンの安全性について、原料である皮や骨に感染性がなく、しかも強い酸と強いアルカリで処置している点から安全であると報告しています。

このうち、強いアルカリ処置、具体的には苛性ソーダ処置は不活化効果が弱いという成績をデイビッド・テイラーは発表しています。 苛性ソーダに効果があるといったのは米国のポール・ブラウン Paul Brown の古い仕事で彼のデータでは、不活化効果はみられていません。

現在、英国産の牛はゼラチンの原料には使われていないので、現実に問題はありません。

しかし、実際にゼラチン製造工程でどれ位、不活化が行われるのかをスパイキングテストによる試験が Iveresk Research Inernational という民間研究所が受託研究として行っています。 この研究所は上述のPPLのトランスジェニック動物飼育施設のすぐそばにありました。

そこでの成績を訊ねたところ、これは秘密だから教えられないということでした。

別の民間団体は次のような推定を行っています。 原材料である皮、骨には感染性が検出されず、頭の骨を砕いた際に感染性のある脳が混入するという最悪の状態でも、標準の熱湯での脱脂の過程で脳由来の蛋白質の汚染は1/100減少するというゲッチンゲン大学の成績、およびテイラーの論文でアルカリ処理によりおそらく数千分の1感染価が低下するという成績を参考にしたものです。

この推定では、原材料に病原体が混入した際の感染性の低下は、脱脂で100分の1、酸処理で数100分の1、アルカリ処理で数千分の1、滅菌で数100分の1。 総計で10億分の1の程度になると計算されています。

3. 中央獣医学研究所 (Cetnral Veterinary Laboratory:CVL)

農漁業食糧省 (Ministry of Agriculture, Fisheries and Food、通称MAFF) の管轄の研究所で、BSEの最初の発見から、BSE対策のもととなる研究のほとんどが、ここで行われています。

その中心はジョン・ワイルスミスJohn Wilesmith疫学部長、ジェラルド・ウエルズ Geral Wells 神経病理部長です。 科学的な成果を行政に反映させる役として、ウエルズの前任者のレイ・ブラッドレイ Ray Bradley がBSEコンサルタントをつとめています。 EUの会議で農漁業省大臣のとなりに座って助言をしているのは彼です。

前回の訪問の際は、ブラッドレイはブラジルに出かけて留守で、ワイルスミスとウエルズが対応してくれました。 今回はウエルズがオーストラリアに出かけていて留守でした。 しかし、前回のBSE危機の際にはワイルスミスは1時間位でブラッセルでのEUの会議に出かけるという慌ただしい状況でしたが、今回は、幸い、EUからの呼び出しがなく、しかも研究者同士のミーテイングであったため、時間的にも内容的にも充実した訪問になりました。 もっとも、ワーキングランチを含めて5時間ぶっ通しでしたので、いささか疲れました。

ここでの話しの中で、差し障りのない点をまとめてご紹介します。
1) 新型CJDとBSEの関連
新型CJDがこれまでに知られていないタイプであることは間違いなく、その原因の候補としてBSEがあり、その点についての証明はまだ出来ていないというのが、現状という理解です。

彼の論文は新型CJDの異常プリオンがBSEに似ている点を示唆したもので、両者のつながりまでは述べてなく、間違った解釈で引用されているという意見です。 コリンジの論文については、スクレイピーのデータが抜けている点を指摘しています。 これはNPUの成績で明らかなように、新型CJDと同じようなタイプがスクレイピーで見つかったことに関連していると思います。

状況証拠から考えると、BSEが人に感染するとすればハイリスクの人は、屠畜場従業員がまずあげられます。 多いところでは週3,000頭の牛が屠殺され、ふたりで鋸で脊髄をカットし、また頭蓋骨を切り開くので、膨大な量のエアロゾルにさらされることになります。 もっとも高い危険性ということになるというわけです。

BSEの診断は英国全土の15ケ所の獣医診断センター (Veterinary Investigation Center) で行われています。 ここで、これまでに16万4,000頭が解剖されています。 BSEの問題が起こるまでは、リステリアなど の人獣共通感染症の防止のために簡単な防護をしていたにすぎず、年とともに厳重な防護が行われるようになってきたので、当初この作業にたずさわった人はかなり大量のBSE病原体にさらされたとみなされます。 食肉業者も同様です。

しかし、これらの人々で新型CJDはまったく出ていません。 したがって、これらの所見からは新型CJDの原因がBSEであるとは考えにくいという意見でした。 これは、かってスクレイピーとCJDの関連が疫学的に考えにくいという議論が行われたのに似ています。

したがってコリンジの成績からただちに判断を下すべきではないと言っていました。

そしてコリンジのトランスジェニックマウス(ヒトプリオン遺伝子発現マウス)がBSE接種後、500日以上生存している点が心強いという意見です。
2) 母子感染
胎盤からの感染の可能性については、BSE発症妊娠牛の胎盤を牛に接種した実験が行われていますが、6年以上たった現在、まだ発症していません。 したがって胎盤からの感染の証拠は得られていません。

8月に農漁業省が発表した母子感染に関する中間報告が出された経緯については、「プリオン病」でも触れましたが、行政の圧力によるものです。 この実験の責任者であるジョン・ワイルスミスに私が6月に会った時に、圧力があって大変なストレスになっていることをもらしていましたが、今回、その経緯詳しく聞くことができました。

コードを開けという圧力があった時に、研究者の間での議論になった点は次のとおりです。 ブラインドテストで行われていたこの実験で、コードを開いて中間報告を出す理由があるとすると、それは、もし母子感染が高率に起きていて、多数のBSE感染子牛が生まれることがあれば、公衆衛生上の重要な問題になるため、海綿状脳症委員会から政府に報告しなければならないという観点のみでした。

しかし、すでに胎盤、乳に感染性が検出されていないことから、母子感染の可能性は考えにくいとされていました。 ただし、この実験が開始された1989年には、胎盤や乳についての感染性の有無はまだ不明でした。

実験途中で成績を発表することは混乱を招くだけで、得るものは何もないということが予測され、研究の信頼性も損なわれるという観点から、研究者側は抵抗したのですが、結局、コードを開いて中間成績を発表したといういきさつです。 結果的には予想通り、現在、この実験の成績の解釈をめぐって混乱が起きてしまっています。

すなわち、胎盤、乳に感染性がないのに、なぜ母子感染が起きるのかという母子感染のメカニズムについての議論が起こり、インターネットでも勝手な意見がのせられています。

汚染餌にさらされた状況、BSEに感染を起こしやすい遺伝因子の有無、その他いろいろな要因の解析は全部のデータを集めて解析しなければ結論がでないという話です。 この実験は本来、集団レベルで母子間における危険因子を調べるものであって、母子感染のメカニズムを調べるというものではないのが、いまや母子感染メカニズムが勝手に取りざたされている状態というわけです。

ワイルスミスは沢山のスライド原図のファイルから(1,000枚位ありますかと聞いたら、数千枚あると言っていました)、生データを示して詳しく説明してくれました。 現在、危険因子として示唆されているのは、汚染餌にさらされた可能性です。

この母子感染の実験は1988年~1989年に生まれた子牛を14名の獣医が、BSE発症牛と健康な牛、それぞれからの子牛のペアを集めて行われたもので、1989年11月末にやっと300組(300以上の農場から)になったそうです。 この集める仕事では疲れ果てたと言っていました。 飼育は農漁業省付属の実験農場3ケ所で行われました。 2週間前に一番若い牛が7才令になって、全部殺処分されました。 全部のデータの解析が終わるのは1997年の1月末です。 ここで、どのような結果になるか待つことになります。 現時点で母子感染があるといった議論は意味がないという結論でした。

母子感染の機構にかかわる実験としては、胎盤、乳で感染性がみつからないという成績があります。 ひとつ抜けているのは、初乳です。 野外からBSE発症牛の初乳を集めていますが、かなり大変な仕事といっています。 初乳からの感染を否定する状況証拠としては、肉牛の成績があります。 「プリオン病」に詳しく書きましたが、乳牛の子供はすぐに代用乳に変えられます。 ところが肉牛の場合は生後1か月まで母牛の乳で育てられています。 すなわち、初乳もたっぷり飲ませてもらっているわけです。 BSE発症牛から生まれ肉牛として育てられた子牛219頭で追跡したところ、132頭が成牛に育ち、BSEになった子牛は1頭もいないし、83頭は現在もまだ元気でいるということです。 すなわち、これらの子牛では初乳からの感染は起きていないということになります。

初乳に感染性があったという報告は1例だけ日本で出されています。 CJD患者の母親が出産した際の初乳に感染性がみつかったというものです。

牛での母子感染があったという農漁業省の発表から、今度は人で子供への母子感染に議論がEUで盛んに行われています。 その際に玉井先生の論文がかならず引用されており、今では、ワイルスミスの論文よりも有名だそうです。
3) 発病機構に関する実験
子牛にBSE発症牛の脳乳剤を与えて4か月毎に殺処分して44種類の組織を集めて、感染性の有無をマウスへの脳内接種で調べる実験で、現在22か月令のところになっています。 小腸で割合高いレベルの感染性がみつかっています。 これが一時的な現象か、ずっと続くものかは、まだ分かりません。

食べた病原体がどのようにして脳に到達するのかが、BSEではとくに疑問ですが、小腸からの経路があれば、北本先生たちがCJD感染マウスの成績と同じになるかもしれません。

別の実験で、BSE牛の脳乳剤を1、10、100グラム、または100グラム3回食べさせる実験が行われており、56か月になっています。 これらの牛で小腸に感染性がみつかるかどうかも、ひとつの手掛かりになります。
4) 羊でのBSE
NPUでの実験で、スクレイピー抵抗性の羊でもBSEの実験感染が成立することが明らかになりました。 羊も牛と同様にBSEに汚染した肉骨粉は与えられていましたから、羊でもBSEが存在しているが、実際にはスクレイピーでマスクされているのではないかという議論があります。

コリンジがウエスタン・ブロットでBSEのしるしが区別できるという論文を発表したことで、羊のスクレイピーとBSEが区別できるのではないかと期待されました。 ところが、前述のようにNPUでの実験で、これはだめということが明らかになりました。 現在、可能なのは、やはり、マウスの脳内に接種して病変プロフィールを調べる株のタイピングしかないことになりました。

現在、羊での自然発生スクレイピーの多数のサンプルについて、脳と脾臓をマウスでの株タイピングと羊のプリオン遺伝子型を調べる実験がで行われています。 この中で、スクレイピーに遺伝的に抵抗性の羊(プリオン遺伝子のコドン136がアラニン・タイプ)があれば、それはBSEの可能性があるということになります。

これも問題があってNPUの実験では、9つのスクレイピー分離株はマウスへの継代ができていません。 したがって、これらは株タイピングができないことになります。 マウスへ伝達できないスクレイピー株としてはCH1641株があります。

羊でのBSEが現在、大きな問題になってきていることは今度会った人たちが皆、認めています。 これまでは実験的にBSE が羊に伝達できるかという疑問であったのが、BSEは羊で自然感染を起こしているかという疑問に変わったわけです。

疫学的には、この可能性は次の理由から少ないと考えられています。

まず、羊ではスクレイピーに対する抵抗性は年令が増すにつれて高くなります。 そして、羊では乳牛の場合のように代用乳が用いられることはなく、母親の乳で育てられています。 乳離れした時には、スクレイピー抵抗性は高くなっているということが考えられます。 また、ほとんどの羊はイースターの料理用として5~6か月令で屠殺されていますので、長い潜伏期のBSEの発症前にほとんど殺されることになります。

しかし、安全を期するために英国とフランスでは牛の場合と同様に、羊でも特定臓器を食肉から除外する措置がとられました。 英国では羊の頭を取り除く方式です。 この場合、脊髄はとくに対象になっていません。 しかし、現実には食肉業者が商業上の理由でラム・チョップから脊髄を取り除いているそうです。 フランスでは1才以上の羊と山羊から脳、脊髄を除去しています。
5) 豚およびニワトリでのBSE
豚には脳内接種で伝達されています。 経口の場合には「プリオン病」を書いた時には、試験継続中としましたが、6年以上経った現在までのところ症状を出して死亡したものはいません。 病変も見いだされていません。

ニワトリでは脳内接種でも伝達ができていません。 経口の場合は試験継続中と「プリオン病」には書きましたが、はっきりした変化は見られていないそうです。 ただし、ニワトリでは5才以上のものについて、これまで病理を調べた経験がないので、このような老齢のニワトリの正常の脳の組織像についてのバックグラウンド・データがないそうです。
6) 安全対策
BSE牛についての解剖は研究以外には行っていません。 感染の危険性があるからです。 英国ではBSEはヒト病原体とみなされて安全対策がとられています。

診断の場合には、延髄だけを取り出します。 延髄にはかならず空胞変性が見つかるからです。 症状を示した牛は焼却場に連れてこられて、そこで注射で殺処分され、頭だけを切り離します。 残りはその場で焼却にまわされます。 頭は獣医検査センターに運ばれ、そこで延髄だけが特別の器具で取り出され、ホルマリン固定され、病理組織検査にまわされる手順になっています。

英国では病原体取り扱いに関するガイドラインが危険病原体諮問委員会 (Advisory Committee on Dangerous Pathogens: ACDP)で作成されています。 ここで伝達性海綿状脳症の場合のガイドラインが今度、作成されました。

Advisory Committee on Dangerous Pathogens: Precautions for work with human and animal transmissible encephalopathies. Department of Health, Room 538B Skipton House 80, London SE1 6LW
上記に手紙を出せば分けてもらえます。 ここは海綿状脳症諮問委員会の事務局です。 価格はいずれも5~6ポンドです。

4. レッデイング大学ジェフ・アーモンド Jeffrey Almond教授

CVLでの5時間におよぶインタビューの後、1時間位のドライブでレッデイング大学にジェフ・アーモンドを訪問しました。

彼は分子生物学とくにポリオウイルスの分子生物学で有名です。 東大医科研の野本明男先生は良く知っていると言っていました。 伝達性海綿状脳症の研究計画の委員長であり、政府の13名からなる海綿状脳症諮問委員会のメンバーのひとりです。

今回、会ったリチャード・キンバリンとレイ・ブラッドレイも委員ですが、彼は専門外のいわゆる学識経験者として委員になっています。

伝達性海綿状脳症についての各種の科学研究費の現状を説明してもらいましたが、これは省略します。
1) 海綿状脳症諮問委員会
Spongiform encephalopathy Advisory Committee: SEAC
これは13名の科学者から構成され、事務局は保健省と農漁業食糧省の両方が受け持っています。 ここでの勧告が政府に答申され、いろいろな行政措置がとられています。

日本に入ってくる情報の多くは、行政措置から逆に科学的側面を推定するような場合が多く、科学者からの直接の声がほとんど伝わっていないように思います。

ところで、昨年の3月20日の英国政府の発表にいたる経緯について次のような生々しい話をしてくれました。 私のメモですので、すべてが正確かどうかは保証できませんが。

1月3日に委員会が開かれ、委員のひとりでCJD調査委員会委員でもあるアイオンサイド Ironside から新型CJDが疑われる患者のニュースが報告されました。

3月8日に新型CJDについてのデータが委員会で発表されました。 爆弾が落とされたような衝撃であったとのことです。 病変のスライドは委員会以外の5人の神経病理学者に調べてもらうことになりました。

3月16日(土曜日)の委員会で、もっとも可能性のある原因がBSEであるという結論に委員会は合意しました。 これはポリテイカル・ダイナマイトでした。 日曜日に政府に報告され、月曜日に大臣から閣議で報告されました。

3月19日(火曜日)に委員は全員ホワイト・ホール(政府の建物)に集められ、ミルクの安全性など3月20日午前まで激論が行われ、午後の政府発表になったという次第だそうです。

この発表に対しては、オーストラリアから国際的な相談なしに行われたというクレイムが来たそうです。
2) 英国政府の論理
1988年の時点で次の2つが考えられました。

まず、
1. 安全性が証明されるまでは危険とみなすという立場です。 この場合、すべての牛を殺さなければならず、総予算は300億ポンドにもなります。

2. 次の考えとして、危険性が証明されるまでは安全とみなすという立場です。 これは非倫理的です。

3. そこで、両者の中間をとった考えが出てきました。 それはまず、すべての牛が感染していると仮定して、病原体が含まれる特定の臓器を食用から除外する措置です。 これで危険性はミニマムになるという考えです。

そこで、当面は3の立場で対応し、1か2の答えが出たら、そちらに移るというのが、英国政府の対応の基礎ということです。
3) 新型CJDとBSEの関連
コリンジが新型CJDにBSEのしるしがあるという論文を発表した後に開かれたSEACでは、両者の関連はほとんど疑いないという発言があり、とくに反対の声は出なかったそうです。 英国では物事を断定的に表現すると、後で裁判の時に問題になるので、この際の発言はbeyond doubtで、ほぼ確実といったニュアンスです。

その理由は3つあります。 患者発生の時期と場所がBSEに関連していること、BSE接種されたサルで新型CJD同様の花模様のクールー斑が存在すること、それとコリンジが示したBSEのしるしです。

両者の関連の仕方には次の3つが考えられます。

原因XがBSEを起こし、BSEが新型CJDを起こした。
原因XがBSE、新型CJDそれぞれを起こした。
原因XがBSEを起こし、BSEがY (?)を起こし、それが新型CJDを起こした。

5. OIE

国際獣疫事務局(OIE)は別名、World Organization for Animal HealthすなわちWHOが人間の健康を対象とするのに対して動物の健康を対象とする国際機関です。 WHOとは異なり国連とは関係ありません。 国連より古い歴史があり、3年前に70周年を迎えています。 現在、143か国が加盟し、家畜感染症を中心とした国際対策を検討しています。 各国の獣医行政のトップChief Veterinary Officer (CVO)が総会のメンバーで、日本からは農水省畜産局衛生課長が参加しています。

ここには4つの作業部会があり、そのひとつであるバイオテクノロジー作業部会に私は属していて、毎年冬に、その会議に出席しています。 部会のメンバーは全部で7名ですが、偶然、その大半がBSEに関係しています。 部会長のジョン・ゴーハム John Gorhamは元ワシントン州立大学教授で現在は米国農務省の顧問のような立場ですが、スクレイピーと伝達性ミンク脳症の研究で有名です。 1991年にWHOが開いたBSEに関する専門家委員会の座長もつとめています。 部会の記録担当で中心的役割を果たしているのは英国家畜衛生研究所のクリス・ボストックです。 彼は前述のとおり、英国でのBSE研究の中心になっています。 もうひとりはアルゼンチンのウイルス研究所の所長であるアレックス・シューデル Alexandra Schudelで、彼はアルゼンチンでのBSE対策に関する委員会の委員長です。 1993年からアルゼンチンの牛で、中枢神経症状を示したもの、1,300頭あまりについて病理検査を行った成績などにもとずいて、アルゼンチンがBSEフリーであるという情報を世界各国に提供しています。 私を含めて7名の委員のうち4名がBSEに深く係わっていることになります。 さらに、もうひとりの委員、フランス農業研究所CNEVAの牛病研究所のムウサ Moussaも、行政の方からBSEに関する研究を行うよう指示されているとのことです。

BSEは我々の作業部会の議題ではありませんが、休憩時間にはやはり大きな話題になり、それぞれの国の研究で問題になっている点がいくつか話されました。

OIEは最近、伝達性海綿状脳症に関する臨時委員会を結成しました。 メンバーは8名です。 ほとんどが世界各地域の獣医研究所の所長クラスで、専門家としては上述のBSEコンサルタントであるCVLのレイ・ブラッドレイ、CJD調査委員会のロバート・ウイル Robert Will、米国で野外のスクレイピーの調査活動の中心になっているリンダ・デトワイラー Linda Detwilerが参加しています。 昨年の10月8~10日に伝達性海綿状脳症の今後の研究と疫学調査についての会議が、WHOとFAOも参加して開かれました。 世界各地からオブザーバーが参加し、日本からは家畜衛生試験場の久保正法先生が出席されています。 診断、病原体本体についての基礎研究、疫学調査、実験技術面での国際協力の各分野で、沢山の勧告が出されています。 近いうちに OIE の機関誌 OIE Scientific and Technological Reviewに報告が掲載されます。

6. フランス原子力委員会研究所

原子力委員会とプリオン病のつながりは、不思議ですが、ここのドミニク・ドーモント Dominique Dormontは1978年からスクレイピーの研究を行っており、最近では、彼のグループのラスメザス LasmezasがBSE牛の脳をカニクイザルに接種して、新型CJD患者の脳にみられる花模様のクールー斑が見られたことを発表して話題になっています。 フランスでプリオン病研究の中心になっているのがドーモントですので、ここを訪ねました。

パリ郊外のフォンテネオーローゼ Fontenay aux Roses日本語では多分、「ばらの泉」に原子力委員会のキャンパスがあります。 軍の施設で、入る時にはパスポートをあずける非常に厳重な場所です。 このようなところで、プリオン病の研究が行われているのは、なんとなく不思議な感じがします。
1) BSEのサル感染実験
脳内実験の成績はすでにネイチャーに報告されていますが、雑誌が出る前に原子力委員会がマスコミに発表したために、内容が大幅にカットされ、通信欄に簡単な報告が出ただけです。 詳しい報告は改めて別の雑誌に出る予定だそうです。 興味があったのは、ここで用いられた3頭のカニクイザルのプリオン遺伝子ですが、いずれもコドン129番はメチオニンで、新型CJD 患者と同じでした。

多くの人が興味を持っている経口感染の実験は、静脈内接種の実験とともに2~3か月後に始める予定です。 この際に、CJD、スクレイピーを対照に置くことになっています。

最初のサル感染実験では、生まれた直後のサルが使用されていますが、成熟したサルと比べて、潜伏期は同じでしたが、病変、すなわち、海綿状変性、クールー斑、グリアの増生いずれも、はるかに強い結果が得られています。

また、サルでの継代実験も準備されています。
2) 新型CJDの株タイピング
NPUの方式に従って、新型CJD(フランスでは1例が見つかっています)、散発型CJD、スクレイピーについて、株タイピングの準備を進めています。
3) 成長ホルモンによるCJD
現在計48名みつかり、そのうち46名はプリオン遺伝子がメチオニンまたはバリンのホモ、2名がヘテロ(これらは今年発生した患者)です。 ヘテロではアミノ酸配列の異なる2種類のプリオン蛋白が存在しており、その結果、発病が遅れると推測されています。 したがってこれからヘテロの患者が出てくる可能性があると考えられています。
4) その他
硫酸ポリアニオン、アンフォテリシンBなどでの治療実験、SCIDマウスでの発病機構の研究、培養神経系細胞でのプリオン蛋白発現への成長ホルモンの影響など、多方面の研究が行われているとのことでした。