人獣共通感染症連続講座 第77回 レベル4実験室の現状

(5/17/99)

マレーシアのニパウイルス感染、さらにこの5月にコンゴで確認されたマールブルグ病などで国際的にレベル4実験室への関心が高まっています。

日本では感染症予防法の施行に伴い、レベル4のウイルス診断をどのように実施するのかという差し迫った問題があります。

レベル4実験室の現状についてはこれまでに、本講座(第64回)に転載したCDCブライアン・マーヒーと私の対談でも簡単にとりあげています。 また、その建設の歴史的経緯は、私の著書「エマージングウイルスの世紀」でくわしく述べています。

これらの内容と重複するところもありますが、あらためてレベル4実験室がどのようなものかということをご説明し、現状と問題点をまとめてみようと思います。

1. レベル4実験室での隔離方式

バイオハザード対策の原則は病原体を物理的に封じ込める(physical containment)ことです。 その基本を1次隔離と2次隔離の概念でまず、解説してみます。 1次隔離は実験者が病原体にさらされないようにするためのもので、病原体と実験者の間の隔離です。 2次隔離は1次隔離を越えて実験室内に漏れだした病原体が周辺環境に漏れないようにするためのもので、実験室と外界の間の隔離ということになります。 もっとも重要なものは実験者の感染を防ぐ1次隔離です。 その上で、2重の安全性を確保するために2次隔離ということになります。

もしも感染が起きてしまうと、これは感染した人の問題だけではなくなります。 潜伏期の間は症状がないため、感染者は普通の生活をしていて、その間に接触する人々に感染を広げることになるわけです。 どのように厳重に実験室を隔離しても1次隔離がしっかりしていないと効果がないことがお分かりいただけると思います。

このような対策が施された実験室がレベル(正式にはバイオセーフテイレベル)1、2、3、4実験室と呼ばれています。 かってはP1、2、3、4実験室と呼ばれていたものです。 レベル4実験室が最高の隔離度のものです。なお、 このPはPhysicalの省略です。 最近のProMEDで紹介された新聞記事で、PはPathogen(病原体)の略という誤った記載がありました。

ところでレベル4実験室は、第2次大戦の生物兵器の研究に際して、米国陸軍と英国国防省がそれぞれ建設したのが始まりです。 生物兵器に用いる病原体を大量に培養するような作業では実験者が危険にさらされます。 そこで、最高度の1次隔離を確保することがもっとも重要です。 さらに、万が一、実験室内に病原体が漏れても、それが外界に漏れないようにするため、最高度の2次隔離の確保が必要ということで建設されたわけです。

これらの研究所で最高度の1次隔離の方式として採用されたのはグローブボックスラインを用いる方式です。 米国陸軍の研究所は現在は米陸軍感染症研究所(US Army Medical Research Institute of Infectious Diseases: USAMRIID)になっています。 カニクイザルのエボラウイルス感染で有名になったところです。 ついでですが、つくばの霊長類センターに付置されている予防衛生協会(私は理事をつとめています)はBウイルスやエボラウイルスのようなレベル4ウイルス抗体の測定を米国の企業から提供される不活化抗原を用いて行っていますが、抗原のもとになるウイルスの増殖は、ここで行っています。

英国の国防省のレベル4実験室はソールスベリイのポートンダウンにある微生物研究所(Microbiological Research Establishment: MRE)にあります。 これは現在では一般の微生物学研究のための応用微生物研究所 (Centre for Applied Microbiology & Research) に転換されました。 今年のサイエンス4月9日号に写真が出ていますが、1976年に私が訪れた際と同じグローブボックスが写っていました。 現在でもレベル4として使用されているようです。

グローブボックスライン方式は生きたウイルスを用いる実験をすべてステンレススチール製(英国MREはアルミニウム製のもの)の内部を陰圧にした完全密閉のキャビネットを連結した装置(グローブボックスライン)の中で、完全閉鎖系として行うものです。 実験操作はすべてキャビネットにとりつけられた肘まで入る長いグローブを通して行います。 顕微鏡、遠心装置、孵卵器などもすべて、キャビネット内に設置します。 使用済みの実験材料や実験器具などを取り出す時にはラインの末端にとりつけられた両面扉の高圧蒸気滅菌装置でウイルスを不活化しなければなりません。 ウイルスを生きたままとりださなければいけない時(たとえばウイルス・ストックを超低温槽に保存しなければならない時)は、ウイルスの入ったチューブなどを密閉容器に入れ、この密閉容器を消毒薬のタンクを通して、外側を完全に消毒してから取り出します。

グローブボックスラインの中にウイルスを完全に封じ込めるわけです。 したがって実験室内には汚染は皆無です。 「エマージングウイルスの世紀」に、私が撮影したCDCレベル4実験室内の写真を掲載してありますが、案内役のCDC特殊病原部長のカール・ジョンソン(エボラウイルスの命名者でもあります)をはじめ、写っている人はマスクもしていません。

このような厳重な1次隔離に加えて、最高度の2次隔離が行われます。 ここでは室内を陰圧に保って、室内の空気が外に漏れないようにする設備、排気を二重の超高性能フィルターで濾過してウイルスが漏れでないようにする設備、さらに排水を高圧蒸気滅菌装置で滅菌する設備が隔離のために設けられます。

ところで、グローブボックスラインによる方式はきわめて高い安全性が確保できますが、すべて閉鎖系で作業を行うために実験の内容は限定されてしまいます。 長いグローブボックスラインの中を実験材料を移動するだけでも大変な作業になることがあります。 分子生物学など先端的な実験は困難になります。 そこで操作性を高めるために、1970年代半ばからグローブボックス方式に変わってスーツ方式が出始めてきました。 グローブボックスラインの代わりにプラスチックスーツを1次隔離に用いるものです。 現在ではレベル4実験室のシンボルのようになっている宇宙服スタイルです。 実験はレベル3の実験室で用いられている生物学的安全キャビネットで行います。 これは前面があいている半閉鎖式のキャビネットです。 したがって実験操作は非常に楽になります。 その代わり、実験室内にウイルスが漏れ出すおそれがあります。 そこで実験者はプラスチックスーツを着用することでウイルスとの接触から守られます。 プラスチックスーツ内はパイプから空気が送りこまれていて陽圧に保たれるために、仮にスーツに孔があいても室内の空気は入り込みません。

プラスチックスーツの外側はウイルスで汚染している可能性があります。 そこで、これを脱ぐ時の対策が非常に重要です。 幸い、レベル4の病原体はエボラウイルス、マールブルグウイルス、ラッサウイルスのような出血熱ウイルスやBウイルスだけで、最近、ヘンドラウイルス、ニパウイルスが加わりました。 これらのウイルスはすべて粒子の外側に脂質からできたエンベロープを持っているため、消毒薬に非常に弱い性質のものです。 そこで、まずクレゾールのシャワーで徹底的にプラスチックスーツの外側を洗ってからプラスチックスーツを脱ぎ、その後、裸になって普通のシャワーを浴びることになります。

以上でお分かりのように、グローブボックスライン方式は1次隔離も2次隔離も最高度のもので、操作性よりも安全性を優先させていることになります。 一方、スーツ方式は1次隔離をレベル3プラスアルファにして、安全性をわずかですが犠牲にする代わりに操作性を非常に高めています。

2. レベル4実験室の建設ラッシュ

USAMRIID、MREについで1960年代終わりにCDCにレベル4実験室が建設されました。 いずれもグローブボックスライン方式です。 1970年代初めには国立衛生研究所NIHにガンウイルス研究のためのレベル4実験室が建設されました。 これは昨年11月に改修されて、多剤耐性結核菌の研究に使用することになりました。

南アフリカのヨハネスブルグ市の郊外のサンドリンガムには1979年にCDCのレベル4実験室をモデルに、グローブボックスライン方式のレベル4実験室が建設されました。 ちょうど日本のレベル4実験室建設の最中で、日本からは予研の北村敬先生(現在・富山衛生研究所長)はじめ何人かの人が開所式に出席しています。 ここはWHOの出血熱レファレンスセンターになっており、現在、コンゴで発生しているマールブルグ病の対策で中心的役割を果たしているようです。

CDCには1989年に新しいレベル4実験室が完成しました。 これが現在、ウイルスハンターの実験室として活躍しているところで、スーツ方式のものです。 なお、古いレベル4実験室は結核の研究に転用されています。 結核は米国ではきわめて重要な再興感染症とみなされています。

オーストラリアではメルボルンに国立高度検疫実験室National High Security Quarantine Laboratoryがあって、レベル4ウイルスの診断を受け持っています。 マレーシアのニパウイルス感染でのサンプルの検査は多分、ここで行われているものと推測されます。

ロシアにはノボシビルスクにレベル4実験室があり、現在でもマールブルグウイルスやエボラウイルスの動物実験などを行っています。 本講座(第69回)でも、ここでの活動はご紹介してあります。 ほかにベラルーシのミンスクにもあるそうです。

フランスでは昨年、リオンにレベル4実験室が建設されました。 私の古くからの友人フェビアン・ワイルド(麻疹やジステンパーウイルスの研究で有名な人です)の努力でできてきたものです。 彼がメリュー財団の会長のシャルル・メリューにレベル4実験室の必要性を訴えた結果、個人の資金が提供されたものです。 その際の条件は彼が存命中に完成させるということだったそうです。 彼は多分90才を越しているはずですが、私が4年前に横浜でお会いした時にはとてもそのような高齢とはみえませんでした。

この施設の開所式は今年の3月初めににシラク大統領が出席して開かれました。 所長は英国人のスーザン・フィッシャーホックSusan Fisher-Hochです。 C.J.ピータースの前任のCDC特殊病原部長ジョー・マコーミックの妻で、夫と一緒に1990年前後までCDCでレベル4ウイルスの研究を行っていたウイルス研究者です。 夫妻での著書レベル4、CDCのウイルスハンターという本(正式の日本語書名は覚えていません)が最近翻訳されています。

このほかにフランスではパリのパスツール研究所に、WHOの出血熱レファレンスセンターが設置されています。 ここは、1994年にコートジボアールでチンパンジーからのエボラウイルス感染が起きた際、ウイルス診断を行ったところです。 ここはレベル3実験室の中にステンレス製キャビネットの代わりにプラスチック製のアイソレーターでレベル3プラスアルファの条件だといっています。 最近パリで新しいレベル4実験室建設のうわさがありますが、多分ここのことではないかと推測しています。

カナダではマニトバ州のウイニペグにレベル4実験室が建設され、現在レベル4としての認定を待っているところです。 これはAgri CanadaとHealth Canadaという2つの国営組織が建設したもので、人のウイルスだけでなく、家畜で激しい病原性を示す外来性ウイルス(たとえば口蹄疫ウイルス)も扱う施設です。

スウェーデンはハンタウイルスの研究で有名なボー・ニクラッソンBo Niklassonが中心になってレベル4実験室の建設計画を進めています。

英国では前述のポートンダウンに、国防省の施設として科学・生物兵器防衛研究施設(Chemical & Biological Defence Establishment)として新たにレベル4実験室を建設中のようです。

そのほか、建設計画のうわさはほかの国でもありますが、不正確な情報なので割愛します。

3. 日本のレベル4実験室

日本には武蔵村山市の予研(現在の感染研)に1981年にレベル4実験室が建設されました。 ついでですが、そのすぐ後でつくば市の理研にも予研の施設をモデルとしてレベル4実験室が建設されています。 これは組換えDNA実験専用で、1回だけ模擬実験のような内容のもので使用されたことがあります。

予研の施設はグローブボックスライン方式です。 予研のレベル4実験室建設の計画は自民党の提案で始められた国際伝染病(ラッサ熱、マールブルグ病、エボラ出血熱)対策の一端として取り上げられました。 1976年には北村敬先生と清水文七先生(現在、千葉大学名誉教授)と私の3人が米国の視察にでかけました。 建築設備の専門家とグローブボックスの分野の技術者にも同行していただきました。 私と北村先生はその後、英国のMREの視察も行いました。

建設計画にあたってはグローブボックスライン方式とスーツ方式のいずれにするかが大きな問題でした。 結論は、日本のような地震国で最大限の耐震性を確保することを考えると、部屋全体では限界があるが、ステンレス製のキャビネットであれば最大限の安全が確保できるということになりました。 操作性よりも安全性を優先させることにしたわけです。

その結果、完成したグローブボックスラインは現在でも世界でトップレベルのものです。 CDCのグローブボックスラインでの実験を長年続けてこられた倉田毅先生(現在、感染研副所長)によれば、CDCのものとは比べものにならない使い易いものになっているとのことです。 2次隔離のための建物の設備も現在のCDCのレベル4実験室とまったく同等です。 したがって、施設全体の安全性は間違いなく世界で最高レベルのものです。

ところが、この施設はご承知のように地元の反対で現在までレベル4実験に用いることは許されておらず、レベル3の実験に用いられているのが現状です。 1982年以来、武蔵村山市長は厚生大臣が交代する度にレベル4実験の停止に関する要望書を出し続けています。 そして、歴代厚生大臣はその要望書を受け取るだけで、施設の安全性とレベル4実験室の必要性を武蔵村山市側に説明する努力は行っていませんでした。 感染症予防法が成立して、厚生省もやっと本腰を入れ始めたようです。

私が東大医科研に在任中には付属病院でラッサ熱の患者が見つかりました。 そのほかにも日本では出血熱の疑いのある例が見つかっています。 その度にCDCに依頼して検査をしてもらって切り抜けてきました。 それも私たち個人レベルでの依頼でした。

CDCのレベル4実験室は2つのユニットで10名以下のスタッフだけで運営されています。 しかも定期的に整備のために1つのユニットの使用を中止すると1つのユニットだけになります。 そのような状態で世界中の問題に取り組んでいるわけです。 現在はニパウイルス感染に加えてコンゴでのマールブルグ病が起こりました。 数日前にCDCウイルス・リケッチア病部門長のブライアン・マーヒーから届いたメールでは、ニパとマールブルグの2つが重なったために人手不足だと嘆いていました。

世界最高の安全性が確保されたレベル4実験室がありながらCDCに頼っているだけで、同じ東南アジアのマレーシアでのニパウイルス感染も傍観している現状は、なんとかして打破しなければならないと痛感します。