第35回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}

15.有限集団における2座位問題

集団が無限に近い大きさのときは、連鎖不平衡が存在するためにはかなり強力なエピスタシスが染色体の短い距離の位置で作用すると考えざるを得なかった。本当にこのようなことが自然集団で生じているのであろうか。集団が有限であれば機会的浮動が起こり、連鎖不平衡も起こると考える方がより自然ではなかろうか。

有限集団でもDの平均値はエピスタシスがないかぎり0であるが、機会的浮動により世代によってプラスになったりマイナスになったりと変動するのが現実であろう。したがって、Dのばらつき、すなわち分散の評価が重要となる。平均値は0であるから、分散は2次のモーメントで表わされる。

 

15.1 有限集団における連鎖平衡値D

第1の座位で対立遺伝子A1、A2が分離しており、それぞれの頻度がp、1-pであるとし、第2の座位では対立遺伝子B1、B2が、それぞれq、1-qの頻度で分離しているものとしよう。4種類の染色体A1B1、A1B2、A2B1、A2B2の頻度をそれぞれX1、X2、X3、X4とする。連鎖不平衡の値は

D=X1X4-X2X3

と定義する。また集団の(分散による)有効な大きさをNeとする。

14章で示したように、無限大の集団では、任意交配で2座位の適応度が相加的でエピスタシスがないとき、世代の経過と共にDの値は0に近づく。集団の大きさが有限であると、十分な世代数でDの予測値は0となるが、特定の世代についてはゼロとは違う値をとり、しかも世代ごとにゆらぐ。集団の大きさNeが小さいと、その効果は顕著で集団構造に大きな影響をもたらす。

平均値E(Dt):任意交配で選択がないと第t世代の連鎖平衡値Dtは前の世代の値Dt-1にくらべて乗換率cの大きさで減少する(第6回講座、4.3.2.3節)。すなわち

Dt=(1-c)Dt-1

一方、有限集団ではヘテロ接合性は毎世代1/(2Ne)減少する。組換えが無いと染色体を1ユニットとみて、X1X4とX2X3はともにこの割合で減少する。したがって

Dt={1-1/(2Ne)}Dt-1

組換えと有限の大きさの効果とを同時に考えると、1世代あたりの連鎖不平衡値の平均の変化は

Dt =(1-c){1-1/(2Ne)}Dt-1
≒{1-(2Nec+1)/(2Ne)}Dt-1

すなわち

Dt≒D0exp[{-(2Nec+1)/(2Ne)}t]

Dの下付き添字0は第0世代、すなわち最初の世代での連鎖不平衡の値をあらわす。

分散V(Dt)=E(Dt2):解析的な式を最初に求めたのはHill & Robertson(1968)で、乗換率c=0の場合であった。すなわち、

V(Dt)=(1/15)p0(1-p0)q0(1-q0)(6P-5P3-P6)

ここに P=exp{-t/(2Ne)}である。下付き添字0は第0世代、最初の世代での遺伝子頻度の値である。

さらにモンテカルロ法によるシュミレーションにで2座位に2対立遺伝子が分離しているなら、次の統計量r2がある一定の値に近づくことを見出した。

r2=D2/{p(1-p)q(1-q)}

またこの性質はほぼ(Nec)の値で決まり、中立でも超優性があっても同様であることがわかった。さらにr2の平均値E(r2)はNecが十分大きいと、1/(4Nec)に近づくこともわかった。

Ohta & Kimura(1969a,b)は染色体頻度の確率分布にコロモゴロフの後向きの方程式を適用して、有限集団における連鎖不平衡の問題を解くことに貢献した。

浮動による連鎖不平衡(c=0):次の三つの統計量を考えることにする。

X=E{x}, ここに x=pq(1-p)(1-q)
Y=E{y}, ここに y=D(1-2p)(1-2q)
Z=E{D2}, ここに z=D2

演算子Eは{*}の変数の期待値をあらわす。x,y,zはコロモゴロフの後向きの方程式の解である確率密度φ=φ(p,q,D,x,y,z;T)の変数である。確率密度が求まればX,Y,Zはその平均値として得られる。そのうち連鎖不平衡値の分散は近似的に

Z=E{D2}∝exp{-λ1(t/Ne)}

と表わすことができる。ここにλ1は次の3次方程式を満たす根で絶対値が最小のものである。

λ3+{5+3(Nec)}λ2+{(27/4)+(19/2)(Nec)+2(Nec)2}λ+{(9/4)+(13/2)(Nec)+2(Nec)2}=0

Necの0から4.0までのいくつかの値についてのλ1の絶対値はたとえば次のようになる。

Nec 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 2.0 4.0
| 0.500 0.668 0.776 0.843 0.885 0.912 0.967 0.989

なお厳密解(Ohta & Kimura 1969a)も得られている。すなわち

λ=(1/3)cos(θ/3)√{19+6(Nec)+12(Nec)2}-Nec-(5/3)

ただし

θ=cos-1[-{28+63(Nec)-90(Nec)2}/√{19+6(Nec)+12(Nec)3}]

2座位それぞれが遺伝的浮動で分離しているとき、両座位を考慮したときの異型接合性や分離性の減少率を考察する際には|λ1|/Neが重要となる。これについては離散型モデルによるマルコフ鎖の理論を用いた研究もなされ、ほぼ同じ結果が得られている (Karlin & McGregor 1968)。

さて、連鎖不平衡を計るパラメータDは遺伝子頻度に大きく依存するという性質がある。その二乗値D2もしかりである。浮動による連鎖不平衡の大きさを表わすにはD2よりもヒルとアランロバートソンが用いたr2統計量の方が適切である (Hill & Robertson 1968)。残念ながら数学的扱いの上ではr2の方がD2より面倒である。そこでr2統計量とよく似た次の統計量σd2を考察することにする。

σd2=Z/X=E(D2)/E{pq(1-p)(1-q)}

これはいわばE(D2)を標準化あるいは正規化した統計量となっている。この平方根σdは標準化した連鎖偏差standard linkage deviation という。σd2とE(r2)は多くの場合数値的におおよそあまり違わないことがモンテカルロ実験で示されている。したがってほぼσd2~E(r2)の近似は十分満足する結果が得られる。

世代が経過して変化が一定の状態、すなわちNec≫1でλ1がほぼ1に近いときには

σd2~1/{(4Nec+1)-3/(4Nec+1.5)}

が成り立つ。この式はNec>1ならほぼ実務的に使える。Necが十分大きな値なら

σd2~1/(4Nec)

は十分よい近似である。

興味深いことには、遺伝的浮動と再起突然変異の作用が定常状態となった集団についてもσd2と(4Nec)との間に同様の関係が成り立つのである。

浮動と再起突然変異の作用と連鎖不平衡:これまでのモデルに次のような再起突然変異をも考慮したときの様子を考えてみよう。

突然変異率 u1 u2 v1 v2
対立遺伝子 A1→A2 (A2→A1) B1→B2 (B2→B1)

Ohta & Kimura(1969b)によれば

σd2=1/[3+4Ne(c+k)-2/{2.5+Ne(c+2k)}]

ここにk=u1+u2+v1+v2は2座位での1世代あたりの総突然変異率の合計である。十分大きな4Necについて、c≫k、乗換率が総突然変異率より値が十分大きければ、σd2~1/(4Nec)が成り立つことがわかる。

超優性座位と中立座位との連鎖不平衡:選択作用がない限り、個々の遺伝子は他の座位の別の遺伝子の作用による影響はない。一旦、選択作用を考慮にいれると、遺伝子が適応度に関して互いに作用することになるから、連鎖不平衡の問題が生じる。

ここで一つ簡単なモデルを紹介しよう。対立遺伝子B1とB2は選択について中立とし、A1とA2は超優性であるとしよう。A座位ではヘテロ接合A1A2に対して、ホモ接合A1A1とA2A2はそれぞれs1,s2選択値が小さくなる。効果を強調するため、A座位はほぼ定常状態であるとする。すなわちA1の頻度はp=s2/(s1+s2)とする。Ohta & Kimura(1970)によれば、標準化した連鎖偏差の2乗は

σd2=1/{1+4Ne(c+k)+M}

ただし

M=[(1-2p)2/{p(1-p)}]・[{Ne(c+2k)}/{1+Ne(c+2k)}]

この結果から4Necが十分大きければ、σd2~1/(4Nec)が成り立つことがわかる。

さらにA座位、B座位のどちらもが超優性で平衡状態であると、やはりこの近似が成立することが示される。

この節で示したことをまとめると次のようになる。Necがかなり大きければ、遺伝的浮動による遺伝子頻度の相関係数の2乗は選択あるいは突然変異があろうとなかろうと、平衡状態あるいは減少が一定の定常の状態でおよそ1/(4Nec)となる。おそらく大部分の自然集団では有効な大きさNeが十分大きいと考えられるから、4Nec≫1という条件は成立するものとみられる。実験集団ではこの条件は必ずしも成り立っているとは限らないから、データの解釈には注意が必要である。

 

15.2 中立座位と選択座位

中立な遺伝子座の遺伝的変異のどの位が、選択のある遺伝子座と連鎖不平衡を生じるのであろうか。選択が超優性のとき、中立座位への連鎖不平衡の影響を見かけ上の超優性 associative overdominance という  (Frydenberg 1963)。選択座位が有利な遺伝子による選択なら、ヒッチハイキング効果 hitch-hiking effect という (Kojima K-I & Schaffer HE 1967, Maynard Smith & Haigh 1974, Ohta T & Kimura M, 1975)。

15.2.1 見かけ上の超優性

自然選択に中立な遺伝子がそれと密に連鎖した座位の選択遺伝子とと組合わせで、中立座位の遺伝子に見かけ上の選択が観察されることが考えられる。実験集団の設定にあたって「中立」な標識遺伝子marker geneが偶然にも選択に有利な遺伝子と密に連鎖した組合わせであったら、いかにも標識遺伝子が有利であるかのような結果が観察されることになろう。密に連鎖した座位が超優性なら、見かけ上の超優性が中立の標識遺伝子座に観察されることにもなる。

1960年代に盛んに行われたアイソザイムなどの標識遺伝子の選択値を競争実験により求めようとする試みが盛んに行われた。それらの報告を読むとアイソザイム遺伝子にも選択が作用していると結論する論文が多々ある。しかしながら、それらは標識座位と密に連鎖している別の遺伝子座の作用による見かけ上の選択を結果として観察しているのではないかという疑問が残る。

このことを一つの思考実験でまとめてみよう。ショウジョウバエの競争実験は通常次のようにして行なう。アイソザイムAとアイソザイムBのそれぞれが固定した集団を用意する。それぞれの集団からある数の卵あるいは個体をサンプリングして、AとBが一定の割合で構成される集団をつくり競争をさせる。適切な時間(世代)が経過した後、AとBの割合を調べ、それぞれの相対的な選択値を求める。このような実験で注意しなければならないのは、最初に設定したA集団、B集団ではアイソザイムAとアイソザイムBだけでなく、他の遺伝子座でも別の遺伝子が固定している可能性がある。極端な例としてAの集団では致死に近い遺伝子が、Bの集団には別の致死に近い遺伝子が固定した場合を取り上げてみよう。このような有害遺伝子は正常遺伝子とヘテロ接合で、2~4%の適応度が低くなるから、A、Bの2集団から取り出した個体を混ぜて競争させれば、少なくとも最初の何世代かはABヘテロ接合の個体がAAやBBホモ個体よりも強いことになる。つまり最初低頻度であったアイソザイムが増えてあたかも適応度が高いかのようになる。世代の経過とともに組換えが起こり、アイソザイムと有害遺伝子の組合わせがくずれて「みかけ上」の選択パターンは無くなっていくと予測される。自然集団でショウジョウバエの第2と第3染色体では染色体あたり0.4の致死遺伝子相当量の有害遺伝子がある (Crow 1968) ので、見かけ上10~40%の超優性が競争実験の初めの世代で観察されても不思議ではない。

以上の議論をモデルで定量化してみよう。中立なB座位に対して、A座位での各遺伝子型の相対適応度を次のように表わす。

遺伝子型 A1A1 A1A2 A2A2
相対適応度 1-s 1-hs 1

x1、x2をそれぞれB1、B2染色体におけるA1対立遺伝子の頻度とする。そうするとB1B1、B1B2、B2B2の遺伝子型の適応度wの平均値は次のように表わされる。

w(B1B1)=1-2hsx1-s(1-2h)x12
w(B1B2)=1-hs(x1+x2)-s(1-2h)x1x2
w(B2B2)=1-2hsx2-s(1-2h)x22

ここで x1=p+b1, x2=p-b2と置くと、b1=D/q, b2=D/(1-q)である。ただしp, qはそれぞれ集団中のA,B遺伝子の頻度である。B座位における選択の予測値は次のように表わすことができる。

E{w(B1B2)-w(B1B1)}=E[{hs+s(1-2h)p}D/{q(1-q)}+s(1-2h)D2/{q2(1-q)}]
E{w(B1B2)-w(B2B2)}=E[-{hs+s(1-2h)p]D/{q(1-q)}+s(1-2h)D2/{q(1-q)2}]

平衡状態ではE(D)=0であるから、見かけ上のヘテロ接合の有利さ “associative over-dominance” はD2を含む項だけが残る。σd2=E(D2)/E{p(1-p)q(1-q)}であることから、

(1)

E{w(B1B2)-w(B1B1)}=s(1-2h)σd2{p(1-p)/q}
E{w(B1B2)-w(B2B2)}=s(1-2h)σd2{p(1-p)/(1-q)}

すなわち、h<1/2 ならば、つまりA座位の選択に有利な対立遺伝子が優性ならば、見かけ上の超優性が予測される。またA座位が超優性、すなわち、h<0なら、見かけ上の超優性が予測されることは納得できるといえよう。この後者の場合、公式は次のように表わすとわかりやすい。ただし、s1,s2はA1A2ヘテロ接合に対するA1A1, A2A2ホモ接合の選択係数である

(2)

E{w(B1B2)-w(B1B1)}=(s1+s2d2{p(1-p)/q}
E{w(B1B2)-w(B2B2)}=(s1+s2d2{p(1-p)/(1-q)}

h=1/2、すなわちドミナンスがないno dominanceときは、中立で見かけ上の超優性はない。

例1: 生存力ポリジーン (Mukai 1969a,1969b, Ohta 1971a)。キイロショウジョウバエの第2あるいは第3染色体には平均して8-10個の生存力に関する遺伝子 (生存力ポリジーン viability polygenes) があり、個々にホモ接合の生存力を2-3%の低下をきたすという。ヘテロ接合も若干の低下が生存力にみられ、その優性の度合 degree of dominance はh~0.2であるという。すなわち、

遺伝子型 A1A1 A1A2 A2A2
適応度 1 1-hs 1-s
(選択係数) (hs=0.004~0.006) (s=0.02~0.02)

ここでA2は(ポリジーン)A座位の突然変異遺伝子である{(1)の表示}。

対立遺伝子B1,B2はそれぞれ違う組合わせの10個の生存力ポリジーンを伴っているとしよう。第1世代では標識B座位と生存力A座位とでσd,2=1とする。たとえばs=0.02, hs=0.004、標識遺伝子B1の頻度を0.1としてみよう。x1=1, x2=0あるいはx1=0, x2=1として、20座位の合計で見かけ上の超優性は

E{w(B1B2)-w(B1B2)}=E{w(B1B2)-w(B2B2)}=10s(1-2h)=0.12

となる。これは競争実験の最初の世代で、12%の見かけ上の超優性が生存力ポリジーンがあるということで観察され、その結果B1対立遺伝子が増えることを示唆する。見かけ上の超優性は最初の何世代でのみ観察されよう。

σd2は1/(2Nec)の割合で減少するから、いずれまもなく消滅する。標識座位と生存力座位とが緊密に連鎖している場合を除き、この程度の大きさは実務上ほとんど無視できよう。

例2:1つの中立座位に多数の超優性座位が連鎖したモデル (Ohta and Kimura 1971a)

(2)の表示でs1=s2=s、平衡状態でp=1/2、適当にq=1/2とすると

E{w(B1B2)-w(B1B1)}=E{w(B1B2)-w(B2B2)}=sσd2

となるがこれは比較的小さな値である。これは1つの中立座位と1つの超優性座位を考えた場合である。多数の超優性座位が1つの中立座位と連鎖した場合の一モデルを取り上げてみよう。

 

n1超優性座位         0.01          n2超優性座位

 ∧

 -●-●-●-●――――●-○-●-●――――――――●-●-

  ∨                 ↑                           ∨

   0.01             中立座位                      0.01

 

上図は1つの中立座位の上流にn1個の超優性座位が、下流にn2個の超優性座位が等間隔で連鎖しているモデルである。各座位間の距離は1センチモルガン(cM){=1%の乗換率c}とする。

各超優性座位で2つのホモ接合に対する選択係数をsとする(対称な超優性)。中立座位の対立遺伝子B1,B2の頻度がほぼ等しい(q~0.5)状況を考えてみよう。中立座位の両ホモ接合に対する選択係数s’は

s’={100s/(4Ne)}{2γ+ln(n1)+ln(n2)}

ここにγ=0.577…はオイラーの定数、ln(*)は自然対数である。

この値を求めるにあたり、各超優性座位の選択効果は相加的であるとし、中立座位と超優性座位とのσd2は1/(4Nec) (c=0.01)した。上図では

Σσd2≒100/(4Ne) [{(1/1)+(1/2)+(1/3)+…+(1/n1)}
+{1+(1/2)+(1/3)+…+(1/n2)}]

ここで γ→1+(1/2)+(1/3)+…+(1/n)-ln(n) (n→∞) の公式を利用した。

また、超優性座位間の関連は超遺伝子super-geneを形成するほど強い系でないものとする。

超遺伝子はダーリントンとマザー (Darlington and Mother 1949) の造語で、機能的には相関関係がなくとも、同一染色体上にあっていっしょに行動し、共通な一つの単位として子孫に伝えられる遺伝子群をいう。連鎖が緊密で各座位の超優性がより強力であると、染色体領域は超遺伝子となり、これまでの理論は当てはまらなくなる。

たとえばn1=n2=50, Ne=1,000なら、s’≒0.225s. 見かけ上の超優性は実際の超優性のおよそ1/5である。有効な大きさが10倍になればs’≒0.0225sである。Neが変ってもNes’が一定であることに注意したい。

以上はかなり人為的なモデルから得た結果であるが、モンテカルロ法によるシミュレーション実験で乗換率cなどの変数をいろいろと変えて検討した (Ohta and Kimura 1971a) ところ、解析的な結果とよい一致がみられたので扱ったモデルが生物の作用をほぼ近似してると言えよう。

連鎖不平衡は実験集団で問題になることが多い。多様な実験がイソ酵素や標識の適応度を調べる目的で行われた。ほとんどの場合得られた結果は周辺遺伝子群の効果をみており、適応度を調べたい個々の遺伝子の効果を見誤ったというのが実情であろう。しかも実験集団では初めの世代の連鎖不平衡は大きな母集団からの比較的少数の染色体のサンプリングで生じた偏りなのかも知れない。母集団には連鎖不平衡がほとんどないとして、実験のためn本の染色体を抽出したとする。乗換率がほぼゼロとして、標本抽出による標準化した連鎖偏差の2乗値は次の値となる。

σd2=1/(n-1)

通常、このようにして抽出された染色体はどんどん増えて、世代を経過するとともに染色体数はnからn'(n’≫n)となる。そしてσd2は1/(n-1)からおよそ1/(2n’c)へと変化する。ただし2n’c≫1の状況でである。実験の最初の世代で観察される一見大きな選択係数は多分に標識と知らずに選んでいる他の遺伝子との連鎖不平衡からの副産物であろう。

 

15.3 ヒッチハイク効果

集団に生じた弱有害遺伝子が消失あるいは固定するまでに連鎖した強選択座位の影響がどのくらいあるかを最初に研究したのは Kojima & Schaffer(1967) である。その後 Maynard-Smith & Haigh(1974) は決定論的方法で集団の大きさが100万以上(1万以上でも?)の有限集団で、連鎖した座位の有利な突然変異遺伝子のヒッチハイク効果により、中立座位のヘテロ接合性の減少率が小さくなることを示した。Ohta & Kimura(1975)は拡散方程式を用いてそれが中立座位と選択座位との乗換率が選択係数より小さくなければ有意とはならないことを示した。さらにそのような効果は種の分化などで小集団が遷移的する状態でのみ重要であることも示唆している。いずれも解析的モデルとその数値計算からの結果である。

Ohta &Kimura(1975)はこの問題を扱うにあたって、選択座位に有利な突然変異が現われてから消失あるいは固定するまでのすべての世代を通じてヘテロ接合体の合計を統計量として考察した。

選択座位に有利な突然変異遺伝子が現われたとき(t=0)の中立(第1)座位のA対立遺伝子の頻度をpとすれば、もし選択(第2)座位の影響がないとすれば、大きさNeの集団でのヘテロ接合の合計HTは次のようになる。

HT=Σ2p(1-p){1-1/(2Ne)}t =4Nep(1-p)

nは世代数を表わし、Σはt=0から∞の和をとることを示している。4Nep(1-p)=2Ne[2p(1-p)]であるから、たとえば、その最大数はp=0.5のときのHT=Neである。

数学的にはHTは中立座位の遺伝子頻度の2次関数であるから、遺伝子頻度の確率密度から1次と2次のモーメントを求めれば答えが得られる。15.3.1節に遺伝子頻度のべき乗の一次結合の期待値、すなわちpの多項式の期待値を求める方法を示した。数学的解析に興味のない受講者はその節をとばしてよい。

中立な遺伝子座(A1,A2)と選択座位(B1,B2)とが密に連鎖したモデルを考察しよう。選択座位においてはB1対立遺伝子がB2に対して有利で置き換わる過程をとりあげることにする。すなわち、選択座位の影響が中立座位で観察されるヘテロ接合の合計にどうあらわれるかを検討することにしよう。また中立座位では確率的な遺伝的浮動が、選択座位では決定論的な選択が働いているものとする。両座位を確率的な取り扱いをすると数学的な処理がたいへん難しくなるので、問題を見通す上でモデルを少々簡単にする。もっともB1対立遺伝子B2遺伝子に対する有利さが大きく、遺伝子頻度が0、1に極端に近くなければこの仮定は現実的であるといえる。

第t世代のB1遺伝子の頻度をytとすると

dyt/dt=syt(1-yt)

これから

yt=1/[1+{(1-yo)/yo}exp(-st)]

ここでsはB1対立遺伝子の有利さをあらわす。

この問題の解は次節の公式で、一次のモーメント(f=x1,f=x2)と二次のモーメント(f=x12,f=x1x1,f=x22)を求める。ここにx1集団におけるB遺伝子ある染色体の頻度、x2はB2染色体の頻度である。集団全体で第t世代でのB遺伝子の頻度は

xt=x1tyt+x2t(1-yt)

であるから、ヘテロ接合の合計は

HT= ∫E{2xt(1-xt)}dt
= 2x10(1-x10)∫yt2exp{-λ1(t)}dt
+(x10+x20-2x10x20){(1-y0)/s}
+2x20(1-x20)∫(1ーyt)2exp{-λ2(t)}dt

ここにxi0(i=1,2)はxiの初期頻度、積分は(0,∞)のtの値についてである。また

λ1(t)={1/(2Ne)}[t+{(1-y0)/(sy0)}({1-exp(-st)}]
λ2(t)={1/(2Ne)}[t+(y0/{s(1-y0)}){exp(st)-1}]

である。このモデルと結果の数学的詳細はOhta & Kimura(1975)を参照されたい。

数値計算の結果は次の通りであった。ヘテロ接合の頻度を減少させる機構としてのヒッチハイク効果はあまり重要ではない。しかし中立座位と選択座位との乗換率cが選択係数より小さいときにその影響があらわれる。

15.3.1 定常状態でのモーメントを求める基本公式(Ohta & Kimura 1971b)

世代構造が離散型のときの取り扱いは第16回講座(6.1節)、第17回講座(6.2.3節)および Yasuda(1973) を参照されたい。

I.平衡状態でない場合:

理解を容易にするため、最初に変数が1つの場合を取り上げる。時間tにおけるある部位の頻度をxtとする。またδxtは時間間隔tからt+δtにおけるxtの変化量をδxtとする。すなわち

xt+δt=xt+δxt

f(x)をxの任意の多項式とする(例、x, 1-x, x2, 2x(1-x), (1-x)2など)。このf(x)の時間 t+δt における頻度分布についての期待値を次のようにあらわすことにする。

E{f(xt+δt)}

ここで期待値Eにはδxの遺伝子の機会的浮動について(Ed)とtでの頻度分布について(Ep)の確率密度とることに注意する。すなわち、遺伝子頻度の前の式をも考慮して次の式が得られる。

E{f(xt+δt)}=EpEd{f(xt+δxt)}

この式の右辺をδxtについて展開して(δxt)3以上の項を無視すると、次の関係が得られる。

 

[E{f(xt+δt)}ーEp{f(xt)}]/(δt)
=Ep[{Ed(δxt)/δt}f'(xt)+(1/2){Ed(δxt)2/δt}f”(xt)]

ここでδt→0の状態では

d[Ep{f(x)}]/dt=Ep{(V/2)f”(x)+Mf'(x)}

ただしM,Vはそれぞれ突然変異遺伝子の世代あたりの変化率の平均と分散である。これらはδt→0のときのEd(δxt)/δtおよびEd(δxt)2/δtで近似できる。

多変数への場合には、n個の確率変数x1, x1, …, xnについてxiの多項式をf=f(x1, x2, …, xn)とおけば

d[Ep{f}]/dt=Ep{L(f)}

となる。ここにLはfに対する微分演算子 differential operator でつぎの形で示される。

L=(1/2)ΣV(∂/∂xi)+ΣW(∂2/∂xi∂xj)+(1/2)ΣM(∂/∂xi)

ただし、右辺の第一項と第三項の和は変数の数について1からnまで、第二項はi>jなる対すべてについての和を表わす。V,W,Mはそれぞれ分散、共分散、平均をあらわす。

  1. 定常状態の場合:(steasy flux case)

1変数の簡単な場合、突然変異遺伝子が生じた(入力)ときの遺伝子頻度はx=pであるとし、それが固定x=1あるいは消失x=0する(出力)までについて考える。定常状態では入力と出力が釣合い、突然変異遺伝子が分離する確率分布Φ(x)が一定の形となる。突然変異による入力と遺伝的浮動の出力が釣り合った状態では

dE(f)/dt+ΔmutF(f)=0

すなわち、

E{(V/2)f”(x)+Mf'(x)}+ΔmutF(f)=0

これらの公式は突然変異遺伝子が分離している 1/(2Ne)≦x≦1-1/(2Ne) の範囲でのみ有効であることに注意したい。

選択に関して中立な突然変異が毎世代ある一定の割合で生じるとする。ヘテロ接合の頻度は任意交配ではf(x)=2x(1-x)、したがってf'(x)=2(1-2x),f”(x)=-4。M=0、V=x(1ーx)/(2Ne)、ΔmutF(f)=2p(1-p)であるから

-{1/(2Ne)}Ep{2x(1-x)}+2p(1-p)=0

これからヘテロ接合の平均値は

E{2x(1-x)}=4Nep(1-p)=HT

多変数においても以上の取り扱いは同様にできる。

 

文 献

  • Crow JF, 1968 Some analysis of hidden variability in Drosophila population. in “Population Biology and Evolution” ed. Lewontin. Pp. 71-86. Syracuse Univ Press, New York.
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