6.「メキシコで行われたブタ細胞移植による糖尿病治療」

メキシコで行われたブタ細胞移植による糖尿病治療

ブタの臓器または細胞を移植する異種移植については、英国保健省の指針や米国食品医薬品局(FDA)の指針が作成されている。日本でも2002年7月に、厚生労働省から同様の内容の「異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針」が発表された。
しかし、英国、米国いずれにおいても、まだ実際に患者に対する治療の試みはなされていない。ところが、英国の科学誌New Scientistの8月31日号とNature9月5日号に、メキシコで行われたブタ細胞移植による糖尿病の治療のニュースが掲載された。以下はその内容の要約である。
これは8月27日フロリダ州マイアミで開かれた国際移植学会で、メキシコ小児病院のラファエル・バルデス(Rafael Valdes)により発表された。患者は12名のティーンエイジャーで、そのうち17才の女性は移植後1年間以上インスリンの投与が不要になった。これが確認されれば、これまでにないすばらしい成績になる。
しかし、ほかの5人はインスリンの量が半減しただけで、残りの6人には効果はまったく見られていない。
この移植では出生直後のブタのセルトリ細胞(精巣にあって精子形成を支える細胞)が拒絶防止のために用いられた。セルトリ細胞の表面には特殊な細胞マーカーがあり、これに接触することで免疫細胞の自殺が引き起こされるという成績が動物実験で見いだされているためである。そこで、セルトリ細胞と一緒に1週令ブタの膵臓のランゲルハンス島細胞数百万個が患者に移植された。免疫抑制剤はまったく使用されていない。
この発表に対して、次のような問題点が指摘されている。治療はメキシコ政府の許可を得て行われたというが、メキシコの指針は発表されていない。セルトリ細胞による拒絶抑制は、少なくともサルでの実験で効果を確認しなければならない。移植を受けた患者の感染の危険性について、バルデスは米国FDAの指針にしたがったと答えているが、米国の指針は外国に対してはなんの権限もない。未成年に対して充分なインフォームド・コンセントは得られない。
国際異種移植学会長のデイヴィッド・クーパー(David Cooper)は、ブタのランゲルハンス島細胞を供給したニュージーランド系企業の施設を視察した結果、非常に立派な施設であることを確認し、米国FDAはメキシコに対しては権限を持ってはいないが、FDAに申請した方がよいとの意見を述べている。もっとも、サルなどを用いた前臨床試験が不十分なため、FDAは許可しないだろうとの声も聞かれている。
しかし、バルデスはさらに24名の患者に試みる予定と述べている。