146. オルガノイド(ミニ臓器)と新型コロナウイルス

ウイルスが増殖するには細胞が不可欠である。19世紀末にウシで口蹄疫ウイルスが分離されて以来、動物をウイルス増殖の場として、ウイルス学は進展してきた。1930年代、孵化鶏卵を用いる方法が導入され、一部のウイルスは動物の代わりに孵化鶏卵での研究が可能になった。その代表はインフルエンザウイルスで、現在もインフルエンザワクチンは孵化鶏卵で製造されている。1950年代、ポリオウイルスをサルの細胞で増殖させる細胞培養法が開発され、ウイルス学研究は培養細胞の時代になり、今日に至っている。しかし、単層の培養細胞では複雑な組織で構成される身体の中でのウイルス増殖の実態を反映するとは限らない。

最近になって、培養細胞と動物の間のギャップを埋める手段として、オルガノイドのウイルス学への利用が始まった。オルガノイドは、種々の細胞に分化する能力を持つ胚性幹(ES)細胞、iPS細胞または、組織の幹細胞などを3次元の培養容器の中で分化させたミニ臓器で、これまでは主に基礎生物学や発生学、癌研究などで用いられてきた(1)。新型コロナウイルスの発生で、オルガノイドはウイルス学の新しい研究手段となりつつある(2)。まだ断片的な成果が報告され始めたところであるが、オルガノイドを用いた新型コロナウイルス研究の現状を眺めてみる。

ウイルス学におけるオルガノイドの利用の始まり

オルガノイドを用いたウイルス学の最初の成果は、食中毒の重要な原因となっているノロウイルスの培養に初めて成功したことである。これまでノロウイルスのウイルス学的性状などの研究は、培養細胞で増殖するマウスノロウイルスに限られていた。ヒトのノロウイルスでは、感受性のある細胞が見つからなかったため、ウイルス学的性状の研究は電子顕微鏡での観察やウイルスRNAの検出に限られていた。2016 年にヒトの小腸上皮の幹細胞から作製した腸オルガノイドでノロウイルスが増殖し、細胞変性効果を示すことが報告された。ノロウイルスには2つの遺伝群があって、それぞれにいくつかの遺伝子型がある。遺伝子型によっては、オルガノイドの培養に胆汁を加えることが必要ということも分かり、ノロウイルスの培養細胞での研究が可能になったのである(3)

2016年、ブラジルではジカウイルス感染が大流行を起こし、小頭症が多く発生した。小頭症とジカウイルス感染の関連が問題になり、iPS細胞から作製した脳オルガノイドにジカウイルスを接種したところ、オルガノイドの成長速度は40%低下した。この結果は、ジカウイルスが小頭症の原因になっている証拠のひとつとみなされている(4)

新型コロナウイルスで注目されるようになったオルガノイド

肺オルガノイド

新型コロナウイルスでは肺炎が特徴的な症状のひとつである。肺の末梢部分には細気管支と肺胞があって、酸素と二酸化炭素の交換が行われている。肺胞上皮細胞または基底細胞それぞれの前駆細胞から分化した肺オルガノイドが作製され、肺胞上皮細胞や基底細胞が新型コロナウイルスの感染標的になることが示された。この肺オルガノイドの作製の論文は2017年にネイチャー誌に投稿されていたが、受理されたのは3年後である。新型コロナウイルスの感染実験の成績が追加され、表題にも新型コロナウイルスのキイワードが加わったことにより、受理されたものと推測される(5)

腸オルガノイド

新型コロナウイルスで、時折、下痢、嘔吐、腹痛など胃腸障害の症状が見られる。腸細胞には新型コロナウイルスの受容体であるACE2の発現も見いだされている。前述の腸オルガノイドに新型コロナウイルスを接種したところ、感染性ウイルスの大量増殖が確認され、腸オルガノイドが新型コロナウイルス感染の実験モデルになることが示された(6)

新型コロナウイルス感染の治療薬の開発では、既存の薬について、まず培養細胞でウイルスに対する増殖阻止効果を調べている。もっとも広く用いられているのは、アフリカミドリザルの腎臓由来のヴェーロ細胞である。治療薬候補のひとつ、ヒドロキシクロロキンはヴェーロ細胞で新型コロナウイルスの増殖を阻止したが、患者では効果が見られなかった。腸オルガノイドでも、患者の場合と同様にウイルス阻止効果が見られなかった。コロナウイルスの細胞内侵入には、スパイクタンパク質が細胞膜でTMPRSS2と呼ばれるタンパク質分解酵素で切断されて細胞融合で侵入するものと、ウイルスが細胞膜につつまれてエンドソームとなって細胞内に入り、カテプシンと呼ばれるタンパク質分解酵素で切断されて侵入するタイプがある(本連載143)。腸オルガノイドでは細胞融合で新型コロナウイルス感染が起きていることが明らかにされた。一方、ヴェーロ細胞では、腸オルガノイドと異なり、ウイルスはエンドソームを介して侵入する。腸オルガノイドで調べていれば、ヒドロキシクロロキンが候補薬に上がることはなかったと言われている(7)

血管オルガノイド

新型コロナウイルス感染では尿や大便にウイルスが見つかることから、ウイルスが血液を介して腎臓や腸にも広がっていると考えられている(本連載136)。ウイルスはまず、毛細血管に感染したのち血液を介して広がると仮定して、iPS細胞で作製した毛細血管オルガノイドに、ウイルスを接種した結果、ウイルスの増殖が確認され、ウイルス血症による広がるという仮説が裏付けられた。

新型コロナウイルスの受容体は細胞膜に存在するACE2であるため、ウイルスのACE2への結合阻止による治療を目的として、組換えDNA技術で可溶性ヒト組換えACE2(hrsACE2)が開発された。hrsACE2は、毛細血管オルガノイドやヒトES細胞から作製された血管オルガノイドで、ウイルスの細胞への結合を阻止することが確かめられた (8)

腎臓オルガノイド

新型コロナウイルスが腎臓に感染する可能性を調べるために、ヒトES細胞から腎臓オルガノイドが作製され、腎臓と同様に、ウイルス受容体の ACE2が存在することが確かめられた。腎臓オルガノイドへのウイルスの接種実験では、ウイルスの増殖が認められ、hrsACE2を加えるとウイルス増殖は抑制された。hrs ACE2は現在、新型コロナウイルス感染の治療薬候補として臨床試験が行われている(8)

扁桃オルガノイド

マウスの胸腺細胞が培養中に集合してT細胞の主な機能を発揮することが古くから知られていた。この方法がヒトの扁桃に応用されている。扁桃から採取した細胞の高濃度浮遊液をトランスウェル*の膜の上で培養することで、扁桃の細胞は凝集して、オルガノイドが形成される。培養の際に、新型コロナワクチンを加えておくと、抗体を産生する形質細胞への分化とキラーT細胞の活性化が認められた (9)。試験管内で免疫細胞の産生を調べる可能性が示されたのである。

*(培養液は透過性の膜を介して細胞に供給される)

扁桃は粘膜上皮の下にT細胞やB細胞が集まった実質組織で、体内に侵入した新型コロナウイルスのようなウイルスが最初に出会う臓器である。新型コロナウイルス感染モデルとして用いられているマウスやハムスターには、哺乳類のような扁桃は存在しない。そこで、ヒトの扁桃組織を酵素処理により分散させ、足場となる基底膜マトリックスの上で細胞を培養してオルガノイドが作製された。この扁桃オルガノイドで新型コロナウイルスは急速に増殖し、ウイルス粒子の放出が確認された。レムデシビルの治療効果はこの扁桃オルガノイドで確認された (10)

内耳オルガノイド

ヘルペスウイルスやムンプスウイルスなど、いくつものウイルスが視聴覚の機能不全を引き起こすことが知られている。新型コロナウイルスでは嗅覚障害や味覚障害が起きることから、ウイルスの感覚神経系への感染が注目されるようになった。新型コロナウイルス患者で難聴の報告があるため、iPS細胞から作製した内耳オルガノイドへの新型コロナウイルスの感染実験が行われた。オルガノイドの有毛細胞にはウイルス受容体のACE2が発現していて、ウイルスの標的になっていると考えられた。

この結果から、新型コロナウイルス感染で見られる急性の感音難聴の原因として、音を感じる蝸牛有毛細胞、前庭有毛細胞(重力や身体の傾き、スピードなどを感知)、または前庭神経細胞へのウイルス感染が関わっていると推測された(11)

 

文献

  1. Cotto, C., Novellasdemunt, L. Li, V.S.W.: A brief history of organoids. Amer. J. Physiol. Cell Physiol. 319, C151-C165, 2020.
  2. Mallapaty, S. Organoids vs COVID. Nature, 593, 27 May 2021.
  3. Ettayebi, K. et al : Replication of human noroviruses in stem cell-derived human enteroids. Science, 353, 387-1393, 2016.
  4. Garcez, P. et al.: Zika virus impairs growth in human neurospheres and brain organoids. Science 3452, 816-818, 2016.
  5. Salahudeen, A.A. et al. : Progenitor identification and SARS-CoV-2 infection in human distal lung organoids. Nature, 588, 20 November 25, 2020.
    https://doi.org/10.1038/s41586-020-3014-1
  1. Lamers, M.M. et al.: SARS-CoV-2 productively infects human gut enterocytes. Science, 369, 50-54, 2020.
  2. Beumer, J. et al.: A CRISPR/Cas9 genetically engineered organoid biobank reveals essential host factors for coronaviruses8. Nature Communications ; 12(1): 5498, 2021 09 17.
  3. Monteil, V. et al. Inhibition of SARS-CoV-2 Infections in Engineered Human Tissues Using Clinical-Grade Soluble Human ACE2. Cell. 181, 905–913, 2020.
  4. Wagar, L.E. et al.: Modeling human adaptive immune responses with tonsil organoids. Nature Medicine, 27, 125-135, 2021.
  5. Kim, H.K. et al.: Generation of tonsil organoids as an ex vivo model for SARS-CoV-2 infection. bioRxiv, 2020.
    doi: https://doi.org/10.1101/2020.08.06.239574
  1. Jeong, M. et al.: Direct SARS-CoV-2 infection of the human inner ear may underlie COVID-19-associated audiovestibular dysfunction.
    Communications Medicine. 44, 2021. https://doi.org/10.1038/s43856-021-00044-w