152.先進国でも常在するようになったサル痘ウイルス

サル痘は広がり続けていて、6月10日には33カ国で合計1472人に達した。1ヶ月ほどの間に、旅行者によるつながりのないいくつかの地域に同時に突然広がっているのを見ると、数週間以上前から、気が付かれないまま広がっていた可能性があるのかもしれない。

本連載150では、速報の形でサル痘の発生を取り上げたが、サル痘がアフリカ以外でも常在する可能性が現実的になってきた現在、サル痘ウイルスについてのウイルス学的情報をあらためて紹介する。

サル痘の最初の発見がもたらしたインパクト

サル痘が最初に見つかったのは、1958年、デンマーク、コペンハーゲンの国立血清研究所(Statens Serum Institut)で飼育されていたアジア産のカニクイザルでの発生だった。私は、1964年、カリフォルニア大学での留学を終えてヨーロッパ経由で帰国の途中、この研究所を訪問した。当時、私は在籍していた北里研究所で天然痘ワクチンの耐熱性改良の研究に従事していたため、天然痘ワクチンの研究状況を聞くためだった。この際、サル痘発生の経緯なども聞くことができた。

サル痘の発生は、天然痘根絶計画を進めていたWHOにとっては大きな衝撃になった。天然痘根絶計画は、天然痘ウイルスが人にしか存在しないため、種痘を普及させれば根絶可能という前提に基づいて立てられたものだった。もしも、野生のサルが天然痘ウイルスの保有宿主となると、根絶は不可能になってしまうのである。WHOは早速ヨーロッパと北米の研究所について、サルや動物飼育員、実験者での発生の有無を調査した。その結果、1958年から1968年の間に、デンマーク、オランダ、フランス、米国で計9回、サルでの発生が明らかになった。しかし、人での発生は見つからなかった。

ウイルスが見つかったサルは、ほとんどがアジア産のサルだったため、インド、インドネシア、日本、マレーシアのサル1000頭以上について調べた結果、ポックスウイルス抗体を保有するサルは見つからなかった。その結果、サルがウイルスを保有している可能性は考えにいと推測された。

人のサル痘ウイルス感染の確認

1970年9月1日、ザイール(現、コンゴ民主共和国)の熱帯雨林で狩猟採集の原始的生活を行っている小さな村で9ヶ月令の男の子が発疹と発熱で発病した。当時は天然痘根絶計画の最中で、天然痘のような患者が出るとすぐに報告されていた。真正の患者と分かるとかなりの報奨金がもらえるので、辺鄙な地域からも疑い例はただちに報告されたのである。(患者が減るに連れて報奨金の額は上げられ、根絶計画の最後の段階では1000ドルになった。)

この子供は、発病9日目に入院した。この地域では2年前から天然痘患者は出ていなかった。家族の中では、この子供だけが種痘を受けていなかった。天然痘が、このような形で、ただひとりだけに発生することは考えにくかった。採取したかさぶたをWHO協力センターのモスクワ・ウイルス製剤研究所のマレニコヴァが調べた結果、サル痘ウイルス感染ということが判明した。ここで初めて、人のサル痘ウイルス感染が確認されたのである。

つづいて、リベリアで1人の疑い例が、シエラレオネで1例、ナイジェリアで1例、コートジボワールで1例と発生が続いた。1980年から1986年までに400例あまりの発生が見つかり、これらはすべて熱帯雨林地域の住人だった。

1982年から1984年の間にザイールで行われた集中的調査では、131名の確認例に接触した2510名(天然痘ワクチン接種者、非接種者)が見つかり、聞き取り調査の結果、18%が無症状感染を起こしていたと推定された。

サル痘ウイルスの自然宿主探索

1985-86には、ザイールで患者が発生した家の周囲を中心に調査が行われた。その結果、病気のアカアシタイヨウリスからサル痘ウイルスが分離された。続いて、その地域の齧歯類と山羊について抗体を調査したところ、2種のリス(アカアシタイヨウリスとトマスキリス)で抗体が検出された。

霊長類フォーラム・人獣共通感染症146回で紹介したように、2003年に米国で発生したサル痘はアフリカオニネズミが持ち込んだと推測されている。その際に行われた抗体調査では、種々のリスの48%、アフリカオニネズミの16%で、サル痘ウイルスに対する抗体が検出された。これらの結果から、野生の齧歯類が自然宿主とみなされている。

ウイルスの伝播

ほとんどが接触感染で起きている。飛沫感染の可能性もある。コンゴで216名の患者の観察では、5人の妊娠中の女性のうち4人が流産、胎児にも病変が見出されている。

天然痘ウイルスは乾燥状態では長期間生きている。1970年代、常温で5年間生きていた例もある。サル痘ウイルスの場合も、痂皮や膿に含まれるウイルスが長い間、生きていて、感染源になる可能性がある。

サル痘ウイルスと天然痘ウイルスは同じ祖先ウイルスに由来する

サル痘ウイルスはオルソポックスウイルス科に属するDNAウイルスである。この科には天然痘ウイルス、牛痘ウイルス、ワクチニアウイルス(天然痘ワクチンの成分)などが含まれている。

これらのウイルスの共通の祖先ウイルスは、野生齧歯類が保有する牛痘ウイルス様のウイルスと推測されている。図に示したように、約8000年前にサル痘ウイルスの系列と天然痘ウイルスの系列が分かれ、サル痘ウイルスはワクチニアウイルスなどと6000年前に分かれたと推定される。天然痘ウイルスよりもサル痘ウイルスの方が、ワクチニアウイルスに近い。天然痘ワクチンはサル痘に対して、天然痘の場合と同様に効果があると推定されるわけである。

山内一也:ウイルスの意味論(みすず書房、2018)

これらのウイルスのゲノム(全遺伝情報)のサイズを比較すると、牛痘ウイルスが最大で22万塩基対(2本鎖なので対になる)、ワクチニアウイルスは19万2000塩基対、サル痘ウイルスは19万1000塩基対、天然痘ウイルスは18万6000塩基対と、一番小さい。ウイルスタンパク質の数も同様に、牛痘ウイルスが223、サル痘ウイルスが190、天然痘ウイルスが178と少なくなっている。ちなみにコロナウイルスのゲノムは3万塩基、ウイルス粒子を構成するのは4つのタンパク質、他にアクセサリータンパク質6個だけと、オルソポックスウイルスとは比べものにならないほど少ない。

オルソポックスウイルスは2本鎖DNAなので、変異が起きても片側の鎖を鋳型として修復される。そのため、変異の速度は1本鎖RNAウイルスであるコロナウイルスよりも遙かに遅い。一方、オルソポックスウイルスの遺伝子は柔軟性を持っていて、進化の過程で徐々に脱落している。コロナウイルスでは、このような遺伝子の脱落は起こらない。

牛痘ウイルスやサル痘ウイルスは、いくつもの種類の動物に感染するが、天然痘ウイルスが人にしか感染しないのは、遺伝子の脱落によるという仮説が提唱されている。

各国で発生しているウイルスは新しい分岐群(クレード)

これまで、サル痘ウイルスは西アフリカ・クレードとコンゴ盆地クレードのふたつで、最初の発生はコンゴ盆地クレードである。現在、各国で発生しているサル痘ウイルスは西アフリカ・クレード由来だが、図に示したように、新しい分岐群を形成している。

 

一方、西アフリカ、コンゴ盆地といった地名を用いるのは差別を招くとして、単にクレード1,2,3に分ける方式が提案されている。

 

文献

Fenner, F. et al. (editors) : Smallpox and its Eradication. Chapter 29. Human monkeypox and other poxvirus infections of man. 1989. World Health Organization.

Marenikova, S.S. et al. : Isolation and properties of the causal agent of a new variola-like disease (monkeypox) in man. Bulletin of World Health Organization, 46, 599-611, 1972.

Hendrickson, R.C. et al. : Orthopoxvirus genome evolution: The role of gene loss. Viruses, 2, 1933-1967, 2010.

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Happi, C. et al.: Urgent need for a non-discriminatory and non-stigmatizing nomenclature for monkeypox virus. Virological org.
https://virological.org/t/urgent-need-for-a-non-discriminatory-and-non-stigmatizing-nomenclature-for-monkeypox-virus/853