私は著書“ウイルスと地球生命”でウイルスは生物か無生物か、という古くから続けられてきた議論を取り上げてみました。その結果、以下に抜粋したように、生命の定義にいきついてしまいました。
「生物か無生物かという議論をややこしくしているのは、生物の定義も生命の定義もはっきりしていないことによる。1943年、理論物理学者エルヴィン・シュレディンガー(Erwin Schreoedinger)(1933年ノーベル物理学賞受賞)は物理学の立場から「生命とはなにか」という講演を行い、生物には二つの仕組み、すなわち遺伝子の情報にもとづいて子孫を残すこと(自己複製)と、栄養をとって活動すること(代謝)であると述べている。すなわち生物にはこれら二つの生命活動が必要と考えたのである。しかし生命そのものの定義には踏み込んでいない。現在でも、生物学事典では、生物は生命活動を営むものと述べられているが、生命については、生物の属性としている。すなわち循環論理であって、定義にはなっていない。一応明確に定義しているのは火星など地球以外の惑星における生命の存在に関心のある宇宙生物学の領域である。たとえば、アメリカ航空宇宙局(NASA)は生命をダーウィン進化が可能な自己保存的な化学系と定義している。」
最近、米国の有名なサイエンス・ライター、カール・ジンマー(Carl Zimmer)のブログで“科学は生命を3つの単語で定義できるか”(Can science define life in three words?)という興味あるエッセイを見つけました。
http://www.science20.com/carl_zimmer/can_science_define_life_three_words-86052
ジンマーは進化生物学を中心に生命科学のさまざまな分野について数多くの記事をニューヨーク・タイムズ、サイエンス、サイエンティフィック・アメリカン、ナショナルジオグラフィックなどに掲載しており、進化生物学に関する興味ある著書もいくつか出版しています。そのうち、和訳されたものもあり、私はそのひとつ、寄生虫の進化をとりあげたパラサイト・レックス(光文社、2001)を読んでから彼のファンになりました。近く岩波書店から出版される予定の“進化—生命のたどる道”という和訳も期待しています。
ブログの内容を簡単にまとめてみます。
「アメリカの火星探査機が打ち上げられ、火星に生命が存在するか調べることになっている。しかし、すべての生命が我々の知っている生命と同じと仮定する根拠は存在しない。2007年にアメリカ科学アカデミーの委員会は水や炭素なしで存在しうる生命の可能性は否定できないと結論した。水ならば地球でも火星でも定義は同じではっきりしているが、生命では広く認められている定義は存在しないのである。ポートランド州立大学の生物学者ラドゥ・ポーパ(Radu Popa)は本や雑誌に掲載された生命の定義を調べ始めたが、さまざまな定義があって300まで数え上げたところで止めてしまった。彼は“Between Necessity and Probability: Searching for the Definition and Origin of Life” (必要性と蓋然性:生命の定義と起源を求めて)(Springer, 2004)という本を出版したが、それから後も科学者は新しい定義を提唱している。
イスラエルのハイファ大学の生物学者エドワード・トリファノフ(Edward Trifanov)は新しい戦略で生命を定義することを試みた。新しい定義を積み重ねるのではなく、科学者がこれまで生命をどのような言葉で語っていたか言語学的に調べることにしたのである。そしてそれぞれの定義は違っていても、それらの間には共通性が存在していると考えて、150の定義について言語学的構造を分析した結果、150の定義のすべてに共通する単語を見つけだし、「self-reproduction with variations (変異を伴う自己複製)」という3つの単語から成る定義を発表した。彼は、この最低限の定義は我々が知っている生命と新たに見つかるかもしれない生命にあてはまめるのに役立つと述べている。この報告を掲載したJournal of Biomolecular Sturctures and Dynamics(生体分子構造および力学雑誌)の編集者が多くの科学者に意見を求めたところ、この定義には、代謝、細胞、情報といった重要な特徴が欠けているというコメントをはじめ、熱力学の法則では変異がない複製は不可能であるため、この定義は重複しているといった見解もあった。」
ポーパの著書Between Necessity and Probabilityを早速購入して読んでみました。これは宇宙生物学と生物地理物理学分野のシリーズ(Advances in Astrobiology and Biogeophysics)のひとつになっています。この本では、地球上の生命を記述できなければ地球外生命も含めた一般的概念として生命を理解することはできない。生命の定義は、生物学的生命、非生物学的生命、地球生命、地球外生命、人工生命を代表するものと述べ、それぞれの視点からの生命の定義の状況が整理されています。付録として1855年から2002年までの約150年間に提唱された生命の定義が93個列記されています。多分300個の中から選んだものと思います。私が引用したシュレディンガーの定義も含まれています。
生命の定義が現在ふたたび議論になってきた背景には、ジンマーがエッセイの冒頭で触れているように、火星における生命が注目されているためと推定されます。“ウイルスは生物か無生物か?”という単純な問いかけでも、生物に分類されている細菌に部分的には似ている巨大なウイルスが海水や淡水中で見つかり始めたことから、まだまだ議論が続くことでしょう。ジンマーは彼のエッセイをまとめた小冊子“A Planet of Viruses”(ウイルスたちの惑星) (University of Chicago Press, 2011)で「生命体の仲間からウイルスを閉め出すことは、どのようにして生命が始まったかを知るもっとも重要な手がかりを我々の手から奪い去ることになる」と述べています。私もまったく同意見で、NHK教育テレビ人間講座(2005年2月から3月 に放送)では“ウイルス・究極の寄生生命体”というタイトルを用いました。