世界でのBSEの発生はBSE検査と特定危険部位の除去、飼料対策などが功を奏して減少してきています。一方で、21世紀に入ってから、これまでのBSEとは異なる非定型BSEの発生が世界各国で確認されています。まだ少数の例について限られた研究知見のため、不明の点が多くありますが、いくつかの新しい問題を提起しているので、これまでの知見を整理してみます。なお、従来のBSEはclassical(古典的) BSEと呼ばれていますが、非定型に対応させるために、日本では定型BSEと呼ばれています。
非定型BSEの出現
BSEやクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)はプリオン病と呼ばれています。動物の身体には正常プリオン蛋白質がありますが、BSEの病原体(BSEプリオン)は正常プリオン蛋白質の立体構造が変わった異常プリオン蛋白質と考えられています。そこで、BSEの診断は異常プリオン蛋白質の検出で行われます。具体的には、異常プリオン蛋白質がもっとも蓄積する延髄のかんぬき(図1)と呼ばれる小さな領域の組織を採取し、その乳剤についてまずELISA(エライザ)法による迅速検査を行います。それで疑陽性または陽性となったサンプルについて、確認検査としてウエスタン・ブロット法と免疫組織化学検査を行い、いずれかの検査で陽性となった牛がBSE感染と診断されます。 ウエスタン・ブロット法は、神経組織の乳剤を蛋白質分解酵素のプロテナーゼKで処理して正常プリオン蛋白質を分解させた後、電気泳動し、プリオン蛋白質に対する抗体を反応させ、一定の位置に出る3本の異常プリオン蛋白質バンドを検出するものです。 ところで、これまでBSEと診断された多数の牛では、ウエスタン・ブロット法でのバンドの位置は一定していました。そこで、BSEの病原体は一種類と考えられてきたのですが、日本で2003年9月にBSEと診断された23ヶ月令の牛では、バンドの位置が異なっていたため、非定型BSEとして報告されました(1)。しかし、少量残っていたサンプルを牛型トランスジェニック・マウス(注1)に脳内接種した結果、感染性は見つかりませんでした。
注1:牛型トランスジェニック・マウスは牛のプリオン蛋白質遺伝子を導入したマウスです。BSEに対して牛と同等またはより高い感受性があります。後述の人型トランスジェニック・マウスは同様に人プリオン蛋白質遺伝子を導入したマウスです。
非定型BSEは、2004年初めからイタリアを初めとして(2)、フランス、オランダ、ドイツ、スウェーデン、デンマーク、ポーランド、スイス、米国、カナダなど欧米各国で見つかってきました。日本でも2006年に169ヶ月令の牛が2例目の非定型BSEと診断されました。 非定型BSEには、ウエスタン・ブロットのバンドの位置が低いものと高いものがあって、L型、H型に分類されています。(図2)便宜上、以下、L型BSE、H型BSEと呼びます。日本の2例はL型BSEです。さらに2012年にはスイスでL型、H型のいずれにもあてはまらない第3のタイプが2例見つかっています(3)。 非定型BSEはほとんどが8歳以上の牛で、日本の23ヶ月令の牛は例外的とみなされています。これまでに全部で60頭あまりが報告されていますが、多くの国では、かなり多数の8歳以上の繁殖用牛と乳牛が検査されずに屠畜され、または死亡しているため、実際はもっと多く存在している可能性が指摘されています(4)。
非定型BSEは自然発生
CJDは、ほとんどが60歳以上の人で100万人に1人の割合で自然発生していて、孤発性CJDと呼ばれています。ほかにプリオン蛋白質遺伝子の変異で起こる遺伝性CJDがあります。また、感染性のものもあります。感染性CJDの典型的なものは、日本で100名以上の患者が出た薬害ヤコブ病です。これは、移植に使用した脳硬膜に孤発性または遺伝性のCJD患者のものが含まれていたために起きたものです。BSEは餌からの感染で起きていますが、これは感染性CJDに相当します。しかし、孤発性と遺伝性のBSEは見つかっていませんでした。
非定型BSEは孤発性CJDに相当するとみなされています。また、米国で2006年に見つかった非定型BSEでは、プリオン蛋白質遺伝子の発病に関係するとされている領域に変異が見つかっています(5)。こうして、BSEでもCJDの場合と同様に孤発性、遺伝性、感染性の3つのタイプの存在することが明らかになったのです。
非定型BSEの感染性
L型BSEは牛への脳内接種で伝達されます(6)。牛型トランスジェニック・マウスに脳内接種で容易に伝達され、潜伏期は定型BSEの場合よりも短い結果が得られています(7)。カニクイザルへの脳内接種でも、定型BSEよりも短い潜伏期で発病しています(8)。日本の169ヶ月令のL型BSEも予防衛生協会、霊長類 医科学研究センター、感染症研究所の共同実験でカニクイザルへの感染性が確認されています(9)。経口接種の実験はハイイロネズミキツネザル(注2)で行われ、伝達が確認されています(10)。
注2:ハイイロネズミキツネザルは、カニクイザルなど真猿類よりも下等な原猿類で、マダガスカルで生息しており、絶滅危惧種に指定されています。マダガスカルは元フランスの植民地で、フランス・モンペリエ大学には実験用の繁殖コロニーがあります。そこで生まれたサルが実験に用いられたのです。
H型BSEでは牛(11)及び牛型マウス(12)への脳内接種による伝達が動物衛生研究所で確認されています。
L型、H型ともに牛に伝達されることから、牛の間で広がっている可能性は否定できません。とくにL型は定型BSEよりも種の壁を越えやすい可能性が指摘されています。
一方、非定型BSEのマウスへの脳内接種の実験からは、これまで謎だった定型BSEの起源は非定型BSEという可能性が提唱されています。L型BSEをヒツジ型トランスジェニック・マウス(13)または野生型マウス(14)で継代したところ、意外にも定型BSEの特徴が見いだされたのです。その結果、少なくとも種の壁を越えて継代されたことで定型BSEが出現した可能性が指摘されました。一方、H型BSEを牛型トランスジェニック・マウスで継代した実験でも定型BSEの特徴が出現し、継代を続けても定型BSEの特徴は維持されていました(15,16)。これらの成績は、孤発性BSEが牛の間で継代されているうちに、定型BSEになった可能性を示唆したものです。
人へのリスク
非定型BSEはすでに述べたように、牛やサルに感染性を示し、とくにL型BSEは種の壁を越えやすい性質と考えられています(6,13)。一方、イタリアではL型BSEの牛と実験的に感染させたサルの脳組織中の異常プリオン蛋白質の特徴がCJDのMM2と呼ばれるサブタイプに似ていることが指摘されています。さらにこの牛が飼育されていた州で見つかったMM2サブタイプのCJD患者との関連にも疑問が投げかけられています(8)。
人への感染の可能性を調べるには人型トランスジェニック・マウスへの脳内接種が行われています。L型BSEは定型BSEよりも高い効率で人型マウスに伝達されています。しかも免疫組織化学検査では、異常プリオン蛋白質が脾臓で検出されました。この知見はL型BSEがリンパ系組織に感染する可能性を示唆しています(17)。一方、H型BSEはこれまでのところ人型マウスへの伝達はできていません(18)。
これらの成績を検討した欧州食品安全庁は、L型BSEは人への感染を起こす可能性があるかもしれないという見解を発表しています(19)。
食品安全対策
非定型BSEが人に感染する可能性は前述のように不明です。しかし、感染の可能性があるという前提で安全対策を行う必要があります。日本の23ヶ月令を除いてすべてが高齢の牛ですが、ほとんどは健康な牛です。とくに、イタリアのL型BSEでは、背最長筋(ロース)、肋間筋(バラ肉)、殿筋(ランプ肉)に感染性が見つかったことが2012年に報告されました。論文のタイトルが「非定型BSEの骨格筋における感染性」から分かるように重要な知見です(20)。これまでのBSE対策では特定危険部位として脳、脊髄、回腸遠位部だけが取り除かれていますが、非定型BSEにはあてはまらないのです。牛そのものを食品に回さないことが必要です。
すべての非定型BSE例は脳のかんぬき部分について行われるウエスタン・ブロット法による検査で見つかってきたものです。日本の2例とも、またヨーロッパの例のほとんども健康な屠畜牛の検査で見つかったのです。ところが、非定型BSEでは異常プリオン蛋白質はかんぬき部分以外に多量に蓄積しているため、実際よりも過小評価の可能性が指摘されています(21)。
一方、米国では屠畜牛の検査は行っていません。米国産牛でのBSEは高リスク牛の検査で見つかった2005年(H型)、2006年(H型)、2012年(L型)の3例で、これらすべてが非定型です。このうち、2006年の例はプリオン蛋白質遺伝子に変異があり、これは遺伝性CJDのうち発病リスクがきわめて高いタイプに見られる変異に相当するものです。
欧米と日本のBSE検査の状況を食品安全委員会プリオン専門調査会の資料(22)をもとに整理してみました。(表1)
2012年4月にカリフォルニア州で非定型BSEが見つかった際には、ネイチャー誌のニュース・ブログに以下のようないくつかの興味ある発言が紹介されています(23)。州政府は我々のサーベイランス計画が機能しているため非定型BSEが見つかったと述べています。これに対して食品専門家は、サーベイランスは不十分で、今回の例は偶然見つかっただけと述べており、消費者団体も3000万頭の屠畜に対して0.13%を検査しているに過ぎないと指摘しています。
動物プリオン病の疫学専門家(米国農務省の顧問)は、この非定型例がどのようにして感染したのかは分からない。孤発性かもしれない。この病原体が長年にわたって循環しているのかも分からない。規制の強化が必要であるといった意見を述べています。
文献
1. Yamakawa, Y. et al.: Atypical proteinase K-resistant prion protein (PrPres) in an apparently healthy 23-month-old Holstein steer. Jpn. J. Infect. Dis., 56, 221-222, 2003.
2. Casalone, C. et al.: Identification of a second bovine amyloidotic spongiform encephalopathy: Molecular similarities with sporadic Creutzfeldt–Jakob disease. Proc. Natl. Acad. Sci., 101, 3065-3070, 2004.
3. Seuberlich, T., et al.: Novel prion protein in BSE-affected cattle, Switzerland. Emerg. Infect. Dis., 18, 158-159, 2012.
4. Brown, P.: On the question of sporadic or atypical bovine spongiform encephalopathy and Creutzfeldt-Jakob disease. Emerg. Infect. Dis., 12,1816–1821, 2006.
5. Nicholson, E.M. et al.: Identification of a heritable polymorphism in bovine PRNP associated with genetic transmissible spongiform encephalopathy: Evidence of heritable BSE. PLoS ONE 3(8): e2912. doi:10.1371/journal.pone.0002912, 2008.
6. Lombardi, G. et al.: Intraspecies transmission of BASE induces clinical dullness and amyotrophic changes. PLoS Pathog., 4(5): e1000075, 2008. doi:10.1371/journal.ppat.1000075
7. Buschmann, A. et al.: Atypical BSE in Germany—Proof of transmissibility and biochemical characterization. Vet. Microbiol., 117, 103-116, 2006.
8. Comoy, E.E. et al.: Atypical BSE (BASE) transmitted from asymptomatic aging cattle to a primate. PLoS ONE, 3 (8): e3017, 2008. doi:10.1371/journal.pone.0003017
9. Ono, F. et al.: Atypical L-type bovine spongiform encephalopathy (L-BSE) transmission to cynomolgus macaques, a non-human primate. Jpn. J. Infect. Dis., 64, 81-84, 2011.
10. Mestre-Francés, N. et al.: Oral transmission of L-type bovine spongiform encephalopathy in primate model. Emerg. Infect. Dis.,18,142-145, 2012.
11. Okada, H. et al.: Experimental H-type bovine spongiform encephalopathy characterized by plaques and glial- and stellate-type prion protein deposits. Vet. Res., 42, 79, 2011. doi:10.1186/1297-9716-42-79.
12. Okada, H. et al.: Experimental transmission of H-type bovine spongiform encephalopathy to bovinized transgenic mice. Vet. Path., 48, 942-947, 2011.
13. Béringue, V. et al.: A bovine prion acquires an epidemic bovine spongiform encephalopathy strain-like phenotype on interspecies transmission. J. Neurosci., 27, 6965-6971, 2007.
14. Capobianco, R. et al.: Conversion of the BASE Prion Strain into the BSE Strain: The Origin of BSE? PLoS Pathog.3(3): e31., 2007. doi:10.1371/journal.ppat.0030031
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16. Torres, J. -M. et al.: Classical bovine spongiform encephalopathy by transmission of H-type prion in homologous prion protein context. Emerg. Infect. Dis.17, 1636–1644, 2011.
17. Kong, Q. et al.: Evaluation of the human transmission risk of an atypical bovine spongiform encephalopathy prion strain. J. Virol., 82, 3697–3701, 2008.
18. Béringue, V. et al.: Transmission of atypical bovine prions to mice transgenic for human prion protein. Emerg. Infect. Dis., 14, 1898-1901, 2008.
19. EFSA Panel on Biological Hazards (BIOHAZ): Joint Scientific Opinion on any possible epidemiological or molecular association between TSEs in animals and humans. EFSA Journal 9(1):1945, 2011.
20. Suardi, S.et al: Infectivity in skeletal muscle of cattle with atypical bovine spongiform encephalopathy. PLoS ONE 7(2): e31449, 2012. doi:10.1371/journal.pone.0031449
21. Sala, C. et al.: Individual factors associated with L- and H-type bovine spongiform encephalopathy in France. BMC Vet. Res. 8:74, 2012. doi:10.1186/1746-6148-8-74
22. http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20120905pr1
23. California BSE prion comes with a different twist. Nature News Blog., 27 Apr 2012. http://blogs.nature.com/news/2012/04/california-bse-prion-comes-with-a-different-twist.html