59.アメーバ角膜炎由来の巨大ウイルスが示唆する多様な可動因子の世界

ソフトコンタクトレンズの使用者の間でアメーバ結膜炎が増えていて、重症の場合には角膜移植が行われることもある。フランスで17歳の女性が2週間にわたって左目に痛みと発赤が続いたので眼科を受診したところ、細菌性角膜炎と診断された。彼女は3年間ソフトコンタクトレンズをつけていたが、交換期限の1ヶ月を越えて3ヶ月間も用いていた。
角膜表面をこすったサンプルをアメーバでは18S リボソームDNA、細菌では16S リボソームDNA、ヘルペスウイルスではDNAポリメラーゼなどについて分子検査を行った結果は陰性だった。一方、コンタクトレンズの保存液からいくつかの細菌とともにアメーバが見つかった。このアメーバを培養したところ、4種類の微生物が検出され、2つは細菌だったが、3番目のものはミミウイルスと近縁の新しい巨大ウイルスで、レンチル(Lentille)ウイルスと命名された。4番目のものは新しいヴィロファージでスプートニク2と命名された(1)
このアメーバは、コンタクトレンズをつけている人がレンズを取り扱う前に手洗いする水道水などに含まれていることも多い。そのため、巨大ウイルスの発見そのものは、それほど目新しいものではなかった。
ところが、レンチルウイルスのゲノムの塩基配列を解析したところ、驚くべき事実が明らかになってきた。1つは、レンチウイルスのゲノムにスプートニク2ウイルスのゲノムが組み込まれていたことである。ヴィロファージはアメーバからアメーバへと移動しているうちにレンチルウイルスに感染して、そのゲノムに組み込まれたと考えられた。こうしてヴィロファージは、レンチルウイルスのゲノムと一緒に確実に自分の複製を作り出すという手段を獲得したとみなせる。
1949年にノーベル賞受賞者のアンドレ・ルヴォフ(André Lwoff)が細菌に感染していて休眠状態のファージをプロファージと呼んだことから、この名称は細菌のゲノムに組み込まれたファージに用いられている。これにならったものと思われるが、レンチルウイルスのゲノムに組み込まれたスプートニク2ウイルスに対して、プロヴィロファージの名称が付けられている。なお、同じような表現として、細胞のゲノムに組み込まれたレトロウイルスがプロウイルスと呼ばれている。
もうひとつの驚きは、レンチルウイルスのゲノムに6ないし8個の遺伝子を含む7420塩基対の配列が組み込まれていたことである。この配列はトランスポゾンに似ていた。トランスポゾンとは、ゲノムの上を移動できる遺伝子のことで、最初はトウモロコシで見つかったが、現在は動植物に広く存在することが分かっている。この配列は、トランスポゾンのように細胞内ではなく、ウイルスのゲノムに見つかるので、トランスポヴィロン(transpoviron)という名前が付けられた。これまでトランスポゾンとDNAウイルスはどちらが先かはわからないが、同じ祖先から進化したのではないかとう考えがあった。トランスポヴィロンの発見は、この問題を調べる手がかりになるだろう。

 
トウモロコシでトランスポゾンを発見したバーバラ・マクリントック(Barbara McClintock)は1983年にノーベル賞を受賞した。
ほかのミミウイルスでも固有のトランスポヴィロンが見つかった。こうして、巨大ウイルスにヴィロファージとトランスポヴィロンという二つの可動因子が加わり、可動因子の多様な世界の姿が現れつつある(2)

 

文献

1. Cohen, G.,Hoffart, L., La Scola, B. et al.: Ameba-associated keratitis, France. Emerg. Infect. Dis., 17, 1306-1307, 2011.

2. Desnues, C., La Scola, B., Yutin, N. et al.: Provirophages and transpovirons as the diverse mobilome of giant viruses. Proc. Natl. Acad. Sci., 109, 18078-18083, 2012.