47.天然痘のリスク(2)

(社)予防衛生協会 元理事
東京大学名誉教授
山内一也

(2)天然痘が発生した場合どうなるか

参考になるのは、天然痘根絶計画が終わりかけた1970年代に起きた2つの発生である。

英国バーミンガム大学での実験室からの感染

1976年8月11日、バーミンガム大学医学部の天然痘研究室のすぐ上の階で働いていた解剖学教室の写真技師ジャネット・パーカーが発熱、筋肉痛、頭痛を訴えた。最初は風邪と考えられ、4日後には発疹が現れたが薬疹とみなされて自宅療養を続けていた。24日に天然痘が疑われてイースト・バーミンガム病院に入院させられ、電子顕微鏡検査で天然痘と診断された。27日にはウイルスも分離された。発病から診断までに約2週間かかっていた。

彼女の容態は急速に悪化し、9月11日、合併症の腎臓障害と細菌感染により死亡した。彼女と接触した可能性のあった人は約290人見つかり、そのうち彼女の母親が感染・発病した。幸い彼女は回復した。一方、天然痘研究室のHenry Bedson教授は喉を切って自殺した。

バーミンガム大学の感染源調査委員会の報告書によれば、Bedsonの実験室で用いられていたウイルスが空調設備の欠陥で漏れたためと推定された 1,2

ユーゴスラビアでの発生

1972年、45年間以上天然痘の発生がなかったユーゴスラビアで突然天然痘が発生した。メッカ巡礼のバス旅行からコソボ地域の村に帰国したひとりのイスラム教信徒が持ち込んだものだった。彼は、帰国の途中、2月3日から6日までイラクのバグダッドに滞在していた。当時、イラクでは天然痘が常在していた。2月17日に村に戻り、翌日、疲労、悪寒、発熱の症状が出たが、数千キロにわたるバス旅行の疲れと考えていた。

天然痘と診断されたのは発病してから3週間以上のちの3月14日である。その時には首都ベオグラードに二次感染の患者が出始めていた。2日後に独裁者のチトー大統領が国家非常事態を宣言し、人権を無視した厳重な封じ込め作戦を開始した。軍隊を出動させて患者が発生した村や町をすべて封鎖し、あらゆる公共の会議を禁止した。数多くのホテルやアパートを差し押さえ、患者と接触した疑いのあった人たち数千人を2週間以上にわたって隔離した。建物の周囲には鉄条網を張りめぐらし武装した兵士が監視した。3月24日には全国民に種痘を開始し、4日間にベオグラード地域の120万人が種痘を受け、3週間で総人口2000万人のうちの1800万人が種痘を受けた。4月12日に最後の患者が入院して流行を終息した。この流行では175名の患者、35名の死亡者が出た 1,2,3

天然痘ウイルスが漏出した際のリスク管理はどうなる

①卓上演習「大西洋の嵐」

天然痘ウイルス廃棄を主張するDonald Henderson(ピッツバーグ大学バイオセキュリティ・センター教授)を中心としてジョンスホプキンス大学などが加わった安全保障ネットワーク・チームは、2005年に天然痘ウイルスによりテロが起きた場合の国際的対処について卓上演習を試みた。その内容は、BBCによりアトランティック・ストーム(大西洋の嵐)という番組で放映された。シナリオは、以下の通りである。

2005年1月14日、ワシントンでの環大西洋安全保障サミットにヨーロッパと北米の10カ国の首脳とWHO事務局長が集まった。その晩、ヨーロッパの数カ国で天然痘が突然発生したという速報が届いた。その時点では分かっていなかったが、テロリストが天然痘ウイルスを入手して、空港など交通の要所にひそかに散布したのである。

出演者は、米国大統領をオルブライト元国務長官、WHO事務局長をブルントランント元事務局長(元ノルウェイ首相)、ほかの国の首脳も大臣や首相経験者だった。彼らの間での活発な議論を通じて、国際的危機に対する必要な危機管理体制ができていないことが明らかにされた。国境閉鎖にかかわる問題点、予想される経済的大混乱への対処、ワクチン不足の実態(45回記事参照)、発生国への備蓄ワクチンの提供で想定される難問、WHOの対応能力の欠如など、医療・公衆衛生を超えた政治、安全保障、外交分野などでの問題点がいくつも浮き彫りにされた4,5

②発生した際のシナリオ

米国とロシアで保管されている天然痘ウイルスは厳重な防護体制で護られている。しかし、ウイルスがある以上、漏出が絶対ないとはいえないというのが、公衆衛生の立場からウイルス廃棄を主張する見解である。一方、今回のワシントン郊外で見つかったような事例がほかで起きて患者が出る可能性も否定はできない。もし仮に発生した場合にはどうなるだろうか。

リスク管理が検討されている新型インフルエンザのパンデミックの場合と比較してみよう。インフルエンザは1-2日の潜伏期で症状が現れ、迅速検査キットもある。天然痘の潜伏期は10日以上あり、発疹が出でも天然痘と診断できる医師はほとんどいないだろう。上述の天然痘が発生していた1970年代には、天然痘の診断経験のある医師は多くいた。それでも、発病から診断までに2-3週間がかかっていた。現在は迅速診断法があるが、発疹があっても天然痘と疑う医師は皆無だろう。天然痘と診断されるまでにかなりの日数がかかることは間違いない。

ひとりの患者から感染する人数の平均値は、基本再生産数(R0)と呼ばれ、ウイルスの伝播力を示す指標となる。前述のユーゴスラビアの天然痘では10だった。2009年の新型インフルエンザ(H1N1)では1.4 – 1.6であり、天然痘はインフルエンザの5倍以上の伝播力があると考えられる。グローバル化した現代社会では、天然痘と診断された時には、すでに感染は世界各国に広がっている可能性が高い。そうなった場合、表で示したように、ワクチンの備蓄は十分とはいえない。卓上演習では、十分量を確保している国であっても、ほかの国にワクチンを提供することは難しいといった意見も出ていた。ユーゴスラビアの場合には、2000万人分が世界各国から提供されたが、もはやそのような協力は期待できない。

抗ウイルス剤は米国ではアレストビルの備蓄を計画しているが、その効果はまだはっきりしていない。効果があってもインフルエンザの場合のタミフルのように、重症化を防ぐという、個人レベルでの効果で、集団での広がりを防ぐことはできない。

いずれは、先進国ではワクチンにより封じ込めに成功しても、多くの発展途上国では常在化することは間違いない。東西冷戦時に達成できた天然痘根絶は、各地で紛争やテロが発生している現代社会では不可能である。

文献

1. Fenner, F., Henderson, D.A., Arita, I. et al. (eds.): Smallpox and its Eradication. World Health Organization, 1988.

2. 山内一也・三瀬勝利:忍び寄るバイオテロ。日本放送協会、2003.

3. Tucker, J.B.: Scourge. The Once and Future Threat of Smallpox. Atlantic Monthly Press, 2001.

4. Centers for Biosecurity of the University of Pittsburgh Medical Center: http://www.upmchealthsecurity.org/our-work/events/2005_atlantic_storm/flash/pdf/update_1000.pdf

5. Henderson, D.A.: Smallpox. The Death of a Disease. Prometheus Books, 2009