人獣共通感染症連続講座 第172回 非定型BSEは孤発性BSEか?

(10/9/06)

スクレイピーでは20以上のタイプが見つかっていますが、BSEはこれまで1つのタイプが流行を起こしていると考えられてきました。しかし、2003年に日本で23ヶ月齢のBSE例のウエスタン・ブロットのバンドのパターンが従来のBSEと異なることから、非定型BSEと疑われました。同じ頃イタリアでも非定型BSEが見つかりました。そののち、欧米で非定型BSEが次々に見いだされてきています。
10月3日から6日にかけてイタリアのトリノで開かれたNeuroPrionシンポジウムでは、非定型BSEがもっとも大きな話題となり、最後のセッション「プリオン研究の将来・ホットトピックス」では、イタリアの非定型BSEのサルへの伝達実験と米国の遺伝性BSEが発表されました。
そして、シンポジウムのしめくくりとして、米国国立衛生研究所(NIH)の元・中枢神経系研究部部長のPaul Brown(ポール・ブラウン)は非定型BSEが最大の疑問という内容のまとめを行いました。
非定型BSEの問題は、2004年2月に東京で開かれたシンポジウム「動物プリオン病の診断と疫学」で取り上げられ、2006年5月にロンドンで開かれたシンポジウム「家畜のプリオン病」でも実験成績が発表されています。それらも参考にしながら、現状を整理してみようと思います。

各国での発生状況

非定型BSEは現在までに、日本で2例(23ヶ月齢の8例目と169ヶ月齢の24例目)、イタリアで2例(11歳と15歳)をはじめとして、フランス4例、ベルギー2例、米国2例、オランダ4例、ドイツ3例、スウェーデン1例が論文やシンポジウムで報告されています。ほかにポーランド、デンマークでも見いだされたそうです。
BSEの中で非定型BSEが占める割合は、日本では29例中2例、オランダでは80例中4例と、かなり高いように思えます。
一方、英国では、保存してある高年齢のウシのサンプルについて非定型BSEの調査を2003年以来行っていますが、これまでのところ、見つかっていません。
非定型BSEはいずれもウエスタン・ブロットで見いだされたものです。フランス食品安全庁(AFSSA)のThiery Baron(ティエリー・バロン)は、バンドの位置が高い例(Hタイプ)と低い例(Lタイプ)の2つに分類しており、それにしたがうと、日本の2例、イタリアの2例、ドイツの1例、ベルギーの2例はLタイプになり、フランスの3例、米国の2例、ドイツの1例、スウェーデンの1例などはHタイプになります。
しかし、 それぞれのタイプの間でもバンドの特徴に差があります。また、脳の中での異常プリオン蛋白の分布を見ると、同じLタイプでも日本の24例目では延髄に多く蓄積しているのに対して、イタリアの例では前頭葉や嗅球に多いといった違いがあります。

非定型BSEの感染性

イタリアの1例は、ウシ、マウス、サルへの脳内接種で、感染性が証明されています。ウシでは17ヶ月、サルでは26ヶ月と、従来型BSEよりも短い潜伏期で発病している点が注目されています。フランスとドイツの例はマウスへの脳内接種で感染性が証明されています。経口感染は発病までの潜伏期が長いため、まだ結果は得られていません。

遺伝性BSE

人ではプリオン遺伝子の変異による遺伝性のプリオン病があります。これまで、ウシのプリオン遺伝子では、BSEに関連する変異は見つかっていません。しかし、トリノのシンポジウムで米国農務省動物病研究所家畜ウイルス・プリオン病研究ユニットのJurgen Richt(ユルゲン・リヒト、アメリカ人はリックと発音)は、ウシのプリオン遺伝子配列すべてを解析した結果、1例で変異が見いだされたことを報告しました。プリオン遺伝子コドン211番目のアミノ酸置換で、彼は家族性クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD )での200番目の変異に相当するものと見なしています。これはイスラエルのリビア系のユダヤ人に多く見られる変異で、40歳で1%の発症率、年齢が増加するにつれて発症率は増加し85歳ではほぼ100%になると言われています。

非定型BSEは孤発性BSEか?

トリノのシンポジウムでPaul Brownは、孤発性CJDの発病年齢を60−65歳、頻度を1000万人に1人と考え、非定型BSEが同じ生物学的特徴をもったものと仮定した場合に想定される状況を整理しました。
それによると、非定型BSEの発生は孤発性CJDよりもはるかに若い年齢に見られていますが、孤発性CJDの約10%は25歳から45歳で起きている点を注目して、この条件をあてはめた場合には、14歳以上のウシ10万頭中1例に発生するという推定をしています。
最後に彼は、非定型BSEの意義を理解するために、BSE検査を続けることが重要であるが、米国の検査の経緯を振り返ると、検査数が増加したきっかけは、ハーバード大学のリスク分析報告書、ワシントン州で1例目BSEの発生、テキサス州の2例目の発生だったのに、アラバマ州での発生からは検査数が減少してきているのはなぜか、と指摘していました。

BSE対策にかかわる問題点

非定型BSEはウシに感染性があるとみなして、ウシへの対策が必要です。非定型BSEはすべてBSE検査で見いだされたものです。したがって、BSE検査で検出できると考えられます。しかし、日本と欧州の例のほとんどは屠畜場での健康牛を対象としたBSE検査で見いだされたもので、多くの場合、症状は見られていません。OIEの国際基準にもとづくサーベイランスはリスク牛を重点的に行われていますが、その場合には非定型BSEをみのがすおそれがあります。
人へのリスクは不明ですが、イタリアの例はサルに伝達されています。人への安全対策は当然必要ですが、病原体の体内分布など、従来型のBSEで得られた実験成績が、非定型BSEにどれだけあてはまるかは今後の問題です。