安田徳一{YASUDA,Norikazu}
9.3 近親婚データによる遺伝的荷重の推定
乳幼児の死亡や先天異常に遺伝的要因が関っているかについての研究では、近親婚から生まれた子どもの死亡率や異常率のデータが用いられている。モートン・クロー・マラー(Morton, Crow & Mullur 1956)は遺伝的荷重の考えをを用いてヒトの近親婚データでこの問題の解明を行った。その結果、その後の多くの研究からも、ヒトは誰でも平均して2~4個の致死遺伝子相当量lethal equivalentの保因者carrierであることが推論された。
一つの遺伝子座について近親婚の子どもにみられる遺伝的荷重は前回の講義(9.2節)の最後に示した式で与えられる。子どもの死亡率や異常率はむしろ複数の遺伝子座が関与していると考えられるから、近似的におのおのの座の寄与を乗じたものが観察された遺伝的荷重となる。すなわち、実際に観察される死亡や異常を免れる生存率あるいは健常率(S)は近似的にそれぞれの遺伝子座の寄与の積で与えられれる。
S=SES1S2…=(1-E)(1-L1)(1-L2)…
ここにSEは内外環境による死亡/異常をまぬかれる割合、Siはi番目の座の荷重Liをまぬかれる割合である。それぞれの座の寄与は小さくポアソン分布をすると考えると
ln S= ln(1-E)+Σln(1-Li)
と表わすことができる。ここでLi<0.01であればln(1-Li)~Liと近似できることから、また荷重は近交係数の一次式Li=ai+bifで表わせることを用いて
-ln S =A+Bf
となる。ここでA,Bの突然変異による荷重による理論値は次の通りである。
A=-ln(1-E)+Σsqe(qe+2peh), B=Σsqe-Σsqe(qe+2peh)
致死相当量 : ここでΣsqeは配偶子(あるいはゲノム)に保有されている遺伝子のうち。集団から世代ごとに消失する割合をあらわしている。これは致死相当量と呼ばれている。ここにpe=1-qeである。致死相当量については
B<Σsqe<A+B
という関係があるから、その上限値と下限値をA,Bを用いて推定することができる。
特に環境要因による死亡のない完全劣性致死遺伝子(群)(s=1,h=0)については
A=Σqe2=V+nq2, A+B=Σqe=nq
と表わせる。ここにVは各座位についての劣性遺伝子頻度の分散、qはその平均値、nは座位数を表わす。したがって
(A+B)2/A<n, A/(A+B)>q
を用いて完全劣性致死遺伝子座数の下限およびその遺伝子頻度の平均値の上限を推定することができる。
この方法で調査分析した代表的な日本人の致死相当量は次の通りである。
データ | 地域 | 2B | 2(A+B) | >qe | <n | 文献 |
死亡率 | 広島 | 1.06 | 1.24 | 0.14 | 5 | Neel & Schul, 1962 |
死亡率 | 長崎 | 0.21 | 0.70 | 0.10 | 1 | Neel & Schul, 1962 |
乳児死亡率 | 福岡市 | 1.24 | 1.38 | 0.10 | 7 | Yamaguch et al., 1970 |
乳児死亡率 | 静岡市(農村) | 0.88 | 1.16 | 0.24 | 3 | Tanaka, 1973 |
乳児死亡率 | 静岡市(郊外) | 1.69 | 1.93 | 0.12 | 7 | Tanaka, 1973 |
乳児死亡率 | 静岡市(市街) | 1.49 | 1.67 | 0.10 | 8 | Tanaka, 1973 |
個体あたりの致死相当量の下限2B、上限2(A+B)がよく似た数値であることから、およそ1.0~2.0の中位値をとって1.8という代表値が得られる。この値は世界各地で調査された1人あたりの致死相当量2.2に比べて若干少なめである。すなわち(Cavalli-Sforza & Bodmer 1971)
致死相当量 | <0 | 0~1 | 1~2 | 2~3 | 3~4 | 4~6 | 6~8 | 8< |
調査報告例 | 2 | 1 | 5 | 4 | 1 | 2 | 2 | 1 |
致死遺伝子頻度と座位数の推定値は、実際には環境因子の影響がAの数値にふくまれるので、かなり大まかの指標でしかない。
有害相当量 detrimental equivalent : 致死相当量の方法を死に至らない異常に応用したものである。その場合選択係数を異常の浸透率をあらわすものと解釈し、データは生存率(死亡率)ではなく正常率(異常率)を調べることになる。すべての障害について調査することは不可能に近いが、幾つかの異常について日本人で次の結果が得られている。
障害 | 2B | 2(A+B) | 地域 | 文献 |
先天奇形 | 0.19 | 0.21 | 広島 | Schull & Neel, 1965 |
小異常 | 0.71 | 0.86 | 呉、長崎 | Schull & Neel, 1965 |
聴覚障害 | 0.04 | 0.04 | 関東地方 | Furusho & Yasuda, 1973 |
視覚障害 | 0.03 | 0.03 | 全日本 | Nakajima et al., 1977 |
これらの合計の2B,2(A+B)はそれぞれ0.97,1.14となるから、これらの有害相当量は1人あたりほぼ1と推定される。また2Bの数値が異常により異なることから近親婚により増加が起り易い異常とそうでないものとがあると言えよう。
9.4 突然変異の増加によって起こる変化
近年放射性物質の利用が進み、生物が放射線に被ばくする機会が多くなってきた。放射線被ばくの当人はもちろんのこと、さらにはその子ども、孫など子孫における健康障害があるのか、いわゆる放射線の遺伝的影響が人類にとって重大関心事となっている。もちろん放射線のほか、環境変異原や化学物質などの健康への影響も重大関心事である。ここでは被ばく量が比較的容易に測ることができる放射線を突然変異原として取り上げて、放射線量とその遺伝的影響の大きさを考えてみよう。
X線照射によりMuller(1927)がキイロショウジョウバエで、Stadler(1928)が大麦ではじめて人為的に突然変異を起こすことに成功した。
突然変異率は線量に比例して直線的に増える:u(D)=a+bD。ここにaは自然突然変異率、bは線量あたりの誘発突然変異の増加率である。u(D)=2aとなる線量を倍加線量といい、これをDDと表わせばDD=a/bとなる。ただし自然突然変異と誘発突然変異の生じる機構が同じであると仮定した。しかし、遺伝子の分子レベルの解析により、誘発突然変異の大部分が複数の塩基の欠失であるのに対してメンデル性遺伝病の自然突然変異のおよそ半分は単一塩基置換であることがわかってきた(Sankaranarayanan 1991)。突然変異の発生機構は自然、誘発いずれについても今後の解明が待たれている。ここでは突然変異の表現型への効果は自然、誘発いずれでも同じであるとするモデルで、突然変異率の増加によって突然変異個体の頻度がどのように増加するかを明らかにして、さらに異常者発生率や集団適応度の変化について考察してみよう。
9.4.1 突然変異個体の頻度
突然変異遺伝子gが完全優性の場合(h=0)を考察しよう。突然変異個体の選択値を1-s、正常対立遺伝子Gからの突然変異率をuとすれば、gの変化率は
Δu=u(1-q)-s(1-q)2q/w
ここに w=1-sq{2(1-q)+q}は集団適応度であるが、qが小さいときはほぼ1に近い。
突然変異率uが選択係数sに比べて小さいならΔu=0を満たす平衡頻度はおよそ
qe=u/s
となる。この値の近傍ではqの値は1に比べてずっと小さいから、その変化率は近似的に
Δu | =s(qe-q) |
=u-sq |
となる。さてgの頻度が平衡点からわずかξだけずれたとしよう。すなわち
q=qe+ξ
を上式に代入すると
Δξ=-sξ
となる。すなわち、最初のずれは1世代ごとにsの割合で減少するから、第t世代でのずれの大きさは
ξt=ξ0(1-s)t~ξ0e-st→0 (t→∞)
となり、最初の平衡点に近づく。すなわち、平衡点は安定である。
A)突然変異率と選択とが平衡状態にある集団で、あるとき一時的に突然変異率がK倍になったとしよう。平衡状態での突然変異対立遺伝子gの頻度はqe=u/sだから、K倍になった次の世代のgの頻度は
q’=(1-s)qe+Ku=u/s+(K-1)u=qe+(K-1)u
となり、その後の世代での平衡点の値はずれξ0=(K-1)uが上式によって毎世代sの割合で減少し、もとの平衡点に戻る。すなわち、
qt1=qe{1+(K-1)s(1-s)t-1}
が、突然変異対立遺伝子頻度の世代ごとの変化を表わす。ここで((K-1)s(1-s)t-1=Mを突然変異成分という(Crow & Denniston 1981)。また、ずれが半減するに要する世代数は
t1/2=0.69/s
で与えられる。
たとえば優性突然変異による疾患として知られる軟骨異栄養症Achondroplasiaを例にとると、この患者は健常者に比べて平均して1/5くらいしか子どもを残さない。すなわち、s=4/5で、qe=1.25uである。したがって
qt1=1.25u{1+(K-1)0.8(0.2)t-1}→1.25u=qe (t→∞)
t1/2=3~4世代
と予測される。
B)突然変異がある世代でK倍となり、それがその後の世代で続くようになるとしたら、それまでqe=u/sであった突然変異遺伝子の頻度は新しい平衡点Qe=Ku/sに次第に近づく。その変化過程を示す式は、これまでの考え方と同様にして次のようになる。
qtK=qe{K-(K-1)(1-s)t}
軟骨異栄養症の例では
qtK=1.25u{K-(K-1)(0.2)t}→(1.25u)K=Qe (t→∞)
A),B)いずれの状況においても患者の発生率の変化を求めるには、優性表現個体の頻度がg対立遺伝子のほぼ2倍であることを利用する。すなわちgg,Gg遺伝子型の個体は患者であるから、任意交配ではそれらの頻度の合計がq2+2q(1-q)=q(2-q)≒2qと表わされる。軟骨異栄養症の例で突然変異率(u)が倍増(K=2)したとしたら、その後の世代での異常者の発生率は次のようになる。
世代(t) | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
一世代増加 | 2.50u | 4.50u | 2.90u | 2.58u | 1.52u | 2.50u |
毎世代増加 | 2.50u | 4.50u | 4.90u | 4.99u | 5.00u | 5.00u |
増加後の第一世代(t=1)では患者の発生率はどちらのシナリオでも同じであるが、一世代増加では増加以前(t=0)の発生率に5世代後にほぼ戻る。毎世代増加では4~5世代後に異常者の頻度が増加前の発生率の倍に達する。突然変異の変化が放射線被ばくによると考えると、この予測計算は放射線の遺伝的影響のリスク評価の一つのモデルとなる。
次に可視的には完全劣性であるが、適応度の上ではヘテロの状態でも若干の有害作用を現わす突然変異遺伝子について考えよう。集団の近交係数をαとすると、劣性遺伝子gの頻度はqeは
qe=u/(sz) (ここで z=(1-h)α+h)
であるから、この平衡点からのずれをξであらわすと
Δξ=-szξ
となる。これは完全優性の場合でsの代わりにszとした場合に相当する。
突然変異表現個体の発生率は
Pt=(1-α)qt2+αqt (t=3,4…)
から求めることになるが、ヒトでは普通いとこ婚より血の濃い近親婚を避けるから、ずれの原因となった新たに生じた突然変異遺伝子は3世代後になってはじめてオート接合になる機会を生じる。最初の1、2世代はずれの生じる以前の平衡状態で存在した突然変異遺伝子とずれを生じる原因となった突然変異遺伝子とが偶然に対合してアロ接合になることがある。すなわち
Pt=(1-α)(qe2+2qeqt)+αqe (t=1,2)
致死遺伝子(s=1)について言えば、hの大きさはおよそ5%、ヒト集団でのαは2%より小さいことが普通であるから
Δξ=-hξ
例えば、s=1, h=0.05, α=0.002, u=10-5とすると、z=0.0519(≒0.05=h)。したがって、突然変異率が1世代だけK倍増する場合の突然変異遺伝子の頻度は
qt1=qe{1+(K-1)z(1-z)t-1}
毎世代続けてK倍増する場合は
qtn=qe{K-(K-1)(1-z)t}
突然変異表現個体の頻度は
qe=u/z
に注意して、例えば突然変異率が2倍となった場合の遺伝子頻度の変化は、t=0世代(qe=19.27u)で突然変異率にずれが生じたなら
t | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
qt1/qe | 1. | 1.052 | 1.049 | 1.047 | 1.044 | 1.041 | 1.040 | 1.038 | 1.036 | 1.034 | 1.032 |
qtn/qe | 1. | 1.052 | 1.101 | 1.147 | 1.192 | 1.233 | 1.273 | 1.311 | 1.347 | 1.380 | 1.412 |
また、突然変異表現個体の発生率はずれの生じる以前はPe=4.224×10-7であるから、その後は
t | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
qt1/Pe | 1. | 1.001 | 1.001 | 1.063 | 1.048 | 1.046 | 1.043 | 1.041 | 1.039 | 1.036 | 1.035 |
qtn/Pe | 1. | 1.001 | 1.019 | 1.162 | 1.212 | 1.258 | 1.315 | 1.346 | 1.387 | 1.427 | 1.464 |
一回増加の影響は、優性遺伝病では最初の子どもの世代(t=1)で影響が最もでるのに対して、劣性遺伝病は3世代目に大きくなる。これは新たに生じた突然変異遺伝子が最初の子、孫の世代ではオート接合となる機会がヒトではないからである。
突然変異が可視的にも適応度の上でも完全劣性の場合(h=0)の状況は別の考察をする必要がある。劣性個体ggの選択値を1-s、遺伝子型GGとGgの正常個体のそれを1とすると、突然変異遺伝子qの頻度変化は
Δq=-sq(1-q){α+(1-α)q}+u(1-q)
となる。平衡頻度は近似的に
qe≒{ | u√(1/su)=√(u/s) | α2≪4u/s |
u/s | α2≒4u/s | |
u/(sα) | α2≫4u/s |
ここで通常α≪1であるから、常にqe≫uであることに注意したい。すなわち、完全劣性突然変異遺伝子の平衡頻度qeは突然変異率uより高い。
突然変異率が1世代だけ増加した場合を考えてみよう。F1(子の世代)での劣性個体の増分は近親婚がないから偶然による対合(アロ接合)である。すなわち、従来の突然変異遺伝子と新たに生じた劣性遺伝子が対合する確率は2uqeである。これを劣性表現個体に対する割合でみてみると
2uqe/{αqe+(1-α)qe2}=2sqe
この結果はqeがΔq=0を満たすことから、u=s{αqe+(1-α)qe2}なる関係があることから導かれる。2世代後に選択による若干の減少があるが、ほとんど無視できる程度に過ぎない。その後いとこ婚でオート接合になる確率がでてくるが、新たにuα、劣性個体頻度あたりsα増える。その後は遺伝子頻度は徐々に減少して、再び元の平衡頻度qeにもどるが、その減少率は次の式で与えられる。
Δξ=-s{α+2(1-α)qe}ξ
あるいは近似的に
Δξ/ξ | ≒-2√(us) | α2≪4u/s |
≒-sα | α2≫4u/s |
遺伝子頻度の変化率が非常に緩慢なため、近似的にΔqをqについて微分して、qeの近傍での値から求めることができる。これに伴う劣性表現個体の頻度変化はおよそ
α+2qe
これも劣性表現個体の頻度αq+(1-α)q2のq=qeにおけるqの微分係数として得られる。完全優性、あるいは部分優性の場合と比べて平衡点への復帰は非常に遅く、相当有害な遺伝子でも、平衡点からのずれが半減するには何百世代もかかろう。
突然変異率が恒久的にK倍になった場合、新たな平衡点の頻度はK倍となり、その近づき方は毎世代のずれの変化が
Δξ=-s{α+2(1-α)Kqe}ξ
で与えられることから、その近づき方はやはりひどく緩慢である。
9.4.2 突然変異による遺伝的荷重の変化
9章(第23回講座)で、平衡状態で突然変異による集団適応度の減少、すなわち遺伝的荷重の増加は1個体あたりの突然変異率(すなわち、ゲノムあたりの突然変異率の2倍)に等しいというホールデン・マラーの法則について述べた。ここでは遺伝的荷重を尺度として突然変異率の変化によるゲノムへの害効果を評価してみよう。
突然変異遺伝子gはホモ接合でs、ヘテロ接合でhsだけ個体の適応度を低めるとしよう。集団近交係数をαとし、正常遺伝子Gの遺伝子頻度をp、gの頻度をqとする。
3種の遺伝子型GG,Gg,ggの選択値と頻度は次のように現わされる。
遺伝子型 | GG | Gg | gg |
選択値 | 1 | 1-hs | 1-s |
頻度 | (1-α)p2+pα | 2pq(1-α) | (1-α)q2+qα |
集団の適応度wは
w=1-s[{2h+(1-2h)α}q+(1-2h)(1-α)q2]、
また、g遺伝子頻度の世代あたりの変化率Δqは選択とG→gの突然変異率uで決まると考えると次のように表わされる。
Δq=-pq[{s(1-α)q+α}+sh(1-α)(1-2q)]/w+up
平衡状態では遺伝子頻度の変化はないから、Δq=0を満たすqeが平衡頻度になる。
(9.2参照)。突然変異率がヘテロにおける有害作用に比べてずっと小さい(u≪sh)なら、突然変異による遺伝的荷重はほぼ
Lme=u{2-(1/z)α} {z=h+(1-h)α}
となる。この荷重は突然変異率に比例するから、もし突然変異率がK倍となりその状態がその後続くとなると、集団の荷重も新たな平衡状態でK倍になる。
新たな平衡に到達するまでの荷重は
Lm=s[{2h+(1-2h)α}q+(1-2h)(1-α)q2]
であるが、平衡点の近傍では近似的に
Lm=s[{2h+(1-2h)α}q
となる。平衡状態での突然変異遺伝子頻度はqe=u/(sz)であるから、その平衡点からのずれ(ξ=q-qe)の世代毎の変化率は
Δξ=-zsξ
したがって
ξt=ξ0e-szt
ここにξ0は突然変異率がK倍になる前の突然変異遺伝子頻度の平衡値である。
集団近交係数がヘテロ接合の優性度より十分ちいさければ(α≪h)、sz≒hとなるから、減少率は優性度にほぼ等しくなる。
突然変異遺伝子のもとの平衡値と新たな平衡値との中間の値になるまでに要する世代数Tは
ξT=ξ0/2
となるTを求めればよい。すなわち
1/2=e-szT
だから、
T | =ln 2/(sz) |
=0.7/(sz) |
たとえば sz≒h=0.05ならば、T=14世代を要することになる。
突然変異率が幾世代かの間、現在のK倍となり、その後ふたたび元の率に戻ったシナリオでは最終的には遺伝子頻度も荷重も元の状況になる。その変化速度はszである。
もしこれから突然変異率が恒久的にK倍とあると、遺伝的荷重も究極にはK倍となる。たとえば、任意交配(α=0)、h=0.05でK=2,3,4,5の場合の荷重は次のように変化する。
t | 0 | 10 | 20 | 30 | 40 | 50 | 60 | 70 | 80 | 90 | 100 |
(K=2) Lm/u | 2.00 | 2.79 | 3.26 | 3.55 | 3.73 | 3.84 | 3.90 | 3.94 | 3.96 | 3.98 | 3.99 |
(K=3) Lm/u | 2.00 | 3.57 | 4.53 | 5.11 | 5.46 | 5.67 | 5.80 | 5.88 | 5.93 | 5.96 | 5.97 |
(K=4) Lm/u | 2.00 | 4.36 | 5.79 | 6.66 | 7.19 | 7.51 | 7.70 | 7.82 | 7.89 | 7.93 | 7.96 |
(K=5) Lm/u | 2.00 | 5.14 | 7.06 | 8.00 | 8.92 | 9.34 | 9.60 | 9.76 | 9.86 | 9.91 | 9.94 |
突然変異率の増加による影響を遺伝子病あるいは遺伝的荷重を尺度としてみるかは、取り上げる問題によろう。前者は予防医学という観点から近未来の影響を、後者はゲノムの進化という観点から影響をみる上で、いずれも重要である。
個々の突然変異遺伝子が継代的に伝えられて行く間にどのような害を集団に与えるであろうか。任意交配の集団に1個の突然変異遺伝子が出現しとしよう。この遺伝子はヘテロの状態でsh(>0)、ホモの状態でs(>0)だけ個体の選択値を下げるとすると、この遺伝子が集団から除かれる方法は次の2通りある。第1はヘテロの状態での消失でその割合はshである。第2はホモの状態での消失でその割合はsqである。ここにqは集団に存在する突然変異遺伝子の頻度である。
ヘテロの状態でも若干の有害効果を現わす突然変異については
h2≫4(u/s)
が普通であるから、ホモでの消失はヘテロでのそれに比べてほとんど無視しても差し支えない。つまり、このような突然変異遺伝子はほとんどがヘテロの状態での害作用で集団から除去され、きわめてまれに生じるホモ個体の害作用はほとんど問題にならない。したがって次の世代での突然変異の予測数は1-shで、その後の世代での予測数は1-shの割合で減少するからt世代後の予測数は(1-sh)tとなる。第t世代まで存続してその次の世代で消失する確率は
(1-sh)tsh
であるから、平均存続世代数Tは
T= | 1x(1-sh)sh+2x(1-sh)2sh+3x(1-sh)3sh+… |
=(1-sh)/sh | |
~1/sh |
すなわち、平均存続世代数(マラーは残存率と呼んだ。Muller(1950))はヘテロにおける有害さを表わす選択係数にほぼ等しい。突然変異遺伝子の平衡頻度は
qe=u/shであるから
qe~uT
と表わすことができる。これはダンフォースの公式に他ならない。
突然変異遺伝子は毎世代shの割合で集団から失われるが、これは突然変異遺伝子の保因者が非保因者、すなわち健常者より生存率が低いか、生殖能力が弱く平均の子ども数が少ないことによる。これらを遺伝的死genetic deathと呼べば、集団に出現した1つの有害突然変異遺伝子について、子どもの世代にhs、孫の世代に
(1-sh)sh、第3の世代に(1-sh)2sh、…などの遺伝的死があり、これらのすべての世代にわたっての総計は
sh+(1-sh)sh+(1-sh)2sh+…=1
となる。すなわち、1個の有害突然変異遺伝子は1個の遺伝的死をもたらす
(Muller 1950)。進化的な年代経過からみれば、突然変異の集団に対する害は1個体あたりの総突然変異率に相当する。個体にとって害の程度の高い突然変異遺伝子は平均存続世代数が短く、比較的速く集団から除かれるが、害の程度の低いものは平均存続年数が長く、長い時間にわたり害作用を繰り返すから、結局は個体にとっては害の程度に関らず1個の遺伝的死をまねく。
それでは1突然変異が存続する平均世代までにどれだけの遺伝的死(D)が現れるであろうか。それはT=(1-sh)/sh世代までの害を加算すればよい。すなわち
D=1-(1-sh)T+1
たとえば致死突然変異遺伝子でヘテロで2%の死亡がある(s=1,h=0.02)とすれば、平均してT=49世代の間に,D=0.36、すなわちほぼ3つの突然変異に1つの割合で遺伝的死が現れると予測される。
文 献
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