第26回集団遺伝学講座

 

10.集団の有効な大きさ

5.2節(第10講座)でも触れた集団の有効な大きさについて少し詳しく述べよう。これまでに述べてきたのは時間的にも空間的にも一定の大きさの繁殖個体で構成される理想集団のモデルである。すなわち、その繁殖は任意標本としてサンプリングされるN個の雌配偶子とN個の雄配偶子とがまったく機会的に結びつくと仮定したのである。

ボックス10 ヒト女子、男子の生殖細胞発生期の細胞数と分裂回数
(Vogel & Motulsky(1986))
初期の発生 ヒト原生殖細胞は卵黄嚢から生じるが、受精後27日で生殖隆起ができ始める。懐胎46日で生殖腺に性の分化が起こり、卵巣あるいは睾丸となる。

卵形成 卵形成は胎児期でのみ見られ、出生の頃には停止している。胎児の生殖腺が分化した後に卵巣の幹細胞は有糸分裂により急速に増える。妊娠2ヶ月を過ぎると、多くの卵母細胞が成熟分裂の前期に入る。その状態が7ヶ月以上続いた卵原細胞は退化する。細糸期、接合期の生殖細胞が2~7ヶ月の間に観察される。生後には幹細胞すべてが分裂してしまっている。

胎児の生殖細胞の数は2ヶ月で6×105から5ヶ月の最大数6.8×106(~222、2分割で22回分裂するとしての計算)と、約11倍強に達するが、それから減少して出生時にはほぼ2×106となる。出生後、成人となって受精するまでそれぞれの卵子は第一極体と第二極体を生成する2回の成熟分裂をする。したがって受精し得る潜在的な卵子の数は一個体あたりおよそ200万である。

精子形成 原生殖細胞が女子で卵原細胞となるのとほぼ同じ胎生期に、男子では生殖母細胞となる。胎生期の初め頃から思春期までに、細管はAd精原細胞で満たされる。およそ16才ごろに精子形成がはじまる。Ad精原細胞の数は3通りの方法で推定されている。体積測定、細管の断面x長さあたりからの平均数、それに1日に生成される精子の最大数である。これらの推定値は睾丸あたり(4.3~6.4)x108である。睾丸2つでおよそ1.2×109となりこれは約30回の細胞分裂で到達する数である。

しかし、卵形成とは対照的だがAd細胞は絶えず分裂を続ける。分裂による二つのうちの一つの細胞はAd細胞となり続いての分裂に備えるが、もう一つはAp細胞となる。これらはB精原細胞となり、精母細胞へと移行する。後者は成熟分裂に進む。この頃の細胞分裂の一部は若い人のin vivo研究からよく調べられている。Ad精原細胞の分裂周期は約16日である。このことから、男子の年齢による細胞分裂のおよその回数は28才で380、35才で540と推定される。この計算が正しければ、一精子が初期の胎生期から28才までに経由する細胞分裂の数は、卵母細胞が一生に分裂する回数の約15倍となる。男子の晩年でのこの計算値はもうすこし大きくなろう。

夫婦あたりの子どもの数が2人としても、親世代で生成される膨大な数の配偶子のうち受精にあずかる配偶子はわずか2対に過ぎない。したがってこれら2対の配偶子は生成された配偶子集団からの無作為抽出サンプルとみなすことができよう。

ボックス10の説明から、受精時の集団の遺伝子型は十分大きな配偶子集団からサンプリングされた精子および卵子から構成されると考えることができるから、その構成はハーディ・ワインベルグの法則で記述される。この理想集団について継世代的な遺伝子頻度の機会的変動およびそれにともなう遺伝子頻度の分散の増加、ヘテロ接合の減少、近交係数の増加などの率を集団の有効な大きさNeであらわした(第10回講座、5.2節)。

しかし現実の集団はさまざまな条件が加わり(例えば、差、地域、世代により集団の大きさが変る)、それぞれの状況に応じて集団構造のパラメータを求めることは繁雑である。したがってもしいろいろな状況の有限集団の個体数を、これと同等な理想集団の個体数に換算する方法が工夫されればたいへん便利であろう。このため、集団の有効な大きさeffective size (number) of populationを求める工夫がWrigt(1931)により最初に導入された。

たとえば、第10回講座の5.2節で述べたが、雌雄の数N**,N*に違いがあるときの集団の大きさNe

Ne=4N*N**/(N*+N**)

とおけば、有性生殖の種でのヘテロの減少率は1/(2Ne+1)で、Neがある程度大きければほぼ1/(2Ne)に等しい。したがってN*≠N**の場合には有効な大きさNeでその代表値を表わすことができる。たとえばN**=100, N*=∞という極端な場合には集団の有効な大きさはNe=400となる。一般に集団の有効な大きさは実際の個体数より小さく、小さい方のオーダーとなるのが普通である。

この例では換算の基準をヘテロ個体の頻度の減少率にとったが、むしろ近交係数の増加率を1つの基準とするのが基本である。この基準で換算されるとき、近親交配に関する有効な大きさinbreeding effective numberという。また有限集団のもっとも基本の性質である配偶子の任意抽出に伴う遺伝子頻度の機会的変動の大きさを基準にしても集団の有効な大きさを求めることもできる。すなわち

Ne=p(1-p)/2Vp

で換算されるとき、変動に関する有効な大きさvariance effective numberという。

 

10.1 近親交配に関する有効な大きさ

実際の集団では、配偶子が無作為抽出されるという理想的な状態からは多少ともずれているのが普通である。同じ個体からの配偶子の間には相関があり、一個体が次の世代に伝える配偶子の数kの度数分布が独立であるとして予測される分布とは違うと考えられるからである。

もし独立であれば、kの度数2N・P(k)は二項分布

{1/N + (1-1/N)}2N

の展開の各項P(k)で求められる。すなわち

P(k)=[{2N(2N-1)…(2Nk+1)}/k!](1/N)k{1-(1/N)}2N-k (k=0,1,2…,2N)

こ確率分布の平均、分散は

Ek=2, Vk=2{1-(1/N)}

である。ここでNが十分おおきければ、この二項分布はポアソン分布で近似できて

Ek=Vk=2

となる。

次にこの理想の状態からずれているとき、有効な大きさはどのようになるかを考えてみよう。集団の2個体間の親縁係数をφとする。これは2個体の相同遺伝子からそれぞれ一つずつ無作為に抽出した遺伝子が共通の祖先遺伝子から由来した確率である。したがって任意交配の行われている集団では、集団の近交係数fはその前の世代の親縁係数φに等しい。ここで突然変異は無視する。世代を下つきの添字で表わせば

ft+1t

が成り立つ。

次に第t世代の配偶子の集合から任意の2つを取り出したとき、この2つが前の世代のt1世代から由来する確率をptとしよう。そうすると1-ptは異なった個体から由来する確率になる。そうすると、親縁係数φtはこれら2つの配偶子の相同遺伝子が共通の祖先遺伝子から由来する確率であるから、次のように表わすことができる。

φt=pt{(1+ft-1)/2}+(1-ptt-1

すなわち、同一個体からきた場合には1/2の確率で同一遺伝子から、1/2の確率で同一個体の相同遺伝子のそれぞれから由来するがそれらが共通祖先から由来する確率は定義により近交係数ft-1である。一方、異なった2個体から由来するときはそれらの相同遺伝子が共通の祖先遺伝子から由来する確率は定義により親縁係数φt-1である。上式の関係を近交係数で表わせば

ft+1=pt{(1+ft-1)/2}+(1-pt)ft

書き直して

ft+1=pt/2+(1-pt)ft+(pt/2)ft-1

が得られる。

ここでヘテロ接合の継世代での変化を求める式(5.2節、第10回講座)と比較すると

pt=1/N(t)

となるから、近親交配に関する有効な大きさは

Ne(f)=1/pt

と定義しよう。ここで厳密にはNe(f)は(t-1)世代に定義されるものだが、わかり易く表わすためにここでは省略する。

したがって、ptを具体的に求める公式が得られれば、実際の集団の大きさNから近親交配に関する有効な大きさNe(f)を求めることができる。

第t-1世代における集団の実際の大きさをNとし、ある個体が寄与する配偶子の数をki(i=,2,…n)とすると、同一個体から配偶子を2つずつ選ぶやり方の総計は Σki(ki-1)/2で、一方全体でNEk個ある配偶子から2つずつの組合わせの総計は N(t)Ek(N(t)Ek-1)/2となるから、

pt={Σki(ki-1)}/{N(t-1)Ek(N(t-1)Ek-1)}

となる。ここでEkは1個体あたりが寄与する配偶子の平均数であることに注意したい。

ここで

N(t)=Σki=N(t-1)Ek, Σki2=N(t-1)(Vk+Ew2) に注意すると

pt={Vk+Ek(Ek-1)}/{Ek(2N(t)-1)}

となるから

Ne(f)={(2N(t)-1)/{(Vk/Ek)+Ek-1}

この公式から近親交配に関する有効な大きさが求められる。

 

10.1.1 特別な場合:近親交配に関する有効な大きさ

(1) kの度数が2項分布にしたがう場合

Ek=2, Vk=2(1-1/N(t))だから、Ne(f)=N(t)

有効な大きさは実際の繁殖個体数に一致する。

(2) 二項分布にしたがわなくても集団が毎世代一定の大きさを維持すれば、Ek=2で

Ne(f)=(4N(t)-2)/(Vk+2) (Wright 1939)

ここで興味あるのはすべての個体が同じ数の個体を残す、Vk=0 の場合である。このとき、

Ne(f)=2N(t)-1

集団の有効な大きさは実際の個体数のおよそ2倍である。このようなことは自然の状態ではまず起こらないであろう。むしろは有効の大きさは実際の個体数よりずっと小さいのが普通である(例:N**=100,N*=∞,⇒ Ne=400,前出)。

(3) 動物の飼育では雄と雌の数が違うことがしばしばである。

そのような場合には雄、雌それぞれのEk、Vkを求めて、それらの値から全体のEk、Vkを計算すればよい。*** で雄、雌を表わすことにすると、全体のEk、Vkは次のように表わすことができる。

Ek=mEk*+(1-m)Ek**

Vk=mVk*+(1-m)Vk**+m(1-m)(Ek*-Ek**)2

ここで

m=N*(t-1)/N(t-1)、 1-m=N**(t-1)/N(t-1)、 N(t-1)=N*(t-1)+N**(t-1)

である。これらの値を10.1節の公式に代入すると

Ne(f) =4m(1-m)N(t-1)
=4N*(t-1)N**(t-1)/(N*(t-1)+N**(t-1))

が得られる。これは5.2節(第10回講座)で述べたWright(1931)の公式に他ならない。

一般にn個の集団があるとき、それらの全体の集団の近親交配に関する有効な大きさを求めるには、集団の実際の大きさはすべての分集団で同じであるとすると、次の関係式を用いればよいことが導かれる。

Ne(f)=n2/Σ{1/Ni(t-1)}

ここで n/Σ{1/(Ni(t-1))} はn個の Ni(t-1) の調和平均 H(t-1)  であることに注意すると、

Ne(f)=nH(t-1)

と表わすことができる。複数の集団についての全体の有効な大きさはそのなかでも大きさが小さい集団の実際の大きさのオーダーになる。

子ども世代でオート接合が増えることを示す近親交配に関する有効な大きさは、祖父母世代の有効な大きさで決まるという性質がある。これは両性生殖をする生物種では、オート接合となる共通祖先の最も早い世代は2世代前であることから、当然予測されることである。

 

10.2 変動に関する有効な大きさ

配偶子の抽出に伴う遺伝子頻度の機会的変動に基づいていくつかの集団の大きさを比べるには変動に関する有効な大きさがより適切であろう。多くの場合、近親交配に関する有効な大きさと変動に関する有効な大きさは一致するが、必ずしもそうではないことがある。

理想的な集団における親から子ども世代の生じる遺伝子頻度の機会的浮動の分散は

Vp=p(1-p)/2N

であるから、実際の集団で観察されるVpに対応して変動に関する有効な大きさ Ne(v) を Vp=p(1-p)/2Ne(v) から

Ne(v)=p(1-p)/(2Vp)

と定義するのが自然であろう。

10.1節と同様に1個体が次の世代に寄与する配偶子の数をkとし、その平均と分散をそれぞれEk,Vkとしよう。すなわち

Ek=Σk/N(t-1)  、Vk=Σk2/N(t-1) -Ek2

木村(1960)によると変動に関する有効な大きさNe(v)の公式は次のようになる。

Ne(v)=(2N(t))/{(sk2/Ek)(1+ft-1)+(1-ft-1)}

ここにft-1は(t-1)世代の(集団)近交係数、sk2={N(t-1)/(N(t-1)-1)}Vk である。この公式の導き方の詳細については、木村(1960)あるいはCrowとKimura(1970)を参照されたい。

近親交配に関する有効な大きさが親世代(あるいは有性生殖の種では祖父母世代)の大きさによって決まるのが自然であったように、変動による有効な大きさは子ども世代の数で決まる。これらは、同祖的である確率が先祖の数の大きさに依存するが、標本分散は標本すなわち子どもの数で定まるからである。

 

10.2.2 特別な場合:変動に関する有効な大きさ

(1) 1個体が次の世代に寄与する配偶子の度数kが二項分布にしたがうとき。
このとき

Vk=Ek(1-1/N(t-1))

であるから、 sk2=Ekとなり、ft-1の大きさに関りなく

Ne(v)=N(t)

となる。

(2) 集団の大きさNが一定の場合

(2)a. ft-1=0, Ek=2 Ne(v)=(4N)/(sk2+2)
(2)b. ft-1=-1/(2N(t-1)-1) Ne(v)=(2N(t-1)-1)Ek/[2{1+(Vk/Ek)}]

自家受粉では、N(t-1)=1、 Ek=2、 Vk=0 ⇒ Ne(v)=1。

(2)b の条件は集団の大きさがかなり小さいと、任意交配のもとでホモ接合の頻度がハーディ・ワインベルグの予測より減り、その分はヘテロ接合の頻度が増すという偏りが生じる状態を表わしている。ある対立遺伝子の頻度をp、集団の大きさをNとすると、その対立遺伝子が集団から最初に抽出される確率は(2Np)/(2N)、別の相同な同じタイプの対立遺伝子が抽出される確率は(2Np-1)/(2N-1)である。したがってホモ接合の割合は

{(2Np)/(2N)}・{(2Np-1)/(2N-1)}=p2+p(1-p)f

ここでf=-1/(2N-1)である。ヘテロ接合の頻度は

{(2Np)/(2N)}・{(2Nq)/(2N-1)}+{(2Nq)/(2N)}・{(2Np/(2N-1)}=2pq(1-f)

である。ただし、q=1-p。たとえば、ある対立遺伝子が集団に1つしかないとすると、p=1/(2N)である。ホモ接合の頻度は0となる。集団中に唯一つしかないのだから、ホモ接合が見られないのは理にかなっている。そのときヘテロ接合の頻度は1/Nでこれも、1個体しかいないことを表わしている。

(2)c. Ek=2, Vk=0. 集団の全員が次の世代に等しく寄与するとき。

Ne(v)=2N-1

この場合は集団の有効な大きさは実測の大きさのほぼ2倍となる。

(3) 有性生殖をする種

子ども世代の遺伝子頻度 p は両親の遺伝子頻度p*, p**の平均であるから

p=(p*+p**)/2.

したがって遺伝子頻度の機会的浮動による分散は

Vp=(1/2)2(Vp*+Vp**)

となるから、

Ne(v) =p(1-p)/2Vp1/{(1/4)(1/Ne*+1/Ne**)}
=4Ne*Ne**/(Ne*+Ne**)

ここで

Ne* =(2N(t-1)Ek*)/{(sk*2/Ek*)(1+f*t-1)+(1-f*t-1)}
Ne** =(2N(t-1)Ek**)/{(sk**2/Ek**)(1+f**t-1)+(1-f**t-1)}

である。

ここで雄と雌が同じ数N(t-1)で、子ども世代でも同じ分布をし、 f**t-1=f*t-1=-1/(N(t-1)-1) であるから、

Ne=(N(t-1)-1)Ek/{1+(Vk/Ek)}

たとえば、N(t-1)=Ek=2, Vk=0 ならば、予測されるとおり、Ne=2 となる。

(4) n個の大きさの違う分集団

それぞれの分集団の変動による有効な大きさを

Ne=(2N(t-1)Ek)/{(sk2/Ek)(1+ft-1+(1-ft-1)}

から求めると全体の集団についての機会的浮動による分散は次のように表わすことができる。p=Σ(Ni/N)pi , ΣNi=Nとして

Vp =(Σ(Ni/N)2Vp

Ne=1/Σ(Ni/N)2(1/Nie)

ここで Ni=N/n,すなわち分集団の実際の大きさがすべて同じであれば

Ne=nH、 H=n/Σ(1/Nie)

有効な大きさはそれぞれの分集団の有効な大きさの調和平均から求められる。この場合、Ek, Vk は必ずしもすべての分集団で同じであるとは限らない。

(5) 一つの集団で継世代的に有効な大きさが変る場合

ある集団について継世代にわたって集団の有効な大きさが変るとき、そのT世代を代表する有効な大きさは次のようになる。2世代間の遺伝的浮動による遺伝子頻度の分散V(t)には次のような関係がなりたつ。16.2節(16回講座)から、遺伝子頻度の変動による一次と二次の積率S1(t),S2(t)はそれぞれ

S1(t)=p、
S2(t)=(1-1/2Ne(t))S2(t-1) +p/2Ne(t)

であるから、分散は定義により次のようになる。

V(t)=S2(t)-(S1(t))2

上式を代入して

V(t)=(1-1/2Ne(t))V(t-1) +p(1-p)/2Ne(t)

最初の世代でのV(0)=0らはじまり、第T世代後の分散は

V(T)=p(1-p)[1-Π(1-1/2Ne(t))]

ここにΠはt=1からT世代までについての積をあらわしている。それらのNe(t)を代表する有効な大きさをNeで表わすものとすれば

(1-1/2Ne)T=Π(1-1/2Ne(t))

それぞれのNe(t) がある程度大きければ近似的に

T/Ne=Σ(1/Ne(t)),

すなわち、

Ne ~T/{Σ(1/Ne(t))}=H

変動に関する有効な大きさは,近親交配に関する有効な大きさと同様に、関与する世代それぞれの有効な大きさの調和平均Hにほぼ等しい(Wright 1938)。たとえば、Ne(1)=1000、Ne(2)=10、Ne(3)=1000ならば、Ne~3/{1/1000+1/10+1/1000}=29.4となる。この3世代を通しての集団の有効な大きさは第2世代で激減した大きさのオーダーとなっている。このような現象をビン首効果bottleNeck effectといい、ヘテロ接合性の非常に低い現存する集団を説明する機構の一つとして考えられれている。そのような種にelephant seal(BonNell and Selander 1974),cheetah(O’Brien et al. 1985,1987)が知られている。

ヒトABO血液型の分布でエスキモーにB遺伝子がない、アメリカインデアンでO型のみ、あるいはA型のみの部族が知られているが(Mourant et al, 1976)、旧世界から新世界へと移動した集団の大きさはそれほど大きくなかったこと、それに一時的にせよ集団の大きさが小さいことによる遺伝子頻度の機会的変動が起こり、たとえばB遺伝子が消失したのかもしれない。

飼育されているサルなどでは捕獲された個体の血液型がその後の繁殖集団の血液型分布に大いに影響があろう。これもビン首効果という遺伝子頻度の機会的浮動が一機構として考えられる。

(6) 集団の大きさが幾世代にわたってほぼ同じ大きさだが、その変動にあるばらつきがあるとき。

集団の大きさが平均N、分散VNの分布をするとする。第t世代の集団の大きさを N(t) とすると、 N(t)=N+δN。集団の有効な大きさは

Ne(v)=N-VN/N

から求められる。

これは

Vp =p(1-p)/2N(t)=p(1-p)/{2N(1+δN/N)}
={p(1-p)/2N}{1-δN/N+(δN/N)2-…}

だから、Vpの期待値は次のようになる。

E(Vp)≒{p(1-p)/2N}{1+E(δN/N)2}

したがって

Ne(v) =p(1-p)/{2E(Vp)}
=N/{1+VN/N2}  (ここで、VN=E(δN)2)

が得られる。

 

10.3 近親交配に関する大きさと変動に関する大きさとの比較

これまでの考察で、一つの集団についてその有効な大きさが二通りの方法で求められることがわかった。それらは次の公式から求めることができる。

N(t)e(f)=(2N(t)-1)/{(Vk/k)+k-1}

N(t)e(v)==2N(t)/{(sk2/k)(1+ft-1)+(1-ft-1)}

いろいろな状況でのこの2公式の結果を比較してみよう。

(1) 集団が毎世代一定数Nの個体数からなり、任意交配が行われるとき。

この場合は N(t)=N, k=2, f=0 であるから

Ne(f)=(4N-2)/(Vk+2)、 Ne(v)=4N/(sk2+2)

ここに sk2={N/(N-1)}Vk2である。したがって、個体数Nが大きければ両者はほぼ同じとみなしていよい。配偶子の数の分布が二項分布にしたがう特別な場合には Vk=2(1-1/N), sk2=2となるから、すべてのNについてNe(f)=Ne(v)=Nが成り立つ。

(2) 集団中の1対の雌雄だけが子どもを残すという極端な場合

このとき Vk={2・(N(t))2+(N(t-1))-2)・02}・N(t-1)-k2=k(N(t)-k) であるから、 近親交配に関する有効な大きさは

N(t)e(f)=(2N(t)-1)/(N(t)-1)

また、変動に関する有効な大きさは

N(t)e(v)={2N(t)(N(t-1)-1)}/{N(t)N(t-1)-2N(t)+N(t-1)-1}

となる。N(t)、N(t-1)が大きければ、どちらもほぼN(t)e(f)=N(t)e(v)=2である。

(3) すべての個体が残す子どもの数が同じとき

分散Vkが0となるから、任意交配では

N(t)e(f)=(2N(t)-1)/(k-1)、  N(t)e(v)=2N(t)

となる。ここでk=2なら、

N(t)e(f)=2N-1、 N(t)e(v)=2N

と両者ほぼ等しいが、k→1となると N(t)e(v)=2N であるが、N(t)e(f)→∝ という一見妙なことが生じる(Crow 1954)。

これは同一集団についての近親交配に関する有効な大きさと変動に関する有効の大きさとが全く違ってくる例である。近親交配に関する有効な大きさが無限大に近づくのは、両親がすべて1個体しか残さないため、同一個体が同祖遺伝子を受け取ることが生じなくなるからである。変動に関する有効な大きさもVk=0、ft-1=1であればNe(v)=∝ となるが、このときすべての個体がホモで、しかもすべての個体は同じ数の子どもを残すから遺伝子頻度の変動は起こらない。したがって、変動に関する有効な大きさは無限大に近づく。

このような極端な例は理論的にはおもしろいが、現実の自然集団ではまず起こり得ない。一般には近親交配に関する有効な大きさと変動に関する有効な大きさはほぼ同じ結果となる考えてよいであろう。

 

10.4 選抜での先験的方法

これまでは子どもの数の平均と分散を用いて集団の有効な大きさを求める方法を述べてきた。人為選抜の実験計画で、Robertson(1961)は選抜の効果が集団の個体数の減少にどう影響するかを予測した。選抜が行われると、個体が残す子ども数はそれぞれで違うから、有効な大きさは実際の大きさより小さくなると考えられる。

十分大きな遺伝子プールからN個体の雄とN個体の雌がサンプリングされたものとしよう。ある対が次の世代の遺伝子プールに寄与する数をKiとすると、次世代の遺伝子プールでの遺伝子頻度はΣKipi/ΣKiである。ここにpiは前の世代の遺伝子頻度である。したがって一世代での遺伝子頻度のサンプリング分散(変動分散)は

p(1-p)ΣKi2/{4(ΣKi)2}

分母の数字4は一対の雄雌は4つの遺伝子をサンプルすることに相当する。これを理想のN組みでの分散 p(1-p)/(4N)に等しいと置くと

Ne=ΣKi2/(ΣKi)2

(K1, K2, …, KN)の平均と分散をそれぞれμK、とσK2とすると

E(ΣKi)2=N2μK2+NσK2、 E(ΣKi2)=N(μK2K2)

となる。ここにE(・)は期待値を表わす。これらを用いて

Ne=(N+C2)/(1+C2)

が得られる。ただしC=σKKは各組みについてのKの変動係数である。

雌雄同株の種についても同じ公式が適用できるが、その場合Kiは個体数となる。

家系間の選抜有利性の変異を知って有効な大きさを求めるのがこのアプローチである。C2は実際には相対的選抜有利性の分散を使う。C=0なら、有効な大きさは実際の大きさになる。

ロバートソンの公式は分散に基づいて考察したものだが、近親交配での解釈も可能である。彼の公式は次のように書き改えることができる。

1/Ne=(ΣKi)2/ΣKi2

これは特定の組みの子どもに伝わる2つの配偶子が同じ親から由来する先験的確率となっている。

Nei & Murata(1966)はロバートソンの考えをクロー・木村の公式に適用して、新しい公式

Ne=N/{(1+3h2)C2+(1/k)}

を工夫した。もしk=2なら

Ne=N/{(1+3h2)Vk+2)}

となる。ここにh2は妊性の遺伝力である。
ヒト女子の妊性のデータから、h2=0.3, k=2に調整したVk=3が得られ、その結果、Ne/N~0.52となった。すなわち有効な大きさは実際の数のほぼ半分であった。h2が0ならばNe/N=1で、h2が大きくなれば有効な大きさは実際の数より小さくなる。

集団の有効な大きさと実際の大きさの比(Ne/N)を調査あるいは実験から求めるアプローチも果敢におこなわれている。スタンフォード大学のカヴァリ・スフォルツァ博士は、ヒトの有効な大きさとして老人と子どもを除いて人口の約1/3~2/3、すなわちNe/N=0.3~0.3ぐらいだろうと言っておられた(Cavalli-Sforza 1971, 私信)。Crow & Morton(1955)は主に白人女性の有効な大きさについてNe/N=0.69~0.95という値を得ている。Macaca属については野沢(1974)はNe/N=0.36という比を得ている。これらの数値はそれぞれの種によって調査不可能な問題があって、いづれもおおよその値であることは否めない。父子関係がDNA鑑定法により明確になるにしたがい、集団の繁殖構造の解明もより客観的になるから、より信頼度の高いNe/Nの値が得られるようになろう。

以上は世代模型が離散型のモデルでの有効な大きさの推定法についてであった。ヒトのように同一時間にさまざまな年齢の個体が混在する連続模型についても、有効な大きさを求める工夫がなされている(Nei & Imaizumi 1966;
Cavalli-Sforza & Bodmer 1971; Crow & Kimura 1971)。年齢構造が安定した集団でクロー・木村が得た公式は

Ne=N0τl

である。ここにN0は一年に生まれる子供の数、τは母親生殖年齢の平均値、lは生殖年齢まで生存する確率であるが、全生殖値をそれまでの年齢分布ごとに分割してそれぞれの割合で重み付けした平均の確率である。出生率がほぼ一定で生殖期の死亡率が低いと、この式はNei & Imaizumi(1966)の公式とほぼ同じ結果が得られる。ここにNmは平均の生殖年齢まで生存する個体の年当たりの出生数である。

Ne=Nmτ

詳細はCrow & Kimura(1971)を参照されたい。

 

文 献

  • BonNell ML and Selander RK, 1978. Elephant seals: Genetic variation and Near extinction. Science 184:908-909.
  • Cavalli-Sforza LL & Bodmer WF, 1971. The genetics of human population. pp. 418-420. Freeman, San Francisco.
  • Crow JF, 1954. Breeding structure of populations. II. Effective population number. In Statistics and Mathematics in Biology, pp. 543-556. Iowa State College Press, Ames,Iowa.
  • Crow JF and Kimura M, 1970. An introduction to population genetics theory.Harper & Row, Publishers, Inc, New York. Pp352-357.
  • Crow JF & Kimura M, 1971. The effective number of a population with overlapping generations: A correction and further discussion. Amer J Human Genet
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