安田徳一{YASUDA,Norikazu}
16 自然選択と遺伝的荷重genetic load
遺伝的荷重という用語はマラーの長い論文‘Our load of mutations'(Muller 1950)に負うところが大きい。多様な事実を積み上げて、当時誰も予想だにしなかった次の2つの事柄を予測している。(1)遺伝子突然変異はつまるところ我々人間の健康を損なう根源である。それに(2)人間はだれもが、何らかの程度の有害な遺伝子を平均しておよそ8個持っている。しかし、これらの有害遺伝子は正常遺伝子とヘテロの状態ではわずかな害しか起こさない。
この予想が正しかったことは、ヒトの近親婚による近交弱勢inbreeding depressionの調査で確かめられた(Morton,Crow & Muller 1956)。すなわち、平均的なヒトは配偶子あたり1.5~2.5の致死相当量lethal equivalent、したがって個体あたり3~5致死相当量を抱えているという結果が得られた。1致死相当量は集団にある一群の遺伝子で、それらは一個体ではわずかに健康を損なうに過ぎないが、集団中でそのような遺伝子を持った人々をみると、その害の程度は1個体死亡したのと同じ効果をもたらすものである。すなわち、1致死相当量は1ヶの致死遺伝子であり、2ヶの50%の生存力遺伝子、3ヶの33%生存力遺伝子、…、と等価である。
広島・長崎の調査(Neel &Schull 1962; Schull & Neel 1965)では致死相当量の値が小さく、九州の福岡市での調査では0.62~0.69致死相当量/配偶子であった(Yamaguchi他 1962)。モートン等の調査との相違は、おそらく生活水準の向上にあると考えられている。公衆衛生が普及し、死に至るとされた病気や障害も医療の改善や健康な社会への努力などで、生存が可能となってきている。それらの原因と考えられた有害遺伝子の効果も生活環境が良くやわらいできているものとみられる。
遺伝の実験でよく用いられるキイロショウジョウバエでは一匹あたりの致死相当量は2であるという(Greenberg & Crow 1960)。いずれにせよ、外見的には健康とみられる(ヘテロ接合)個体が、もし2つの配偶子のいずれかがが突然ホモ接合となったら死ぬ、そのような遺伝子を持っているということは驚くべき事実といえよう。
マラー(Muller 1950)によれば、十分な世代が経過した定常状態では弱有害遺伝子も致死あるいはそれに近い(強)有害遺伝子も集団が被る生物的損傷はほぼ同じであるという。換言すれば長い進化の過程で一個の有害遺伝子はその害の程度に関らず1個体の死を種にもたらすというのである。
マラーは有害遺伝子を持つことにより生じる個体の負荷あるいはハンデキャップの意味で遺伝的荷重という用語を用いた。通常は遺伝子型の選択強度を測る尺度(Crow 1958)として用いられている。集団の平均的遺伝子型の適応度wがその集団での最適wmaxの遺伝子型より相対的に減少した割合を遺伝的荷重Lという。すなわち、
L=(wmax-w)/wmax
世代が不連続な模型ではwとして適切な尺度は、平均的な個体が次の世代へ貢献する子どもの数である。連続模型では集団個体数の幾何学的増加のパラメータ、マルサス径数mで測る
L=mmax-m
ここにmmaxは集団中の最適な遺伝子型に、mは集団平均である。このように定義した遺伝的荷重は遺伝子型の相違による選択で集団から除かれる個体数を表わしている。つまり遺伝子型の選択強度を測る適切な尺度である。
遺伝的荷重の考えを最初に定量化したのはホールデン(Haldane 1937,1957)であった。その後、次のようにいろいろな状況について研究が行われた。
- 集団の大きさが有限のときの荷重(Kimura, Maruyama & Crow 1963; Kimura & Crow 1964)
- 適応度に遺伝子間のエピスタシスがあるとき(Kimura & Maruyama 1966)
- 母子不適合の荷重(Crow & Morton 1960)
- 分離の歪みによる荷重(Kimura 1960; Kimura & Kayano 1961; Crow & Kimura 1970)
- 量的形質の中位値最適モデルでの荷重(Kimura 1965)
- 遺伝的浮動による平衡点からのずれによる荷重(Robertson 1970; Kimura & Ohta 1970)
これらの総説としては例えばクロウー(Crow 1970)を参照するとよい。
16.1 突然変異による荷重mutational load
突然変異による荷重は再発する有害突然変異が(平衡)集団から除かれるときに生じる荷重である。これを最初に示したのはHaldane(1937)で、劣性突然変異による集団適応度の減少率(すなわち、荷重)は(有害)突然変異率uに等しい。優性の度合が1/2(優劣関係のない場合に相当する)なら、荷重は2uとなる。すなわち、荷重は突然変異遺伝子の有害さの大きさ(s)にほとんど関係しないのである。Muller(1950)は荷重を「遺伝的死」と呼び、同じ結論に到達している。これをホールデン・マラーの原理Haldane-Muller principleという (Crow 1957)。
まず1倍体の集団で考察しよう。正常対立遺伝子A1から有害突然変異対立遺伝子A2への突然変異率をuとし、A1,A2の相対的適応度をそれぞれ1,1-sとする。さらに、集団におけるA2有害遺伝子の頻度をpとする。一世代あたりのA2遺伝子頻度の変化Δpは選択による減少と突然変異による増加があるから、
Δp | =[(1-s)p]/w -p +(1-p)u |
=-sp(1-p)/w+(1-p)u | |
=(1-p)[-sp+wu]/w |
ここにwは集団の適応度で、w=(1-p)+p(1-s)=1-ps である。
集団が平衡状態であると、遺伝子頻度は動的平衡の状態(突然変異率と選択率が釣り合う状態)になるからΔp=0となる。 したがってsp=(1-sp)u となるから
p=u/[(1+u)s]≒u/s.
一方、wmax=1, w=1-spだから、突然変異による荷重は
Lmut=[1-(1-sp)]/1=sp=u/[(1+u)]≒u
となる。通常1≫u(≒10-5~10-6/世代)であるから、上の式での近似による誤差はほとんどない。
2倍体の集団では突然変異による荷重は次のようになる(Kimura 1960;1961)。
Lmut=u・l(h,s)
ここにl(h,s)=1-θ±√{θ(2+θ)}、θ=sh2/{2u(1-h)}。ただし、3遺伝子型A1A1,A1A2,A2A2の適応度はそれぞれ1,1-sh,1-sである。
たとえばu=10-5,s=0~1,h=10-5~1でのl(h,s)の値は次のようになる。
s\h | 10-5 | 10-4 | 10-3 | 10-2 | 0.1 | 1 |
0.0 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 | 1.00 |
0.1 | 1.00 | 1.00 | 1.09 | 1.62 | 1.98 | 2.00 |
0.2 | 1.00 | 1.01 | 1.13 | 1.73 | 1.99 | 2.00 |
0.3 | 1.00 | 1.01 | 1.15 | 1.70 | 2.00 | 2.00 |
0.4 | 1.00 | 1.02 | 1.19 | 1.83 | 2.00 | 2.00 |
0.5 | 1.00 | 1.02 | 1.20 | 1.85 | 2.00 | 2.00 |
0.6 | 1.00 | 1.02 | 1.21 | 1.87 | 2.00 | 2.00 |
0.7 | 1.00 | 1.02 | 1.23 | 1.88 | 2.00 | 2.00 |
0.8 | 1.00 | 1.02 | 1.24 | 1.90 | 2.00 | 2.00 |
0.9 | 1.00 | 1.03 | 1.25 | 1.90 | 2.00 | 2.00 |
1.0 | 1.00 | 1.03 | 1.27 | 1.91 | 2.00 | 2.00 |
この表から荷重が、優性の度合hが大きくなるに伴いu->2uと変化することがわかる。また1>h>0.01,1>s>0.5ならばl(s,h)~2であるから、突然変異による荷重はほぼ2uであることが言える。すなわち突然変異による荷重は接合体あたりの突然変異率に等しい。この考えは電離放射線などの突然変異原のヒト集団への遺伝損傷を測る尺度して国連科学委員会で取り上げられた(UNSCER 1958)。当時、ヒトの可視突然変異の大部分はヘテロ接合で多少なりとも有害効果を表わすと考えられていた(Muller 1950)。
しかし以上は二つの点で考察に修正を加える必要がある。適応度に関しての遺伝子間の相互作用(エピスタシス)と小さな集団での遺伝子頻度の機会的浮動の効果である。まず突然変異で有害効果を生じ得るすべての座位を考えることにしよう。エピスタシスがなければ突然変異による荷重の合計は個々の座位の荷重の和になる。しかし個体での生理学的効果を考えると、座位の間での相乗的なエピスタシスがあっても不思議ではなかろう。つまり2座位以上での突然変異遺伝子が一群となって、個々の影響より大きな有害効果を生じるのである。
そのようなモデルの例が研究されている(Kimura & Maruyama 1966)。個体に対する突然変異遺伝子の有害効果はその遺伝子の数の2次関数で表わされるものとする。キイロショウジョウバエの実験で向井(Mukai 1964; 1969)は生存力遺伝子vaiability polygenesと呼ぶ弱有害遺伝子slightly deleterious genesの突然変異率は致死遺伝子のそれと比べてオーダーが一桁高く、個体あたりの突然変異の少なくとも70%にも達するという。また適応度に関しての有害効果は2次関数的相乗効果があることを示唆し、その結果合計の突然変異による荷重はおそらく0.3より低いのではないかと言っている。突然変異遺伝子の数が増えると発生の途上でのホメオスタシスdevelopemental homeostasisによる突然変異による損傷を表現型上で抑える機構が失われると考えることができれば、これは現実にあったモデルの一つである。
小さな集団での遺伝子頻度の機会的浮動の効果は遺伝子頻度が平衡値からずれることにより、荷重が大きくなると考えられる。Kimura, Maruyama & Crow(1963)によると集団の大きさがかなり大きいと荷重も相当大きくなることがわかった。また集団がかなりの大きさの範囲で集団適応度は(強)有害遺伝子よりも弱有害遺伝子によって低下することもわかった。
16.2 分離による荷重segregation load
ヘテロ接合体の適応度がホモ接合体のそれよりも大きいとき(超優性)に生ずる荷重を分離による荷重という(Crow 1958)。2つの対立遺伝子A1,A2が超優性であると、いずれの対立遺伝子も集団で安定平衡の状態で存在する。1つの対立遺伝子がまれであると、この状況はよく理解できる。このときまれな対立遺伝子は任意交配のもとでほとんどヘテロの状態で存在するから、もう一方の対立遺伝子にくらべて平均してより有利である。後者の対立遺伝子はヘテロだけでなく不利なホモの状態でもかなり長い期間存続する。つまり、どちらの対立遺伝子もその頻度は、まれなら増える傾向にあって消失は妨げられる阻止されることになる。
超優性対立遺伝子が安定平衡の状態で集団に保存される数学的モデルは最初にフィッシャー(Fisher 1922)が2対立遺伝子モデルで示した。それから平衡多型の機構として超優性模型がよく取り上げられるようになった。
p1,p2を(=1-p1)をそれぞれ対立遺伝子A1,A2の頻度とし、s1,s2それぞれをA1A1,A2A2の選択係数とする。任意交配ではA1とA2のそれぞれの遺伝子が集団から除かれる割合はs1p12/p1,s2p22/p2であるから、平衡状態ではこれらが釣り合う。すなわち
s1p12/p1=s2p22/p2
これから、平衡頻度は
<p1>=s2/(s1+s2), <p2>=21/(s1+s2)
集団の適応度は
w | =(1-s1)p12+2p1p2+(1-s2)p22 |
={1-s1s2/(s1+s2)}-(s1+s2)(p1-<p1>)2 |
したがって平衡状態ではp1=<p1>だから、集団適応度は最大値
<w>=1-s1s2/(s1+s2)
である。
分離による荷重LODは
LOD | =1-w |
=s1s2/(s1+s2)+(s1+s2)(p1-<p1>)2 |
となるから、平衡状態では
<LOD>=s1s2/(s1+s2)
性質1. <LOD>=s1<p1>2+s2<p2>2 (Crow 1958).
荷重はA1A1,A2A2が集団から選択で除かれる個体の割合の合計を表わしている。たとえば s1=0.01, s2=0.99なら、<LOD>=0.0099であるが、そのうちs1<p1>2=0.01(0.99)2=0.009801,s2<p2>2=0.99(0.01)2=0.000099。すなわち、(99%の生存力のある)弱有害遺伝子A1は(1%しか生存力のない)ほぼ致死遺伝子の100倍以上も荷重に寄与している。
性質2. <LOD>=s1<p1>=s2<p2> (Morton 1960).
荷重は、どれか1つのホモ接合の選択係数とその対立遺伝子頻度の積である。
複対立遺伝子A1,A2,..,Ai,..,Amがあると、問題は複雑であるが、もしすべてのヘテロ接合の適応度が同じなら、ホモ接合の選択係数をsiとして、平衡状態でのAi対立遺伝子の頻度<pi>は
<pi>=(1/si)/(1/s1+…+1/sm) si>0 (Wright 1949)
したがって荷重は
<LOD> | =(s1<p1>2+s2<p2>2+…sm<pm>2) |
=1/(1/s1+…+1/sm) | |
=si<pi> |
この場合 <LOD>=s/m で、ここにsは調和平均である。すなわち、集団のヘテロ強勢対立遺伝子heterotic alleleが多いほど分離による荷重は小さくなると考えられる。しかも複対立遺伝子があるときでも荷重はただ1つの対立遺伝子のホモ接合の選択係数とその平衡頻度から求めることができる。もしすべてのヘテロ接合の適応度が等しくないときは、この方法で求めた荷重は最小値になる。
性質3.一般に超優性による荷重は突然変異による荷重より大きい。前者は選択係数のオーダーであるのに対して、後者は突然変異率のオーダーである。
性質4.任意交配集団で遺伝子型の適応度が定数なとき、選択作用だけで集団の遺伝子頻度が平衡に保たれる必要十分条件は次の通りである。
i)対立遺伝子が2個のときはヘテロ接合が他の2つのホモ接合より適応度が優ることが必要 かつ十分である。
ii)3個以上の複対立遺伝子があるとその条件は複雑である。平衡が安定であるためには、必ずしもすべてのヘテロ接合がどのホモ接合より適応度が優る必要はない。集団の適応度の最大値と安定平衡の条件が対応するという原理から求めることができる(Kimura 1956)。ただし、この原理は頻度依存型選択には適用できない。
ゲノムの多数の座位が多型である要因の一つとして、おりに触れて超優性が挙げられることがある。したがって集団中で2つ以上の座位が超優性であったなら、合計の荷重がどうなるであろうかを理解することは興味深い。
仮に超優性遺伝子座m個が独立に分離しているとしよう。各座位の荷重をliとすると、集団の適応度は
(1-l1)(1-l2)…(1-lm)~exp{-(l1+l2+…lm)}
ただし選択係数は各座位で相乗的multiplicativeであるとした。これから荷重は
LT=1-exp{-(l1+l2+…lm)}
たとえば100超遺伝子座(m=100)で、各座位の荷重への寄与がli=0.01ならば,(l1+l2+…lm)=100×0.01=1だから、LT=1-exp{-1}=0.63。超優性座位が10倍の1000なら、LT=1-exp{-10}~0.999954となる。これはとても大きな荷重である。生物集団の大きさを毎世代一定の大きさに維持するためには、(環境要因による死亡を除いても)より適応していない遺伝子型の未熟死という形で選択が行われるため、各個体は平均してexp(10)≒22,026という膨大な子どもを作らなければならない。このことは同時に多数の超優性座位が分離している集団では、とてつもない生殖浪費が必要となる。種がこのような生殖過剰を補えないなら、ここで示したタイプの選択がこれだけ多くの座位によるとは考え難い。
大きな荷重とならないような機構を取り入れたモデルがいくつか考えられているが、いずれも問題がある。
i)集団に実際に存在する遺伝子型間で競争がある(Kimura & Ohta 1971)
このモデルでは理論的に最適な個体はm座位すべてがヘテロ接合であるが、mが十分大きいとそのような個体は集団中に存在する確率がほとんど0になる。たとえばm=40なら、すべての座位についてヘテロ接合である確率は(1/2)40より小さくなる。これは百万の2乗分の一の大きさである。したがって実際には集団の大きさNでヘテロ接合座位数の最も多い個体の適応度を基準にして荷重を求めることになる。その荷重は
L=√[2・ln(0.4N)Σ{s1s2/(s1+s2)}2]
ここにlnは自然対数、Σは関与するヘテロ強勢座位の寄与する荷重の和である。
集団中の最大の適応度の個体はその平均値の個体よりexp(L)倍子どもを残すことになる。s1とs2が小さな値であるとこの条件はそれほど厳しいものではない。たとえばs1=s2=0.01,m=1,000、N=25,000なら、L=√(0.46)≒0.68。したがって、exp(L)=1.97である。一方、座位数や集団の大きさは同じでも選択係数がたとえば10倍(s1=s2=0.1)大きくなると、L=√(46)≒6.8。これは適応度が最大の個体は平均よりexp(6.8)=898倍もの子どもを生むことになる。多くの哺乳類の種がこのような場合に該当するとは考え難い。
ii)スベド・リード・ボドマーのモデル(Sved, Reed & Bodmer 1967)
多数の超優性座位があるとその荷重が大きくなり、強い近交弱勢inbreeding depressionを伴うことになるが、それを避けると考えられるモデルが工夫されている。それは超優性座位がある数以上(以下)になると適応度がある適切な上限(下限)値を越えないとするものである。しかしながら、このモデルでは近交係数が大きくなると近交弱勢が小さくなるという結果が導かれ、これは事実に反する。
iii)キングのモデル(King 1967)
適応度がヘテロ接合座位の一次関数とし、適応度がある一定の値より大きい個体が子どもを残すとする。すなわち、各個体のヘテロ接合座位の数について、育種で行われている切端選抜truncated selectionが自然集団でも生じていると仮定する。このタイプの選択があると、各座位での選択係数が0.01のヘテロ強勢座位が多数(1,000以上)あっても、50%選択が軽くなる。このモデルのような機構が現実に存在するかどうかは不明である。
iv)連鎖不平衡と超遺伝子(Franklin & Lewontin 1970)
連鎖不平衡が強く、実質的に2つの相補的な染色体が集団で分離するようなら、超優性による荷重は少なくなる。この場合、関与する遺伝子座はいわば1つの超遺伝子の様相を帯びてくる。モデルは単一座位で分離する一対の超優性遺伝子という扱いになる。電子計算機によるシミュレーション(Franklin & Lewontin 1970)で、次の事柄が見つかった。各超優性座位の間で適応度が乗積的なら、近接座位間の乗換率がある狭い範囲の値をとるとき顕著な連鎖不平衡が観察された。このモデルの結果が事実なら、超遺伝子supergeneの形成を考える上で重要なきっかけとなろう。
ここで(集団の大きさほどの)多数の超優性座位が独立に分離していると、各座位の選択係数にかなりの機会的なゆらぎが生じる。それぞれに2対立遺伝子があるmヶの超優性座位で、両ホモ接合体の選択係数がsの場合を考えてみよう。たとえばある座位で2個の対立遺伝子A1,A2が分離しているとする。この座位の遺伝子型がたとえばA1A1とすると、その遺伝的背景としてm-1の超優性座位があってそれぞれの適応度は同じ確率(1/2)で1あるいは1ーsである。したがって、遺伝的背景の適応度の平均値と分散はそれぞれ近似的に1-(m-1)(s/2)、(m-1)(s2/4)である。A1の頻度がpなら遺伝子型A1A1の期待数はNp2であるから、A1A1の適応度の平均値と分散はそれぞれおよそ1-s-(m-1)(s/2),(m-1)s2/(4Np2)である。同様な考察から、A1A2の適応度の平均値と分散はそれぞれ1-(m-1)(s/2),(m-1)s2/{8Np(1-p)}である。これらから、A1A1,A1A2観察し得る選択係数の平均値および分散(と標準偏差)は次のようになる。
遺伝子型 | 平均値 | 分散 | 標準偏差 |
A1A1 | s | (m-1)s2(2-p)/{8Np2(1-p)} | (s/p)√[(m-1)(2-p)/{8N(1-p)}] |
A1A2 | s | (m-1)s2(1+p)/{8N(1-p)2p} | {s/(1-p)}√{(m-1)(1+p)/(8Np)} |
遺伝子頻度pがまれなとき、あるいは超優性座位数mが集団の大きさNより大きければ、標準偏差は平均値より大きくなる。このような大きな確率的ゆらぎがあると、本来の選択係数を推定するのは難しく、進化的にも予測することは難しくなる。
性質2で示したように、超優性による荷重は座位の対立遺伝子の数が多いと小さくなる。しかし、有限集団では生殖に際して配偶子の抽出による機会的浮動があるから、たとえそれぞれのヘテロ強勢対立遺伝子が突然変異で絶えず生じても、対立遺伝子の数には限界がある。Kimura & Crow(1964)によれば、有限集団で座位に多数の対立遺伝子を維持するための要因としての超優性はまったく有効ではない。隔離集団で超優性対立遺伝子を維持するには突然変異率が高いことが要請されるという。Kerr(1967)はブラジルのハチの集団で性決定対立遺伝子の数について、この理論を検討している。
16.3. 浮動による荷重drift loadと分配の過不足による荷重dysmetric load
超優性遺伝子が分離していると、集団適応度は安定平衡点での最大値に対して決まるが、対立遺伝子の関数である。これは任意交配が行われている無限大集団で言えることで、実際の有限集団では機会的浮動のため対立遺伝子頻度が平衡点からずれて、集団適応度が減少すると考えられる。このときの荷重を浮動による荷重という。数式で表わせば次のようになる。
Ldrift={w-E(w)}/w
ここにwは無限大集団で対立遺伝子頻度が平衡値であるときの集団適応度で、E(w)は有限集団での集団適応度の期待値である。
浮動による荷重の興味ある性質の一つを最初に示したのがRobertson(1970)で、一対の対立遺伝子が分離している有効な大きさNeの集団では選択係数には依存しないで近似的に 1/(4Ne)に等しい、というものであった。さらにm個の超優性対立遺伝子が分離しているならば、浮動による荷重は(m-1)/(4Ne)となる。この結果を得るに際して、超優性の効果は十分強くて、それに比べて浮動による遺伝子頻度の平衡点からのずれは小さいとした。
16.3.1. 頻度依存型選択モデル
対立遺伝子頻度がまれなときは適応度について有利になるというモデルはメンデル集団の遺伝変異を維持する一機構として早くから考えられてきた(Wright 1949; Haldane 1954; Clark & O’Donald 1964)。
平衡状態では中立であるが、そこからずれたところでは頻度依存型の選択が働くというモデルが、自然集団の多型を説明するものとして提唱された(Kojima & Yarbrough 1967)。このモデルによると、荷重は無いかあっても小さいという。しかし、実際には遺伝子頻度は平衡点からずれるであろうから、荷重は生じる。また平衡頻度での荷重は必ずしも集団の取りうる最小の荷重とは限らないことがあるから、やはり荷重は生じる。この荷重を「分配の過不足による荷重」dysmetric loadという(Haldane 1959)。
一対の対立遺伝子A1,A2について次のような頻度依存型選択の簡単なモデルを考察しよう。
遺伝子型 | A1A1 | A1A2 | A2A2 |
選択値 | W12(1+a-bp) | W12 | W12(1-a+bp) |
受精時の頻度 | p2 | 2pq | q2 |
ここでa,bは頻度p,qに依存しない正の定数でb>a>0。ここでの選択値は絶対数であって相対数でない。すなわちW12はヘテロ接合体の次世代に残す子どもの数である。
任意交配で集団適応度wは
w=W12{1-(a-bp)(1-2p)}
世代当たりの遺伝子頻度の変化Δpは
Δp={p(1-p)(a-bp)}/{1-(a-bp)(1-2p)}
したがって、平衡頻度は<p>=a/b、このときの集団適応度は<w>=W12である。
この場合、集団適応度の最大値wmaxはpmax=0.25+a/(2b)のときで、平衡頻度<p>=a/bのときではないのが超優性の場合と違う。pmaxでの集団の最大適応度は
wmax=W12{1+(2a-b)2/(8b)}
で、2a=bすなわち<p>=0.5でないときはwmax><w>である。分配の過不足による荷重を次のように定義する
Ldys=(wmax-<w>)/wmax
と、ここのモデルでは次の結果が得られる。
Ldys=(2a-b)2/{8b+(2a-b)2}
例1.ウスグロショウジョウバエのST,SH染色体多型(Wright & Dobzhansky 1946)
a=0.902, b=1.288 、 Ldys=0.0252、すなわち荷重は約2.5%。
例2.キイロショウジョウバエのエステラーゼ6多型(Kojima & Yarbrough 1967)。
F対立遺伝子について,a=0.60, b=1.58、Ldys=0.0112、すなわち荷重は約1.1%。
以上の例からも、頻度依存型の選択で維持される座位が多くなると、分配の過不足による荷重は大きくなる。それらの座位が平衡状態で選択に対して中立であっても荷重は大きくなる。
頻度依存型の選択が働く座位の遺伝的浮動による荷重はほぼ
Ldrift=1/(2Ne)
と集団の有効な大きさにのみ依存して決まり、選択の効果は寄与しない。また対立遺伝子数がm個となら、荷重は(m-1)/(2Ne)となり(Kimura & Ohta 1970)、これは超優性座位での荷重の2倍の大きさである。
文 献
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