第42回集団遺伝学講座

安田徳一{YASUDA,Norikazu}

 

19.多重遺伝子族の進化

高等生物のゲノムには、かなり普遍的に相同な遺伝子が染色体上にいくつも直列に並んでいる。この一群の遺伝子を多重遺伝子族という。ヘモグロビン、免疫グロブリン、組織適合性抗原などの重要な機能をもつタンパク質の遺伝子には多重遺伝子族であるものがあり、これらは高等生物の適応進化に重要であることが次第に明らかとなってきた。大野乾(Ohno 1970)は、生化学的、細胞遺伝学的な多くの事実にもとづいて、新しい機能をもつ遺伝子を生じること、さらには高等生物への進化に遺伝子重複がいかに重要であるかを示した。遺伝子が重複した場合、一方の遺伝子は必要な機能を維持する間に他方の遺伝子には突然変異が蓄積して、別の機能をもった遺伝子へと進化すると考えられる。多くの多重遺伝子族がゲノムにあることがわかり、その重要性がますます確かとなってきている。

多重遺伝子族にはリボソームRNA(rRNA)やヒストン遺伝子群などの均一な遺伝子が何百と直列に並んでいるもの、免疫グロブリン遺伝子のようにかなり変異の豊かな相同遺伝子が多数あるもの、さらにはアクチンの遺伝子のように染色体のあちこちに散在するなど、実にさまざまである。また、いつも大規模な重複ではなく、ヘモグロビン遺伝子のように少数の遺伝子族もある。これら遺伝子群の進化は、最初に述べたように重複した一方の遺伝子が新しい遺伝子に進化するといった簡単なことではなく、遺伝子の重複と欠失の変化が絶えず生物種で生じており、遺伝子群は全体として進化していくと考えられる。こうした変化が絶えず起きている状態で、生物集団での多重遺伝子族の遺伝的構造がどのように変化するか、すなわち多重遺伝子族の進化と変化について考察する (太田 1984)。

19.1.小型多重遺伝子族

ゲノムの塩基配列が明らかになると共に、高等生物には重複した遺伝子群が染色体上に日常的に存在することがわかってきた。ヒトの血色素ヘモグロビンの遺伝子族を例に取り上げ、その遺伝子構成のおおよそを説明する。

ヘモグロビン分子は二種類のぺプチドα鎖とβ鎖の組が2つヘム分子を点対称的に囲む形をしている。α鎖をコードする遺伝子は16番染色体の短腕に位置し、β鎖の遺伝子は11番染色体の短腕に位置している。それぞれの遺伝子族は次のようである。

 

α鎖        ζ2      ζ1 ψα2 ψα1  α2   α1

 

(16p)    ――*―――――*――*―*―――*――*――

 

 

 

β鎖     ε       Gγ  Aγ    ψβ     δ   β

 

(11p) ――*――――*――*―――*――――*――*――――

 

いずれの遺伝子族も5’上流にある制御領域LCRsによる調節で、発生過程に応じてそれぞれの遺伝子が発現することが知られている。すなわち胎芽期にはε鎖とζ鎖が、つづく胎児期ではα鎖とγ鎖を、生後γ鎖はすぐβ鎖に切り替わる。

進化的に興味のあることは、同じ発生時期に使われる遺伝子が2個ずつ、δとβ、GγとAγ、α2とα1、ζ2とζ1と隣接して並んでいることである。この並び方はゴリラやヒヒでもほぼ同じであることがわかっているので、これら遺伝子の重複がかなり前にすでに存在していたと考えられる。そのような長い期間それら二つの遺伝子が分化しなかったのはなぜなのだろうか。この現象を協調進化concerted evolutionとよぶが、重複した遺伝子群によくみられる。多重遺伝子族の1組(ヘモグロビンの場合は2個)が同時にひとかたまりで進化している。ヘモグロビンのα鎖やγ鎖のようにほとんど分化がみられない場合には、遺伝子1個の場合で種間の分子進化を調べても結果は同じである。

では協調進化はどのようにして生じたのであろうか。代表的な機構として考えられるのは染色体の不等交叉unequal crossing-overと遺伝子変換gene conversionの二つである。不等交叉は減数分裂の際に起こることがあるが、生殖幹細胞を形成する体細胞分裂で姉妹染色分体の間でも起こる。不等交叉があると遺伝子の数が増えたり減ったりする。しかし遺伝子変換では遺伝子数の変化はない。どちらの機構がどれほど重要かはともかく、両者とも低い頻度ではあるがたえず起きていることは確かである。

不等交叉の最初の報告、ショウジョウバエの棒眼(Sturtevant 1925)は先駆的であるが、相同染色体の一方にα鎖の遺伝子を3つの人や1つの人(Goossens他 1980)、ハプトグロビンの対立遺伝子でHp1FとHp1Sの融合によるHp2(Smitheis他 1962)はヒトでの好例である。遺伝子変換は二重交叉と区別できないが、4つの分裂細胞が回収可能な真菌(カビ)類でよく研究されている。ヒトでもステロイドヒドロキシラーゼ遺伝子(Harada他 1987)などで報告されている。ヘテロ個体の二本鎖DNAで、複製の際に一方の遺伝子が他方の遺伝子に自分と同じ塩基入れ変えてしまうのが遺伝子変換の機構である。

このように遺伝子の数が変化すると、多くの場合は個体の生存力が下がる。その結果、ヒトでは臨床症状が表われることがある。集団遺伝学的にいうと、不等交叉あるいは遺伝子変換という「突然変異」が生じ、個体の適応度が低下するという「自然選択」で集団から除かれる。このような動力学による平衡状態が生じ、不等交叉や遺伝子変換の発生率は低頻度で起こり続くと考えられよう。多重遺伝子族では相同な遺伝子の配列をくらべたとき、遺伝子の部分的な転移がみつかり、これは遺伝子変換によるものとみられる。

ヘモグロビンα鎖のα1とα2の間で、協調進化が100万年に1回ほどの割合で生じていると推定されている。これは種全体の個体で重複した遺伝子がすべて同じになることを意味し、一個体についてではない。これは集団中での遺伝子置換とか、少数回の遺伝子重複とその後の分化という簡単な変化ではない。遺伝子の重複、欠失、組換え、転移といった相当複雑な変化がかなりたびたび集団中に生じており、その際に有害な事象の組合わせの結果、個体のあるものは自然選択のふるいにかかり集団から除かれていく。このような過程でα鎖からζ鎖という新しい遺伝子が比較的容易につくられたのかも知れない。ヒトとネズミといった遠縁の哺乳類の間では、したがって遺伝子の配列にもかなりの相違がある。

ヘモグロビンの遺伝子族のほかに「小型遺伝子族」に属する例はかなり普遍的に存在する。たとえば、ニワトリの眼の水晶体をつくるδクリスタリン遺伝子(Bhat他 1980)、ニワトリのオバルブミン(Royal他 1979)、マウスの尿タンパク質(Hastie他 1979)、アフリカツメガエルのビテロジェニン遺伝子(Wahli他 1981)、アメフラシの排卵ホルモン(Scheller他 1979)、ウシのある種の下垂体ぺプチドホルモン(Nakanishi他 1979)がある。

19.2. 大型多重遺伝子族

免疫グロブリンをつくる遺伝子群は、免疫学や発生学の分野だけでなく、進化学的にもたいへん興味深く、また分子的な遺伝子解析の進んだ多重遺伝子族である。免疫グロブリンには主に三クラス、IgG、IgM、IgAがある。IgGは哺乳類では成体になると生産されるが、2本のL鎖(軽鎖)と2本のH鎖(重鎖)とからなる。L鎖は二つの相同な構造単位(ドメイン)で構成されており、それぞれはほぼ110個のアミノ酸からなるぺプチド鎖である。H鎖はこのようなドメインが4つある。ぺプチド鎖末端のドメインはおのおのの分子で異なり、可変領域といい、その他は定常領域と呼ぶ。可変領域はさらに超可変領域と枠組領域とに分けることができ、抗原特異性はおもに超可変領域のアミノ酸配列できまる。

利根川(Tonegawa 1979)やレダー(Leder 1982)らによってこの複雑な遺伝子族の構造が明らかにされた。可変領域は大きな遺伝子族で、L鎖の場合、V領域とJ領域の遺伝子族にわかれており、後者はほぼ15個のアミノ酸からなる。H鎖ではVとJの間にさらにDというアミノ酸数個の非常に小さな領域の遺伝子族がある。またL鎖は2種類あって、κ鎖とλ鎖があり、それぞれ独立した遺伝子族として別の染色体に位置している。定常領域については本庶(Honjyo 1983)によって、各クラスのいくつかの遺伝子の構造が明らかになった。

V1  V2  V3…         J1  J1…            C

 

L鎖  ―**―**―**――――――**―**―――――――***――――――――――――

 

 

 

V1  V2…   D1 D2…   J1  J2…              Cμ

 

H鎖 ―**―**―――*―*―――**―**―――――**―**―**―**―――――――――

 

H鎖の定常領域は、右端にさらにCγなどのいくつかの遺伝子が続く。分断された各領域は個体発生の際には再編成されて完全な遺伝子ができて、免疫グロブリンが産生される。

何回もの複雑な遺伝子重複や欠失を繰り返してきた、これら遺伝子族にみられる進化学的な観点から興味あることは、ヘモグロビン遺伝子族と同じ協調進化が起きているとことである。この協調進化はヒトのκ鎖のV遺伝子族やJ遺伝子族などでみられ、生物種固有の塩基配列あるいはアミノ酸配列が存在する。一方、重複した遺伝子コピーにはその変異が保存されて、かなり昔に分岐した遺伝子コピーがそのまま残っている。染色体の不等交叉と遺伝子変換がその主な機構と考えられる。V領域のように100以上の遺伝子が並んでいると、協調進化の過程も複雑になるし、相当長い世代を経由したものと考えられる。

不等交叉による協調進化をシミレーションしてみよう。たとえば染色体に5個の遺伝子が直列に並んでいて、不等交叉の繰り返しで4という遺伝子に固定してしまう過程を考えてみよう。xは不等交叉の生じた位置で右の括弧内は不等交叉で生じた遺伝子族、数字は単位遺伝子を表わす。

 

_1_2_3_4_5_

 

x            ―→ (_1_2_3_4_4_5_)

 

_1_2_3_4_5_

 

 

_1_2_3_4_4_5_

 

x              ―→ (_1_4_4_5_)

 

_1_2_3_4_4_

 

 

_1_4_4_5_

 

x            ―→ (_1_4_4_4_4_5_)

 

_1_4_4_5_

 

 

_1_4_4_4_4_5_

 

x                ―→ (_4_4_4_4_5_)

 

_1_4_4_4_4_5_

 

 

_4_4_4_4_5_

 

x             ―→(_4_4_4_4_)

 

_4_4_4_4_5_

 

 

……….

 

実際には生物集団は有性生殖をして遺伝子の交換を行なっているから、協調進化の過程はもっと複雑である。すなわち、染色体上と集団での二つのレベルで遺伝子の増減が起こり、最終的には1個の遺伝子が、その種の遺伝子族のすべての重複遺伝子のコピーとなる。このとき、ほとんどの遺伝子が失われてしまう。そしてこの広がり方の速度に応じて、速ければリボソームやヒストンなどのように均一な遺伝子コピーの遺伝子族に、遅ければ免疫グロブリンのV領域の遺伝子族のように、直列に並んだ遺伝子コピーの間に変異が蓄積することになる。広がる過程で新たな変異が蓄積するからである。

免疫グロブリンの可変領域について、ヒト、ネズミ、ウサギなどで多くのアミノ酸配列が調べられている。1970年代には、ある骨髄腫が特異的な免疫グロブリンを生産することを利用してアミノ酸配列の分析が行われたが、今日では遺伝子のDNA配列を直接調べるようになった。

太田は協調進化の過程を、集団遺伝学の理論により定量化を行い(Ohta 1980)、可変領域の種内および種間のアミノ酸変異を進化の過程におけるランダムな変異の組合わせで蓄積したと考えることが可能であることを示した。

特に抗原特異性を決定する部位の超可変領域は、他の部位に比べてほぼ3倍のスピードで種内に変異が蓄積している。つまり進化的に3倍の速度で速く変化していることがわかった。ヒト、マウスなどの生物種内の超可変性は、この速い進化の当然の結果であると考えることができる。さらに超可変領域の進化速度は、報告されているいろいろのタンパク質のうちで最も速く進化しているフィブリノぺプチドの進化速度とほぼ同じであることが示された。この速度は、構造や機能に関しての制約がごくわずかで、生じた突然変異の大部分が自然選択に中立で、集団中に機会的に広がったとする仮説から得られる値と一致することは注目に値する。

進化遺伝学の立場からみると、可変領域の変異は、直列に並ぶ重複遺伝子が機会的に固定した中立遺伝子の蓄積の集大成といえる。もちろん、個体発生の際に生じる体細胞突然変異もあるが、理論での判別はできない。コピー遺伝子の機会的固定が主要な要因であると考えられる。

抗原変異のかなりの部分が機会的に蓄積した変異の組合わせによるという考えは、たいへん興味深い。ダーウィン選択は環境の変異に応じて必要な遺伝子を集団中にふやすという考えである。機会的な変異の組合わせに依存するということは、生物種が十分以上の変異を揃えて、その中から必要な変異を使用してきたことを意味する。ヒトなどの種は過去に出会ったこともない病原菌に対して抗体をつくる能力をもっていることは、この考えを支持するものではなかろうか。生物の環境に対する適応性を単純に選択作用としてよいものなのか、興味ある示唆でもある。

免疫グロブリンの定常領域の遺伝子族にはドメインの転移というダイナミックな変化を起こすことが知られている(宮田 1984)。定常領域の遺伝子は各クラスに対応して並んでおり、各遺伝子はいくつかのエクソンに分かれている。しばしば並んだ遺伝子相互の間で相同なドメインの交換がおきているのである。

免疫グロブリンのV遺伝子族の他にも、いくつか重要な大型多重遺伝子族がある。リボソームRNA(rRNA)、転移RNA(tRNA)、ヒストンなどは基本的機能をもつRNAやタンパク質を暗号化している遺伝子群である。これらはV遺伝子族とは対照的に均一な構成である。均一といっても塩基の置換も起こっているが、生物種内には数百の遺伝子の複製があるのに均一性が保たれている。これは協調進化の速度が速い、すなわち突然変異遺伝子が染色体ないしはゲノム内に広がる速度が速いため固定に近い状況になっていると考えられる。不等交叉や遺伝子変換の出現頻度が高いため、協調進化の速度が速く進行したといえるのではなかろうか。これらの遺伝子産物は免疫グロブリンとは逆に均一であることが生物にとって都合がよいからで、不等交叉などの調節が進化の過程で生じ、協調進化の速度が速くなったのであろう。アフリカツメガエルの5S rRNAの遺伝子族では、スぺーサーに内部反復構造があって、このため不等交叉率が高くなっているとみられる(Fedoroff 1979)。

生物種内での均一性を進める別の要因として、分子駆動molecular driveがある(Dover 1982)。これは突然変異遺伝子がゲノムあるいは集団中に広がるのには方向性があり、そのような性質をもつ遺伝子のコピーは急速に増えるから、種内での均一性を生じるという。遺伝子変換には確かに方向性があり、相手を変換し易いものと、相手によって変換されやすい突然変異があることはカビ類で知られている。しかしrRNAやヒストンのように相当古くから存在していたと考えられる遺伝子族では、次々に遺伝子変換する際に、相手を変換してしまい易いような突然変異が生じることで、種内の均一性を維持するという考え方には、無理があるのではなかろうか(太田 1984)。

19.3. 中型多重遺伝子族

ヒトの6番染色体にある免疫系できわめて重要な役割を担う主要組織適合性複合体の全塩基配列と遺伝子地図(6p21.31)が最近報告された(The MHC sequencing consortium 1999)。同定された224の遺伝子座の多くは機能が未解明であるだが、発現しているとみられる128の約40%が免疫系に関わっていると考えられる。MHCのクラスII領域とクラスIII領域の遺伝子は、配列の類似性similarityと連乗性syntenyとから7億年前までたどることが出来、これは4億年前とされる免疫系の出現時期よりも明らかに古い昔である。また、補体で代表されるクラスIII領域には偽遺伝子がない(0/59)のに対して、免疫応答遺伝子で代表されるクラスII(26/48)、抗原遺伝子で代表されるクラスI(66/106)には多くの偽遺伝子が見つかっている。後者でたびたび遺伝子重複が起きて、新しい機能の遺伝子が生じたと考えられる。

クラスIのHLA白血球膜抗原を暗号化している主な遺伝子座は三つあり、特にHLA-A座位、HLA-B座位のヘテロ接合の頻度は90%を越え、ヒトの酵素などの遺伝子座で、平均してそれが約7%であることに比べるとはるかに高い(Parham & Ohta 1996, Guillaudeux他 1998)。

組織適合性抗原がなぜこれほど遺伝的に多様なのであろうか。多くの研究者は病原体に対して、変異に富むこと自体が生存に有利であると考えたが、抗体抗原反応のレベルからアミノ酸配列が調べられるようになると、一遺伝子座の超優性仮説などの自然選択の理論で説明することが困難となってきた。すなはち、ヒトのHLAの対立遺伝子を互いに比べると、それぞれのアミノ酸配列に10%ほどの違いがみつかる。さらに、HLA-A、HLA-Bといった別の遺伝子座のアミノ酸配列を比べても、対立遺伝子間のそれと大きな差はないことがわかるようになった。すなわち、アミノ酸配列からはHLA-A、HLA-Bそれぞれの特異性はないというのである(Ploegh他 1981)。

クラスIの多重遺伝子族は、一セットとして協調進化したものと考えれば、組織適合抗原の多型も、遺伝子族の維持に伴う変異と理解する必要がある。この考えによれば、並んで存在する遺伝子座の間で、不等交叉や遺伝子変換により、相当頻繁に遺伝子の転移が起こっているとすると、突然変異や適切な遺伝的浮動で高度の多型が生じたと言える。自然選択がなくても高度の多型は説明することが可能なのである。実際には遺伝子変換や不等交叉、それに自然選択も同時に作用していると考えられるが、そのような解析は複雑になりたいへん難しい。

そのほか中型多重遺伝子族の例には、ヒト白血球のインターフェロン(Goeddle他 1981)やカイコの卵殻タンパク質(Jones他 1979)などがある。これらの遺伝子族は、興味深いことに協調進化が起こる一方、発現の時期または機能上かなりの分化が遺伝子族内で生じている。またゲノム内に散在した様相を示すアクチンなどの中型遺伝子族もある(Firtel 1981)。

19.4. ポリジーンは多重遺伝子族か?

向井(Mukai 1964)は生存力の強いショウジョウバエで、自然選択を最小に抑えることにより、生存力の弱有害突然変異を蓄積する実験を行なった。その結果、弱有害突然変異率が致死突然変異率のほぼ10倍も高いことが分かった。このような突然変異が、塩基置換によるものとすると、そのオーダーから勘案すれば染色体のほとんどすべての塩基配列が生存力に影響をもつことになる。弱有害遺伝子は染色体上に散らばって存在して、その塩基配列は機能的には働いていないと考えざるを得ない。向井の生存力ポリジーンの大部分は、分子レベルでの重複・欠失、変換や転移といった変化を反映していると考えられよう。

ショウジョウバエの腹部の剛毛数についての選抜実験で、剛毛数の多い方へ、あるいは少ない方へと強い選抜を続けると、最初のうちは予測どおりの変化が観察されるが、選抜を繰り返すうちに予測外の突然の変異が現われることがある。剛毛数にはrRNAの遺伝子族が関与していることが既に知られているので、フランカムら(Frankham他 1978)は、不等交叉によってrRNAの遺伝子数に変化が生じたため、あらたな変異が生じたのだと言っている。

いずれにせよ、多くの量的形質には多重遺伝子族が関与していると考えられる。

多重遺伝子族と関連してトランスポゾンなどの進化的にも興味深い。トランスポゾンは細菌から高等生物のあらゆる生物種に見つかっている。やはり協調進化が起きているとみられ、元の部位にとどまったまま染色体の他の部位にコピーが移る重複転移 duplicative transposition がその主な機構と考えられる。失われるより重複する機会の方が大きければ、どんどん蓄積していく筈なのだが、実際にはそれほど増えていない。なんらかの、たとえば自然選択かトランスポゾン自体などが調節に関わっているのかも知れない。

 

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