2016年3月、マルセイユのフランス国立保健衛生医学研究所(INSERM)のディディエ・ラウールたちは、代表的な巨大ウイルスであるミミウイルスに、細菌のクリスパーシステムに相当する獲得免疫系が存在することを報告し、大きな反響を呼んでいる。
クリスパー(CRISPR)システムは、本連載77, 78, 80回でその一端を紹介したように、ゲノム編集の画期的手段として、さまざまな領域ですさまじい勢いで応用されている。クリスパーの存在は1987年に大阪大学の石野良純らが大腸菌で発見したものだったが、その生物学的意義が明らかにされたのは、2007年にフランスの食品メーカーDanisco(現在は DuPontの傘下)のロドルフ・バラング(Rodolphe Barrangou)らがサイエンス誌に発表した以下のような報告であった。
クリスパーの配列は21-48塩基対で、それらの間には26-72塩基対のスペーサーが存在している。バランゴウたちは、ヨーグルトやチーズの製造に用いられる乳酸菌の一種、ストレプトコッカス・サーモフィルス(通称・サーモフィルス菌)にファージを感染させて抵抗性の変異株を作りだし、そのゲノムの配列を調べていた際に新しいスペーサーが挿入されていることを見いだした。このスペーサーは侵入したファージのDNAと推定された。そして、このスペーサーを除去するとファージ抵抗性が消失した。
クリスパーは、細菌の50%、古細菌の90%で見いだされており、それらのスペーサーにはファージと100%相同性を持つものも見いだされていた。ふたたび、同じ配列のファージが侵入すると、スペーサーがファージの配列を認識して、クリスパー・キャス(CRISPR-associated: Cas)領域の配列がコードする酵素が2本鎖DNAを解きほぐし、切断することにより、ファージが不活化されると考えられた。こうしてクリスパーシステムは、免疫の記憶と再感染抵抗性という、獲得免疫系に相当するとみなされたのである(1)。
ところで、ラウールたちは、2014年にミミウイルスの1株からザミロン(Zamilon)と命名したヴィロファージを分離していた。ミミウイルスは、40株あまりが分離されていて、A, B, Cの3グループに分類されている。ザミロンはグループCから初めて分離されたヴィロファージだった。なお、最初のヴィロファージであるスプートニクウイルスはグループAから分離されたものである。スプートニクウイルスはA, B, Cいずれのグループにも感染したが、ザミロンはグループAに感染できなかった(2)。
ラウールたちは、グループAミミウイルスのザミロン抵抗性にはクリスパーシステムと同様の仕組みが関係しているのではないかと考え、ミミウイルスのゲノムの配列を調べたところ、グループAミミウイルスにはザミロンの配列が存在していて、さらにその近くに反復配列とヘリカーゼ(2本鎖DNAをほどく酵素)と推定される配列も見いだした。彼らは、これがクリスパー・キャスに相当すると考え、この領域をミミヴィーユ(MIMIVIRE: mimivirus virophage resistance element)と名付けた。反復配列の発現を阻止すると、グループAミミウイルスはザミロンに感染するようになった。これらの実験事実から、ミミヴィーユは確かにファージに対する獲得免疫を担っていると判断されたのである(3)。
文献
1. Barrangou, R., Fremaux, C., Devau, H. et al.: CRISPR provides acquired resistance against viruses in prokaryotes. Science, 315, 1709-1712, 2007.
2. Gaia, M.,Benamar, S., Boughalmi, M. et al.: Zamilon, a novel virophage with Mimiviridae host specificity. PLoS ONE 9, e94923, 2014.
3. Levasseur, A., Bekliz, M., Chabrière, E. et al.: MIMIVIRE is a defence system in mimivirus that confers resistance to virophage. Nature, 531, 249-252, 2016.