85.ゲノム編集を利用した乳製品は4年前から市場に出回っている

84回で紹介したように、2007年、食品企業のダニスコ社のロドルフ・バラングたちは、クリスパー・システムが細菌の獲得免疫機構として働いていることを明らかにし、この特性を利用してファージ抵抗性のサーモフィルス菌を作出する技術を開発した。これはサーモフィルス菌にファージを接種し抵抗性株を分離するもので、この点では特別新しいものではないが、抵抗性株のクリスパー領域に存在するスペーサーに当該ファージの配列が含まれていることを確かめる点が旧来の手段とはまったく異なる。これは、意図的にクリスパー化したサーモフィルス菌の作出技術であり、繰り返し異なるファージで攻撃することにより、多くの種類のファージに対する抵抗性を賦与できる。2011年にダニスコ社はデュポン社の傘下に入り、クリスパー化の技術は特許になっているためその詳細は明らかになっていない。デュポン社は、サーモフィルス菌を免疫するために、すでに6000株以上のファージを集めていて、その数は現在も増えているという。

2012年3月、デュポン社はクリスパー化したサーモフィルス菌をピザチーズ用に発売した。これによりチーズ製造の際のファージ汚染を防げるようになった。同じ年のサイエンス誌8月号にドイツのエマニュエル・シャルパンティエたちによるクリスパー・キャスナインによるゲノム編集技術の開発が報告された。

現在はノースカロライナ大学准教授のバラングによれば、デュポン社のサーモフィルス菌はすべてクリスパー化されており、発酵乳製品の市場におけるデュポン社のシェアは約50%増えたという。チーズやヨーグルトの多くがゲノム編集されたサーモフィルス菌で製造されていることになる。

FDAはゲノム編集したマッシュルームはGMO(遺伝子組換え生物)にあたらないとしている(80回)。また、ゲノム編集によるウイルス感染抵抗性豚の開発が進んでおり、畜産物についてもGMOをめぐる議論が起きてくることが予想される(78回)。しかし、ファージ接種という古典的手段でゲノム編集が行われた細菌が作り出したチーズやヨーグルトは、すでに通常の食品として市場に出回っているのである。

 

文献

Grens, K.: There’s CRISPR in your yogurt. The Scientist. January 2015 issue.
http://www.the-scientist.com/?articles.view/articleNo/41676/title/There-s-CRISPR-in-Your-Yogurt/