アメーバから分離されたミミウイルスが、400 nmの粒子で、ゲノムのサイズが120万塩基対という巨大ウイルスであることが2003年に明らかにされてから、巨大ウイルスをめぐる研究は続々と新しい知見をもたらしている。
巨大ウイルスのひとつに、カフェテリア・レンベルゲンシス(Cro: Cafeteria roenbergensis)ウイルスがある。これは、1990年代初め、テキサスの沿岸でカフェテリア・レンベルゲンシスという名の原生生物(鞭毛藻類)から分離されたウイルスで、2010年、そのゲノムが73万塩基対という巨大なものであることが明らかにされ、ミミウイルス科に分類された。ミミウイルスはアメーバのウイルスであるが、Croウイルスは、アメーバとは系統的にかなり離れた鞭毛藻類に感染、増殖して溶解する。カフェテリア・レンベルゲンシスは全世界の海に広く分布しており、Croウイルスはこの原生生物集団のサイズを調節していると考えられている。
ミミウイルスには、スプートニクウイルスと命名されたヴィロファージが感染しており、カフェテリア・レンベルゲンシスウイルスにはMaウイルスというヴィロファージが感染している。どちらも巨大ウイルスの粒子内で増殖し、最後には宿主である巨大ウイルスを破壊する。ヴィロファージの名前は、細菌のファージ(細菌ウイルス)が宿主となる細菌を溶解することになぞらえて造られたものである。これらのヴィロファージに対しては、現在、ラヴィダウイルス科(Lavidaviridae)の分類名が提案されている。
12月8日付けのNature誌で、ドイツ、マックスプランク医学研究所のMatthias FischerとThomas Hackl(現在の所属:マサチューセッツ工科大学)は、CroウイルスがMaウイルスによる攻撃から原生生物を守るという、興味ある宿主・寄生体の関係について報告した。
彼らは、原生生物にCroウイルスとMaウイルスを同時に感染させたところ、Maウイルスのゲノムが約1/3の原生生物の細胞に組み込まれたことを見いだした。これは、ヴィロファージDNAが細胞性宿主のゲノムに組み込まれることを示した最初の報告である。Maウイルスなどヴィロファージは、インテグラーゼと呼ばれる酵素を持っていて、これがDNAを宿主ゲノムに組み込んでいると考えられる。
原生生物のゲノムに組み込まれたヴィロファージがどのような機能を発揮しているか調べるために、著者らは、Croウイルスを接種したところ、Maウイルスが再活性化されて新しいウイルス粒子が形成されることを見いだした。両ウイルスでは、遺伝子発現を引き起こすプロモーター配列が共通しているため、彼らはCroウイルスの転写因子がMaウイルスの再活性化を引き起こしたと推測している。
Maウイルスが活性化してもCroウイルスの増殖は阻止されることなく、原生生物はCroウイルスにより溶解されていた。これは、おそらく組み込まれたMaウイルスの再活性化が起きるのが遅かったために、それまでにCroウイルスが原性生物細胞を溶解していると推測された。しかし、ここで放出されたMaウイルスは、その後の周囲の原生生物の集団へのCroウイルスの拡散を防いでいると考えられている。ウイルスに寄生するヴィロファージが、ウイルスが寄生する宿主を救っているという訳である。
本連載84回では、ミミウイルスに寄生するザミロンという名のヴィロファージのゲノム配列が、宿主のミミウイルスのゲノム内に存在していて、ザミロンによる感染を防いることを紹介した。ゲノム編集技術として利用されているクリスパー・キャスナイン・システムでは、ファージが感染した細菌にファージのゲノム配列が保存され、その後のファージ感染を阻止するという、獲得免疫の機構が働いており、それと同様の機構が巨大ウイルスに存在することを示したものである。今回のCroウイルスの場合にも似たような機構が働いていることになる。
文献
Fischer, M. G. & Hackl, T.: Host genome integration and giant virus-induced reactivation of the virophage mavirus. Nature, 540, 288-291, 2016.
Koonin, E.V. & Krupovic, M.: A parasite’s parasite saves host’s neighbours. Nature, 540, 204-205, 2016.