175. E型肝炎ウイルスは動物由来感染症

ウイルスの発見

1978年、インド・カシミール地方で5万2000人が肝炎を発病し1700人が死亡した。これは、A型肝炎、B肝炎のいずれでもなかったことから、経口感染する新しい肝炎ウイルスの存在が疑われた。1981年には、アフガニスタンに侵攻していたソ連軍のキャンプで、カシミールと同様の非A非B型肝炎の発生が起きた。

 

この発生原因調査のためにモスクワのポリオ及び脳炎ウイルス研究所のチームが派遣された。しかし、患者のサンプルをモスクワに持って帰るための冷蔵設備がなかったため、リーダーのミハイル・バラヤンは9名の患者の糞便をプールし、ヨーグルトに混ぜて飲んで帰国した。約1ヶ月後、彼は重い肝炎となり糞便からは小型の球形粒子が電子顕微鏡で検出された。彼はA型肝炎にかかったことがあり、A型肝炎ウイルスに対する高い抗体を持っていた。B 型肝炎は抗原も抗体も陰性で、発病後も変わらなかった。糞便から経口感染する点ではA型肝炎に似ていたが、ウイルス粒子はA型肝炎ウイルスに対する抗体とは反応しなかったことから、別の新しい肝炎ウイルスと考えられたのである(1,2)。

 

1990年、米国のジーンズラブ・テクノロジー社のグレゴリー・ライエスがバラヤンおよびCDCのダニエル・ブラッドレーと共同で、実験感染させたサルの肝臓組織からウイルス遺伝子を分離した。すでにC型肝炎ウイルスが1989年、D型肝炎ウイルスが1977年に発見されていたので、E型肝炎ウイルス(HEV)と命名された。現在、このウイルスの学名は彼の名前をとって、パスラヘペウイルス・バラヤーニと名付けられている。(3)

 

世界的に広がっているE型肝炎ウイルス

HEVはアジア、アフリカ、南米でしばしば大きな流行を起こしている。ウイルスは腸管から糞便に排出され、衛生環境の悪い状態で経口感染により広がる。中国新疆ウイグル自治区では1986年から1988年にかけて12万人の患者が発生し、インドでは1991年に8万人近い患者が発生した (4)。アフリカでは 2007年ウガンダで1万人が発病し、そのうち160人が死亡する大きな流行となった。2012年にスーダンから分離独立した南スーダンには10万人を越す難民が逃れてきており、難民キャンプ内ではE型肝炎の発生がおきて、国境なき医師団の発表では、約4000名の患者を処置し88人が死亡した(5)。

日本では2003年鳥取、兵庫、長崎でイノシシまたはシカの内臓などからの感染が疑われた推測されたE型肝炎の小規模な集団発生が起きた。兵庫の集団発生ではシカの刺身からウイルスRNAが検出され患者のウイルスRNAと一致した (6)。

HEVはヘペウイルス科に分類されていて、ヒトで肝炎を起こしているのはパスラへペウイルス属のウイルスである。これには少なくとも8つの遺伝子型があって、1,2型はヒトだけで見いだされている。3型から8型はブタ、イノシシ、シカ、ラクダなどから感染すると推測されている。

 

ネズミのE型肝炎ウイルスはブタ肉製品を介してヒトに感染する?

ネズミには、ロカヘペウイルス属のネズミHEVが存在している。ネズミHEVのヒトへの感染は2018年に香港で初めて、免疫機能が低下したヒトの肝炎で見つかった。ネズミHEVは日本、米国、ドイツ、インドネシア、ベトナムなど多くの国で検出されていて、世界的に広く存在することが推測されている (7)。

2022年にはネズミHEVを感染させたラットの糞便の浮遊液を細菌フィルターで濾過したサンプルをカニクイザルとアカゲザルに接種する日中共同研究の成績が報告された。サルでは抗体が産生され糞便中にウイルスの排出が確認され、そのウイルスはラットへの感染性を保有していた(8)。ヒトが直接ネズミからウイルスに感染することは考えにくいため、ブタが介在している可能性が考えられた。

2024年7月、オハイオ州立大学食品安全センターのグループはヒトから分離されたネズミHEVがブタに感染し、ブタの間で広がっている可能性を報告した。彼らは、代表的なネズミHEVのゲノム配列から感染性のDNAクローンを構築して調べた結果、さまざまなヒト由来の細胞と哺乳動物由来の細胞で増殖することを確認した。このDNAクローンをブタに接種すると血液と糞の中にウイルス粒子が検出された。同居させたブタでも糞の中にウイルスが排出され、糞を介した経口感染が起きたと考えられた。ウイルスに感染したブタには症状は見られなかった。

感染したブタでは脳脊髄液にもウイルスが検出された。HEVが脳に障害を起こす可能性が問題になっており、ネズミのウイルスに関連した髄膜炎での死亡例がひとつある(9)。

豚舎の周囲にはネズミが多く生息するので、ブタ肉加工工場でネズミHEVによる汚染が起きてヒトに伝播されている可能性が指摘されている。

文献
1. Khuroo, M.S.: Discovery of hepatitis E: The epidemic non-A, non-B hepatitis 30 years down the memory lane. Virus Res., 161, 3-14, 2011.
2. Balayan, M.S. et al.: Evidence for a virus in non-A, non-B hepatitis transmitted via the fecal-oral route. Intervirol., 20, 23-31, 1983.
3. Tam, A.W. et al.: Hepatitis E virus (HEV): Molecular cloning and sequencing of the full-length viral genome. Virology, 185, 120-131, 1991.
4. Park, S.B.: Hepatitis E vaccine debuts. Nature News. 29 Oct. 2012.
5. Medecins Sans Frontiers: South Sudan – Hepatitis E outbreak escalating in refugee camps. 6 February 2013.
http://allafrica.com/stories/201302061300.html
6. 三代俊治:E型肝炎ウイルスに関する最近の話題:我国に於いて近頃目覚ましき動物から人への感染。ウイルス、54, 243-248, 2004.
7. Kanai, Y. et al.: Hepatitis E virus in Norway rats (Rattus norvegicas) captured around a pig farm. BMC Research Notes, 5:4, 2012.
8. Yang, F. et al.: Experimental cross-species transmission of rat hepatitis E virus to rhesus and cynomolgus monkeys. Viruses (2022)14, 293.
https://doi.org/10.3390/v14020293
9. Yadav, K.K. et al. : Rat hepatitis E virus cross-species infection and transmission in pigs. PNAS Nexus, 3, 259, 2024.