2026年4月、みすず書房から表記の本が刊行された。地球外生命、地球生命という言葉は良く耳にするが地球内生命はほとんど聞かない。本書では、これまでの生物学の常識をくつがえす驚くべき生命圏の実体が詳細に紹介されている。読み終えた後には、雷にうたれたような衝撃が残っていた。
以下にその一端を整理してみる。
光合成を必要としない地下生命圏
地球上の生命は太陽によって支えられている。私たちはそう教わってきた。植物が光合成を行い、その有機物を動物や微生物が利用する。生命圏は、太陽エネルギーを起点として成立する巨大な循環系である。しかし、21世紀に入って明らかになった地下生命圏の発見は、この常識を根底から揺るがした。
地球の中心から地表まで約7000キロメートルあるが、その最外層である地殻はわずか数十キロメートルにすぎない。その地殻の内部には、私たちが想像していた以上に巨大な微生物世界が広がっている。
地下の生命は太陽を必要としない。そこでは、光合成の代わりに化学合成が行われる。地下深部から供給される水素、メタン、硫黄化合物、鉄化合物などを利用して有機物が作られるのである。
とくに注目されているのが蛇紋岩作用である。かんらん石が高温高圧下で水と反応すると、水素や還元鉄が生成される。この反応は生命の材料とエネルギーを同時に供給できるため、生命誕生の場としても有力視されている。
もし地表の生命が太陽に依存するならば、地下生命圏には無数の「化学の太陽」が存在することになる。地下深部から湧き上がる水素、放射線による水の分解、地震によって生じる化学反応——それぞれが小さな太陽として、独自の生態系を支えているのである。
多様な微生物が存在する地下生命圏
地下生命圏の研究は、生命の多様性についての認識も一変させた。これまで微生物学者が研究していたのは、培養しやすく急速に増殖する微生物が中心だった。2000年代に登場したパイロシーケンシングをはじめとする次世代DNA解析技術は、培養できない微生物のゲノムを直接読むことを可能にした。その結果、地下生命圏には従来想像されていたよりもはるかに多様な微生物が存在することが明らかとなり、生命の系統樹そのものが書き換えられることになった。
真核生物の祖先と推定される微生物、ロキアーキオータ
現在の生命の系統樹は、すべての生物に存在するリボソームRNAの比較にもとづいて構築されている。その研究から、生命は真核生物、細菌、アーキアという3つのドメインに分類されるようになった。
深海の熱水噴出孔は生命の誕生の場として有力視されている。深海の熱水域や海底堆積物の研究から、既知のアーキアとは大きく異なる未知の系統群が発見された。複数の研究者たちは、その系統に特有なDNAを手がかりとして微生物を探索し、海底堆積物中にきわめて小さな細胞を発見した。この微生物は単独でなく集合体を形成していることが特徴的だった。
2015年、この微生物のゲノムが、ウプサラ大学の研究者により復元され、ロキアーキオータと命名された。発見場所のロキキャッスルに因んだもので、アーキはアーキア、オータは分類階級の語尾につける言葉である。
ロキアーキオータが命名される以前から、その実体を捉えようとする試みは続いていた。海洋開発研究機構の井町寛之らは、南海トラフ深海底の堆積物から採取した試料を用い、クローゼットほどの大きさの特殊培養装置の中で10年以上にわたり培養を継続した。その結果、2020年に真核生物の祖先に近いと考えられるアーキアの培養に成功し、ネイチャー誌に発表した。
彼らは、この新生物をプロメテオアーカエム・シントロフィカム、培養株をMK-D1株と命名した。これは粘土をこねて人間を想像し、火を与えたギリシア神話の神、プロメテウスに因んだものである。
MK-D1株の最大の特徴は、細胞表面から多数の長い突起を伸ばしていることである。この構造は他の微生物との密接な共生を可能にし、やがて真核細胞が誕生した過程を考える上で重要な手がかりになると考えられている。
地下生命圏は、生命の起源だけではなく、私たち自身の起源を考える上で重要な意味をもっているのである。
地下生命圏概念の再構築
生命圏という言葉は,1926年、地球科学者ウラジミール・ベルナツキーにより提唱された。彼は、生命と地球を切り離せない一つのシステムとして理解していた。
地下生命圏の発見は、この見方をさらに発展させた。生命は地表に薄く張り付いた存在ではない。地球内部の化学反応と結びつき、地質学的時間の中で活動する巨大なシステムなのである。
私たちは長い間、生命を「増殖するもの」と考えてきた。しかし、地下生命圏は別の可能性を示している。生命とは、必ずしも増殖し続ける存在ではなく、時には何千年も待ち続ける存在なのかもしれない。
もし、そうだとすれば、地下生命圏の発見は、生命とは何かという問いを、生物学の枠を超えて地球そのものの歴史を含めて考え直すことを私たちに求めているのである。
