(3/10/01)(3/13/01)
1.診断キット開発にかかわっている機関
前回(第110回)の講座では4社が開発したプリオン病の診断キットについて、ヨーロッパ委員会の評価結果をご紹介しました。これ以外にも多くの企業が開発を行っています。以下はそれをアルファベット順にリストアップしたものです。多くはウシ海綿状脳症(BSE)を対象としたものですが、スクレイピーやクロイツフェルト・ヤコブ病を対象としたものも含まれています。
企業
- Abbeymoy Ltd
- Altegen Inc
- Anonyx Inc
- Bayer
- Biolabs(現在はBenesis Bioventures)
- Bio-Rad Inc
- Boehringer-Ingelheim AG
- Caprion Pharmaceuticals Inc
- Celcus Inc
- Centre Suisse d’Electronique et de Microtechnique SA
- Niel Constantine
- Enfer Scientific Ltd
- Microsens Biophage Ltd
- Nen Life Science Products Inc
- Paradigm Genetics Inc
- Prion Developmental Laboratories Inc
- Prionics
- Proteome Sciences Ltd
- Q-One Biotech Ltd
大学・研究所
- Commissariat a l’Energie Atomique(フランス原子力委員会)
- New York State Basic Research Institute for Neurological Disorders
- USDA(米国農務省)
このほかにも多数あるようです。日本でもスクレイピーについては帯広大学、家畜衛生試験場などで検討されています。
2.試験の内容
1)死後の試験
これまで、牛についてのBSEの検査は死後の脳の病変の検出という病理組織検査に依存していました。しかし、前回の講座で述べたように、死亡した牛の脳についてヨーロッパではプリオニクス、エンファー、フランス原子力委員会の生化学検査キットによる異常プリオン蛋白検出が広く用いられるようになってきました。病理組織検査では対応できるサンプル数が限られますが、生化学検査キットならば何十万というサンプルでも検査可能なため、BSE汚染の疑いのある欧州連合では、広範囲の監視に利用されるようになると思います。
しかし、これまでのところ、どのキットが妥当か、欧州連合としての評価は行っていません。前回ご紹介したヨーロッパ委員会の報告書でも、そこに述べられている見解は欧州連合の公式のものではないと断り書きがあります。
BSEの検査キットは将来、莫大な利益が見込めるため、国際的な評価はなかなか難しいのかもしれません。
BSEの検出には異常プリオン蛋白の検出のほかに、マウスの脳内接種があります。この方が検出感度は高いのですが、マウスが発病するまでの潜伏期が少なくとも1年間ですので、実用性はありません。最近のネイチャー誌に、フランス原子力委員会グループは自分たちのキットはマウスのバイオアッセイに相当する高い検出感度であると宣伝していました。
2)生前試験
Proteome Sciences, Beohringer-Ingleheim, Prion Developmental Laboratories, Paradigm Genetics, Nen Life Sciences, Abbeymoyなどで、いくつかの試験法が試みられていますが、バックグランドのノイズが大きな問題のようです。
スクレイピーではリンパ組織に異常プリオン蛋白が潜伏期中に検出されます。そこで、米国ワシントン州立大学と農務省USDAでは羊の瞼の下(瞬膜)にある小さなリンパ節について、オランダのレリシュタットLelystadtにある動物科学健康研究所DLO Institute for Animal Science and Healthでは扁桃について、潜伏期中の動物からの異常プリオン蛋白の検出システムを開発しています。また、USDAの研究所ではMary Jo Schmerrらが血液中の白血球からの検出を試みています。
BSEの場合、実験感染牛では症状が出る6ヶ月前には脳に異常プリオン蛋白が見つかっています。しかし、リンパ組織に異常プリオン蛋白が検出されません。回腸に存在するリンパ組織であるパイエル板には見つかる可能性がありますが、生前検査の材料にはなりえません。そのため、スクレイピーのようなリンパ節での生前診断は不可能です。なお、不思議なことに羊にBSEを接種すると脾臓のようなリンパ組織にも異常プリオン蛋白が多量に検出されます。
第115回 追加
ネイチャー・メディシン3月号に変異型CJDの血液試験のニュース、より高い感度のBSE試験についてのニュースと、プリオン病マーカーになるかもしれない新しい研究成績が発表されています。それらを中心に、ほかからの情報も加えて追加したいと思います。
1. 変異型CJD試験
この領域のベンチャーとして、Prion Developmental Laboratories IncとCaprionPharmaceuticalsが紹介されています。どちらも上記のリストにあります。
前者はロバート・ギャロRobert Galloが主任研究員になっています。彼はHIV研究の第一人者ですがプリオン領域に参画したわけです。後者はカナダの企業で異常プリオン蛋白質に特異的に反応する抗体を作り、そのライセンスを米国の獣医検査企業であるIDEXX Laboratoriesに渡されたとのことです。
この種の抗体はプリオニクスの設立者であるブルノ・エッシュBruno Oeshが以前に論文で発表していますが、現実にはプリオニクスはこの抗体ではなく、正常プリオン蛋白質、異常プリオン蛋白質両方に反応する抗体を用いています。
興味のある点としては、変異型CJDの血液にもしもプリオンが出てくるとすればプラスミノーゲンにたまるというチューリッヒ大学のアドリアーノ・アグッチAdriano Aguzziの発想です。この技術を彼は企業にライセンスを渡したと伝えられています。
2. BSEの試験
ここでは110回講座でご紹介した4社のうち、バイオラド(フランス原子力委員会)、プリオニクス、エンファーがECで承認されています。前回触れたようにバイオラドはとくに感度が高い点を強調していますが、一方で擬陽性の結果が多いという問題があるようです。
今のところ、プリオニクスが一番売れているようです。スペインでは先月までは免疫組織検査によるプリオン検査のサンプルは英国まで送っていましたが、BSE牛が見つかったことから世論が高まり、自分のところで検査することになりました。その結果、プリオニクスのキット546,000セット分の予算が議会で承認されたと伝えられています。ともかく、昨年11月末にドイツでBSE牛が見つかってからプリオニクスのキットの売れ行きは非常にのびているとのことです。
3.プリオン病の診断マーカー
この成績はネイチャー・メディシン3月号(p. 361, News& Views p. 289)にロスリン研究所のグループから発表されたものです。
これは脳ではなく、リンパ組織に焦点を合わせて正常なマウスとスクレイピーのマウスの脾臓で発現している遺伝子転写物を比較した研究です。約1万個の転写産物のスポットのうち、1つだけがスクレイピー発病マウスで非常に量が著しく少なくなっていることを見いだしました。コンピューター検索の結果、この遺伝子配列は最近見つかったばかりの赤血球分化関連因子(Erythroid differentiation-related factor: EDRF)と完全に一致しました。
このEDRFの発現量の低下はスクレイピー発病マウスの脾臓だけでなく、スクレイピーの羊の血液とBSE牛の骨髄でも見つかっています。EDRFがプリオン病の発病にかかわるかどうかは、今のところ不明ですが、これが診断の分子マーカーになるだろうと述べています。これですと、血液材料でしかもきわめて簡単に測定できる利点があります。
EDRFが病気に関係あるかどうかは、今後、この遺伝子のノックアウトマウスや過剰に発現するトランスジェニックマウスで研究されることになるでしょう。