(9/24/01)
プリオン病とはどんな病気か?
日本でのウシ海綿状脳症(BSE)の発生が9月10日に発表されました。たまたまその2週間ほど前に発売された科学(岩波書店)9月号に、私が書いたプリオン病についての一般向け解説が掲載されています。出版社の了解を得て、ここに転載します。なお、図、表は含めていません。興味のある方は雑誌をご参照ください。
「プリオン病とはどんな病気か?-狂牛病と変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の現状-」
まとめ
5年前の狂牛病パニックが再燃している。しかし、現在では科学的知見が蓄積し、安全対策上の国際的取り組みも進展し始めている。それらの現状を正しく理解することが無用の社会不安を招かないためにも重要である。
感染症はウイルス、細菌といった微生物により引き起こされる。今日プリオン病とされているものも、ウイルス感染症の一つと考えられていた。しかし、すぐ後で述べるように、プリオン病の病原体は外から侵入する微生物ではなく、身体の中に産生される蛋白質が異常化したものという、まったく新しい概念で現在ではとらえられている。
代表的なプリオン病として、狂牛病(BSE)(脚注:狂牛病はヨーロッパのマスコミがつけた名称mad cow diseaseの和訳であって、正式にはウシ海綿状脳症((bovine spongiform encephalopathy: BSE))である。)と人のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)がある。これらは発病すれば確実に死にいたる。しかも、病原体の本体をはじめとして、科学的に不確実な側面が多い。これがBSEをめぐる大きな社会不安にもつながっているといえる。科学的視点で問題の本質を理解することが必要である。
プリオン病の種類と病原体
プリオン(脚注:prion: proteinaceous infectious particle、感染性蛋白粒子。この略語ではproinになり、語呂が悪いため、oとiの順番が逆にされた。)はウイルス、細菌と同様に病原体の種類を示す名前として提唱されたもので、それによりおこる病気がプリオン病とよばれている。
プリオン蛋白質(PrP)はヒトでは第20番染色体に存在するPrP遺伝子が産生する。これは正常プリオン蛋白質PrPCとよばれ、多くの種類の組織、とくに脳には多量に存在している。一方、プリオン病の動物の脳の中には異常プリオン蛋白質PrPScが存在している。(脚注:PrPC: cellular prion protein、PrPSc: scrapie-type prion protein)これはPrPCの立体構造が変わったものとされる。プリオン説ではこのPrPScが病原体とみなされており、核酸は含まれていないと考えられている。つまりプリオンの構成成分は、正常な蛋白質の構造が変化して異常となった蛋白質ということになる。
ウイルスなどの微生物は感染した動物の体内で自己増殖する。プリオン説では、PrPScが身体の中に入るとPrPCをPrPScに変えるために、PrPSc が増えてくるものと説明されている。現象だけを見ると、これは感染した病原体が増殖することと同等といえる。(脚注:蛋白質を病原体の本体とするプリオン説の考えを支持する状況証拠が多く蓄積してきている。そのひとつとして、PrP遺伝子が破壊されたノックアウトマウスは、つまりPrPCを持っていないマウスにスクレイピーを接種してもまったく発病しないという事実がある。しかし、決定的証明はまだ得られていない。)
プリオン病の病原体の本体には、蛋白質以外にウイルスも含まれるという少数の反対意見がいまだにあるが、その考えを支持する証拠は皆無である。ともかく、蛋白質原因説に異論を唱えている人たちも、伝達性海綿状脳症の発病にプリオン蛋白質が深くかかわっている点については、現在は反対していない。
伝達性海綿状脳症(脚注:「実験的に動物に病気を伝達させることができ、その病変は脳に限られていて、スポンジ状の空胞の出現を特徴とする脳の病気」を意味する。日本脳炎ウイルスなどが脳で増殖すると、異物であるウイルスを排除するためにリンパ球が浸潤して炎症、すなわち脳炎をおこす。脳症とは、この炎症が見られない脳の病気を意味する。)という名称はプリオン病の別名で、古くから用いられてきたものである。現在では、プリオン病と伝達性海綿状脳症は同義語として用いられている。ただし、プリオン説に批判的な立場をとる人は伝達性海綿状脳症のみを用いている。(脚注:官庁用語では伝染性海綿状脳症となっている。これは、BSEを家畜伝染病予防法に取り入れる際に、伝達性という新しい用語が行政官の間で受け入れられなかったためである。伝染病は本来、人から人、または動物から動物へと急速に広がって社会的に問題になる感染症のことであって、この名称は誤解を招くものである。)
プリオン病の種類を表1に示した。ヒトで見いだされるプリオン病のほとんどはクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)である。これには3つのタイプがあり、85%ぐらいが孤発性、15%ぐらいが家族性、1%以下が医原性である。
孤発性CJDは、全世界でほぼ100万人に一人という頻度でおこり50~60歳前後に多い。発病の原因はまったくわかっていない。家族性CJDはプリオン遺伝子に遺伝的変異のある家系でおこる。一方、医原性CJDは医療行為(CJD患者に由来する硬膜や角膜の移植など)により感染するものである。
ヒトのプリオン病のリストに、変異型CJD(v-CJD)が1996年から加わった。名称にCJDが用いられているが、原因はBSE病原体と考えられるため、CJDとはまったく別の病気とみなされる。ヒト海綿状脳症とよぶべきだとの意見もある。
動物のプリオン病としてはスクレイピーが1700年代初めから知られていた。一方、BSEに汚染したペットフードや餌が原因とされる病気が、ネコ、動物園のウシ科動物でも見られている。
このほか1980年代に、米国コロラド州とワイオミング州のヘラジカとミュールジカに慢性消耗性疾患と名付けられた新しい病気がみつかり、これもプリオン病だと判明した。現在ではカナダでも見いだされている。これはスクレイピーやBSEとは別のものであり、原因は不明である。
プリオンの検出と診断
プリオン病の動物の脳には、PrPC以外に正常な動物には存在しない多量のPrPScが検出される。このPrPScの存在がプリオン病の特徴になる。(脚注: PrPScはPrPCの立体構造が変わっただけで、両者のアミノ酸配列はまったく同じ蛋白質である。そのため、たとえばプリオン病の動物の脳にPrPに対する抗体を加えると、PrPScとPrPCの両方が検出されてくる。抗体で両者を区別することはまだできていない。)
PrPCとPrPScの重要な違いは、前者が蛋白質分解酵素でこわれやすく、後者はこわれにくいという点である。これを利用して、検査材料中のPrPCを蛋白質分解酵素処理で破壊し、その後に残るPrPScをPrPに対する抗体と反応させて検出するという方式が用いられる。これが現在、唯一のPrPSc検出方法である。(脚注:脳の組織標本についてPrPScを検出する際には蛋白質分解酵素の代わりに蟻酸のような強い酸で処理をしてPrPCを破壊する方法が用いられている。)
プリオン病の診断には動物、人のいずれでも死亡後に解剖して脳を調べて、脳の組織について病理組織検査で空胞などの特徴的な病変の有無を見る。しかし、それだけでは不十分で、確定診断のためにはPrPScの検出を行うことが不可欠である。
最近、BSEウシの診断のためのキットが市販され、ヨーロッパ連合(EU)諸国で利用され始めている。(脚注:スイスのプリオニクス社、アイルランドのエンファー社、バイオラド社((開発はフランス原子力委員会)これらは、と畜場でウシからPrPScがもっとも多量に含まれる脳の特定の部位を採取して、乳剤とし、蛋白質分解酵素で処理した後に、PrPに対する抗体でPrPScを検出するものである。検査時間は数時間から24時間以内であって、検出感度を高める工夫も施されている。
これらは現在のところ、脳についてのみ検査できる。ウシ由来製品の安全確認などの場合には、検出の対象がごく微量のPrPScとなるため、これらのキットは利用できない。
発病する前の潜伏期の段階でPrPScを検出する、いわゆる生前診断は、BSE、v-CJDのいずれでも現在のところ不可能である。例外はスクレイピーのヒツジで、末梢リンパ組織である扁桃や、瞼の内側にある小さなリンパ組織にPrPScが検出される。これらの組織を用いれば、発病前の潜伏期中でも診断が可能である。
一方、検査サンプルをマウスの脳内へ接種して感染性を調べるマウス・バイオアッセイがある。これは、上述のキットよりも10~100倍くらい検出感度が高いが、マウスが発病するまでの潜伏期が1年以上もあるため、実用的ではない。しかも、発病したマウスからPrPScの検出を行ってBSE感染で死んだことを確かめなければならない。したがって、研究的な面でしか利用されていない。
BSEはどうして起きたか
ウシ、ブタ、ヒツジ、ニワトリなど食用動物から食肉を取ったあとには内臓、骨など大量のくず肉が残る。これらは加熱調理されて、獣脂が分離され、脂をとった残りのかすは圧縮乾燥されて肉骨粉に加工される。これはレンダリングとよばれる工程で、肉骨粉は家畜の餌や肥料に用いられる。
BSEは、この肉骨粉中に混入したBSE病原体がウシに経口感染で広がったものと考えられている。BSEの発生は1986年に最初に確認された。1988年に感染源と考えられた肉骨粉をウシなどの餌に用いることを禁止する処置が取られたのち、減少し始めた(図1)。2000年12月末の時点における英国での発生総数は177,536頭である。ただし、この数字は公式確認例であり、実際には100万頭近いと推測されている。最盛期の1992~93年には週1,000頭台の発生であったが、現在では週20頭ぐらいになっている。英国中央獣医学研究所(Central Veterinary Laboratory)とオックスフォード大学グループは、いずれも2001-2002年には年間発生数が3桁台に減少すると予測している。
これだけ大きな流行をおこしたBSEの病原体は、いろいろな性状を調べた結果、単一の株とみなされている。これは、スクレイピーの病原体には少なくとも20株以上あることを考えると、きわめて特徴的な点である。
BSEの病原体は一体、何なのか。なぜ、1980年代に突如出現したのか。これらが大きな問題となった。これまでは、ヒツジのスクレイピーが肉骨粉に混入してBSE病原体になったものと考えられてきた。レンダリングは1920年代から始まり、世界中で広く利用されるようになっていた。それにもかかわらず、1980年代になってBSEが突如発生した理由として、オイルショックが推測された。1970年代終わりにレンダリング方式がオイルの使用を節約したものに変更され、加熱される時間が短縮された。そのためスクレイピー不活化が不十分になり、肉骨粉に病原体が混入したという推測である。
ところが、2000年秋に英国政府のBSE調査委員会は、このスクレイピー起源説を否定した。その最大の根拠は、英国家畜衛生研究所(Institute for Animal Health)によって、レンダリング方式の変更はスクレイピーの不活化には影響がないことが明らかにされたことにある1)。
調査委員会報告では、BSEの原因はウシで発生した変異病原体にあるとの説が述べられている。1970年代におそらくイングランド南西部で、一頭のウシのプリオン遺伝子にたまたま変異が起きて、新しい病原体が生まれたと推測している。ただし、この仮説に科学的根拠はない。
この報告がきっかけとなって、BSEが発生し始めたと考えられる時期の1976年以前にスクレイピーで死亡したヒツジの脳、すなわち、当時流行していたスクレイピー病原体を子ウシに餌として与える実験が、英国中央獣医学研究所で2000年9月に開始された。スクレイピー起源説を実験的に証明しようという訳である。この実験の答えが出るまでには数年はかかると思われる。
v-CJDとBSEは同じ病原体による病気
1996年、英国政府は新しいタイプの変異型CJD(v-CJD)が見いだされ、これがBSE感染による可能性は否定できないと発表した。ここで、いわゆる狂牛病パニックが全世界をおそった。
この時点では、v-CJDの発生状況からの疫学的証拠だけであったが、その後、次のような実験的証拠が蓄積してきて、BSEとv-CJDの病原体はきわめてよく似ていることが明らかにされた。すなわち、(1)マウスの脳内に接種した場合の発病までの潜伏期と脳内での病変の分布パターン2)(2)電気泳動でのPrPScのバンドの特徴3)、(脚注:PrPには糖鎖が付く部位が2カ所あるため、PrPScを電気泳動で解析すると、糖鎖が付いていないもの、1~2本付いたものの3種類のバンドが検出される。それらのバンドの位置と幅を比較した結果、BSEとv-CJDが同じ特徴を示すことが確かめられている。(3)ヒトのPrPを産生しているトランスジェニックマウスでの臨床症状と脳病変4)、(4)ウシのPrP遺伝子を導入したトランスジェニックマウスでの潜伏期と脳病変5)、(5)サルの脳内に接種した場合の臨床症状や病変6)のいずれでもBSEとv-CJDは非常によく似ていることが明らかにされた。これらの結果から両者は同一の病原体によるものと結論された。v-CJDはBSEウシの肉を食べたことで感染したことが、実験的にも確かめられたといえる。
v-CJDの発生は今後も続くか?
v-CJD患者の発生は1995年以来、毎年約20%ずつ、死亡数は約30%ずつ着実に増加している。2001年6月末現在、英国で発生した患者総数は102名となり、そのほとんどがすでに死亡している。ほかにフランスで3名、アイルランドで1名が死亡している。上昇傾向が今後どれくらい続くのかが大きな問題になっている。
BSE発生の1980年からv-CJDが初めて見つかった1996年までに、英国では75万頭のBSE感染ウシが食用に解体されたと推定されている。そこで、当初は最大50万人のv-CJD患者が発生するとの予測がなされた。しかし、2000年になって オックスフォード大学のグループによる試算では、発病までの潜伏期が20年以下であれば1300人の患者、もしも60年以上であれば最大13万6000人という推定が出された(7)。なお、もっとも短い潜伏期は9年間と推定されている。
経口感染で広がったプリオン病の例にはクールーがある。これは死者の霊を慰めるための儀式としての食人により広がったものであるが、1950年代終わりに食人の風習がなくなり、クールーの発生は激減した。しかし、それ以前に生まれた人々の間では現在でもわずかながら患者が発生している。40年以上の潜伏期ということになる。
ウシの間でのBSEの広がりの阻止
肉骨粉による感染が疑われたことから、英国では1988年に反芻動物に反芻動物由来の肉骨粉を餌として与えることが禁止された。ところが、ブタとニワトリに用いることは禁止していなかった。ニワトリとブタではBSE発生が皆無であったためである。(脚注:その後、BSEを発症したウシの脳乳剤の接種実験の結果、ニワトリでは脳内接種でもまったく発病は見られなかった。ブタでは経口接種の場合、発病は見られなかったが、脳内、静脈、腹腔内の3つの経路から同時に接種した場合には、10頭中1頭が発病した。すなわち、ブタはウシの場合よりもはるかに低いものの、ある程度の感受性は持つとみなされる。ただし、現実に餌からの感染はおきていないとみられる。なお、脳内接種は経口接種よりも10万倍高い感染効率といわれている。)そのブタ、ニワトリ用のはずの餌が実際にはウシにも用いられるということが生じていた。その結果、ウシの間でBSEの伝播が続き、そのウシのくず肉から新たに汚染餌も作られた。
1996年の狂牛病パニックが起きた直後に、英国政府はすべての家畜に対して、肉骨粉を餌として与えることを禁止した。ここで初めて餌の安全性が確保されたことになる。つまり、1980年代から1996年までに英国で製造された肉骨粉にはBSE汚染があったものと推測される。しかもそれらは、1988年の英国での餌規制措置以来、EU諸国、さらにEU以外の国々にも多く輸出された(図2)。
現在、ヨーロッパ諸国でBSEの初発が見いだされ、第2のBSE 騒動がおきている(図3)。そのBSEウシのほとんどは、1996年までに英国から輸出された汚染餌からの感染によるとみなされている。すなわち、5年以上前に感染したウシが現在発病してきているわけで、新たな感染がおきているのではない。すでに感染したウシがどれだけいるのかが問題なのである。
日本では約300トンの肉骨粉がこの頃に英国から輸入されていた。もっとも、大部分はニワトリの餌と肥料用で、ウシにはほとんど用いられていなかったと言われている。しかも、フランス、ドイツなどEUの多くの国では3万トン以上を輸入していた事実を考えると、日本の場合はきわめてわずかということになる。したがって、日本の場合この餌から感染したウシがいる可能性は、ゼロとはいえないまでも、きわめて低いといえる。
(脚注:日本では1996年に、肉骨粉をウシの餌に利用するのを制限するよう指導が行われた。2001年1月にウシ用飼料について検査した結果では、肉骨粉の混入は認められていない。)
人へのBSE感染を防止する安全対策
感染性の程度は臓器により異なる。感染性によって臓器を分類した表が、世界保健機関により作成された。これをさらにEU医薬品審査庁が修正したものが広く利用されている(表2)。これは現実には、スクレイピーを発病したヒツジとヤギの成績がもとになっている。BSEを発病したウシと実験感染させたウシのいずれかでこれまでに感染性が見いだされた部位は、脳、脊髄、眼、回腸、末梢神経、骨髄である。
食肉の安全対策として、英国では1989年以来、生後6ヶ月齢以上のウシについて脳、脊髄、胸腺、扁桃、腸を特定臓器(SBO)として、食用から除外する処置、さらに1996年以来、30ヶ月齢以上のウシの食用禁止のふたつが実施されている。
EUでは1997年以来、12ヶ月齢以上のウシの脳、脊髄などを特定危険部位(SRM)として食用から除く処置がとられている。BSE発生がふたたび問題となってきた2001年からは、30ヶ月齢以上のウシについては、PrPScが陰性であることが確かめられたウシだけを食用にまわす対策が実施されている。(脚注:SBO: specified bovine offals, SRM: specified risk material。両者は内容的には同じであるが、最近は特定危険部位の表現のほうが国際的に広く用いられるようになっている。)具体的には、と畜場で脳のサンプルを取り、指定された検査機関が前述のプリオン検査キットで試験して24時間以内に結果を報告するシステムになっている。
一方、日本では、表2のカテゴリー1,2の組織(脚注:脳、脊髄、眼、腸、扁桃、リンパ節、脾臓、松果体、胎盤、硬膜、脳脊髄液、下垂体、胸腺、副腎)を医薬品、化粧品の原料として用いることが2000年12月に禁止された。これは理論的危険性にもとづいた予防措置である。
潜伏期中のv-CJD患者と公衆衛生上の問題
これまでに孤発性CJDでは、血液や血液製剤を介して病気が伝播されたとの報告は皆無である。
ところが、v-CJDでは、その発病の8ヶ月前にたまたま虫垂摘出手術を受けた患者の虫垂にPrPScが検出されたことがきっかけで、潜伏期中の患者の血液の安全性が問題になってきた(8)。虫垂はリンパ組織であるため、白血球にプリオンが付着して血液汚染を引き起こす理論的危険性が問題になったのである。
そこで、潜伏期中のv-CJD患者が多数存在するかもしれない英国では、血液製剤の原料はBSE発生のない国から輸入し、輸血用の血液はフィルターで白血球を除去するという対策がとられることになった。
1999年暮れに、米国や日本では、1980年から1996年まで英国に通算6ヶ月間以上滞在した人の献血を拒否する対策が実施された。この対策は2001年3月に広げられ、1980年以降、英国、フランス、ドイツ、アイルランド、スイス、ポルトガル、スペインに通算6ヶ月以上滞在した人を対象とすることになった。6月にはさらに、これらの人からの臓器提供も拒否することが決定された。
BSEに由来する公衆衛生面上での危険要因は、BSEウシとv-CJD患者の2つに分けられる。 現在ヨーロッパで問題になっているBSEウシは、1996年以前に汚染餌から感染したものと考えられている。つまり、感染は5年以上前におきてしまっていることになる。対策として肝要な点は、BSEのウシの監視システムを確立してこれらのウシが食用にまわらないようにすること、また、家畜への肉骨粉の使用の禁止を徹底し、発病したウシから健康なウシへ感染が広がらないようにすることである。
国際的には、国際獣疫事務局(OIE)(脚注:別名、世界動物保健機関とよばれる家畜伝染病の国際的監視組織で、現在157カ国が加盟している。)が、家畜の国際貿易のための国際動物衛生規約に、BSE清浄化に関する判断基準を定めている(9)。その基本は、BSE発生に関するリスク評価、BSEの強制的届け出体制、BSEの監視・病理検査体制を確立し、肉骨粉の使用を禁止することである。2001年5月には、これとほぼ同様の内容のBSE発生の予防、制圧のための方針がEUで正式に承認された。これらが確実に実施されることでBSEの発生が防止され、さらにBSEが人へ感染する危険性がなくなるものと期待される。
一方、v-CJDについては、潜伏期患者への対策が緊急の課題である。理論的危険性にもとづいた予防措置として、血液からの感染防止対策はすでにとられている。今後の重要な課題は、生前診断法と発病阻止のための治療法の開発である。
文献
- Taylor, D. et al., Vet. Rec., 141, 643, 1997
- Bruce, M. E., et al., Nature, 389, 498, 1997
- Collinge, J., et al., Nature, 383, 685, 1997
- Hill, A.F., et al., Nature, 389, 448, 1997
- Scott, M.R., et al., PNAS, 96, 15137, 1999
- Lasmezas, C.I. et al., PNAS, 98, 4142, 2001
- Ghani, A.C., et al., Nature 406, 583, 2000
- Hilton, D.A., et al., Lancet, 352, 703, 1998
- Office International des Epizooties: International Animal Health Code, 9th edition, 2000
- 英国農漁食糧省: Bovine spongiform encephalopathy: A progress report, December (2000)
- 英国BSE Inquiry Report (2000)
EU医薬品審査庁による臓器分類(スクレイピー感染ヒツジの成績)
カテゴリー1(高度感染性) 脳*、脊髄*、眼*
カテゴリー2(中等度感染性) 回腸*、リンパ節、近位結腸(頭に近い部分)
脾臓、扁桃、硬膜、松果体、胎盤
脳脊髄液、下垂体、副腎
カテゴリー3(低感染性) 遠位結腸(尾に近い部分)、鼻粘膜、末梢神経*
骨髄*、肝臓、肺、膵臓、胸腺
カテゴリー4(検出可能な感染性なし)
凝血、糞便、心臓、腎臓、乳腺、乳汁
卵巣、唾液、唾液腺、精嚢、血清、骨格筋
睾丸、甲状腺、子宮、胎児組織、胆汁、骨
軟骨組織、結合組織、毛、皮膚、尿
*BSEウシで感染性が検出された臓器