人獣共通感染症連続講座 第2回 Bウイルス感染

(5/1/95)

Bウイルス感染はサルに由来するバイオハザードのうち、もっとも古くから知られ、もっとも重要なものである。 これまでに感染例、防止対策等、数多くの論文が発表されている。 しかし、対策面はサルの取り扱いを中心としたものであって、臨床的な面から感染した人の処置については、ほとんど触れられていない。

1990年に米国疾病管理センター(Center for Disease Control: CDC)とエモリー大学(ここはCDCと道路をはさんだ反対側にあるので、両者の間には密接な協力関係ができている)が合同で44名の専門家によるBウイルス・ワーキンググループを結成し人のBウイルス感染の検出と管理についての合理的な対策を検討してきた結果、昨年9月に暴露された人でのBウイルス感染の防止と処置についてのガイドラインが発表された (Guidelines for the Prevention and Treatment of B-Virus Infections in Exposed Persons: Clinical Infectious Diseases, 20, 421-439, 1994)。

このガイドラインを中心に私なりの注釈を加えながら、Bウイルス感染についての解説を試みることにします。

1. 歴史的背景

1932年に米国で研究者 (CDCの報告MMWR, 1987では動物取り扱い者となっているが、後で述べるBウイルス・ワーキンググループの報告では、Drとなっている)がマカクサルに噛まれた後、急性進行性髄膜脳炎で死亡したことが報告された。 ウイルスの分離がゲイとホールデンにより1933年に報告され、そのウイルスの性状についての研究結果が1934年にセイビンとライトにより報告され、死亡した患者のイニシアル (W.B) をとって、Bウイルスと命名された。 ちなみにセイビンはポリオ生ワクチン(セイビンワクチン)の開発者である。

その後、1973年までに17名の感染例が報告された。 1973年から1987年までは感染例は2~3名に減少した。 ところが1987年にフロリダ(Pensacola)で4名の集団感染例がみいだされた。 そのうち1名は妻が夫の皮膚病変から感染したもので、人から人への感染の最初の例である。 これについては後でまた触れる。

この集団発生がきっかけとなって1987年10月にCDCはサルを取り扱う人のBウイルス感染を防止するためのガイドラインを発表した。 CDCはさらに1989年に、アカゲザルの腎臓細胞培養に汚染したBウイルスからの感染の危険性を減少させるための勧告を行った。

1989年にはミシガン(Kalamazoo)で3例の集団発生が起こった。 また1990年にはサルの健康管理を担当していた獣医の感染も報告された。 これらを含めて1987年から1994年までにBウイルス感染が確認されたものは8例である。

以上の感染例の傾向をワーキンググループでは1950年代、1973~1987、1987~1994と3つの時期に分けて以下のように分析している。

1950年代後半に12例の感染が起きているが、これはポリオワクチンの検定が始まり、多数のサルが使用されるようになった時期に一致している。

1973~1987にほとんど感染例がなくなった。 これはケタラール麻酔の普及とスクイーズケージの採用で、サルの保定が確実に行われるようになったこと、また厚手の手袋など保護衣が用いられるようになったことが感染防止に役だったとみなされる。 Bウイルス感染が起こらなくなったこの14年間に新しい世代の研究者や動物飼育員が加わってきた。 そして十分な安全対策が守られなくなり、事故が起きても報告しないことや、傷口の手当が不十分であるといったいくつかの問題が生じてきた。 一方、この年代にはエイズとの関連によるサルのレトロウイルス研究や肝炎ウイルスの研究が盛んとなり、サルとの接触の機会が増えた。

1987年からBウイルス感染の集団発生が2回起きたことなどは、以上のような背景によるものと推測されている。

2. サルでの自然感染

Bウイルス感染はアカゲザル、カニクイザルでもっともひんぱんに見つかっている。 ほかにボンネットザル、ニホンザル、タイワンザル、ブタオザル、ベニガオザルからもウイルスが分離されている。 わが国では1960年にニホンザル、タイワンザル、カニクイザルでヘルペス潰瘍が見つかり、タイワンザルから分離されたウイルスがBウイルスと同定されたことが報告されている。

未成熟のサルでは感染率は低く、性成熟に達すると急速に上昇して80~90%にまでなる。

ウイルスは人の単純ヘルペスウイルスと非常によく似ていて、感染後、神経細胞のなかに潜在する。 この状態ではウイルスは排出されず、サルはまったく正常である。 人の単純ヘルペスウイルスが強い太陽光線や寒さにさらされた時に口唇にヘルペス潰瘍をつくるのと同様にサルでも寒さ、ストレスなどにさらされると、Bウイルスによる口唇潰瘍ができる。 この時にはウイルスは神経細胞から出て、口腔粘膜の上皮細胞で増殖し、唾液の中に放出されている。 このようなサルに接触することで人への感染が起こるわけである。

普通、サルでは軽い口唇潰瘍の症状であるが、時に重症になることもある。 1974年にカリフォルニア大学の霊長類センターで屋外に飼育されていたボンネットモンキー79頭中40頭が呼吸器症状を呈して16頭が死んだことがある。 Bウイルスが分離されたことから、Bウイルス感染の集団発生とみなされている。 当初は異常な寒さが原因と推測されたが、のちに、当時その施設でサルエイズ(D型レトロウイルスによるもの)が流行していたことが明らかとなったことから、エイズによる免疫抑制が、Bウイルスの活性化にかかわっていたのではないかと考えられるようになった。

免疫抑制を引き起こす実験、たとえば免疫抑制剤の投与、エイズモデルの実験など、ではそれまで正常なサルでもBウイルス活性化を引き起こし、人への感染の機会を増加させるとともに、サルに対しても病原性を示すおそれがある。

3. 人の感染

1932年の最初の報告から1994年4月までに報告されたBウイルス感染は 1. で述べたように40例以下である。 1970年代までは70%以上の致命率であったが、後で述べるように初期での抗ウイルス剤による治療や維持療法の進歩で致命率は低下してきている。

典型的な臨床経過は暴露後1~2日目に傷口に膿疱が出現し、局所リンパ節の腫脹が見られる。 1~2週後には全身性の神経症状をともなった脳炎が急速に進行して死亡する。 特殊な例としては約10年前にサルに接触したことのある人が、その後はサルとの接触はまったくなかったのに、眼に帯状疱疹、躯幹に水疱が出現し、その水疱からBウイルスが分離された。 これは長期間ウイルスが神経組織に潜在していたことを示す例とみなされている。

サルから人への感染経路としてはサルに噛まれたりひっかかれた際にサルの唾液が傷口に付着することがもっとも多い。 サルから直接でなく、サルの頭蓋骨を手袋をせずに洗ったこと、サルに使用した注射針を指に刺したこと、サルの腎臓細胞培養に用いたガラス容器の破片で切り傷を受けたことなど、間接的な感染も多い。

人から人への2次感染は前述のフロリダでの集団発生の際にみられた。 これは技術員である夫がサルを取り扱っていた際に受けたと思われる傷口にできたヘルペス様潰瘍(皮膚生検の結果Bウイルス抗原が検出された)に妻がハイドロコーチゾン軟膏を塗った後で起きた。 たまたま彼女の指輪の下に接触性皮膚炎があって、そこが膿疱状になり、そこからBウイルスが分離されたことから2次感染であったことが確かめられた。

サルによる咬傷やひっかき傷など接触例は米国だけでも年間数1,000例はあるとみなされているが、しかも1987~1994の感染例は8名だけである。 果たして不顕性感染があるかどうかは重要な点であるが、この点について、最近米国NIHでサルに接触する機会のあった人300人についてBウイルス抗体を調べられた。 しかし陽性例はみつからず、不顕性感染を示唆する結果は得られなかった。

4. 予防対策

ガイドラインの大要を以下に紹介する。

マカカ属サルはすべてBウイルスを排出しているという認識で取り扱うことが大事である。 サルからの傷のほとんどは防ぐことができるはずである。

B ウイルス感染の予防には暴露後、最初の2~3分間がもっとも重要である。 傷口手当用キットを霊長類研究施設では用意しておく。

「キット」
洗浄用
デタージェントまたは石鹸 (ヨード剤またはクロールヘキシジン)
滅菌した外科用洗浄ブラシ
大きな傷口を浸すための滅菌洗面器
傷口用滅菌ガーゼ (4×4インチ)
汚染した眼、鼻、口をゆすぐ滅菌食塩水 (1リットルびん)
粘膜洗浄用滅菌ゴムチューブ付き注射筒
傷口を覆う紙または包帯
サンプル採取用
滅菌脱脂綿またはDacronスワブ (金属シャフトのついていないもの)
スクリューキャップつきバイアルびん (3~5ml)。 中にウイルス輸送用培地 (たとえば冷蔵を必要とする場合はゲンタマイシンと牛血清を加えたイーグル培地; 冷蔵を必要としない場合はゲンタマイシンを加えたハンクス培地)
研究所の標準操作手順およびガイドラインのコピー
レファレンスラボラトリーの名前、住所、電話番号
相談にのってもらう地域病院や専門医の名前、住所、電話番号
血清銀行
採用時および毎年一回血清を採取し-20℃以下に保存する。 これはほかの感染の際にも役立つ。
咬傷・ひっかき傷の記録
すべての咬傷、ひっかき傷、サルまたはサルの体液や組織で汚染の可能性のある物品による傷を記録しておく。 内容としては傷を受けた人の氏名、日付、場所、傷の程度、サルまたはサンプルの番号、傷を受けた際の状況等。 年間の記録を調べることで監督者は異常に高率の傷の発生をみつけて危険を減少させる対策を講じることができる。
処置は以下のように暴露直後、第2期、第3期に分類される。 個々の評価の結果、処置の内容はそれぞれフローチャートにしたがって行われることになっているが、ここではフローチャートは省略して、大きな流れだけを紹介する。

暴露直後
応急手当:傷口の洗浄(もっとも重要)
直ちに傷(接触部位)を石鹸水に浸し、石鹸またはデタージェントで少なくとも15分間こする。 つぎに水でゆすぐ。 眼および粘膜は滅菌食塩水または流水でゆすぐ。
洗浄後のサンプリング
水でゆすいだ後、傷のスワブをウイルス培養用に採取する。 抗体検査のための急性期血清を採取する。
医師による判断
リスクの評価:汚染源、暴露の経路、傷の程度と部位にもとづく。
最初の処置の内容
患者および家族に対する症状についての教育
第2期
臨床観察、検査結果
第2期の処置の内容
第3期
臨床観察の継続、検査結果
長期処置

5. 治療

ヘルペスウイルスの治療に広く使用されているアシクロビルおよびガンシクロビルが有効である。

1987~1994の間に実験室感染が確認された5名が初期または神経症状出現前に治療を受け、2~3週間で症状が軽くなった。 たとえば、前述の2次感染例では皮膚科医の診察を受けた後、直ちにアシクロビルの経口投与をはじめ、Bウイルス感染が確定してからは入院してアシクロビルの静脈注射が行われて回復した。

1987年フロリダでの集団発生以来、テストされたサンプル数は数1,000になり、そのうち数100人は検査結果を待たずにBウイルス感染の疑いでアシクロビルの投与を受けた。

中には4~7年間にわたって経口投与が行われた例もある。 しかし副作用は報告されていない。

アシクロビル治療については賛否両論がある。 賛成意見は暴露後数分以内に注射を開始すれば感染を防ぐことができる。 また24時間後でも症状の出現を防ぐ可能性があるという。

一方、反対意見は次のようなものである。 Bウイルス感染はきわめて稀であり、ほとんどの場合、アシクロビルは不要である。 応急的治療による感染阻止または発病阻止が可能ということは論文として発表されていない。 静脈注射では数日仕事を休まなければならず、費用もかかる。 この治療は普通の場合、不要である。 アシクロビル治療でウイルス排出と抗体陽転が抑えられることから、正確な診断が困難となる。

6. Bウイルスの取り扱い施設

全世界で次の3カ所だけがBウイルスの同定と血清検査を引き受けている。
Julia K. Hilliard, Ph.D.

Southwest Foundation for Biomedical Research

Department of Virology and Immunology

7620 Northwest Loop 410, San Antonio, Texas 78228, USA

Tel: 210-674-1410

 

Seymour S. Kalter, Ph.D.

Virus Reference Laboratory

7540 Luous Pasteur Drive, Suite 202, San Antonio, Texas 78229, USA

Tel: 210-614-7350

 

David Brown, M.R.C. Path.

Virus Reference Division

Central Public Health Laboratory

61 Colindale Avenue, London NW9 HT, England

Tel: 081-200-4400

上の2カ所はいずれもテキサス、サンアントニオにある。 元はSouthwest Foundationのウイルス部長であったDr. Kalter (私をはじめTPCの諸先生と旧知の間柄) がBウイルス研究の第1人者で、定年でやめた後、Virus Reference Lab.を設立したことによる。