(10/27/95)
オーストラリアの10月22日(日曜日)のニュースがブリスベーン病院で死亡した患者が電子顕微鏡検査の結果、馬モービリウイルス感染の疑いがあると報じました。 その後、25日付けでオーストラリア獣医局長(Chief VeterinaryOfficer;日本では農水省畜産局衛生課長がこれに相当します)の名前で国際獣疫事務局長ジャン・ブランコーJan Blancou博士あてに正式報告が提出されました。 そのコピーがProMedで流されてきましたので、その全文をご紹介します。 なお、OIEは家畜伝染病制圧のための国際機関で140カ国位のChief Veterinary Officerが代表として参加しています。 私は学術顧問をつとめています。
(1)馬モービリウイルス病(旧・急性馬呼吸器症候群)
馬モービリウイルス(EMV)の人の感染の新しい例について報告します。 これは北クイーンスランドのマッケイMackayの近くの35才の農夫で、10月21日王立ブリスベーン病院で死亡しました。
1994年9月7~32日の間にクイーンスランド・ブリスベーンで起きたそれまで知られていなかった感染症の発生でブリスベーン・ヘンドラHendraの競争馬厩舎で14頭の馬が急性の呼吸器疾患で死亡したことについて私が報告したことを覚えておられることと思います。
さらに7頭が感染し安楽死させられました。 厩舎のふたりの人も感染し、その中、ひとりは死亡しました。 この流行の原因は新しいモービリウイルスによることが明らかにされました。 大規模な制圧対策の結果、この流行は終息し、大規模な臨床および血清学的調査で本病の新しい例は見いだされていないことを1994年12月22日に、OIEに報告しました。
1995年10月21日に死亡した男性は約21カ月前に髄膜脳炎にかかりました。 回復したように見えていたのですが、脳炎の症状で5週間前に入院しました。 患者の血清中に高い中和抗体がみつかったことと死亡前に採取した髄液でのポリメラーゼ・チェーン反応が陽性であったことから馬モービリウイルス(Equine morbilli virus: EMV)感染と診断されました。 剖検材料についてさらに検査が進められています。
この男性は1994年8月に農場で処分された2頭の馬の解剖を手伝っていました。 これらの馬はその当時アボカド中毒によるものと毒蛇に噛まれたものとそれぞれ診断されていました。 後者の固定組織ブロックについて直接蛍光抗体法とポリメラーゼ・チェーン反応を行った結果、この馬はEMVに感染していました。
1994年のヘンドラでの発生以来、マッケイの馬に異常な病気は起きていませんし、クイーンスランドでも馬モービリウイルス病を疑わせるような病気は起きていません。 マッケイ周辺の農場は現在隔離中で、緊急疫学調査が行われています。 それにはマッケイとヘンドラの間の関連の可能性も含まれています。
ガードナー・マレイGardner Murray (オーストラリア獣医局長)
(2)コメント
死亡した男性のEMV 感染がいつ起きたものか、3年前の馬の解剖時とすると、その後、持続感染を起こし1年後に発病したことになります。 代表的モービリウイルスである麻疹ウイルス感染では、100万人にひとり位の割合で亞急性硬化性全脳炎(SSPE)を起こします。 この際には麻疹にかかった後、いったん回復し、ウイルスは脳内に潜んでいて、平均6年の潜伏期の後に神経症状を引き起こします。 (私と立石先生が編集した本、スローウイルス感染とプリオンに詳しい解説があります)。 今回の例が同様のウイルス持続感染によるものかどうか、大きな問題をなげかけています。 昨年8月に解剖した馬のEMVの遺伝子構造と今回の死亡者のEMVの遺伝子構造を調べることで、この疑問についてのてがかりが得られる可能性があります。
(3) EMVの宿主についての検討 (Australian Veterinary Journal Vol 72, 279,July 1995)
ついでですが、オーストラリアCSIROから先日送られてきたEMV関係の資料のうち、実験動物のEMV感受性についての報告がありましたので、この機会にご紹介しておきます。
試験は10匹のマウス、5匹のモルモットとラット、2羽のニワトリ、ウサギ、猫、犬で行われました。 そのうち、感受性があったのは猫とモルモットです。 猫は5~6日後に食欲不振、呼吸回数の増加の症状を示し、翌日死亡しました。 モルモットは7~12日後に同様の症状を示し、翌日死亡しました。 猫が自然宿主である可能性について、ブリスベーン市の猫500匹の血清を調べた結果、すべて陰性でした。
犬はまったく症状を示しませんでした。 ただし、これらの犬はジステンパーワクチン(イヌジステンパーウイルスも代表的なモービリウイルス)の接種を受けているため、発病しなかった可能性も考えられます。