(10/25/96)
新型CJDが牛由来かどうかが大きな問題ですが、その回答として、これまでに次の2つが考えられていました。
(1) 疫学所見:これからの患者の発生状況。
1989年に英国政府が病原体の含まれている脳、脊髄などを食用にすることを禁止する規制を実施するまでに、約40万頭のBSE発症牛が食用にまわされたと推定されています。 したがって、もしも牛から人に感染が起きるとすると、この1~2年の間に、患者数はさらに増えるはずです。 現在のところ、3月20日に10名が新型と判定されたのち、3名が確認されていて、13名になっています。 ほかにフランスで1名が確認されていますが、この人は地元の肉屋でしか牛肉を買ったことがなく、しかも、その肉屋には英国産牛はまったく入っていないので、BSEとの関連は不明です。
(2) 近交系マウスでの株のタイピング
マウスのスクレイピー潜伏期を支配する遺伝子としてSinc遺伝子 (Scrapie incubationの略です) があります。 これは多分、プリオン遺伝子そのものと推測されているものです。 異なるSinc遺伝子をもつ近交系マウスで、潜伏期を調べると、BSEの原因になっているものは、すべて各マウス系統で一定の潜伏期で発病します。 さらに、脳の病変分布を一定です。 そこで、流行を起こしているのはひとつの株とみなされています。
この一定の潜伏期と脳病変のプロフィルは、BSEを実験感染させた羊、山羊、豚、BSEに自然感染した猫 (猫海綿状脳症)や動物園の牛科動物 (クーズー、ニアラ) でも同じです。 そこで、新型CJDの人の脳乳剤を、これら近交系マウスに接種してプロフィルを調べる実験が進められています。 しかし500日または、それ以上、最終的には800日近くかかります。
昨日、10月24日に発行されたネーチャーに、脳乳剤のウエスタン・ブロットのパターンから、タイピングを行ったところ、新型CJDがBSE由来の可能性があるという報告が出ました。その要点をご紹介します。
発表したのはロンドン大学、インペリアルカレッジのジョン・コリンジJohn Collinge教授のグループです。
Molecular analysis of prion strain variation and the aetiology of new variant CJD Nature 383, 685-690, 1996 |
CJDには散発型、医原病型、遺伝型の3つがあります。 散発型は100万人に1人発生するもので、CJD全体の90%前後を占めます。 遺伝型はプリオン遺伝子の変異によるもので約15%を占めます。 医原病型は医療行為を介して起こるものです。CJD患者の脳乳剤をプロテネースKで処理をしたのち、アガローズゲル電気泳動にかけ、抗プリオン蛋白抗体と反応させると (ウエスタン.ブロット法)、プリオン蛋白のコアの部分が検出されます。 コリンジらは、そのパターンの特徴からタイピングを試みました。
その結果、散発型と医原病型は、1~3型の3つに分けられました。 (これまで、このような整理の仕方は私の知るかぎり、行われていませんでした。) ところが新型CJDではこの3つのタイプとは異なり、4型ということになりました。 10名すべて同じでした。 一方、BSEの場合のパターンを、自然発生の猫海綿状脳症 (BSE汚染餌からの感染)、BSEを実験的に接種して発病したカニクイザル (本講座43回でご紹介したフランスのラスメザスからの材料のようです)で調べた結果、これらも4型でした。 BSE接種マウスの場合、彼らは人のプリオン遺伝子のみを発現しているトランスジェニック・マウスへのBSE接種を行っていますが、このマウスは500日以上たっても、まだ発病していません (これはBSE が人に感染しにくいことを示唆するものと期待されている実験です)。 そこで、普通のマウスにBSE を接種して発病したものの乳剤を調べたのですが、この場合も4型でした。 なお、新型CJDでは脳の病変に通常のCJDでは稀にしかみられないクールー斑 (異常プリオン蛋白の蓄積したもの) がみらることが注目されています。 これにはプリオン遺伝子129番目のアミノ酸の遺伝子型の変異 (メチオニンからバリン) にかかわってることが知られています。 しかし新型CJDではメチオニンがホモのタイプで、この遺伝子変異がかかわっていないことが明らかになっています。 プリオン遺伝子に変異があれば出来てくるプリオン蛋白も若干異なるので、この点についての解析も行っていますが、結論には関係がなく、ややこしくなるので省略します。 興味ある方はネーチャーをお読み下さい。 |
以上のように新型CJD 10人全員でこれまでのCJDにはみられない4型のパターンがみられ、しかも同じ4型がBSE発症牛、実験的にBSEに感染させたマウス、サル、汚染餌で感染した猫でも見られたことは、BSEが人に伝達されて新型CJDを起こしたという仮説を支持するものであると述べています。
また、プリオン蛋白はリンパ組織でも産生され、脾臓やほかのリンパ組織に異常プリオン蛋白が蓄積することから、脳の生検のかわりに扁桃やリンパ節の生検材料について、ウエスタン・ブロットで診断することが可能かもしれないと述べています。
これまで、新型CJDの原因についての議論は、遺伝素因や医原病といった可能性が否定され、残った可能性として、BSE由来が否定できないという、いわば消去法で展開されてきたものです。 今回の成績は、ポジテイブな立場で関連性を示唆した初めての報告で、非常に重要な成績と思います。
なお、以前に簡単に触れたと思いますが、小野寺節先生との共著、「プリオン病 - 牛海綿状脳症のなぞ」近代出版、2,266円が出版されました。 興味のある方はお読み下さい。 一般の読者の方に理解していただけるよう努力したつもりです。