(6/15/97)
このところ海外出張や原稿書きのために霊長類フォーラムはしばらく休ませていただきました。 今回は、昨年から今年にかけて出版されたウイルスおよびプリオンについての一般向けの本について、簡単にご紹介しようと思います。
1. Level 4. Virus Hunters of the CDC (レベル4、CDCのウイルスハンター)
Joseph McCormick and Susan Fisher-Hoch (Turner Publishing, Inc) 1996
著者のジョー・マコーミックとスーザン・フィッシャーホックは夫婦で、ともにCDCの特殊病原部でレベル4のウイルス研究にたずさわっていました。 とくにマコーミックは、CDCに勤めてすぐに1976年の最初のエボラ出血熱発生に遭遇し、それ以来、ホットゾーンの最前線で働いていたことで有名です。 また、アフリカでのエイズ原因ウイルスHIVの最初の分離の仕事も有名です。 カニクイザルのエボラウイルス・レストン株感染事件の時には、CDCの特殊病原部長でした。 その後、パキスタン・カラチの大学病院に移り、現在はパスツール研究所に所属しています。
CDC在職中に経験したエボラ出血熱、アフリカのエイズ、カニクイザルのエボラウイルス感染などでの経験が、ジョーとスーの話という形で、生々しく紹介されています。
アフリカの貧困が背景になったエボラ出血熱の実態が良く理解できる本です。
なお、最近、東大農学部の甲斐知恵子助教授が私の古い友人で、モービリウイルス研究で有名なフェビアン・ワイルドFabian Wild(フランス、リオン)のところを訪問した際に聞いてきた話として、ワイルドがメリューの会長のシャルル・メリューにレベル4実験室建設のための資金提供を働きかけた結果、レベル4実験室の建設が決定したとのことです。 その責任者はスーザン・フィッシャーホックです。 私もこの話を、1カ月ほど前に、CDCのウイルス部門長ブライアン・マーヒーにアメリカで会った際に確認しました。
2.Virus X (ウイルスX)
Frank Ryan (Little, Brown and Company) 1997
著者のフランク・ライアンは英国在住の医師、兼作家でThe forgotten plague(忘れられた疫病)という本を書いています。 本文約400頁のうちの120頁はハンタウイルス肺症候群で事実がきわめて正確に描写されています。 ピューリッツア賞受賞作であるローリー・ギャレットのThe Coming Plague(しのびよる疫病)の中でも、この病気については、くわしく述べられていますが、患者の発生状況などの描写はこの本の方が迫力があります。
エボラ、マールブルグなども医師の目から書いているので興味ある内容になっています。 最後の章にウイルスX(この世の終わりの日のシナリオ)がでてきます。 マイケル・クライトンのアンドロメダ病原体に相当するものですが、これは核酸、蛋白いずれも欠いていて、炭素と酸素を環境から同化して無限に増殖するナノマシンであるためウイルスとはいえない。 そこで、著者はウイルスXという名前を付けたといっています。
これはもしもパニックを起こすようなウイルスがあるとすると、どのようなウイルスかということを深く掘り下げた内容です。 英国の著名なウイルス研究者セドリック・ミムスCedric Mimsの意見を中心に、彼の考えを展開しています。 ミムスはウイルス発病機構についての多くの本を書いており、ウイルス研究者なら皆、良く知っている人です。 2年前に静岡の日本平でパラミクソウイルスの国際シンポジウムが開かれた際に来日されています。
結局、エボラウイルスのような病原性をもつものが空気感染する性質を獲得すればウイルスXになるという結論です。 これは、まさに映画のアウトブレイクと同じことになりますが、その結論にいたるまでの科学的考察は大変興味ある内容です。
3. Virus Hunter (ウイルスハンター)
C.J. Peters (Anchor Books, A division of Bantam Doubleday Dell Publishing Group, Inc.) 1997
著者のC.J. ピータースはマコーミックの後任として、現在CDCの特殊病原部長です。 私は1カ月ほど前に異種移植の安全諮問委員会に出席するためにニューヨークに行ったのですが、その飛行機の中で、ウイルスXを読みました。 委員会のメンバーのひとりであるCDCウイルス部門長のブライアン・マーヒー(ピータースの上司になります)にその話をしたところ、この本を教えてもらいました。 早速、購入して帰りの飛行機の中で読みましたが、非常にすばらしい内容でひきつけられてしまいました。
彼自身が30年間に経験した、カニクイザルのエボラウイルス感染、ハンタウイルス肺症候群、ザイールのエボラなど現在問題になっている多くのエマージングウイルスがとりあげられています。 最近のものはすべて彼がリーダーになっていますので、事実関係は迫力があります。 また、専門的な面についての解説もふんだんにつけ加えられています。 しかも、これはゴーストライターが共著になっていますので、内容的にも非常に分かりやすいものになっています。
最後の章は彼の哲学がかなりのページにわたって述べられています。 当事者の書いたものだけにホットゾーンとは比較にならないすばらしい内容の本です。 300頁あまりのサイズですが、これだけの本を書けるのはピータースしかいません。
リチャード・プレストンのホットゾーンでは、レストン事件の際に米陸軍感染症研究所USAMRIIDとCDCの間で主導権争いがあったように書いてあります。 これについて、マコーミックの本は、事実と違うと抗議しています。 ところが、 当時USAMRIIDでレストン事件対策の責任者だったピータースの本では、ホットゾーンと同じ内容が述べられています。並べて読んでみると、当事者たちの複雑な心境も分かるような気がします。
なお、マコーミック夫妻の本はHuntersと複数、ピータースの本はHunterと単数になっているのも興味ある点です。
4. Deadly Feasts (死への饗宴)
Richard Rhodes (Simon & Schuster) 1997
著者のリチャード・ローヅはThe making of the atomic bomb (原爆の製造) でピューリッツア賞を受賞しています。
本の内容はクールーから牛海綿状脳症にいたるプリオン病の歴史と問題点を書いたものと言いたいところですが、不気味さが大きな流れになっていて、どのように表現したら良いか迷います。
第1部は「食人の中で」というタイトルで、最初は「私はお前を食べる」(クールーのこと)で始まります。 そしてクロイツフェルト・ヤコブ病が見いだされた経緯、チンパンジーへの接種実験へと進みます。最初に接種されたチンパンジーの名前はジョージでしたが、途中で雌ということが分かったためにジョーゲットに変えられたといったエピソードも出てきます。
第2部は「生物学の中での奇妙なこと」というタイトルのもと、プリオン説の登場 の背景、さらに「ハイテクによる新しい食人」として、角膜移植によるクロイツフェルト・ヤコブ病感染に始まる医原病が取り上げられています。
第3部は「ウイルスの扮装をした神」というタイトルで牛海綿状脳症(狂牛病)が取り上げられています。 「肉がかみつき返した」という話に始まり、新型クロイツフェルト・ヤコブ病について、「クールーだ、クールー以外のなにものでもない」というガイジュセックの言葉で終えています。
ガイジュセックや彼の共同研究者ジョー・ギブスなどからの取材にもとづいていて、事実関係はかなり正確とみなせます。 しかし、プルシナーからの取材はできていないと推測されます。 プルシナーに対する批判の感じが受け取れます。
本の最後で、ガイジュセックが著者に尋ねた言葉が紹介されています。 「あなたは庭のバラに骨粉の肥料を与えていますか。」与えているという返事に、彼は「自分ならば与えない」と。
骨粉はdownerの牛から作られているのが、その理由です。 downerは米国の牛での海綿状脳症ではないかと世間一般で取りざたされている病気の牛です。 これは、或るミンク農場で伝達性ミンク脳症が発生した際に、餌として羊がまったく与えられておらず、病気の牛が餌になっていたことから、牛からの感染、すなわち米国の牛に、もともと海綿状脳症が存在するのではないかという推測につながったものです。 しかし、これまでの調査結果で、その可能性はまったく証明されていません。
この本について、ホットゾーンの著者リチャード・プレストンはエマージングプリオンとして、絶賛しています。 しかし、私にとっては、本書に書かれている出来事がかなり正確で、興味ある事実が紹介はされていますが、解釈には大いに異論があります。 そして、プリオン病の不気味さが強調されすぎているため、あまり良い読後感を得られませんでした。