人獣共通感染症連続講座 第54回 テレビ映画The coming plague(しのびよる疫病)

(7/12/97)

猛暑の後、雨の週末となったので、CDCから送られてきていたビデオThe coming plagueをゆっくりと見ることにしました。 今年の4月頃、インターネットで大分話題になった作品です。 Turner Brothers製作のもので、全部で約3時間です。 ピューリッツア賞受賞作のThe coming plagueに基づいたものとなっています。 もっとも原著はエンサイクロペデイアなみと評価されている大作で、その中のほんの一部、とくに現代社会と感染症の関係に焦点を合わせているようです。

登場人物は、ほとんどが元CDC研究者です。 しかし現在CDCで活躍している人は誰もでてきません。そのためか、ハンタウイルスやエボラウイルス・レストン株などは取り上げられていません。

とにかく、3時間ものの大作ですので、私が興味を抱いた場面を中心にストーリーをご紹介します。 したがって断片的なものになってしまうことをご了承下さい。 なお、解釈がおかしい点などはカッコの中で注釈することにしました。

第1部 ウイルスハンター

最初の場面は、WHOに新設されたエマージング感染症部門の部長デイビッド・ヘイマン David Heymann(元、CDC)によるエボラウイルスの自然宿主探しの活動についての解説です。 そしてフランス人獣医のピエール・フォルマンテイの案内で野生動物調査の状況が紹介されます。 彼の活動は朝日新聞などで以前に大きく取り上げられていました。

オオコウモリがエボラウイルス抗体陽性だったという成績(?)の紹介、チンパンジーとの関連を調べるために熱帯雨林に入って死んだばかりのチンパンジー(といってもほかの動物に食べられたために頭蓋骨しか画面には出てこない)からの材料採取といったところです。
(ついでですが、WHOはこの部門を新設した際に獣医公衆衛生部門を廃止しています。獣医公衆衛生の主任であったメスリンも今はこの部門所属です)

次に元CDC長官のウイリアム・ヘーギWilliam Foegeが過去の歴史にさかのぼり、抗生物質の登場、1950年代最後に残った病気であるポリオがソークワクチンの登場で克服され感染症に対し楽観的な時代となり、さらに天然痘根絶につながった経緯を紹介しています。 ここでは過去の珍しい写真が沢山出てきます。

そこへ人口増加、薬剤耐性の淋菌やマラリアの登場、ラッサやエボラといった出血熱の登場となります。 元CDCのカルロス・キャンベルCarlos Campbell(現在アリゾナ大学)とトム・モナートThomas Monath(元CDCでラッサの時に中心的役割を果たし、自然宿主がマストミスであることを見いだしています。 予研にも講演に来たことがあります)が出血熱流行地の医療の貧困の状態、診察にあたる彼らも患者の体液をまともにあびる危険にさらされている状況を紹介しています。

1950年代のダイアモンドの発見によるゴールドラッシュで環境の著しい変化、衛生状態の悪化、ネズミの増加、劣悪な医療状況が出血熱の背景にあることが映像で示されています。

エピソードとして、キャンベルが熱病にかかり、アポロ飛行士が隔離されたトレイラーに入れられ空軍輸送機で米国へ送り返される話がでてきます。 結局ラッサ熱ではなく、原因不明のまま回復しましたが、後で空軍から17,000ドルの請求がきたとのことです。 (なお、このトレイラーはアポロ計画の際に月から未知の病原体を宇宙飛行士が持ち帰る危険を考えて作られた隔離設備で大型輸送機に積み込めるようになっています。 その後ヒューストンの宇宙博物館に置かれていたのですがエボラ出血熱が1975年に発生した際に、CDCがエボラの患者輸送用に改造して非常事態に備えていました。 私が1976年にCDCへ行った時には、アトランタ郊外のローレンスビルにあるCDCのフィールド・ステーションの倉庫に置かれていました。)

1976年にはCDCはシエラレオーネにラッサ研究用の野外実験室を設置し、CDCの特殊病原部のジョー・マコーミックJoe McCormickを中心に活動が行われましたが、リベリアに内戦が起こり、閉鎖され、その後ラッサ熱がふたたび増加し始めています。

ジョー・マコーミックがスーダンでのエボラ発生時に老女から採血しようとして注射針を刺してしまった出来事は、有名です。 毎日、老女の経過と血清抗体が陽性になるかどうか不安な時を過ごしたことが思い出として彼が語っています。 この女性は回復し、結局、抗体は陰性であったため、エボラ感染ではありませんでした。

次にエイズが登場します。 エモリー大学の公衆衛生学部長のジム・カランJames Curranが解説者です。 まず、エイズを最初に発見したカリフォルニア大学ロスアンジェルス校の医師ゴットリーブGotliebのコメントで始まります。 米国のホモの間の病気とみなされていたところ、アフリカのタンザニアにスリム病というのがあって、現地の医師が図書館で調べた結果、CDCのMortality Morbidity Weekly Reportに出ていたエイズとまったく同じ症状であることに気がつき、アメリカだけでなくアフリカにも同じ病気が存在していること、しかもこれは異性間の性交渉でうつることが明らかになったという、いきさつが紹介されます。 スリム病の患者は本当にやせほそっています。

以上がウイルスハンターのあらましですが、ここに登場する人物はすべて、現在CDCを離れています。

第2部 情熱の代償

インド・ボンベイでのエイズの状況が紹介されています。 世界のほかも同じというコメント付きで。

梅毒患者の悲惨な症状が示され、戦争が梅毒を広げた経緯が語られています。 エールリッヒのサルバルサン開発、抗生物質の開発で性行為感染症が減少し、性の革命につながり、ついでベトナム戦争で薬剤耐性淋菌が出現し、現在のエイズにいたる流れが解説されています。

80年代終わりのケニアの家具屋さんの映像で、家具作りが本業で、昔は週に1個の棺桶を作っていたのが、いまでは週に60個作るようになってしまったという話が印象的です。

急性マラリアではげしい貧血におそわれている子供のうつろな顔が写しだされ、輸血をするかどうかという問題が提起されています。 輸血をしなければ24時間以内に15~20%の子供は貧血で死亡する。 もし輸血をすると10~15%はエイズに感染する。 どちらを選ぶかということです。

ケニアのナイロビやモンバサは人口が倍増し、仕事を求めて若者が単身田舎から出てきます。 そこでエイズに感染し、今度は田舎の村にエイズを広げていく状況は説得力があります。

米国のひとりのエイズ患者も登場します。 11年前にエイズにかかり、病院で血液中のウイルス量の検査を定期的に受けています。 都会での単身生活です。 新しい薬でウイルス量が著しく減少し、喜んで久しぶりに母親の家を訪問することができました。 しかし、新しい何種類もの薬の使用は金持ちか健康保険に入っている人に限られるものです。

第3部 微生物の復讐

薬剤耐性の淋菌や結核菌が話題として取り上げられますが、これらは氷山の一角にすぎないというコメントで始まります。

1942年ボストンの大火災で大やけどをし、ペニシリンで助かった人の話、ついで抗生物質耐性菌の出現とその背景、とくに家畜の餌に添加され、食卓にまで抗生物質がのぼってくること。 抗生物質に頼りすぎ、ウイルス性肺炎でも抗生物質が用いられることなどが指摘されています。

CDC特殊病原部にいたジョー・マコーミックは奥さんで同僚のスーザン・フィッシャーホックとともにパキスタンに転職しますが、そこではクリミア・コンゴ出血熱が広がっています。 もともと羊に感染しているウイルスがダニを介して人に感染します。 全身に出血を起こし、身体中が赤黒い大きなしみで覆われている写真はどう表現してよいか分かりません。

現地の医療体制の劣悪なこと、医師が抗生物質、ビタミン、時にはデキサメタゾン(免疫抑制剤)まで、手あたり次第に与えている状況、汚染した注射針の使用による感染症の広がりなど、が指摘されています。

ニューヨークでは抗生物質耐性の結核が移民の間で広がっており、彼らに結核の薬を強制的に与えている診療所の状況が写されています。

第4部 バランスを失った世界

疫病のシンボルであるペスト(plague)は、カリフォルニアでは制圧されていますが、完全にはなくなっていません。 ロスアンジェルスから2時間くらい北のところに住む女性が熱、悪寒でインフルエンザが疑われ病院に行ったところ、ペストと診断されました。 幸い古典的ペストの症状であったために診断が的確に行われ回復しました。 ちょっと間違えば人混みの中で容易にペストが広がったかもしれません。

デング熱はアフリカから奴隷船でアメリカ大陸に運ばれてきたと考えられています。 南米でのデング熱は、蚊の防除対策で抑えられてきましたが、70年代はじめからの政府の予算カットでふたたび流行を起こしてきています。

ブラジル、ベネズエラでの流行から、北に広がりメキシコに到達しています。 テキサスから米国に侵入するのは時間の問題とのこと。

ロシアでは公衆衛生が破綻し、熱帯のホットゾーンと同じ状態になっています。 95年には35,000人のジフテリアの患者が出て5,000人が死亡しました。 昔に戻ってしまったのです。 ジフテリア、ポリオ、結核、性行為感染症、ライム病、カリフォルニア脳炎の流行です。

シベリアのパリといわれるイルクーツクでは、古い丸太作りの粗末な病院に結核の患者が多数入院しています。 近くに建設中の病院がありますが、放置されたままで、完成はまずしないだろうということです。

卵でのインフルエンザワクチン製造の場面も出てきますが、卵も高価でワクチンの確保は困難です。 なお、ロシアではインフルエンザのワクチンはスプレイ方式だそうです。

野生動物学者は致死的な病気の発生が起きることを懸念しています。 ブラジルのシャガス研究所(私はリオデジャネイロのオスワルドクルーズ研究所には行ったことがありますが、こことは別のところでしょうか?)ではアマゾンの熱帯雨林の調査を15年間続けて、新しい感染症の予測を行っています。 蒸し暑い森林の中では宇宙服スタイルは不可能です。 自分の身体を餌にして引き寄せた蚊を捕まえて調べた結果、これまでにマラリア、デングウイルス、黄熱、新種ウイルスなどを見いだしています。

中でも新しいウイルスは64種、そのうち4種は人に致死的感染を起こすと説明されています(この推論の根拠は分かりません)。 これらが熱帯雨林に潜んでいるというわけです。

60年代にアマゾン縦断ハイウエイができ、金が発見されたことから、ゴールドラッシュとなり、生態系のバランスはすっかり乱されてしまいました。

殺虫剤耐性の蚊の出現、薬剤耐性のマラリアの出現。 金を求めて働く人たちは、見つけた金を現金に換え、その足でまっすぐ薬局へマラリアの薬を買いに行きます。 はげしい頭痛がおさまると、薬は次の頭痛までしまい込みます。 このようにして耐性マラリアがどんどん増えていくのです。

アマゾン河口の都市ベレンの近くには霊長類センターがあります。 たしか霊長類センターの長先生が訪問されたはずです。 ここでは新しい感染症が種の壁を乗り越えて人間社会に飛び込むことを監視する目的のサル(すなわち、おとり動物として)が飼育されています。 すでにペットとして身近なリスザルで恐ろしいウイルスが見つかっています。 ヘルペスウイルスの一種です。 これは人に致死的感染を起こし、しかも空気感染します。 (ここで述べているのはヘルペス・サイミリウイルスのことですが、内容は間違っています。 このウイルスが人に病気を起こした証拠はまだありません。 リスザルはこのウイルスの自然宿主で、リスザルには病気を起こしませんが、マーモセットには白血病を起こします。 しかも空気感染です。 したがってリスザルとマーモセットは必ず別にしておかないと、マーモセットが全滅します。 人での病原性は分かっていませんが、潜在的危険性があります。 ついでですが、日本にはペット用としてリスザルが毎年1,000頭以上輸入されています。 かなり多くのサルがこのウイルスに感染しているはずですが、検疫も抗体検査もされていないので実態は不明です)。

最後に危険なウイルス出現に対応するCDCのレベル4実験室が出てきます。 第2のエイズの出現のおそれもある現代社会で、ここが唯一の頼れる場所です。 米国では毎年数千例の原因不明の死者が出ており、その多くで感染症が疑われるためにサンプルがCDCに送られています。 しかし、これらのサンプルは単に保存されるだけで検査には廻されていません。 何か事が起きた時に過去の材料として参考にするためだけです。 手がいっぱいで自分の国の検査もできかねる状態というわけです。
以上が映画のあらましです。 社会的背景が主体で科学的側面がほとんど語られていないのは大変物足りない感じです。 しかし、一般向けには大変説得力のある内容です。

ついでに、CDCが1993に製作したA New Hantavirus新しいハンタウイルスというビデオについて簡単にご紹介します。 これは約1時間ものです。 内容はかなり専門的で、上記の映画とは正反対です。 発生状況、臨床症状、診断、治療、調査、予防の各項目について、大変分かりやすく解説しています。 とくに臨床所見がかなり詳しく述べられています。 胸のレントゲン写真で肺に急速に大量の水がたまっていく状況を見ると、急激な呼吸困難で死亡する理由がよく理解できます。 なお、この映画はGolden Eagle Awardという賞をもらったそうです。