(3/28/98)
おかしな題名がならんでいますが、これらは昨年暮れからこれまでに読んだ米国のサイエンス・フィクションとノンフィクションのタイトルです。 ホットゾーンを皮切りに米国では感染症ものが続々と出版されています。 これらはその一部ですが、私にとっては大変興味深い内容で、楽しさ、不気味さなど入り交じった複雑な印象を受けた本です。 これらの特徴を簡単にご紹介しようと思います。
(1) Plum Island プラムアイランド
ネルソン・デミルNelson DeMill著 Warner Books 1997
プラムアイランドはニューヨーク州ロングアイランドにある島の名前で、ここには米国農務省の家畜の海外伝染病(たとえば口蹄疫や牛疫ウイルス)の研究所があります。 私が共同研究を行っている英国の家畜衛生研究所パーブライト支所とならんで、この種の研究所としてもっとも有名なところです。
本書はプラムアイランドの、この研究所を舞台としたサスペンス探偵小説です。 CDCのウイルス・リケッチア部門長のブライアン・マーヒーに教わって昨年暮れに購入し、年末から年始にかけてスキー宿で一気に読み終えました。 ついでですが、ブライアン自身、かってはパーブライト支所の前身、動物ウイルス研究所の所長でした。
プラムアイランドの名前は昔オランダ人が岸辺に生えているスモモの木からPryum Eylandと呼んだことに由来するそうです。 17世紀に先住民から個人が買い受けて羊や牛の牧場に用いていたのですが、スペイン・アメリカ戦争の時に政府が買い上げてとりでを築き、その後、1929年に米国に口蹄疫の大流行が起きた際に農務省の研究所となったそうです。 ニューヨークにはニューバーグというところに家畜の輸入検疫を行う場所があり毎年250万頭もの動物が検疫をうけています。 一方、プラムアイランドは危険な病原体をあつかうため、実験終了後、動物はすべて殺処分されます。 著者はニューバーグは動物の天国、プラムアイランドは動物のアルカトラス島(サンフランシスコ湾にある死刑囚などの囚人の島)と呼んでいます。
冷戦時代には生物・化学兵器の研究も行われたとの推測があり、plague islandと呼ぶ人もいるとか。
ここで働く若手のウイルス研究者夫妻が何者かに射殺されたことから物語は始まります。 たまたまニューヨーク市警の殺人係の刑事が、ニューヨークでの犯人逮捕の際に受けた重傷から回復した後、保養のためにこの殺人事件の場所に滞在していたことから、この事件の解決に協力することになりました。
殺された夫妻はレベル5(本書ではレベル4より危険という前提で話を進めていますが、実際にはレベル4までが人での病原性にもとずいた分類で、米国では家畜の急性伝染病をレベル5としています。)の病原体を扱っていたため、生物兵器がらみの事件とか、遺伝子工学によるエボラワクチンの開発に成功したためとか、さらにプラムアイランドには昔キャプテン・クックの財宝が隠されているといわれていることから、これが関わっているのではないかと、思わぬ方向に発展していきます。 答えを言ってしまっては、今後読まれる人の興味をそいでしまいますので、これ以上はやめておきます。
非常に歯切れのいい文章で、ニューヨーク市警のスマートさ、そして最後にハリケーンの近づくロングアイランドの海での犯人の追跡のものすごい迫力ある描写にはすっかり魅せられてしまいました。
最近、聞いた話ですが、この著者は大変有名な人で、彼の作品は完成以前に版権が獲得されてしまうそうです。 日本でも間違いなくどこかで翻訳が進んでいるという話でした。 できれば原文を読まれると翻訳物では味わえない楽しさがあります。
(2) The eleventh plague: The politics of biological and chemical warfare (第11番目の疫病:生物・化学兵器の政策)
レオナード・コールLeonard A. Cole著 Freeman and Company, New York, 1996
これはノンフィクションで、生物・化学兵器のおそるべき実態を紹介した本です。 同じ題名のフィクションもあります。 私はその両方を注文していたのですが、3月9~11日に開かれたCDDC主催のエマージング感染症についての国際シンポジウムの展示会場に著者のサイン本が売られていたので、購入しました。 著者も出席していると言われたのですが、会う機会はありませんでした。 帰りの飛行機の中で読んだのですが、すっかりひきつけられてしまい、機内での長旅は退屈しませんでした。 その内容をごく簡単にご紹介します。
著者のレオナード・コールは米国ラトガーズ大学教授として科学政策論を受け持っています。
表紙はガスマスクをつけてヴァイオリンを弾いている不気味なものです。 1991年湾岸戦争の際にイラクのガス攻撃に備えて、アイザック・スターンがガス・マスクをつけて練習している写真です。
文頭に本書の題名のいわれが述べられています。 聖書に出てくる大脱走にちなんでユダヤ人が毎年行うPassover (過ぎ越しの祝い) というのがあります。 ここで引用される話として、聖者がエジプトにもたらした10の疫病があります。 これは、血、蛙、害虫、蝿、牛の伝染病、おでき、あられ、バッタ、暗黒、および最初の子供を殺すことです。 これらはファラオがユダヤ人奴隷を解放することをこばんだことに対する神の罰でした。 この中には生物・化学兵器は含まれていません。 全能の神が11番目の疫病を知らないわけはなく、あまりにも卑劣な武器であるため、人々に知らせたくなかったのだろうと著者は述べています。
1917年の第一次大戦でドイツ軍が用いたマスタード・ガスが最初の例として述べられ、つぎにオウム真理教がエボラウイルスを生物兵器への利用を試みたことが触れられています。
1969年の国連の試算では、1平方キロの市民に対して通常の兵器では2,000ドル、核兵器で800ドル、神経ガスで600ドル、生物兵器ではなんと1ドルです。
旧ソ連での生物兵器の製造に関してスベルドロフスクの軍の施設からの炭疸菌の流出事故、アフガニスタンなどでのマイコトキシンを生物兵器として利用した疑惑など、過去の例から現在、大きな国際問題になっているイラクでの炭疸菌の大量製造、またテロリストグループがボツリヌス菌やチフス菌を盗もうとした実例などを紹介しています。
本書の終わりには生物学的戦争に対して生物学的平和を訴え、11番目の疫病は完全に人類の発明であり、道徳的失敗であることを強調し、これを避けることは人間としての品位の表明であると述べています。
(3) Spoiedスポイルされたもの
ニコルス・フォックスNicols Fox著、Penguin Books, 1997
これはO157など細菌によるを食中毒を中心としたノンフィクションです。 著者のフォックスは有名なジャーナリストだそうです。 たまたまエマージング感染症シンポジウムで、感染症に関するフィクション、ノンフィクションの著者の中でも代表的な作家4名が参加して特別セッションが催され、その後でサイン会が開かれました。 彼らは皆、取材などでCDCにお世話になっている人たちです。 ここで、この本を見つけて購入しました。 膨大な内容ですので斜め読みしただけですが、本書の特徴をご紹介します。 なお、日本語訳が進行中だそうです。
最初に1992年カリフォルニアでチーズバーガーからO157に感染し死亡した少女の話で始まります。 本書での中心話題は0157で進められますが、1970年代後半から起きてきたキャンピロバクター、サルモネラ、ボツリヌスなど主に細菌による多くの食中毒の実態が新聞記事そのままの感じで述べられています。 これらの細菌の保有動物である牛や鶏からの汚染の広がり、著者が子供であった頃の食生活が、食中毒の多発により、どのように変わってしまったかが、新聞記者の視点と女性の視点の両方から述べられています。 そのほか、小型球形ウイルス、クリプトスポリジウム、リステリア、0157以外の大腸菌などによる食中毒も紹介されています。 野菜がかかわった食中毒の原因病原体のリストは著者も印象的だと述べていますが、赤痢、サルモネラ、大腸菌、キャンピロバクター、エルシニア、エーロモナス、リステリア、ブドウ球菌、ボツリヌス菌などがあげられています。 多くの例で肉の調理の際などに汚染が起きていますが、その背景に食文化の変化が関わっていることが指摘されています。
まさに食中毒の総合カタログともいえる内容です。
一方、特殊な例として牛海綿状脳症BSEについて、Madness behind mad cows (狂牛の後ろに潜む狂気) という1つの章がさかれています。 1995年春に見いだされた新型クロイツフェルト・ヤコブ病患者の発病、病状が進行してからの出産、そして死亡にいたる経緯がまず紹介されています。 一方、BSE牛の最初とされるイングランドのケント州で見つかったジョンキルという名前の乳牛の話、調査研究の進展、英国政府の対応がきれいにまとめられています。 しかし、私にとっては、とくに目新しい内容ではありませんでした。
最後に付録として「安全に食べ料理すること:短期的防御戦略」という章があり最善の防御は自宅での料理と述べています。 この章はジャーナリストというより家庭の主婦の視点で書かれています。
私がもらったサインには「重要な仕事を頑張って下さい。そしてよく食べるように。だけど気をつけてね」と添え書きをくれました。
(4) 感染症作家のセッション
上述のようにエマージング感染症シンポジウムでは感染症に関するフィクション、ノンフィクションの作家4名を集めて特別のセッションが開かれ、その後サイン会が行われました。 これに参加したのは上でご紹介したニコルス・フォックスのほかに映画アウトブレイクの作家として有名なロビン・クック、The coming plague(忍び寄る疫病)でピューリッツア賞を受賞したローリー・ギャレット、検屍官シリーズで日本でも有名なパトリシア・コーンウエルの4人という豪華版でした。
いずれもCDCに取材などでお世話になっている人たちですので、このようなセッションが可能になったのでしょう。 私の記憶に残った言葉をひとつずつご紹介します。
ロビン・クックは外科医だそうです。 一般大衆への説得にはフィクションがベストの方法だと。
ローリー・ギャレットとは話をする機会がありました。 開口一番、なぜ日本ではO157食中毒の原因究明ができないのかと逆に質問されてしまいました。 食中毒対策は厚生省が行っているが、菌の保有動物である牛についてはほとんど行われていないと説明しておきました。
パトリシア・コーンウエルの作品としては、たまたま接触という本を1カ月ほど前に読んでいました。 これは天然痘ウイルスを遺伝子工学で改造したものを用いた犯罪をテーマにしたものです。 検屍官シリーズで流行作家となった彼女ですが、聴衆からの質問に対して作品が売れるようになるまでに、なんどもリジェクトされたと答えていました。
ほかの学会では考えられない楽しいひとときでした。