(5/3/98)
昨年12月クリスマスの頃にケニヤのナイロビ北部で300人以上が出血熱で死亡したとのうわさが流れ、つづいて多数の家畜も感染して死亡していることが報道されました。 その後、隣りのソマリア南部でも同じ病気の発生が明らかになりました。
最初は炭疸の疑いもかけられましたが、最終的にCDCと南アフリカのヨハネスブルグにある国立ウイルス研究所で人の材料について検査した結果、リフトバレーウイルスに対するIgM抗体の検出(常在地では5~15%の人が抗体をもっているため、通常のIgG抗体の検出だけでは診断には不十分です)、ウイルス分離、PCRによるウイルス遺伝子の検出からリフトバレー熱であることが確認されました。 (なお、国立ウイルス研究所はWHOレファレンスセンターになっています。 ここには1980年代にレベル4実験室が建設されていますが、現在レベル4の機能を維持しているかどうかは分かりません。)
これらの経緯はご存知の方も多いと思いますが、私なりに整理してみます。
リフトバレー熱の最初の報告は1918年にケニヤで大雨の後に起きた羊と山羊での流行です。 しかし、実際には数千年前からアフリカで発生しており、聖書にもリフトバレー熱を示唆する病気の記述があります。 原因ウイルスは1931年のケニヤでの流行の際に分離されました。 これは現在ではブニヤウイルス科フレボウイルス属に分類されているRNAウイルスです。 この属にはサシチョウバエ熱ウイルスが含まれており、サシチョウバエPhlebotomusから、この属の名前が付けられたと推測されます。
反芻動物が主な感受性宿主で、とくに羊と牛での被害が問題になっています。 ウイルスはいろいろな種類の蚊(Aedes mcintoshi, Culex theileri, Culex zombaensis,Culex pipiensなど)によって媒介されます。蚊の間では卵を介して子孫に伝達されます。
主な症状は妊娠した羊の流産(ほとんど100%)と死亡(約20%)、および子羊の死亡(90%以上)です。 人は病気の家畜の血液や体液に接触することで感染します。 後で述べる1970年代後半のエジプトでの流行の際に病気の動物の放血・解剖を眺めていた調査団員で抗体上昇が見られたことから、エアロゾルによる空気感染も疑われています。 教科書によれば、人での主な症状は軽い発熱で、1~2%の人で致死的な出血熱や脳炎を起こします。
今回のケニヤの発生では詳しい症状が報告されています。 それによれば、羊・山羊では発熱、沈鬱、便秘から下痢、血便、膿の混じった鼻汁、鼻からの出血(末期)、死亡です。 人では急激な高熱、激しい頭痛、頚や背中の痛み、腹部けいれん、筋肉痛、関節痛、嘔吐、下痢がみられ、口や鼻からの出血が起こると普通12~24時間で死亡しています。 上記のような症状がでるとほとんどが死亡しますが、軽い症状や無症状の例がつかめていないので、致死率ははっきりしません。
1930年の発生の後、1950年から51年にかけて南アフリカで発生し、羊・山羊10万頭が死亡し、50万頭が流産を起こしたといわれています。 1977年から78年にかけてエジプトで起きた大流行はエマージングウイルスの典型的なものとして有名です。 公式の推定では18,000人が感染し、598人が死亡したとされています。 なお、Handbook of Zoonosesの中のRift Valley Fever (CDCのC.J. PetersとUSAMRIIDのK.J. Linthicumが分担執筆)では20万人以上の感染、600人以上の死亡となっていましたので、私の著書「エマージングウイルスの世紀」ではこの数字を引用しました。 18,000人と20万人では1桁違いますが、正確に感染者を把握するのはきわめて困難なことが、これだけの違いをもたらしているのかもしれません。 一方、死者の数ははっきりつかめるためか、差はありません。
この際の最初の感染源はスーダンから連れてこられたラクダと推測されています。 ラクダでは症状が軽いため病気が気がつかれず、感染を広げたのではないかとの疑いもあります。 そのほかに、スーダンからウイルス保有蚊が風で運ばれてきたためとの疑いもあります。 そして大流行となった原因にはアスワンダムの建設が関係しているといわれています。 蚊の発生を起こすダムができ、また多くの人と家畜が集まったのが流行を広げたのではないかという推測です。 この後、10年後にモーリタニアのデイアマダムがセネガル河の河口に建設された際にも、流行が起こりましたが、これもダムが蚊の増殖の場を作ったためとされています。
今回のケニヤとソマリアの発生は、エルニーニョが原因と推測される大雨が数カ月にわたって続いた結果、大洪水が起こり、そこに蚊が大発生して、感染を広げたものです。 CDCの推測では、今回の流行で少なくとも478人が死亡し89,000人が感染したとされています。 FAOが1月に出した報告ではリモートセンシングでの調査からケニヤ全体、ソマリア南部、エチオピア、ウガンダ、スーダン、タンザニアにわたって蚊の大発生の起こる危険性が指摘されています。 実際に、最近ケニヤの南側のタンザニアでも家畜でのリフトバレー熱の発生が確認されました。
予防ワクチンとしてはホルマリン不活化ワクチンとマウス脳を長期間継代した生ワクチンが家畜用に古くから用いられています。 しかし、この生ワクチンは妊娠羊で流産を起こしたり、胎児に奇形を起こすことがあるため変異剤で弱毒化した生ワクチンも開発されています。 これは米国陸軍微生物病研究所USAMRIIDでの研究では妊娠羊や胎児にも安全とされています。 人でも使用可能と予測されています。 不活化ワクチンは安全ですが、免疫の持続が短いため何回も家畜に接種をしなければなりません。 さらに、問題は、数年の間隔で起こる病気であって、発生の予測はできないことです。 多くの場合、まったく突然流行が起こることから、流行のない時期に家畜へのワクチン接種を継続的に行うことは大変困難です。 また、ワクチンの在庫はわずかしかないといわれています。
リモートセンシングで蚊の発生状態を調査し、蚊の生息地を焼き払ってウイルス保有蚊の孵化を防ぐことが今後の対策として期待されています。
ついでですが、エボラ出血熱などアフリカで起きたほとんどのエマージングウイルスは、野生動物を宿主として人への感染が起きていることから、WHOが主体で対策が行われています。 今度のリフトバレー熱では家畜と人に感染が起こり、とくに家畜の被害は経済的に非常に大きいためにFAOが家畜への対策の中心になり、WHOは人の健康被害への対策を受け持っています。 FAO の対策は、家畜の急性伝染病をはじめ植物、害虫など農業への被害への対策として作られたEmergency Prevention System (EMPRES) の活動の一端として行われています。 EMPRESは1994年に新しくFAOの事務総長となったジャック・ジウフJacques Dioufが着任早々に重点課題として作った新しいプログラムです。 実際にリフトバレー熱の対策にかかわっているのは家畜生産・衛生部のピーター・レーダーPeter Roederです。 ちょうどEMPRESの計画がほぼ出来上がった1995年夏に私はローマのFAO本部を訪れ、同部の藤田輝秀部長とピーター・レーダーからこの計画について説明をしてもらったことがあります。