人獣共通感染症連続講座 第72回 欧米における異種移植ガイドライン作成の現状

(1/31/99)

米国ではパーキンソン病患者とハンチントン病患者へのブタの脳細胞移植および糖尿病患者へのブタの膵臓細胞移植がFDA食品医薬品局の承認のもとに行われています。 英国では本講座第65回でご紹介したように、おそらくブタの肝臓による環流の臨床試験の申請が出るものと推測されます。 このような動きとともに欧米諸国と国際機関での異種移植ガイドラインについての検討が、非常に盛んになってきています。 ある人はエマージングガイドラインと表現しているのを聞いたことがあります。

その状況は、昨年暮れに経済協力開発機構OECDのバイオテクノロジー作業部会の報告書にまとめられています。 これを参考にして若干補足を加えて現状をご紹介します。

1. 米国

倫理面については科学アカデミーの医学協議会が1994年10月に委員会を結成し1995年6月にワークショップを開き、その報告が1996年にXenotransplantation: Science, Ethics, and Public Policyという表題で出版されました。

ガイドラインの動きは1995年に行われたエイズ患者ジェフ・ゲッテイへのヒヒの骨髄移植がきっかけで始まりました。 それまで異種移植は大学や研究所の倫理委員会の承認のもとに行われていたのですが、この場合にはFDAが待ったをかけました。 そして公聴会を開いて安全性についての検討を行い、最終的にエイズ患者団体の強い要望をうけて承認が予想よりも早くだされ、同年の12月に移植が行われました。 結局、この移植ではヒヒの骨髄は生着せず失敗したのですが、これがきっかけになって、FDAは異種移植のガイドライン作成の作業にとりかかりました。 なお、ついでですが、ジェフ・ゲッテイは昨年暮れにNHK が放映した「地球法廷」というインターネットを使ったフォーラムに登場しましたので、ご覧になった人もおられると思います。

1996年の9月には異種移植での感染症対策に関するガイドライン案ができて、一般の意見を聴取し、1997年から1998年にかけてワークショップが開かれています。 とくに1998年1月には2日にわたって微生物専門家、異種移植計画を進めているベンチャーなど多くの人が参加した大がかりなワークショップが開かれました。 本当は1998年暮れまでには正式のガイドラインができてくるはずでしたが、私が知っているかぎり、まだ出てきていません。

2. 英国

異種移植の実用化の動きでは英国のイムトラン社がもっとも進んでいます。 また、これまでに本講座でご紹介したように動物工場のプロジェクトも英国のPPLセラピューテックス社がもっとも進んでいます。 このような背景から英国政府では1994年に、異種移植と動物工場の両方を含めた動物バイオテクノロジーの倫理面について、農漁業食糧省の委員会が報告書を出しています(Report of the Committee to Consider the Ethical Implications of Emerging Technologies in the Breeding of Farm Animals)。

異種移植の倫理については、本講座第52回でご紹介したように、1996年にナフィールド生命倫理委員会の報告(Animal to Human Transplants: the ethics of xenotransplantation)、つづいて保健省の異種移植倫理に関する諮問委員会の報告書(Animal Tissue into Humans)が出されました。 その内容はすでにご紹介してあります。

そして、保健省の諮問委員会の勧告にもとづいて1997年に異種移植暫定審査委員会が保健省内に常設され、ここが異種移植の臨床試験についての審査を行うことになっています。 また、1998年7月には人での異種移植臨床試験の申請のためのガイダンスを発表しました。

現在は移植用ブタの組織の品質の基準と全国的なサーベイランスシステムを検討しています。

3. スペイン

スペインは臓器移植推進の面で熱心にとりくんでおり、1997年の臓器提供者数はOECD加盟国の中で最大の人口100万人あたり29人です。 なお、米国は21.3人、英国は14.5人です。

1997年6月に保健省により異種移植小委員会が設置され、1998年6月17日に異種移植ガイドラインが公表されました。

このガイドラインで注目される点として、人への臨床試験を始める前に、前臨床試験すなわち実験動物で6カ月の間、移植臓器、細胞もしくは組織が生着し、機能し、またその間に感染の証拠のないことが要求されています。 ブタの臓器を移植に用いる場合には人とdiscordant遠縁の動物でなければ実験はできませんから、サルでの成績になります。

4. カナダ

Health Councilの異種移植委員会は1996年に結成されました。 ついでHealth Canadaが1997年11月に2日にわたって異種移植に関するナショナル・フォーラムを開き、臨床、倫理および規制について討論を行っています。 その後、Health Councilの異種移植委員会の報告が1998年1月に出されました。

5. フランス

1995年に国立移植局に異種移植専門委員会が設置され、1996年1月にはブタ生産のためのガイドラインを発表されています。 倫理面の検討はフランス国立倫理諮問委員会で行われています。 1998年1月には国会が健康と安全に関する新しい規制法を採択しましたが、その中に異種移植に関する記述が含まれています。

6. ドイツ

連邦異種移植委員会が1998年2月にミニシンポジウムを開き、異種移植ガイドラインを検討する委員会を結成しています。

7. スウェーデン

異種移植委員会が保健社会省により1997年に設立されました。 1999年4月には異種移植の倫理、医療、法律および動物福祉についての勧告を含めた報告書を提出する予定です。

8. オランダ

保健協議会の異種移植委員会が1996年に結成され、1998年1月に異種移植に関する報告書を保健省大臣に提出しました。

9. WHO

WHOは動物からの感染のリスクの面について、エマージング感染症部 (Division of Emerging and Other Communicable Diseases Surveillance and Control) の中の人獣共通感染症予防対策室 (office of Zoonoses Prevention and Control) が中心になって1997年10月に専門家委員会を開いて検討を行い、1998年に「異種移植:人獣共通感染症の予防と管理に関するガイダンス」を発表しています。