人獣共通感染症連続講座 第8回 エマージング・ウイルス(1)

(7/2/95)

エボラ出血熱の流行がきっかけとなって、エマージング・ウイルスの名前がだんだんと知れ渡ってきています。 エマージングemergingは日本語では出現するの意味で、有史以来、新しい感染症の出現は多数あり、したがってエマージング・ウイルスは別に目新しいものではありません。 あえて、このような言葉が最近取り上げられるようになった背景、エマージング・ウイルスに対する国際的な取組、エマージング・ウイルスの原因などについて、述べてみたいと思います。

1. 未知のウイルスの突然の出現

1980年、痘瘡の根絶がWHOによって宣言され、次の目標としてのポリオ、麻疹などの根絶の計画が進みはじめ、多くの人々は感染症は制圧されはじめたと考えるようになりました。 ところが1980年代半ばにエイズが突然出現し、さらに1989年にはフィリピンから米国に輸入されたカニクイザルがエボラウイルスにより死亡し、全世界に大きな衝撃を与えました。 このストーリーはリチャード・プレストンのホットゾーンの中心になっているので、今更説明の必要はないでしょう。

幸い、周知のようにカニクイザルのエボラウイルスは4名に感染を起こしたものの、発病した人はひとりもなく、1970年代後半にザイールとスーダンで流行を起こしたエボラウイルスのような高い病原性は示さないことが明らかになっています。 しかし、1967年にマールブルグウイルスがミドリザルによりドイツ、ユーゴスラビアに持ち込まれた場合とまったく同様に、これまでまったく知られていなかった新しい危険なウイルスが野生動物の輸入で先進国に持ち込まれる危険性が改めて認識されたわけです。

1993年5月には米国ニューメキシコ、アリゾナ、ユタ、コロラドの4州が境を接する地域(Four corners)で急性の致命的な肺炎が発生しました。 最初、Four corners diseaseと呼ばれたこの病気は腎症候性出血熱の原因ウイルスであるハンタウイルスの新しい株によることが明らかになり、現在ではHantavirus Pulmonary Syndrome(ハンタウイルス肺症候群-仮訳)と呼ばれています。

このように未知のウイルスが突然出現する事態がつづいたことから、感染症が克服されはじめたと1980年代初めに考えたのは幻想に過ぎなかったことが認識されはじめたわけです。 そして次に述べるようなemerging diseases, emerging virusesの名前のもとで国際的活動が始まりました。

2. ProMed

1993年9月にはWHOとFederation of American Scientistsが合同でInternational Program for Monitoring Emerging Infectious Diseases(ProMed)についての会議をジュネーブで開きました。 エマージング・ウイルスの名前が普及しはじめたのは、この会議のレポートがきっかけです。 この会議で採択された声明は以下のとおりです。

「最近になって新しく出現、または再出現した感染が数多くある。 たとえば地球的なエイズの大流行、デングウイルスの絶え間ない拡がり、出血熱のようなかって知られていなかった病気が度々出現すること、結核やコレラのような古い疫病が新しい形で再び出現したこと、植物や動物の世界でも同様なことが起きて経済や環境に危険をもたらしていることなどである。 そして世界全体がいまだに感染症に対していかにもろいかということを証明している。 このような観点から、政府、民間両方の多くの専門家は出現してくる感染症に対処するための手段を改善する必要があると警告してきた。

本会議は新出現および再出現する病気をいちはやく検出するために、そして疾病の制圧対策を改善するために、人、動物、および植物の感染症の地球規模での監視体制を拡大し改善することが緊急であると認識した。

そこでしかるべき国際機関、政府および民間団体と協議して、このための計画を立案し、推進し、実施に移すためにProMed実行委員会を結成することとした。 この目的達成のためにWHO, FAO, OIEおよびその他の機関がProMed実行委員会に全面的に協力されることを要請する。」

(余談ですが、WHO、FAOは皆さん良く知っておられますが、OIEはご存じない人が多いと思いますので、注釈をしておきます。 Office Internationale des Epizooties国際獣疫事務局が正式名称ですが、一般にはWorld Animal Health Organizationと呼ばれています。 すなわちWHOの動物版です。 国連よりも古く1924年に発足し、現在140か国位が参加して、家畜伝染病の防止についての国際協力の中心になっているところです。 日本の代表は農水省畜産局衛生課長です。 私も学術顧問として毎年ここの作業部会に出席しています。)

ProMed実行委員会の委員長になったのはロックフェラー大学医学部のステイーブ・モースStephen S. Morse博士です。 NHKのクローズアップ現代・エボラ出血熱の番組でエマージング・ウイルスについての解説を行ったのは彼です。

ProMedの最初の活動はインターネットによる国際ネットワークの設立でした。 感染症の出現を監視するには先進国だけではなく、発展途上国の協力が非常に重要です。 電話やファクスと異なり、インターネットは発展途上国でも利用可能なため、このネットワークは世界的規模での情報交換に役立つものと期待されています。 このネットワークが発足してまもなくザイールでエボラ出血熱が発生しました。 そしてCDC, WHOなどの公式発表からはじまって、個々の人達による情報、質問、意見など、多くのメールが連日寄せられました。 なかでもザイールの医師から送られてきた緊急事態が起きていることを知らせ、協力を求める通信は非常に印象的でした。 電子メールの威力をみせつけられた感じがしました。 以前にコーヒーブレークで紹介したカール・ジョンソンも何回か彼の意見を寄せていました。 いずれ、ここで明らかになってきた問題点も連続講座の中で取り上げてみたいと考えていますので、詳細は省略します。

ProMedネットワークではステイーブ・モース委員長のもと、情報部門のコーデイネーターであるジャック・ウードールJack Woodall(ニューヨーク州衛生研究所)がモデレーターとして運営にあたっています。 登録者は最近1,800名に達したそうです。 参加を希望される方のために登録の要領を以下に紹介します。
ProMed invites and welcomes the participation of all interested colleagues. To

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